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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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23~ライン視点

読んで下さり、ありがとうございます。


今回はちょっと番外編でラインたちのお話でした。

 ラインとレンが海辺で拾った真っ白な男は、アクアウィズと名乗った。

 血管まで透けて見えるのではないかと思うほど白い肌に白銀の髪。

 身にまとう衣服すら白で全体的に真っ白な印象の中、唯一、瞳だけが別の色を持っていた。


 それは一見黒と見間違うほど深い青だったが、光の当たり具合で様々な青色に見える不思議な瞳で、ラインは人ならざる者の片りんを見て眉をひそめた。


 何の変哲もない食事をまるで子供のように無邪気に喜んで見せたアクアウィズは、食事の途中で力尽きる様に眠り込んでしまった。


「こんなところまで子供かよ。いっそ外見も幼ければ、もう少しイライラしなくてすんだのに」

「キュウン」

 呆れたようにため息をつくラインをとがめる様に、レンが小さく鼻を鳴らした。


「分かってるよ。不用意な事を言うなって言いたいんだろ?だがな、文句を言いたい気持ちもわかるだろう?」

 海辺に倒れていた麗人は、見るからに訳ありだった。


 森の中で暮らし、自然と共に生きてきた『森の民』は、普通の暮らしをしている人に比べて、少しだけ人ならざる者達に近しい。

 人とは異なる理の中に生きる者達は、悪気なく厄介事を持ってくる存在だ。


 少なくとも、ラインはそう判じていた。

 できるだけ関わりを少なくしたいのが本音であるのに、ミーシャにつながる手がかりを持っていると知れば、放っておくわけにもいかない。


 苦渋の決断の元受け入れたというのに、件の主はそれに関して一言も語ることなく、今やスヤスヤと夢の中である。

 ラインが、苦虫をかみつぶしたような顔で苦言を呈したとしてもしょうがないだろう。


「キュゥ……」

 再び小さく鼻を鳴らすと、レンは焚火の横に無防備に体を横たえてしまったアクアウィズの側に寄り添った。


 焚火の側にいるとはいえ、初冬の夜である。

 吹き付ける風は冷たく、アクアウィズは目を覚まさぬまま隣に現れた温もりに縋り付いた。


 幼子の様な仕草に、ラインは深くため息をつくとアクアウィズの襟首をつかみ、設置していたテントの中に放り込んだ。

 

 ミーシャと二人旅を想定して用意していたテントは大きめで、成人男性二人が横になることも可能だ。


 とはいえ、見知らぬ他人と寄り添う羽目になるのは遠慮したいラインは、ゆとりある空間より多少狭苦しくとも間に壁をつくることを選択した。


 すなわち、生贄レンの誕生である。


 自分より大きな男達に挟まれて、レンはシオシオと耳を垂らした。

 さめざめと嘆きたい気持ちも湧き上がるが、そうすれば、ラインは容赦なく()()()()()()()テントの外に放り出すだろう。

  

 はたして、寒さ程度で体を壊すかははなはだ疑問ではあるのだが、正解が分からない以上、危ない橋を渡るわけにはいかない。


 しっかりと自分に絡みつくアクアウィズの腕は細身ながらしっかりしていて、ミーシャの(たお)やかな腕とは雲泥の差があった。


 振り払いたくなる衝動をこらえて、レンは黙って目を閉じる。


 レンは森の生き物だ。

 海の生き物と仲良くできないわけではないが、感覚はちがう。


 アクアウィズの側は、ひんやりと冷たい水に浸かっているような気分になるため、レンは落ち着かない気持ちになった。

 それでも耐えるのは、愛しいミーシャに一秒でも早く会いたいからだ。


 絡みつく腕に体を預けると、ラインの何か言いたそうな視線を感じながらレンは意識を闇に溶かした。




「だからね。イルカたちに頼んで、ミーシャちゃんを父様と縁がある一族の元へ連れて行ってもらったんだよ。その方が目が覚めた時、ミーシャちゃんも困らないと思って。

 だけど、ライン達は見当違いの方向に行っちゃって、このままじゃ再会できないかもって心配してたんだ。そしたらお前が助けになって来いって、父様は僕を送り出したんだよ」


 朝日が昇っても目を覚まさないアクアウィズは、先に起きたラインに容赦なく叩き起こされていた。

 昨夜聞けなかった話を聞くための大人げない所業だったけれど、少しでも早くミーシャにたどり着きたい気持ちはレンも同じだったため、そっと目をそらしてみないふりをしていた。


