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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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27

 その小さな姿が目に飛び込んできたのは偶然だった。


 巨大な帆船も寄港できるほどの港を有した街は賑やかで、国内どころか他大陸の珍しいものすら目にすることができた。


 しかし多方面との交流があり人が多い場所は、悪いものも紛れやすいという事だ。


 明るい表通りとは裏腹なスラム街が、一向に縮小しないのは当然だった。

 腹に一物ある者達が潜むのに最適な場所なのだから。


 男も、そんな者達の一員である自覚はあった。

 祖国に有益な情報をつかむため、姿を変えてひっそりと入国していたのだから。


 祖国や周辺の国々ではそれなりに有名な男だったが、髪の色を変え、平民の服に身を包めば気付かれることはなかった。


 もっとも、幼い頃から同じようなことを繰り返していたため、男の隠密技術が自然と磨かれたせいでもあったのだが。


 初めの頃は勝手が分からず、つけられた唯一の従者と共に右往左往したし、命の危機もあった。

 街の破落戸(ごろつき)に身ぐるみ剥がされそうになったことを思い出して、男は苦い笑みを浮かべる。


 今まで生き延びられてきたのは、運が良かったのだと自覚していたし、その運が尽きた時、あっさりと自分は死ぬのだろうとも思っていた。


 それでも、男は自分の生き方に後悔することはない。大切な存在のためになることなら、その手を血で汚す事すら選んできたのだから。


 とはいえ、進んで人の命を刈り取りたいわけでもないため、苦労して事前の情報収集に(いそ)しんでいるのだ。


 最近ではそれなりに自分の地位も上がってきたため「自ら動かれなくとも……」と苦い顔をされることも増えたが、男は自分で動く事を好んだ。


 信頼できる人間が周囲に少ない事も理由の一つだったが、身分を隠して他国を彷徨くのは案外気が楽で、男の息抜きにもなっていたためだ。


(まぁ、遊んでいるわけでもないし)

 誰ともなく心の中で言い訳めいた事を呟きながら、男は目的地へと向かって静かに足を進めた。


 スラムでも、まだ浅い位置にある酒場に向かっていた男は、長い髪を翻して駆けていく少女とすれ違って、ハッと息をのんだ。


 少し甘さのある爽やかな香り。

 よくある茶色の髪から香ったそれが、幼い頃の記憶をくすぐったからだ。


 思わず振り返った横顔に見えた美しい翠色に記憶の扉が開く。

 辛いことの多い日々の中、そこだけ鮮やかに色づいた優しい時間。


「ウソだろ……。なんだってこんな所に……」

 スラムの奥へと消えていった少女が、この町の住人とは思えない。


 色こそ良くある色だったが、よく手入れされた艶やかな長い髪と綺麗な刺繍が施された衣服は、明らかに平民以上の身分に見えた。


「……っち」

 小さくなっていく背中を見つめる視界の端に、ゾロリと動き出す人影を見つけて、男は思わず舌打ちをする。


 自分の立場を思えば、厄介ごとに首を突っ込んでいる場合ではない事は重々承知していた。

 それでも……。


 脳裏によみがえる無邪気な笑顔を思い出して、今度はため息を一つ吐き出すと、男は素早く動き出した。






「そこをどいてください」

 迷うことなくテンガラの生えている中庭へとたどり着き、首尾よく必要な薬草を手にいれるところまでは良かった。


 しかし、帰路についてすぐ、ミーシャは足を止める事となった。


 通せんぼするように立ちふさがるガラの悪い男が二人。

 ミーシャは手にしていた薬草を素早くポケットに押し込むと、油断なく視線を走らせた。


 大人が三人並んだら一杯になりそうな細い路地の両脇は建物の壁で逃げられそうもない。

 来た道を戻ることも考えたが、男達のいやらしい笑いを見るに、背後にも人が潜んでいそうな気配がした。


(前みたいに追いかけてくる人がいないと思ったら、待ち伏せされてたんだわ)

