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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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144/148

30

 ライン達が戻ってきてから、ミーシャの日々は本格的に慌ただしさを増した。


 北方から帰ってきたラインが雪を連れてきたかのように、この国でもついに本格的に雪が降り始めたからだ。


「こりゃ、家に帰りつくころには山は雪で埋もれてそうだな」

 翌朝目覚めて道路にうっすらと降り積もった雪を見て、ラインが少し困ったように笑った。


「それって大丈夫なの?村までたどり着ける?」

 不安そうに見上げるミーシャにラインが肩を竦めて見せる。


「何度も通った道だし、多少雪に埋もれたところで迷う事はないさ」

「そうなんだ。良かった」


「まぁ、十倍くらい進むのが大変になるけどな」

「それってちっとも大丈夫じゃないじゃない!」

 あっけらかんと笑うラインにミーシャは悲鳴をあげた。


 倍どころか胸を張って十倍宣言。

 しかもライン基準で言っているのだから、ミーシャにとってはほぼ死刑宣告だろう。


 とういうか、前回のようにうっかりはぐれてしまったら確実に詰むやつだ。


「頑張ってついて行くけど、今回はおじさんも見失わないでね」

 少し恨めしそうに懇願するミーシャに、その時ばかりはラインも真剣な顔で頷いた。


 こうして雪中行軍は決定したため、旅立ちの準備は雪道での装備をできるだけ整える事となった。





 それと並行してミーシャは今回の最大課題であったテンガラの植生を調べて海巫女の隠里で育てる道を探したり、少しでも薬の効能をあげる方法はないかを模索していた。


 ラインも興味を引かれたようで研究に付き合い、共に『火竜の呪い』のさらに詳しい情報がないかを探したり、スラム街にある群生地を調べたりしていた。


 その結果、何故山間部で育つテンガラが平地で港町という全然環境の違う環境で群生できたのかの理由は分かってきた。


「土は周囲と違い赤土っぽいし、もしかしたらどこか別の場所から土を運んだのかもしれないな。中央を高くして溝をつくることで水はけも良くしてある。よく考えられてるな」


「それに建物に周囲を囲まれていることで、海風が直接当たりにくくなってるみたい。中庭側だけ建物の屋根が飛び出てるのもその関係かしら?」


「こうなってくると樹木の位置も気になるな。

 さりげなく配されているように見える全てが緻密な計算に基づいているのだろう。この環境を素人が再現するのは大変だろうな。こっちに管理できる人間を置く方が速そうだ」


「……ゲイリーさんに相談してみよう」


 頷きあいながら、ミーシャはこの場所を作り上げ護り続けていたという老人に思いをはせながら小さな墓に手を合わせた。


 墓標の前には相変わらず小さな野草の花が置かれていて、カミューが来ている様子がうかがえた。




 そんな中、保護者が来たからお役御免だろうというように、ヒューゴは朝夕の薬の時間を除いてめっきり姿を現さなくなった。


「少しは休んでるの?あんまり無理したら、体壊しちゃうよ?」

「貴重な自由時間だから、有効に使わないとな。危ない事はしてないから心配するなよ」


 ミーシャは少しやつれて見えるヒューゴを心配していたが、本人は飄々としたもので診察が終わればやっぱりさっさと出かけてしまう。


「いったい何をしてるのかしら」

 薄闇に消えていくヒューゴの背中を見送りながら、ミーシャは一人ため息をついた。


「あいつも成人してるんだ。自分の責任は自分で取れるだろ。放っておけ」

 これまた自由人代表のようなラインにそう言われてしまえば、ミーシャもそれ以上は口をつぐむしかない。


 それでも不安そうな顔でもう何も見えなくなった薄闇を見つめ続けるミーシャの肩を叩いたのはアクアウィズだった。


「そろそろ夕食の時間だよ。食堂に行こう。お腹いっぱいになって楽しい音楽を聴けば元気出るよ」

 ゲイリーの店の裏手で間借りしていたミーシャ達は、近くの食堂で夕食をとるようになっていた。


 ゲイリーの知人の店で、早い時間はそうでもないためミーシャでも安全に食事を楽しめるが、夜が遅くなると酒場の空気の方が強くなる。


 ゲイリーが口をきいて、アクアウィズは食事をすませた後その店でバイオリンを弾かせてもらっていた。


 明るいはやりの曲から、しっとりとした古典音楽まで。アクアウィズの奏でる音楽は多岐にわたり、店の客にも評判は上々だ。


 意外なことに最初はぎこちなかった酔客とのやり取りも、回を重ねるごとにスムーズになっていき、今では冗談を交えながらもリクエストに応えたりと楽しそうにしている。


 保護者役……というかアクアウィズがうかつなことをやらかさないかの見張りとしてミーシャが帰った後も居残っていたラインも「そろそろ一人でも問題なさそうだな」とお墨付きを出していた。


