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その音が耳に飛び込んできたのは偶然だった。


散々市場を歩き回り疲れた足を休めるためにミーシャは、屋台で買ってもらった飲み物を建物の陰に隠れて飲んでいたのだ。

そうすると、市場の喧騒に混じって遠くから太鼓や笛の音らしきものが聞こえてきたのだ。


「何の音かしら?」

ミーシャの無意識のつぶやきを拾ったジオルドは何事かと同じように耳を澄ませた。

「気になるなら行ってみるか?」

もともと特に予定も無い市場散策である。

好奇心のままに少し横道に逸れたところでどうって事は無いのだ。


「行ってみたいです!」

ミーシャは嬉しそうに頷くと音をたどって歩き出した。

市場から横道へと外れどんどん進んでいく。

密集した住宅街のごちゃごちゃと入り組んだ道を、ただ音を頼りに右へ左へと歩いていけば、不意に堤防へと出た。


唐突に目の前に現れた海にミーシャは目を丸くして駆け寄った。

堤防に身を乗り出すようにすれば、すぐ側に海がある。

どうやら船着場を兼ねているらしい堤防は大小様々な漁船が雑多に並んでいた。


「ミーシャ、あっちだ」

海に見とれるミーシャをジオルドが促す。

堤防に沿って少し進んだところが広場になっていて、そこに舞台が設置されていた。

そこには10人ほどの人影があり、音はそこから聞こえてきていたのだ。


「何してるのかしら?」

ミーシャは首を傾げ、じっと舞台の方を見つめた。

自分より小さな子供たちが舞台の上で何かしているようだ。

太鼓や笛も子供達が演奏しているようで、なかなか様になっている。

中央で2人、手にひらひらと翻る布を持ち踊っていた。


「あぁ、そんな時期か」

同じように隣で眺めていたジオルドが、突然何か納得したような声を上げた為、ミーシャは驚いてジオルドを見上げた。

「時期?」

「夏が始まる前に豊漁と海の事故が起こらないようにと龍神様に奉納舞を捧げるんだ。確かその年に10歳〜12歳になる子供達が音楽と踊りを担当するんじゃなかったかな?」

記憶を探るように少し目を細めながらも答えるジオルドに、ミーシャは再び舞台の方へと視線を向けた。


「まだ10歳くらいなんだ。でも、上手ね?」

「そうだろ?!今年は特に評判がいいんだぜ〜」

突然背後から響いた声にミーシャは小さく飛び上がった。

前に夢中になりすぎて、誰かが近づいていたことに全然気づいていなかったのだ。

慌てて振り返れば自分より頭1つ下の位置にニコニコと笑う男の子の姿があった。


「こんな遠くにいないで近くで見ていきなよ。今日は本番前のリハーサルだから衣装つけて通しでやるんだよ」

人懐っこい笑顔でミーシャの背中を舞台の方へとグイグイと押していく。


「見物人連れてきたよ〜」

あっという間に広場まで連れてこられてしまったミーシャが、目を白黒させているうちに何故か歓迎ムードの中舞台の真ん前に席を作られてしまった。


「いいのかしら?」

忙しく動く人々の中、ジオルド達と共に用意された椅子に腰掛け、ミーシャは、困惑しながらも周りを見回していた。

明らかに部外者で、どうにも居心地が良く無い。


「当日はもっと沢山の人に囲まれるんだから、知らない人の目になれるのはいい事なんだよ。だから、見ていってくれる人が居るなら大歓迎さ!」

ミーシャが思わずぼそりと呟くと、ミーシャを引っ張ってきた少年が隣に座りながら笑顔で言い切った。

幼い少年の口から出たとは思えない大人びた言葉にミーシャは目を瞬かせた。


「って、先生達が言ってたから大丈夫」

だからペロリと舌を出しながら付け加えられた少年の言葉に、ミーシャは思わずクスリと笑ってしまった。

そうして、そういう理由なら大丈夫だろうとリラックスする。


「僕、まだ小さいから参加できないけど、次の奉納の時には絶対舞い手になるんだ〜。今から踊りの勉強もしてるんだよ」

そんなミーシャに構う事なく、少年は憧れにきらめく瞳で舞台の上を見つめていた。


舞台の上では、楽器を手にした子供達が端の方に座り準備を始める。

皆、白一色の飾りの無いシンプルなシャツとズボンを身につけていた。

うつむき加減の頭に白い布をかけ、表情も半分ほど隠れているが垣間見える顔はみな、真剣そのものだった。


(そうか。あの舞台に立つのはこの近隣の子供達にとってとても誇らしい事なのね……)