 自分の迂闊さを恨みながら、ミーシャはどこかに逃げ出す隙が無いかと探る。


「まぁ、そんなに怯えるなよ。大人しくしてたら、ひどい目に合わせたりしないからさ」

「そうそう。俺たちはな」

 ぎゅっと口をつぐみ動かないミーシャに、にやにや笑いながら、男達が近づいてくる。


「えい!」

 ミーシャは自分をを捕まえようと伸ばされてきた男の手を逆につかむと、その腕の下に潜り込むようにして背中を向けた。


 男の前に進む力と自分が回転する力を利用して、グイっと腕を肩越しに胸に抱え込むように引く。

 途端に、男の体がふわりと宙に浮いて一回転した。


「グワッ!」

 背中からたたきつけられてカエルの潰れたような声をあげる男にかまわず、ミーシャは素早くもう一人の男の横をすり抜けて走り出した。


「な?!……まて!このやろう!!」

 自分たちの半分くらいの大きさしかない少女に、仲間が投げ飛ばされるという信じられない光景にあっけにとられていた男が、我に返って声をあげる。


 前方の騒ぎに、ミーシャの予想通りに通路の反対側に潜んでいた男の仲間たちも飛び出してきた。

(待つわけないし~~!!)

 背後から追いかけてくる男達に、心の中で叫びかえしながら角を全速力で曲がったミーシャは、ボスリと何かにぶつかった。


「落ち着け、危害を加える気はない」

 絡みついてきた腕から逃れようとに瞬間的に暴れだしたミーシャに、落ち着いた低い声が落ちてきた。


 まるで森の中にいるような清涼感のある香りに包みこまれ、パニックを起こしかけていたミーシャはスッと冷静になった。


「いい子だ。追い払ってやるから、大人しくしておけ」

 ミーシャを抱きとめた男性は、大人しくなったミーシャを自分の後ろに隠すと、追いかけてきた男達に向き合った。


「おいおい、兄ちゃん。獲物の横取りは良くないぜ」

「痛い目見たくなければ、さっさとそのお嬢ちゃんをこっちに渡しな」

 目を血走らせた破落戸(ごろつき)達に、ミーシャの前に立つ男は小さくため息をついた。


「どうしてこういう輩は、判を押したように同じようなセリフを吐くんだろうな」

 呆れを含んだ声が、破落戸(ごろつき)達の神経を逆なでする。


「舐めやがって!死ねや!」

 手にしたこん棒が振り上げて襲い掛かってくる破落戸達に、男はもう一度ため息をつくとマントの下に隠していた剣を鞘ごと抜いた。

  