 ミーシャも早い時間なら滞在を許されていたので、知っている曲をリクエストしては、久しぶりの上質な音楽を楽しんでいた。


「昨日弾いてくれた曲、また聞きたいな」

 自分が落ち込んでいてもしょうがないと気持ちを切り替えて、ミーシャはにこりと微笑んだ。

 アクアウィズもほっとしたように微笑む。


「何曲でも、お望みのままに。お嬢様」

「まぁ。それは光栄ですわ」

 まるで紳士のようにミーシャの手をすくい上げてそこに触れるか触れないかのキスを落としながらウィンクするアクアウィズに、ミーシャもすました顔で気取ってカーテシーをしてみせる。


 その後、顔を見合わせて噴き出した二人に、再会以来ミーシャの側から離れなくなったレンまで楽しそうに跳ねている。。


「はいはい。行くならさっさと行こうぜ。アクアは食事の後の準備もあるんだろ」

 二人のごっこ遊びに呆れた顔を隠そうともしないラインが、いまだ楽しそうに笑い転げている背中を押した。


「「はーい」」

 ミーシャとアクアウィズは素直に返事をして歩き出した。


「子供が2人に増えた」と呟いたラインの声は、楽しそうに会話を続けている2人には幸いにも届かなかった。





「テンガラの生えていた屋敷の持ち主が分かった」

 随分草臥れた様子でそれでも目だけは爛々(らんらん)と光を宿したヒューゴがやって来たのは、ミーシャ達が夕食を終えて、演奏の準備のためにアクアウィズが席を外した瞬間だった。


「それってカミュ―が言っていたお爺さんの事?」

「それ。まぁ、元締めとの約束で詳しい話はできないんだけど。没落した元貴族の末裔って思ってくれたらいい」

 ミーシャの問いに頷きながら、ヒューゴはドカリと空いている席に腰を落とした。


「この短期間で、良く大本に潜り込めたな」

 感心したように労いながら、ラインがヒューゴにグラスを手渡す。

 無法地帯に見えるスラム街だが、無法者には無法者のルールがあるのだ。


 その中で、ある一角が手つかずで保たれているというのは、少し考えれば、何かしらの思惑が働いていると考えるのが妥当である。


「まぁ、少し苦労したけど何とか。……酸っぱいな、これ」

 グラスの中身を飲み干したヒューゴは眉をしかめる。

 中身は熟成が足りないのか、かなり酸味の強い白ワインだった。


「これくらい刺激があるほうがいいだろう?」

 笑いながら自分も飲み干すと、ラインは、ヒューゴに酒瓶を掲げて見せた。

 文句を言ったわりに無言で差し出されたヒューゴのグラスに、なみなみとワインが注がれる。


「それで、あの屋敷を期間限定だけど優占できることになったし世話役も雇えたから、テンガラの採取の心配はなくなった」

 今度はゆっくりとグラスを傾けながら、ヒューゴがサラリと言った言葉に、ミーシャの目が丸くなる。


「え?それって、どういう事?あのお屋敷を手に入れたの?」

「期間限定だって言ってるだろう?いくらスラムの中だって、あの広さの屋敷を手に入れるには俺一人では無理だからな。もともとの持ち主が遺言でもし中庭の花に価値を見出したものがいたらくれてやれと遺言を残してくれていたんだ。まぁ、その必要性を伝えるのに苦労したんだけどな」


 少し遠い目をしながらつぶやくヒューゴは本当に疲れて見えたから、ミーシャは詳しく聞きたい気持ちをぐっとこらえた。


(詳しい話はしないって約束したなら、それを無理に聞き出してテンガラが取れなくなる方が大変だもの。一番大事なのはミルちゃんの病が癒える事だわ)