 アクアウィズは眠そうに目をしょぼつかせていたが、手に温かなお茶の入ったカップを持った途端にふんわりと幸せそうな笑顔を浮かべて覚醒した。

 ラインの中に「こいつには食べ物を与えておけばいい」という考えが根付いた瞬間だった。


 それはともかく、ご機嫌に話し始めたアクアウィズの言葉に、ラインは眉間にしわを寄せた。

「イルカに頼んだと言ったな。その一族の村とやらはどこにあるんだ?」

「ここよりずっと南の方?」

 スッと海岸線を指さすアクアウィズに、ラインの眉間のしわが深くなる。


「……潮目や当時の気象情報を集めた俺の労力は無駄だってことだな」

 海に落ちたミーシャが、何者かの明確な意思を持って運ばれていたなど、誰が予想できたというだろう。

 ミーシャを探すために走り回ったあれやこれやを思い出し、ラインは深くため息をつくと肩を落とした。


「どうせ助けるなら、別の場所に運ぶんじゃなくその場に止まってくれていれば良かっただろうが」

 思わずこぼれたラインの嘆きに、アクアウィズはこてりと首を傾げた。


「よく分からないけど、君達は何か争っていたんだろう?イルカ達は、そんな場所に友達を置いておきたくなかったんじゃないかな?」

 なんの含みもなく、ただ真っ直ぐに自分を見つめる海色の瞳に、ラインは何も返せず瞳を揺らした。


 危険だと分かっていたのに、扉一枚隔てただけの場所を安全だと判断して、迂闊に側を離れてしまった自分の行動を何度も後悔していた。

 そんなラインに返す言葉など、あるはずもなかったのだ。


 そんなラインの心情など頓着することなく、アクアウィズはようやく適温になったお茶を口に運んで、相変わらず幸せそうに微笑んでいる。

 そんな姿に毒気を抜かれ、ラインは無言のまま昨夜の残りのスープを器に注いで差し出した。


「ありがとう!」

 湯気の経つスープから立ち上る良い香りにアクアウィズは目を細める。そんなアクアウィズの背後に、ぶんぶんと振られる尻尾の幻影が見えた。


「そういえば、ミーシャは元気になったから、助けてくれた一族の村を出たんだ。たぶん、ミーシャもライン達を探してるんだよ」

 熱い食べ物に免疫がないアクアウィズは、湯気の立つスープに手を出しあぐねていて、その隙間を埋めるように再び話し出した。


「大きな町?」

「そう。最後の方は海辺から離れていたから、風が運んでくれる声もだいぶ遠くてよく聞こえなかったけど、王都とか港町とか言ってたと思う。……アチッ!」

 スープの良い香りの誘惑に、アクアウィズは話しながらも我慢できなかったようで、一口食べて小さく悲鳴をあげた。


「まだ早いだろ」

 昨夜の様子からアクアウィズがひどい猫舌だと気づいていたラインは、呆れたように呟きながらも近くにあった水筒を手渡した。


「あいあと」

 赤くなった舌先を庇いながらも律儀に礼を言ったアクアウィズは、冷やすためにいそいそと水を口に含む。


「やっぱり一度、街に戻るか」

 その様子を横目で眺めながら、ラインは自分も空腹を満たすべく器を手に取った。





 昨夜の残りのスープと堅パンで簡単な朝食を済ませた一行は、さっそくバイルに向かって出発したのだが、早々に足を止める事になった。

 異変に最初に気づいたのは、最後尾を歩いていたレンだった。


「ウォン!」

 何かを訴えるようなレンの声に振り返ったラインは、アクアウィズの顔色の悪さに目を見張った。


「どうした?具合が悪いのか?」

 先ほどからどんどん口数が減っていたのは気づいていたが、先を行くラインは疲労が溜まって黙り込んだのだろうと軽く考えていたのだ。


 しかし、目に入ったアクアウィズの表情は拾う程度では収まらないほどひどいものだった。

 苦痛に寄せられた眉に、額ににじむ脂汗。

 驚いたラインは、アクアウィズの元へ駆け寄る。

 いつの間にか二人の間にはそこそこの距離が開いていた。


「ごめんなさい。大丈夫、だから」

 否定はしたものの足を止めたことで気が抜けたのか、アクアウィズはその場に座り込んでしまった。


「いや、どう見ても大丈夫じゃないだろう。どうしたんだ?」

 涙のにじむ瞳でヘニャリと眉を下げて、それでも笑って見せるアクアウィズを、ラインが戸惑ったように見下ろす。


「クゥ」

 その時、レンが小さく鳴きながら、アクアウィズの踵のあたりに鼻を寄せた。

「あ、駄目。触らないで」

 小さく悲鳴をあげるアクアウィズをみたラインは、無言でその足をつかむと靴を取り去った。


「いった~~い!」

 途端に悲鳴が上がるが、ラインは気にせずに靴下まで取り去って、深いため息をついた。


「お前なぁ……。さっさと言えよ」

 アクアウィズの足は複数個所にひどい靴擦れをおこしていた。

 一番ひどい場所は、べろりと皮がはげ血がにじんでいる。

 相当に強い痛みがあったはずだ。


「……だって、急いでるみたいだし足を止めさせるのも悪いなぁ、って。僕も大切な人と不慮の事態で離れ離れになったら、心配で気が狂いそうになると思うし」

 ションボリと肩を落とすアクアウィズに、ラインはかける言葉を失った。


 ミーシャを見失って焦っていたのは事実だ。

 突然現れた正体不明の存在に警戒していたし、これ以上の厄介事はごめんだと思っていたことも否定はしない。

 