ミーシャはその様子に1つの結論に至ってうっすらと微笑んだ。

「じゃぁ、遠慮なく見物させてもらうね」

「うん。とっても綺麗なんだよ」


その時、とーん、と太鼓が1つなった。

途端に、ざわついていた空気がピリッと引き締まる。

一定のリズムでとーん、とーんと太鼓が鳴り響く。

いつの間にか場を静寂が支配し、太鼓の音だけが響き渡っていく。

不意に、それ笛の音が被さった。

ついで木琴のような楽器が。

さらに、ザーッザーッとまるで波の音を模した音が重なっていく。


どこか荘厳な音楽の中、舞台の両端より1人ずつ人影が滑り込んできた。

シンプルな白い服に青いオーガンジーのような薄手の布をヒラヒラと幾重にも巻きつけた男の子と、少し時代がかったドレスを着た女の子。


ドレスと言っても動きやすいようにか薄手の生地を幾重にも重ねたそれは、ターンをする度にフワリと広がり花か妖精の羽のように美しい軌跡を描いた。


2人の踊り手がクルクルと踊る。

息を飲んでその様子に見とれていたミーシャは、暫くしてその踊りにストーリー性がある事に気づいた。

出逢い、恋に落ち、そして……。


「今年は評判がいい」と称されていた訳はその舞台を見れば一目瞭然だった。

とても10歳前後の子供達が奏で、演じているとは思えないほどの完成度だったのだ。

特に舞い手の主人公を演じる少女の表現力は群を抜いていた。

台詞ひとつ無い踊りなのに、交わす視線が、伸ばされる指先が、躍動する身体の一つ一つが意味を持ち、何かを訴えかけて来るのだ。

その少女の熱が全体を引き締めレベルを上げている様に見えた。


「………凄い」

「見事だな……」

思わず感嘆の言葉がミーシャとジオルドの口から零れ落ちる。

ソレを聞き留めた少年が、誇らしげに笑った。


「あれ、僕のねーちゃんなんだ。将来踊り手になりたいって小さい頃から先生に師事してるんだよ。僕も、ねーちゃんみたいになりたくって一緒に習ってるんだ」

舞台から目を離す事なくそういった少年の瞳はキラキラと輝いていて、彼が本当に姉の事を尊敬している事が伝わってきた。


こんな風に憧れられる姉は幸せだろうなぁ、とミーシャは思った。

そうしてちらりと浮かんだ自分の半分だけ血の繋がった姉弟を思い浮かべ、慌てて打ち消した。


比べるのもおこがましい、というか虚しさしか感じない。

1度きり会っただけの相手を、しかもあんな態度を取られた相手を、姉弟と思えるわけも無い。

ミーシャにとって2人は血が繋がっただけの他人よりも遠い存在だった。

姉に至っては…………。


薄暗い思考に囚われそうになって、ミーシャは急いで考える事をやめ、舞台の上に意識を集中させた。

美しい物語の中に没頭してしまえば、頭を過ぎったドロドロしたものがゆっくりと遠ざかっていく。

その事に心のどこかでホッとしながらミーシャは舞台の上の夢物語に浸っていった。






「………凄い。なんて言ったら良いかわかんないけど、本当に凄いね!」

「あぁ、オレもイロイロな舞台を見た事はあるが、その中でも上位に入る。このまま巡業できそうなレベルだと思うぞ」


ミーシャとジオルドの手放しの賞賛に子供達は顔を見合わせ擽ったそうに笑った。

今までたくさん練習してきて、教えてくれた大人達や親には「よく出来ている」と褒めてもらえてはいたが、やはり、初めて会う人達から賞賛されるのとは違う。

その嬉しさは、「大丈夫」とは思っていてもどこか不安だった本番への自信になった。


「あの踊りは何か元になるお話があるの?」

そういえば、と、ミーシャは気になっていた事を尋ねていた。

子供達は顔を見合わせると口々に答えてくれた。


「龍神様の恋のお話なの」

「地上に遊びに来た龍神様が町の娘に恋をするの」

「娘も好きになるんだけど、反対されるんだ」

「悲しいお話なの」

「悲しく無いよ!娘と2人で海に帰るんだもん」


口々に一斉に喋り出されてミーシャは聞き取る事ができずに、思わずジオルドを振り返った。

子供達の交流を邪魔するのも野暮だろうと少し離れた場所で大人達と話をしていたジオルドは、その視線に気づき苦笑してミーシャの方へとやってきた。


「いっせいに言われたって訳わかんねぇ〜よ。誰か1番詳しい奴が教えてくれ」

突然やってきた大人の言葉に子供達は顔を見合わせた後、舞い手の少女が前に進み出てきた。


「この辺りに伝わっている伝説のひとつが題材になっているんです」

少し恥ずかしそうに小さな声で話す少女の姿に舞台の上で舞っていた堂々としたオーラは微塵もなかった。

未だ衣装を身につけていなければ、本人とは気づかなかっただろう。


だが、あそこまで見事に踊りきるという事は物語を誰よりもシッカリと知り解釈しているという事なのだろう。

幼い少女の語り口調はとてもシッカリしていて、気づけばまだ少し騒がしかった子供達まで静かに少女の語る物語へ耳を傾けていた。




『むかしむかし、まだこの街が小さな漁村だった頃の事。

村にとても美しい女の子がいました。

姿形は勿論、心根も美しかった少女は村のみんなに愛され大切に育てられていました。


やがて娘が年頃になった頃、海岸に1人の若者が流れつきました。

