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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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25

「ねぇ、これって本当に必要なの?」

 髪に塗り付けられる砂に目をすがめて、ミーシャは不思議そうに首を傾げる。


「お前の髪、色染めたところで手入れが行き届き過ぎて目立つんだよ。そんな艶がある髪、平民どころかお貴族様にだっていないぞ」


 艶を消すために、念入りに粒子の細かい泥を塗り付けあえて髪を汚していたヒューゴも嫌そうに顔をしかめた。


「目立つなら纏めて帽子とかマントを被るとか、いろいろ他にもあるでしょう?」

 うっかり泥の粒子が目に入りかけて顔をしかめたミーシャが苦情をあげるが、ヒューゴは首を横に振った。


「それで、ふいの突風とかで帽子が飛んでバレるんだ。おまえってそういうやつだ」

「えぇ~~?なに、それ……」

 言いがかりにしか聞こえないヒューゴの主張に、ミーシャは眉を下げる。


 テンガラの場所をカミュ―が知っていると、ヒューゴに伝える事ができたのは昼過ぎの事だった。


 まだ陽も高いため、善は急げと向かう事にしたのだが、向かう場所はスラム街である。

 前準備として、周囲に馴染むように変装は必要だとヒューゴは主張した。


「それはそうかも」と納得したミーシャは、平民にしても質素な衣類に身を包み、顔に血色を悪くする化粧を施されて。そして、最後の仕上げとして髪の艶を消そうと悪戦苦闘している所だった。


