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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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133/148

19

「ねぇ、ヒューゴ。思うんだけど」

 パチパチと火花を飛ばす焚火を見つめながら、ミーシャはポツリとつぶやいた。


「なんだよ」

 即席でそこらの枝から削り出した串に、用意していた肉を刺して焚火の側に据えていたヒューゴが、ミーシャの方を見ることなく答える。


「なんだか、聞いていた野営地とはずいぶん様子が違うんだけど。というか、どう見ても山の中なんだけど道が違わな〜い?」


 ミーシャはぐるりとあたりを見渡した。

 そこは一面の森の中だった。

 人影どころか人の気配さえ見当たらない。


「今さらそれをいうか?」

 焦げ目がつきだした串の位置を動かしながら、ヒューゴがむしろ不思議そうな顔で問い返す。


「……まぁ、そうなんだけど」

 もくもくとヒューゴの背中を追っていたミーシャだが、徐々に足元が悪くなるのには一応気づいてはいた。


 正確には、細いながらもたくさんの新しい足跡がつき踏み固められ始めている道から、ひょいっと外れた瞬間に、だ。


「何かこっちの方に用事があるのかな?っておもったんだもん」

 いっしょに旅をしていた道なき道を進みたがるラインのせいで、なまじ山歩きに耐性がついていたミーシャは疑問に思いつつも問いただすことはなった。

 道すがら目に入った薬草に気をとられていたともいう。


「用事というか、馬車を使わないでいいなら、こっちの方が早道なんだよ。ミーシャは山道に慣れてるみたいだし、平気だろ?」

 悪びれることなく答えるヒューゴは確信犯である。


 移動の暇つぶしで、伯父と二人で旅してきた間はほとんどが徒歩で移動していた上に、道なき道を進むことも多かったと話したのはミーシャ自身だ。


 半信半疑だったけれど、実際にミーシャが自分に遅れることなく歩いているのを確認して、ヒューゴは旅のプランを変更することに決めた。

 平坦楽々馬車の旅から直線山越え徒歩の旅へと。


(こっちの方が距離的にも早いし、なにより人の中に混ざると絶対にトラブルに飛び込んでいくんだから、物理的に他人から引き離した方がいいだろ)