 だからと言って、アクアウィズをないがしろにするのはお門違いだ。

 その後の捜索に混乱を起こしたとしても、結果的には海に落ちたミーシャを護ろうと手を差し伸べ安全な所に運んだうえ、いつまでも再会できそうにない様子を心配してわざわざ忠告に来てくれたのだ。

 そこには、純粋な好意しかない。


「……いや、俺の態度が悪かった。痛かっただろう。すぐに治療する」

 ミーシャが元気にしているという確証が得られたことで、ずっと心に抱えていた焦燥が薄れている。 

 それは、目の前でうずくまる青年がもたらしたもので間違いなかった。

 成人男性にしてはほっそりとした足が赤く染まっているのを見て、ラインはいい大人がしていい態度ではなかったと、自分の行動を振り返り反省した。


 小さな声で謝罪を口にすると、ラインは背負っていた荷物を下ろした。そして敷物を取り出して広げるとアクアウィズを抱き上げる。

 


 突然の事に驚いた声をあげるアクアウィズにかまうことなく、ラインはそっと敷物の上におろすとテキパキと薬箱を取り出して傷の治療をはじめた。


 傷を洗って消毒するときには痛みのあまりに悲鳴をあげたアクアウィズだったが、ラインはそれにも言及することなく、ただ黙々と薬を塗り包帯を巻いた。


「痛み止めだ。飲んでおけ」

 渡された薬が苦かったアクアウィズの顔が再びしかめられた。


「本当は休んだ方がいいんだろうが、ここから半日ほど行けば小さな村につく。野営よりはゆっくり休めるだろうから、そこまで頑張ってくれ」

 包帯のせいで靴が履けなくなったアクアウィズのために、ラインは厚手の布でぐるぐる巻きにまいていく。


「……すごい、歩いても痛くないよ!」

 恐る恐る立ち上がって二~三度足踏みをしたアクアウィズは顔を輝かせた。

「ありがとう。これなら問題ないよ。すぐに体も慣れて早く歩けるようになるから、心配しないで」

「無理はしなくていい。痛みがあるようなら、早めに教えてくれ」

 無邪気な笑顔を見られて、ラインは少しバツの悪そうな顔をしながらも、荷物を片付けて立ち上がる。


「じゃぁ、行くか」

「はーい」

「ウォン!」

 ラインの号令に、元気な声が返ってくる。

 そこに、朝出発した時のギスギスした空気は微塵もなかった。






「そういえば、これだが」

 無事に目的地に到着した一行は、まだ早い時間ではあったけれど、アクアウィズの怪我に配慮してここに一泊することに決めた。

 村唯一の宿屋に部屋をとり、一息ついている時に、ふと思い出したように、ラインは荷物を取り出した。


 何の素材で作られているのかいまいちハッキリしないそれは、真っ白なバイオリンだった。

 海岸に倒れていたアクアウィズと共に落ちていたもので、おそらくアクアウィズのものだろうと拾ってきていたのだ。


「あぁ、それ。そんな形になってたんだ」

 差し出されたバイオリンに目を丸くした後、アクアウィズは手を伸ばして受け取った。


「懐かしいなぁ。昔教えてもらって弾いていたんだ。僕の音に合わせて踊る彼女はとても綺麗だったな」

 過去を思い出して遠い目をするアクアウィズは、どこか儚げに見えた。


「弾けるのか?」

 尋ねるラインににこりと微笑み返して、アクアウィズは軽い仕草でバイオリンを構えた。

 そのまま何の準備もせず音を奏で始める。


 どこか物悲しい静かな旋律が、狭い部屋に響き渡る。

「うーん。久しぶり過ぎて、思った通りに指が動かないな。練習が必要だね」

 ワンフレーズを引き終わった後、アクアウィズはどこか悔しそうに肩を竦めた。


 ラインは初めて聞く曲だったが、まるで子供のように無邪気なアクアウィズに似合わない、ひどく大人びた旋律だった。


(音は為人を現すというから、もしかしたらこれもまたアクアウィズの本質であるのかもしれないな)

 なんでもない事にはしゃいで見せると思えば、相手の気持ちを思いやって自分の痛みを我慢しようとする。


 大人なのか子供なのか。ラインの目には、アクアウィズはひどくアンバランスに見えた。


「いや。十分だと思うが。それで食っていけるんじゃないか?」

 とりあえず素直に感想を口にしたラインに、アクアウィズははにかんだ笑顔を見せた。


「そう?じゃあ、頑張って勘を取り戻せたら旅の楽師でもしていようかな。あの子は踊り子を目指しているみたいだし、将来のためにも丁度いいよね」

 そして、今度はラインも聞いた事のある軽快な音楽をつま弾き始める。

 それは、昔から酒場などで良く弾かれる平民に人気の曲だった。

 

「いいんじゃないか。下は食堂兼酒場になってるから、後で腕試しに弾かせてもらえばいい」

 ポンポンと楽し気に跳ねる音は楽しげで、ラインは軽く肩を竦めた。


(子守唄には賑やかすぎるが、まぁ、悪くはないか)

 そして夕食の時間まで体を休めようと、ゴロリとベッドへ体を投げ出して目を閉じた。

 


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