「こんなもんか?」

 泥をまぶした髪をさらにご丁寧に獣脂で撫でつけて、ヒューゴは満足そうに頷いた。


「こんなもんか、じゃないよぅ。うぅ……、この油なんか臭いぃ~~」

 ご機嫌なヒューゴの反面、嗅覚の優れているミーシャは自分の髪から漂う異臭に涙目でつぶやいた。


「しょうがないじゃないか。スラムの住人の髪なんて風呂に入る習慣ないから、もっとひどいもんだぜ?擬態するなら徹底的にってな」

 肩を竦めながら、ヒューゴは布が擦り切れたマントを羽織る。


 ところどころ泥で汚れたそれは、いかにも長年の酷使に耐えてきたかのような装丁だったが、それ以外は特にいじった様子もないヒューゴに、ミーシャが目を吊り上げた。


「ヒューゴは何もしてないじゃない!ずるい!」

「は?そんな擬態しなくても、俺はこれを被れば十分なんだよ。普段から情報収集して回ってる補給部隊舐めんな」

 文句を言うミーシャを鼻で笑うと、ヒューゴは前髪を下ろして顔を隠すと、マントのフードを深くかぶった。


 途端に、ヒューゴの気配が変わる。

「……え?なんで?」

 極端に何かが変わったわけではない。


 薄汚れたマントのフードからわずかに覗く顔は、半分は厚い前髪に遮られているとはいえ、ヒューゴのものだと分かる。

 だが、猫背に曲げられた背中に重心が片側に傾いた立ち姿。見た人を煽るようにわずかに挙げられた顎先。


 一つ一つは些細な変化なのに、そこにいるのはどこから見ても裏社会に生きる破落戸(ごろつき)だった。


 まるで別人のように見えるヒューゴに目を丸くするミーシャの前で、フードを外すと髪をかけあげて、ヒューゴはフンッと鼻を鳴らしてみせた。


「マネできるなら、化粧も髪もとってやるよ」

 ニヤリと笑う顔は見惚れるほどきれいなのに、相変わらず憎たらしい。

 だけど、文句もでないくらい鮮やかな変化を見せつけられてしまえば、ミーシャにできる事は大人しくマントを羽織ってフードを深くかぶる事だけだった。


「ミーシャ、大丈夫。スラムではこれくらいふつう」

 ションボリと肩を落とすミーシャを慰める様に肩をポンポンと叩くカミューも、いつの間にか衣服が泥だらけになっている。

 ミーシャが丹念にしたくされている間に、外で適当に転がってきたのだ。


「……うん。案内、よろしくね」

 こうなったら、さっさと用事を終わらせてお風呂に入ろうと頭を切り替えたミーシャは、カミュ―の頭についた落ち葉をとってやりながら、力ない笑みを浮かべたのだった。





「こっち、こっち」

「ちょっと待って、カミュー!」

 目の前をかけていく小さな背中を、ミーシャは必死で追いかけていた。


 幼い頃から山野を駆け巡っていたミーシャは、体力や身のこなしには自信があった。

 しかし、それと町の中はまた違うのだと思い知らされていた。


 年端も行かない幼子が、庇護する大人もなく一人で生き延びるためには、他者が追いかけてこれないルートを駆使するしかなかったのだろう。

 もしくは育ての親の影響かもしれないが……。


 カミューの()()は人の通る道を想定していなかった。


 人がやっと通れるような建物の隙間ならまだいい方で、人の家の敷地を庭木を陰に巧みによぎり、板塀に開いた穴をくぐる。

 外階段を使って屋根に上がり込んだらまるで猫のように屋根伝いに進んでいく。


 人の目を避けた最短距離、と言えば聞こえがいいが、完全に不法侵入のオンパレードだ。

 下手に物音を立ててみ咎められてしまえば、良くて叱責、悪ければ警邏に突き出されるだろう。


 自分の身軽さを神に感謝しながら、ミーシャは必死にカミューの後を追う。

 ちなみに、一応大人の領分に入るはずのヒューゴは、最後尾を付き添いながらも半笑いで止める事はなかった。


 カミューの背中と進行方向しか見ていなかったミーシャは、ふと空気が変わっていることに気がついた。

 

 陽の光はあるはずなのに、どこか薄暗く感じる路地は細く曲がりくねり、時に建物がふさいでいる。

 扉には申し訳程度のぼろ布がかけられた建物。その建物と建物の間に布や木が渡され強引に屋根が増築されている場所もある。


 そこここの物陰には人が転がっていたが、手足はやせ細りまるで枯れ木のようだ。生気のない目は開いていても虚空を見つめるだけで、ピクリとも動かない。

 辺りには物が腐ったような饐えた匂いが広がっていた。


「ここがスラム……?」

 思わず足を止めたミーシャの背中をヒューゴが押した。

「ここらはまだ入り口付近だ。間違って入り込んできた人間を狙って物乞いやスリが多いから、不用意に立ち止まるな。カモにされるぞ」

 囁き声で促され、ミーシャは足を動かす。


 ミーシャの前を行くカミューも先ほどまでの跳ねるような疾走とは違い、どこか慎重に足を運んでいた。頭は極力動かさず、視線だけで辺りを伺っているようだ。

 それでも迷いない足取りで素早くいくつかの路地を曲がって、ふいに足を止めた。


「だれかついてくる。はしる」

 クルリと振り返り、ミーシャ達の背後を睨みつけるカミューに、ヒューゴが肩を竦めた。

「まぁ、やっぱり見慣れない女子供はカモられるな」

「苦労して変装した意味……」

 当然のようにつぶやかれて、ミーシャが肩を落とす。


「まぁ、捕まった時に小汚い格好だと少しは温情があるかなと。まぁ、ミーシャは所作がきれいだし、動きでいい所のお嬢だってのはバレバレだったよなぁ」

 ハハハ、と軽く笑いながらヒューゴが軽く肩を回した。


「で、振り切れるのか?」

「ここ、おれの生きてた場所。もんだいない」

 ニヤリと見たことのない悪い顔で笑うと、カミュ―が走り出した。


「ミーシャ、見失うなよ?!」

 突然の猛ダッシュに、ヒューゴが笑ってミーシャの肩を叩く。


「ちょっと、まって!?」

 先ほどまでの走りが序の口だったことを示すように、カミュ―の小さな背中があっという間に遠ざかる。

 慌てて駆けだしたミーシャの耳に、同じく驚いたような怒声が響く。

 後をつけてきた一行が、突然始まった猛ダッシュに慌てているようだ。


「まぁ、誰かも分からん相手に待てって言われて待つ奴はいないよな」

「それはそうだけど、もうちょっと緊張感持って!」


 余裕たっぷりにケラケラ笑いながら隣を走るヒューゴとは対照的に、塀の穴をくぐったと思えば木によじ登り塀を飛び越えるという、アグレッシブな動きを見せるカミュ―を見失わないようにするのにミーシャは必死だった。