 絶対にミーシャには言えない本音をかくして、ヒューゴは焼き上がった肉串をミーシャに手渡した。


「今回の土砂崩れのせいで予定より時間も食っちまったし、ミーシャも早いところ伯父さん達に合流したいんだろう?」

「……それはそうなんだけど、一言相談してくれてもいいのに」

 少し不満そうに唇を尖らしながらも、ミーシャは素直に受け取った肉串にかぶりついた。


「まぁ、必要なものは俺が用意したし、食料も多めに持ってきてるから安心しろよ。町についたらちゃんと風呂に入れる宿もとってやるから」

「本当?大浴場とかもついてるところとか、ある?」

 宿場町で治療の傍ら温泉三昧を満喫していたミーシャは、パッと顔を輝かせる。


「いいぜ。探してやるよ」

 気前よく頷きながらヒューゴもご機嫌で肉にかぶりつく。


「天気がいいといいなぁ」

 長い前髪の後ろでニンマリと細められたヒューゴの眼の理由に、ミーシャが気づくのは数日後の事だった。








「や……っと、着いたぁ~~~~」

 ガサガサと道路脇の藪が揺れ、少女がひょっこりと姿を現した。

 そのまま平らにならされた道に座り込む少女の姿は何処か薄汚れてヨレヨレだった。


「道だ……。人の気配だ……。私、人の世界に帰ってきたんだ」

「なんだよ、大げさだな」

 道端に座り込んだまま噛みしめるようにつぶやく少女の後ろを追いかけるように青年が姿を現す。

 呆れたように見下ろしてくる青年を、少女は下からギッと睨みつけた。


「大げさじゃない!どこの世界に本当に道なき道を一直線に目的地まで進むバカがいるのよ!」

「お前と俺だな」

 涙目で睨みつけられても堪えたようすもなく、青年は少女と自分を交互に指さしながら飄々と答えた。

「私は馬鹿じゃないもん!馬鹿ヒューゴ~~~!!」

 夕暮れの空に、ミーシャの悲痛な声が響き渡った。




「ひどいめにあったひどいめにあったひどいめにあった…………」

 ぶつぶつと怨嗟の声を吐きながらミーシャはごしごしと自分の体をこすっていた。

 周囲は温かな湯気に満たされ白く煙っている。

 ミーシャ念願の風呂であった。

 実に五日ぶりの…………。


「もう二度とヒューゴに同情したりしないんだから」

 何度目かの泡を落とし、一皮むけたようになったミーシャは、湯船に沈み込むとようやく満足したように大きく息を吐いた。

 温かなお湯の中で存分に手足を伸ばして体の力を抜く。


「はふぅ……。至福……」

 目を閉じれば疲れもストレスも湯の中に溶け込んでいくかのようだった。

 そのままブクブクと口元までお湯に浸かる。


 宿場を発ったミーシャ達は一路港町バイルを目指すことになった。

 当初の予定では、土砂崩れ現場を迂回して反対側に抜けたら、隣町まで進み、馬を買うか旅客馬車を探す予定だったのだ。


 それがふたを開けてみれば、正規のルートを外れ道なき道を強行軍である。

 ただ獣道を行くだけならまだ良かったのだ。

 ラインとの旅路も似たようなものだったし、数日山で過ごすのも、ミーシャにとってはそれほど苦痛ではないはずだったから。


 しかし、ラインとの旅とは決定的に違ったのは、()()()()()()()だった。

 道なき道を行くように見えたラインだが、一応幼い姪を連れ回すことに最低限の配慮はしており、過去に自分がたどった事のある道の最適解を進んでいたに過ぎなかった。

 一日に進む速度と休憩に適した水場をきっちり計算して進んでいた為、道自体は過酷でも休息と食事はしっかりと取れていたし、水が豊富な分体を拭いたり頭を洗ったりなどの清潔を保つことはできていたのだ。


 対して、ヒューゴ。

 まさに目的地まで一直線。

 夜明けから日暮れまで、食事の時間以外は動きとおし。

 若さと技術に任せて崖は登るし谷は下る。

 