 破落戸達は、何が起きたのか理解できなかった。

 手にいれるはずの金づるを横取りしようとした男に殴りかかった瞬間、衝撃を受けて地面に転がっていたのだ。

 それは本当に一瞬の出来事だった。


 地面に倒れて呻き声をあげている破落戸達をつまらなさそうに見下ろしていた男は、自分の背後で固まっているミーシャを振り返った。


「外まで送ろう」

 短く声をかけ、先に立って歩き出す男の背中を、ミーシャは慌てて追いかけた。


「あの……、ありがとうございます」

 前を行く男の背中にミーシャは礼を投げかけた。

 随分と背の高い男は、すっぽりと足元まで隠すマントを羽織っていた。

 先ほど鞘ごと抜いたはずの剣も綺麗に隠されて、まるで無手のように見える。


「……こんな所に来てはいけない」

 少し迷ったような沈黙の後、男が短く警告した。

 もっともな意見に、ミーシャはしょんぼりと肩を落とす。


「どうしても、この先にある薬草が必要で……」

 思わずこぼれた言い訳に、ぴたりと前を行く男の足が止まり振り返る。


「……薬草を取りに来たのか?こんなところまで?」

「友達が苦しんでたから」

 急に止まられて、思わずぶつかりそうになりながらどうにか足を止める事に成功したミーシャは、突然の質問に戸惑いながらも首を縦に振る。


 見上げた男の顔は深くかぶったフードの陰になり、良く見えなかった。


「……君は、相変わらず……」

「はい?」

 男が何かつぶやいたけれど、あまりにも小さな声でミーシャは聞きとることができなかった。


「いや、何でもない」

 聞き返したミーシャに首を横に振ると、男は再び足を動かし歩きはじめる。


「それでも、やはりこんな所に来るのは駄目だ。君の身を危険にさらせばその友人も悲しむ」

「……はい」

 男の言葉に、ヒューゴの怒った顔が脳裏に浮かび、ミーシャは神妙に頷いた。


「悲しむよりも、説教と拳がふってきそうですけど」

 それでも思わず言葉がもれたのは、あまりにもリアルにヒューゴの怒った顔が浮かんだせいだった。


「……そうか」

 男の声が微妙に震えた。

 笑いをこらえている気配に、恥ずかしくなったミーシャは、足を速めて男の隣に並んだ。


「あの、助けてくれたお礼をさせてください!」

「……私が勝手にしたことだ。気にしなくていい」

「でも!」

 そっけない返事に、ミーシャは思わず男のマントを掴んでしまう。


 ふいの接触に、驚いたように男が体を引いた時、フードがわずかにずれて耳が見えた。

 そこに雫型のピアスを見つけて、ミーシャは目を丸くする。

 まるで血のように(あか)い綺麗なピアス。


「……レン」

 思わず口をついたのは、白い狼の名前。

 いや、その名前の由来となった幼い頃の友人の名前だった。


 ピクリと男の体が揺れる。

「……何のことだ」

「そのピアス!同じものだわ。しょっちゅう見てるから、間違えたりするはずないもの!」


 ミーシャは胸元からお守り袋を引っ張り出すと、その中から紅い石を取り出す。

 雫型の鮮やかな紅い石は男の耳に光るものとそっくり同じに見えた。


 それは、ミーシャが幼い頃に森の中で出会った男の子が置いていったものだった。

 ミーシャと同じ歳ぐらいに見えたけれど、たった1人で怪我をして倒れていた。


 その子を助けるために母親の真似をして薬草を摘み治療をした経験が、ミーシャの未来を決定づけたと言っても過言ではない。


 共に過ごしたのはたった二日にも満たない短い時間だったけれど、ミーシャが忘れるはずがなかった。


「あの日、秘密基地に行ったらレンがいなくて、このピアスだけが残されてた。私、ショックだったけど、秘密基地の中が荒らされている様子はなかったし、きっとお迎えが来たんだろうって……」

 ミーシャの胸に言葉にできない感情がこみ上げてくる。


「でも、不安で。だって、刃物で傷つけたみたいな怪我だったから。もしかしたら、悪い人たちに掴まっちゃったんじゃないかって……。でも、レンは賢いから大丈夫って……。でも……、でも…………」