 最初こそ後ろを追いかけてくる人の気配にひやひやしていたけれど、すぐに気にする余裕もなくなる。


(野生の動物追いかけるより大変ってどういう事?!)

 疑問を叫ぶ余裕もない逃走劇は、直ぐに終わりを迎えた。

 予想の斜め上を行く動きに、追跡者の方がついていけなかったのだ。


「いなくなった」

 ピタリと足を止めて宣言したカミュ―の横で、ミーシャは大きく息を吐いて座り込む。

 肉体的疲労より、いつ見失うかとひやひやした精神的疲労の方が大きかった。

 ドキドキと心臓が波打っているのが分かる。


「大分奥まで来たみたいだが、この先なのか?」

 流石というか、息一つ切らしていないヒューゴは、人の気配が薄れたのを感じてパサリとマントのフードを外しながら辺りを見渡している。


「……こっち」

 辿り着いたのは、先ほどまで小さな小屋が密集していたのが嘘のように閑散とした場所だった。


 廃墟というにもおこがましいほど崩れた建物の残骸は、元は整えられた庭であっただろう場所から伸びた植物たちに飲み込まれ、自然と一体化しようとしていた。


「……もとは貴族街だったのかねぇ」

 ポツリとつぶやくヒューゴの声は不思議な静寂へと飲み込まれていた。

 植物の気配が強すぎるためか、先ほどまで漂っていた腐臭も消えている。


「いくら建物が崩壊してたとしても、こんだけ広い土地があれば誰かが勝手に家をつくって住み着いていそうなもんだけどな」

 不思議そうに首をひねるヒューゴに、ミーシャも確かにと頷いた。


「昔、大火事があった。夜中だったからみんな寝てて、たくさん死んだ。死んだことに気づかない人たちは今もさ迷ってる。この土地に長くいると呪われて不幸になる。スラムの奴ら、怖がってこない」