とても美しい青年で、見つけた少女は一目で恋に落ちました。

目を覚ました青年は怪我をして記憶をなくしていました。

多分先日の嵐で難破した船に乗っていたのだろうと、気の毒に思った村人は青年を助けてあげる事にしました。

最初に青年を見つけた少女も勿論、一生懸命看病をしてあげました。


そんな少女に、青年も恋をしました。


最初はどこの誰とも知らない青年を少し警戒していた村人達も、怪我が治ったら助けてもらったお礼にと一生懸命働く青年に心を許していきました。

そうして、2人の恋を見守る事にしたのです。


2人は優しい村人達に見守られ、ゆっくりと恋を育んでいきました。

幸せな時が流れ、2人はやがて結婚の約束をしました。村人達はみんな喜んでお祝いしてくれました。

次の満月の日に結婚式を挙げよう。


ところがその時、美しい娘の噂を聞いて領主様の息子がやってきました。

そうして、娘の美しさにたちまち虜になってしまったのです。


領主の息子はどうにかして娘を手に入れようと青年に有りもしない罪を着せて牢屋に入れてしまいました。

そうして娘に自分と結婚するなら青年を許してやろうと囁いたのです。


娘は泣いて泣いてたくさん泣きました。

大好きな青年以外と結婚なんてしたくありません。

だけど、このままでは青年は無実の罪で殺されてしまうでしょう。

青年を助けたくて、娘は泣く泣く領主様の息子の言うことに頷きました。


喜んだ領主の息子は娘に青年を牢屋から出す事を約束しました。

だけど疑り深い領主の息子は牢屋から出した青年が娘を取り返しに来る事を恐れ、家来に命じて青年をぐるぐる巻きに縛ったまま崖から海に突き落としてしまいました。


そうとは知らない娘は、青年が無事に生きている事だけを心の支えに、泣きながら花嫁衣装を縫っていました。

涙の滲んだ目ではうまく針が動かせず、白い衣装に幾つもの赤い血が滲んでいました。


そうして、約束の満月の夜。


領主の息子と結婚式を挙げた娘は、どうしても自分の心に逆らえず、神父様の言葉に頷く事ができなかったのです。

声が出せず黙り込む娘に怒った領主様の息子は、青年を海に突き落として殺してしまった事を娘に伝えました。

お前の愛する男はもう死んでいるのだ、と。


あまりの事に驚いた娘は、教会を飛び出し青年が突き落とされた崖に走っていくと、そのまま飛び降りてしまいました。

追いかけてきた人々は、落ちていく娘に悲しみの声をあげました。


そうして娘の姿が波間に消えた時、奇跡が起こったのです。


青い海が煌めき、娘を抱いた青年が浮かび上がってきました。


実はあの青年は娘に恋をした龍神様が人間に変身した姿だったのです。


龍神様は、最初は海に連れて帰ろうと思っていたのですが、村人達に大切にされ、また、村の皆んなを大切にしている娘を見て、引き離すのは可哀想だからと自らが陸に上がる決心をしたのでした。


村人達は死んだと思った2人が生きている事に喜び、2人を祝福しました。


龍神様は嘘の罪で自分を殺そうとした領主の息子に罰を与え、娘は、龍神様の花嫁になりました。

そうして、龍神様は花嫁と共に海へ帰り、優しくしてくれた村人達を海から見守ってくれるようになりました』




「そうして、龍神様の守護に感謝を捧げ、2人の幸せを願うために奉納祭をする様になったんです」

少し伏し目がちで語り終わった少女は、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

ミーシャはその笑顔に見とれながら、ホゥ、とため息をついた。


「じゃあ、この街は龍神様に愛されている街なんだね」

ミーシャの言葉に少女は嬉しそうにコクリと頷いた。

「そう、だと嬉しいです。私、このお話が大好きでずっと舞ってみたいと思っていたから」

そっと胸の前で両手を握りしめ語る少女の瞳はキラキラと輝いていて、とても美しく見えた。

その瞳の輝きが自分をここに引っ張ってきた少年とそっくりで姉弟なんだなぁと、ミーシャは目を細めた。

(こうして憧れは続いていくのね)





時間が許すなら是非明後日のお祭りも見に来て欲しいとねだられて、ミーシャはジオルドを振り向いた。

旅の途中で立ち寄っただけの身としては、今後の道程がどうなっているのかはジオルド次第だったからだ。


「いいんじゃない?急ぐ旅でもないし」

どこかで悲鳴があがりそうな事をサラリと言い切るジオルドに、そんな裏事情は知る由もないミーシャは満面の笑みを浮かべた。

「じゃぁ、絶対見に来るね!」


宣言するミーシャに子供達がはしゃぎ声を上げた。

明日も練習してるから遊びに来てとねだる子供達にミーシャは何か差し入れを持ってこようと心に誓い頷いた。

市場で子供の好きそうなものを買ってこようと計画を立てれば、心が浮き立つのを感じる。


そんなミーシャの笑顔をジオルドは「やっぱり子供は子供といるのが1番だよな〜」なんて事を考えつつのんびり眺めていた。



















読んでくださり、ありがとうございました。



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