 水は見かけた時に水筒に補充して、食事は携帯食。運が良ければ道すがら食べられるものを確保。

 一晩だけではあったけれど、野営に適した場所を見つける事ができずに木の上で夜を明かしたこともあったのだ。


 木の上で落ち着かぬ夜を過ごした後は、さすがに猛抗議したミーシャの要望が通り、食事休憩はしっかりと取られることになる。

 野営はテントが張れそうな土地を見つければ、まだ明るくともそこで本日の進軍は終了となった。

 いくら達者に見えてもミーシャはまだ未成年の少女であり、ヒューゴと同じように動くことはできない。

 顔色を悪くしたミーシャを見て、それにヒューゴがようやく気づいたおかげでもある。


 とはいえ、文字通り道なき道が過酷なのは変わりなく、ようやく目的地近くに到着した時にはミーシャは心身ともに疲弊して荒んでいたのであった。


「なにはともあれお風呂」と叫んだミーシャに、内心さすがにやりすぎたかと反省していたヒューゴも素直に頷き、バイルの門をくぐると同時に宿屋に直行した次第である。

 まだ宿泊時間には早かったもののボロボロにすすけた二人の姿に思うところがあったのか、宿の主人は速やかに風呂の準備を整えてくれた。


 実はミーシャの要望通り宿には大浴場も備えられていたのだが、あまりの二人の汚れっぷりに部屋の個浴に押し込められた経緯がある。

 垢にまみれた姿を人に見られたくないミーシャの心情的にも合致していたので問題なしではあるが、それはそれで後に大浴場もしっかりと堪能しようと心に決めて。


「ミーシャ、寝てるのか?」

 浮いた4日分の宿泊代金もあり、今回は二部屋とっていた。

 そのためヒューゴも同時間に自室で風呂に入り、今後の予定を立てようとミーシャの部屋を訪ねてきていた。


 しかし、何度部屋の扉をノックしてもなしのつぶてで、さすがに心配になって扉を押せば鍵もかけられていない。

 あまりの不用心さに眉をしかめながら部屋に入ったヒューゴは、几帳面なミーシャらしくなく床に投げ出されたリュックに首を傾げた。


「そこにいるのか、ミーシャ?」

 ベッドと机があるだけの個室は狭く、人が隠れるほどの余地はない。

 姿の見えないミーシャに、もしかしてとヒューゴは浴室の扉を叩いた。

 

「……はぁい」

 どこか眠そうな返事に、ヒューゴはほっと肩を撫で下ろす。

 おそらく疲れも相まって、温かい浴槽に浸かっているうちに眠気に襲われていたのだろう。


「寝るなよ。沈むぞ?湯が温くなってるんじゃないか?追加を頼もうか?」

「……だいじょーぶ。あがるから、ちょっと待ってて」

「分かった。外にいるから」

 少し声に張りが出てきたことを確認して、ヒューゴは部屋の外へ出ると扉に背中を預けるようにして立った。


「ヒューゴ、そこにいるの?」

 しばしの後、ドアノブが動いたものの背中を預けていたヒューゴの重みで開ける事がかなわなかったらしいミーシャの困惑したような声が響いた。


「あ……わりぃ。寝てた」

 人の脅威は薄い代わりに野生の獣に警戒することになっていたため、旅の間ほとんど熟睡することのなかったヒューゴもまた疲労が溜まっていた。

 宿の中でようやく気を弛める事ができ、眠気に飲み込まれていたのだ。


「……もう、今日は休んで明日から動こう?」

 扉を開けたミーシャは、手を伸ばすとヒューゴの長い前髪をかき上げた。そして色濃く疲労の浮かんだ顔を見て呆れたようにつぶやく。


「せっかくの取り柄が台無しだよ?」

「は!馬鹿言え。俺くらいになるとやつれた顔も色っぽいって絶賛されるんだよ」

 ミーシャの気遣いを鼻で笑い飛ばすと、その華奢な体を押して部屋に入り込む。


「とはいえ、ミーシャはゆっくり休んだ方がいいだろ。髪乾かしてる間に食事の準備を頼んでおくから、それ食べたら寝ろよ」

 うっすらと浮かぶミーシャの目の下クマをなぞると、ヒューゴは眉を下げた。


「無茶させて悪かったな」

「……別に。本当に無理なら止めてたもの。私も早くお風呂に入りたかったの」

 珍しく弱気な声に軽く目を見張ったミーシャは、ツンッとそっぽを向いてから悪戯っぽく笑った。


「でも、悪いと思ってるならデザートもつけてね?」

「……りょーかい。楽しみにしてろ」

 ヒューゴは小さく頷くと、ミーシャを残してさっさと部屋を出ていった。

 その背中を見送ってから、ミーシャは髪を乾かすために鞄から櫛を取り出そうとしてふと思いついたように薬箱を探る。


「少しくらい薬に頼ってもいいよね」

 ライン直伝の滋養強壮剤を調薬するべくいくつかの薬草を取り出しながら、ヒューゴの分にはこっそり睡眠薬も混ぜてやろうとたくらむミーシャであった。


 その後。

 仮眠をとったら夜中の探索に出ようとたくらんでいたヒューゴは、朝日と共にすっきり目を覚ますことになるのだが、意趣返しとしては可愛いものだろう。


読んでくださり、ありがとうございます。


きっと最初の二日くらいは、急ぎたいヒューゴに気持ちを汲んで我慢して付き合っていたけど、樹上宿泊にブチ切れた模様(笑)

食と清潔・休養はしっかりとりたいミーシャと先を急ぎたいヒューゴの攻防は、ミーシャの眼の下のクマにてミーシャに軍配が上がりました。

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