 アクアウィズに瞳と同じ色の黒真珠を摂取すれば病は癒えるとは言われたものの、対処法は多いほうがいいと『火竜の呪い』の薬も併用して使う事になっていた。


 今のところ、誰に止められることなく採取できているテンガラが、下手をうって手に入らなくなったら大打撃だ。


 テンガラの採取できる辺境の村は治安の悪化で辿り着くことも大変だし、そもそも赤いテンガラはなかなか見つからない貴重な物で、群生しているあのスラムの土地が異常なのだ。


「人と人の縁は繋がっていくものだって母さんがよく言っていたわ。誰かの残した思いに助けられたのなら、感謝してそれを糧により良い結果を手に入れればいいのよね」

 自分言い聞かせるようにつぶやいたミーシャの言葉は騒がしいはずの店内でやけにはっきりと一同の耳に届いた。


「そうだな。おまえが行きずりの姉弟を助けたおかげで、その親にミルの薬を教えてもらえたみたいに……」

 自分の事で精いっぱいだった今までを思い出して、ヒューゴは少し俯く。


 与えられた小さな世界で、できる事を頑張っていた自分を恥じる気持ちはないけれど、それでももう少し視野を広く持っていれば、もっと違った道があったのではないかと思ったのだ。


 例えば敵だと思っていたマヤが、自分と同じように海巫女という存在を疎んじて救う手立てを探している同志だったという現実も……。


 ミーシャが間にはいる事でようやく知ることができたけれど、勇気を出して一歩踏み出していれば、もっと早くに分かる事だったはずだ。


「おれも変われるか……な」

 ヒューゴの生きてきた、これまでの全ては自分のためだった。


 行動の一つ一つがどこにつながるかを計算して、極力無駄のない選択をして最適を勝ち取る。そんな生き方をしてきたし、それが最善だと思っていた。

 だけど、真逆ともいえる生き方をするミーシャに出会って、ヒューゴの視野は少し広がった気がした。


 真っ直ぐに見つめられて、ミーシャはきょとんと眼を瞬いた。


「う~~ん。何を言いたいのか良く分からないけど、どんなに風に変わってもヒューゴはヒューゴでしかないんだし、いいんじゃないかな?」


 分からないと言いながらも、どこまでもヒューゴを否定しないミーシャの言葉がなんだかおかしくてヒューゴは思わず噴き出した。


 そして、ヒューゴはなんだかここ最近のもやもやした気持ちがスッと晴れていくように感じる。

 だけど、素直に感謝するのはやっぱり自分らしくないと感じて、ヒューゴは笑いながらミーシャの髪をくしゃくしゃにかき回した。


「も~~!!突然何!?」

 悲鳴をあげて逃げ出したミーシャの姿に笑いながら、ヒューゴはそっと小さくつぶやいた。

「そうだな。俺は俺だし、な」





「アクアは本当にヒューゴといっしょに行くの?」


 旅立ちの朝。

 町の門の前で四人と一匹は対峙していた。


 もともとアクアウィズは父親の元に帰ると言っていたから、てっきりミーシャはそのままお別れになると思っていたのだが、突如ヒューゴと共に隠里へ行くと言い出したのだ。


「うん。自分たちの仲間が引き起こした出来事だし。こうゆうのもミーシャの言う縁ってやつなんでしょう?」

 ニコニコと笑顔のアクアウィズの背中には、来た時にはなかった旅の装備が、しっかりと背負われていた。


「アイリスと再会するまでまだ時間はあるし、きちんと結末まで見届けてくるよ」

「……アクアウィズが決めたのならいいんだけど」

 基本的にはよそ者排除の隠里に、そんなに簡単に入れてもらえるのかと首を傾げるミーシャに、ヒューゴが悪い顔で笑って見せた。


「まぁ、出来る事もいろいろあるみたいだし、大丈夫だろ。せいぜいうまく海の神の眷属だと演出してみせるさ。心配するなよ」


「え~~、むしろかなり不安なんだけど」

 肩を落とすミーシャを無視して、意外と気があったらしいヒューゴとアクアウィズは肩を組んで笑っている。


「お子様と悪ガキの組み合わせってある意味最強だよな」

 そんな二人を見てラインがのんきに笑っていた。



 

 







 

 

 


読んでくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
加護無く村が維持出来ているのなら、風習自体無理に保つ必要が無い気がしますね。 いっそ巫女を救う事で新しい風習を刷り込むという手も……w
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