 翠の瞳が潤み、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

 しゃくりあげながらも必死に言葉を紡ぐミーシャに、体を固くしていた男は、大きなため息をついた。


「泣くなよ、ミーシャ。しょうがないなぁ」

 困ったような声と共に手が伸びてきて、マントの端で乱暴に涙がぬぐわれていく。


「マント……」

「こんな所でハンカチなんて持ってないだろ、普通」

 固い布地にミーシャが思わず不満を漏らすと、少しバカにしたような声が返ってくる。


 その言い方が、昔のレンを思い出させて、ミーシャは思わず笑ってしまった。


「……元気だった?」

「まぁ、そこそこ?」

 手を伸ばして頬に触れるミーシャに、レンは逆らうことなく好きにさせた。


 背伸びしないと頬に手が届かなくて、ミーシャは少しだけ唇を尖らせる。


「昔は、ほとんど同じくらいの身長だったのに」

「ミーシャは相変わらず小さいな」

「伸びたもの!昔よりは大きくなったもの!」


 馬鹿にされて、ミーシャは反論しながらレンの頬を引っ張った。

 レンが、思わずというように笑いだす。


「そうだな。その目を見なきゃ、ミーシャだって気づけなかったかも」

 今度はレンの手が伸びてきて、そっとミーシャの髪に触れる。

 まだ少し潤んだ翠の色を、まるで確かめる様に少しだけレンの顔が寄せられた。


 彼我の距離が近づき、ミーシャからもマントの陰に隠れたレンの顔がようやくはっきり見えた。

 髪は黒く染まっていたけれど、長い前髪の隙間から綺麗な紅色が見える。


「相変わらず、綺麗な色」

 紅い瞳に懐かしさを覚えて、ミーシャはくすくすと笑った。


「ミーシャくらいだよ。この目を綺麗だなんて言うのは」

 同じく懐かしそうに瞳を細めて、レンもほほ笑んだ。


「とりあえず動こう。夜になる前に帰らないと。それに、友達のために薬をつくるんじゃないのか?」

 促されて、ミーシャはハッと我に返る。


「そうだった。早く戻らなくっちゃ」

 いそいそと歩き出すミーシャの隣をレンが歩く。

 先ほどまでのどこか硬い空気はそこにはなかった。


「レンはこの町に住んでいるの?」

「いや、たまたま立ち寄っただけだ。ミーシャは?」

「私は、母の故郷に向かう途中なの。いろいろあって……」

 言葉を濁すミーシャに、レンは首を傾げるが、それ以上聞いてはこなかった。


「……着いちゃった」

 何事もなくスラム街の入り口にたどり着いたミーシャが、足を止める。


「宿まで送っていきたいけど、無理なんだ。ここからなら、走って帰れば大丈夫だろう」

 レンは浅くかぶっていたフードを再び深くおろした。


「……もう会えない?」

 一歩後ろに下がったレンに拒絶を感じて、ミーシャは思わず口走っていた。


 本当は、尋ねるまでもなくうすうすと感じてはいたのだ。

 助けてくれた時、レンはミーシャの事が分かっていたのに、正体を隠そうとしていた。


 たまたまピアスが見えてミーシャが気づかなければ……。

 いや、泣き出してしまわなければ、レンは素知らぬ顔をして離れていったはずだ。


「……できれば、ここで会った事を忘れてほしい」

 それは明確な拒絶の言葉だった。

 ミーシャは唇を噛んで俯いた。

 悲しいし、寂しかった。

 

 それでも、本当は出てきてはいけなかったのに助けに来てくれたレンの優しさがうれしかったから、ミーシャは次の瞬間、にっこりと笑って見せた。


「助けてくださって、ありがとうございました。どうぞ貴方のこの先の人生にたくさんの幸せが訪れますように」

 まるで見知らぬ人に向けるような言葉は、レンの願いを受け入れた証だった。


 それでも、その中で精いっぱいの思いを込めて言祝(ことほ)ぎを告げたのは、ミーシャの本心は別にある事を知ってほしかったからだ。


 油断するとまた泣いてしまいそうだったミーシャは、くるりと踵を返すと走りだす。

 振り返らない背中が見えなくなるまで見送るレンの表情は、フードの陰に隠れて誰にも見えなかった。








「……調べますか?」

 スッと音もなく自分の背後に近づいてきた陰に、レンは無言で首を横に振る。


「必要ありません。あなたも忘れてください」

 まるで温度を感じさせない冷たい声が響く。

 わずかに見える口元はまっすぐに引き結ばれ、先ほどの柔らかな表情は幻のようだった。


「先ほどの男達は……」

「あんなふうに無防備に倒れてるなんて、この町ではいい餌食でしょうね」

 酷薄な言葉とともに、レンはスラムの方へと踵を返す。


「今夜中にはこの町を発ちます」

「御意」

 短いやり取りを残して、二つの影はスラムの闇の中に消えていった。




読んでくださり、ありがとうございました。

ようやく、人間レン君を出すことができました。

ここまで、本当に長かった……。

まぁ、またしばらく出ないんですけどね……。

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