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ミーシャを宿に送り届けて自分が戻ってくるまでけして部屋から出ないようにと言い含めた後、ジオルドは「お願い」をかなえるために動き出した。


動きが鈍くなるので大人数で動くことを嫌っていたが、今回はミーシャという護衛対象がいた為、最低限ながら部下を連れてきていたのが幸いして人手には困らない。

他国であるため情報源は限られるが、まあ、そこは蛇の道は蛇。なんとでもなるだろう。


差し当たり部下の中でも小柄で目立たないものを警備役に2人ほど割り振ってカーラフ家に向かわせた。庭木があれほどおおい茂っていれば潜む場所には事欠かないだろう。


「しっかし、思った以上に面白い事をひっかけてくれるよな」

市場ですりの少年を捕まえたときには、まさかこんなことに巻き込まれることになるとは思いもしなかった。


ミーシャに頼まれたお願い事は3つ。


カーラフ家の評判と現在の立ち位置。

カーラフ家に現在立ち入っている人物とその周囲の関係。

そして、この地の司法の在りよう。


なんでそんなことを知りたいのかと問うジオルドにミーシャはマリアンヌの症状が毒物中毒であること。その使われた毒が自然発生する事は無く、またかなり珍しいものであることを言葉少なに語った。


「今回の毒を体から抜くことは簡単だけど、根本を解決しなければまた同じようなことが繰り返される。そんなのいやだから」


うつむき加減につぶやかれた言葉は、人の命を脅かす悪に対する少女らしい潔癖というには苦いものを含んでいた。そうして、少女が理不尽な悪意の結果母親を亡くしていることに思い至り、舌打ちをしたいような気分に陥る。






そうして乞われるままに部下を動かし調べてみれば、ある意味わかりやすいお家乗っ取りの陰謀が浮き彫りにされた。


原因不明の病で亡くなった大商人の当主とその奥方。時同じくしてどこからともなく聞こえてくる黒い噂に呪いという物騒な声。


使用人の中にも体調を崩すものが現れるが、その人物がカーラフ家を離れると症状がなくなるとのうわさも流れはじめ、周囲では「カーラフ家は何か悪事を行い何者かに呪われたのだ」と言う話がまるで真実のように独り歩きし始める。


信用第一の商人が「呪い」の看板をしょって上手くいくはずも無く、カーラフ家は商売を知人の手にゆだね没落の一途をたどったようだ。


そうして使用人すらいなくなった広い屋敷の中でマリアンヌとケントはひっそりと息をひそめて暮らしてきたのだ。

だが、一度は収まったかに見えた悪意の牙は再び2人に向けられる事となった。


原因は、カーラフ家が主商品として扱っていた織物の製造元が、流通を自分たちでは上手く出来ないからとマリアンヌが託した商人に反旗を翻し始めたからだった。


もともと地方の小さな村で細々と作られていた精密な織物を、数十年前、たまたまそこを通りがかった当時の若き当主であったマリアンヌの夫が気に入ったのが始まりだ。


土地が痩せてろくな作物が育たず、冬は雪で閉ざされる寒村の民が、何もすることのない冬の間に細々と作っていたものだった。


それを、カーラフ家が高額で買い上げることで、村は餓死者を出すことも子供たちを売ったり間引かなければならないという悲しい歴史から逃れる事が出来た。


美しい織物として流通が出来上がるまでの間も先々代当主はこんなに払っては赤字だろうと眉をしかめる周囲に「先行投資だ」と笑って、村人たちが暮らせるだけの金を融通し続けたのだ。


お金以上の恩義を感じていた村人たちは、「途中で放り出すようなことになって申し訳ない」と頭を下げるマリアンヌの為に、新しくやってくるようになった商人の高圧的な態度も我慢し続けていた。


だが、ついには取り決められた金額を払わないどころか、村の若い娘たちに乱暴を働こうとした事で我慢の限界を超えたらしい。


門戸を閉ざし、商品を渡さず、カーラフ家の血筋が戻ってこないのなら商売は取りやめだと声をあげる村人たちに商人たちは焦ったのだろう。


かといって、今更カーラフ家に頼るのも面白くないし儲けが減ってしまう。

だったら、恩義を感じる先を徹底的に潰してしまえばいい。

織物が売れなくなって困るのは村人たちのほうだ、という傲慢な考えのなせる行動だったのだろう。


実際はそううまくいかないことは、少し冷静に状況を見れば分かりそうな物だったのだが。

数十年に渡り良質の織物を提供し続け、時に王族への献上物とまでなった事のある職人の村が、かつての貧しい村のままであるはずも無い。


村としても村人一人一人の個人としても富を蓄える事が出来た。更に、カーラフ家の勧めや援助もあり、見込みのある子供たちに高等教育を受けさせ、商売のノウハウも学ばせた。

やろうと思えば十分に村の人間だけで新たな商売を始めることのできる地力をすでに得ていたのだ。


それでもカーラフ家をたてていたのは、金勘定だけの問題ではないという先々代から続く深い恩義に報いるためであり、仮にマリアンヌたちに不幸が起これば、さっさと手を切っていたことだろう。