 ぽつぽつと語られる思いがけない話に、ミーシャとヒューゴは顔を見合わせた。


「……幽霊が出るの?本当に?」

 森で生活する中で、人ならざるものに悪戯を仕掛けられることはあったけれど、幽霊に出会った事はなかったミーシャは、こわごわと辺りを見渡した。

 そんなミーシャをキョトンと見上げたカミューは、小さく肩を竦めて首を横に振る。


「おれは見たことない。火事は本当だけど、呪いの話はじいさんがついたウソだ」

 あっさりと否定してカミュ―は、辛うじて原形をとどめていた塀の隙間に体を滑り込ませる。


「人はうるさいからきらい、言ってた。なのにじいさん、おれに人の言葉、おしえた。自分はへんくつのへんじんだ、言ってたけど、犬にはやさしかった」


 小さな隙間はミーシャはかろうじてすり抜ける事ができそうだったけれど、ヒューゴはどう見ても通れそうにない。


 ヒューゴは塀の上を飛び越えられないか眺めたが、結構な高さがある上に、下手に飛び乗って衝撃を与えたら崩れそうな恐怖もあった。


「別の入り口探すから、先に進んでていいぞ」

 ミーシャは少し迷ったものの、カミュ―は足を止める気配はないし、ヒューゴにもそう促されて後を追う事にした。


 塀の中は外と同じように植物が自然のまま生い茂っていたけれど、ぐるりと囲む塀は途切れることなく続いていたし、建物も蔦に覆われているものの原形をとどめていた。


「ここ、じいさんの家。あっちに赤い花、さいてた」

「……おじゃましまーす」

 ためらいなく建物の中に足を踏み入れるカミュ―に、ミーシャも恐る恐る後に続く。


 建物の中は人気がなく閑散としていたけれど、幸いにも雨漏りはしていないようだった。

 窓にかろうじて残っていたカーテンはボロボロで、そろそろその役目を終えようとしていた。


 ミーシャはその様子から、この屋敷に経過した長い時間を思う。

 予想外に埃が少ないのは、少し前に潜伏していたというジョブソンたちの仕業だろう。


 外からはわかりにくかったけれどロの字型の建物だったようで、中央には中庭が設えられていた。

 ちょっとした広間くらいはあるその空間は中央に大きな木が一本植えられていた。元は小さな池も設えられていたようで、今も少しだけ水が溜まっている。


「ミーシャの言ってた薬草、これ?」

 池のほとりを指さしたカミュ―に、突然現れた小さな庭に目を丸くしていたミーシャは我に返った。指さされた辺りに目をやれば、枯れはててはいるものの特徴的なギザギザの葉を見つける。


 マントの下に下げていたカバンから採取用の小さなスコップを取り出すと、ミーシャは植物の根元を掘りはじめた。葉っぱ部分からは予想がつかないほど、太くがっしりとした根っこが姿を現す。


「うん。これで合ってるわ」

 泥まみれになるのも構わずに、ミーシャは大切そうにその根を胸に抱きしめた。


「これで、ミルちゃんのためにお薬をつくってあげられる。……大切な場所を教えてくれてありがとう、カミュ―」

「べつに、ミーシャならいい」

 それは消え入りそうなほど、小さな声だった。


「じいさんもそう言う、思うから」

 木の根元には木を組んだだけの粗末な墓標がたてられていた。

 いつの間に持ってきたのかその前に小さな野草の花を置いて、カミュ―がそっと手を合わせている。


「お爺さんのお墓?」

 そっと問いかけたミーシャに、カミュ―が小さく頷く。


「ここで動かなくなってたから、母さんたちとうめた。ここにうめれば、大切な庭とひとつになれる」

 何かを思い出すような遠い目で、カミュ―はぽつりぽつりとつぶやく。


「じいさん、赤い花が咲く、うれしそう。その花、やくに立つなら、うれしい、おもうはず」

「……そっか。大切に使わせてもらうね」


 ミーシャは見知らぬ老人に思いをはせる。

 人が嫌いで、誰も寄り付かない場所でひっそりと生きてきた老人は、犬たちが育てる人の子供に歩き方や言葉を教えた。そこにどんな思惑が潜んでいたのか分からないけれど、薬師の眼から見ればわかることもある。

 

(テンガラばかりが目立つけれど、他にも薬草が生えているわ。きっと薬草の知識があったんだわ。珍しいはずの赤いテンガラは、きっとお爺さんが苦労して増やしたのね)

 黙々と追加のテンガラの根を掘りながら、ミーシャは心の中で祈りを捧げる。


(どんな考えだったのかは分からないけど、感謝します。あなたのおかげで救われる命があるのだから……)

 そんなミーシャを、小さな目がじっと見つめていた。


 




 

読んでくださり、ありがとうございます。


偏屈爺さんと野犬達、それに混ざる幼子。

こう書くととてもメルヘンですが、おそらくそんなほのぼのした光景ではなかったかと思います。

まともな大人ならちゃんと保護してたと思いますし。

おそらく変種のある扱いで、気まぐれに餌を投げてた感覚です。

それでも、他人を信用しないスラムでは十分に親切で、カミューはカミューなりに慕っていました。

たぶん「野犬達が育ててた子供だったから」手を出しただけで、普通の孤児が迷い込んできたら石を投げて追い払っていたはず。

という程度には人間嫌いな爺さんでした。


という、ちっとも本編には活かせなかった設定でした。

この爺さん、他にも色々妄想はあるんですが、妄想は妄想で終わるんだろうなぁ(笑


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