まあ、恩義あるはずの相手を己の欲の為に害する人間に、義理人情の世界を説いたところで馬の耳に念仏だ。理解などしないし、鼻で笑っておしまいだろう。








「と、いうわけで、暖炉に細工をしたのもその香炉を送ったのも同一人物だ。南のほうの怪しい商人とのつながりも浮かんできたから、ミーシャの言っていた毒物はそこから手に入れたんだろう。

息子夫婦が気に入って使っていた香炉も同じ人物からのプレゼントだったみたいだ。息子夫婦は香炉からの毒にやられたんだろうな」


2時間もすれば望む情報はざっくりとだが集まった。

カーラフ家の商売が立ち行かなくなり1番得をした人間であり、しかし、それが不自然にならない位置にいた人物。

裏表のある性格だと一部からは白い目で見られていて、実際疑いの目で見る者もいたらしい。

だが、息子夫婦の死は病死にしか見えなかった為、どうすることも出来なかった。


「先々代に付いていた元丁稚さん、ですか・・・・・・」

「先々代が引退するときに暖簾分けじゃないが一部援助を受けて店を持ったそうだ。先代との付き合いも深く、友人だと言っていたそうだが」

最悪の結果にミーシャの顔が曇った。


(マリアンヌさんになんて伝えたら良いんだろう)

十代の幼いころから面倒を見て仕事のノウハウを一から教え育てた相手が、大切な息子夫婦を殺し、さらには自分や孫まで手にかけようとしていた。

その真実は、どれほどマリアンヌを傷付ける事だろう。


眉根を寄せため息をつくミーシャの頭をポンポンと大きな手が撫でた。

「きついようならこっちで処理しておくぞ?」

気づかわしげな声に甘えてしまいたくなる気持ちをこらえて、ミーシャは首を横に振った。


「私の患者さんです。ちゃんと私の言葉で伝えます。薬も持って行かないといけないですし、ね」

どう聞いても強がり八割というところだが、ジオルドは何も言わずにただミーシャの小さな頭を撫でると口角を持ち上げて見せた。


「じゃあ、行こうか。きっと生意気な坊ちゃんが待ちくたびれてるぜ」

ニヤリと笑って促され、ミーシャも薬を入れた包み片手に立ち上がった。


情報は集めた。

後は「どうするか」「どうしたいのか」を当事者に確認して動くだけだ。

覚悟を決めて仕舞えば、軽いとは言い難い足取りでも前に進むことはできる。

ミーシャは、ジオルドとともに先程歩いた道を辿り始めた。







「………そう。あの子が」

毒の話を聞き、ミーシャがあの香炉を持ち帰ったことで、薄々勘付いていたらしいマリアンヌは、心配していたように取り乱すことは無かった。


ただ、沈痛な面持ちで黙り込んだだけだった。

俯いた顔の先。そろえた膝の上に乗せられた手が握りしめられ小さく震えていた。

息子同様に可愛がっていたつもりだった。

そんな相手の裏切りを知り、認めたく無い現実との葛藤の表れだったのかもしれない。

ミーシャとジオルドはただ黙ってその様子を見守った。


どれほどの時間が過ぎただろう。

マリアンヌが俯けていた顔を上げた。

「村の皆さんに謝罪しなければなりませんね。ノウハウを持っているからといって、海千山千の商人たちの中で新たな販路を開くのは大変だろうと、余計な気遣いをして。

結局皆さんの心労を増やしただけだった。

いいえ。気遣いと称して、完全にこの手を離してしまうのが寂しかったのかもしれないわね。

あの織物はあの人の人生のようなものだったから。

私のくだらない感傷で本当に申し訳ない。

………キチンとカーラフ家とのしがらみから離して差し上げなくては」


その瞳の中に涙がにじんではいたけれど、もう、悲しみに沈んではいなかった。

その強さに、ミーシャは憧れた。

こんな風に自分も強くなりたいと。


「あの男のしたことは犯罪です。放っておくのですか?」

ジオルドの言葉に、マリアンヌは表情を曇らせた。

「確かに悔しいけれど、彼がやったという証拠が香炉と暖炉の形跡だけでは弱いでしょう?どちらも「知らなかった」で通せてしまう。今の彼にはそれだけの力があるんです。

対して、こちらは没落寸前の元商家でしかありません。

むしろ、下手に騒ぎ立てれば名誉を傷つけられたとこちらが不利になってしまうでしょう」


「………そんな」

あまりに理不尽な事にミーシャは息を飲んだ。

大切な人の命が奪われ、自らの身も狙われ、それでも泣き寝入りするしか無いなんて。


「どうにか出来ないんですか?」

少女らしい義憤にかられたミーシャが、縋るようにジオルドを振り返ったとき、窓の外で何やら人の争う声が聞こえた。


「何かあったみたいだな」

素早い身のこなしで窓の方に駆け寄りながら、手ではミーシャ達にその場から動かないように指示を出す。

そうして、ジオルドが窓から外を覗いたときには全ては終わっていた。


護衛のために庭に潜ませていた2人の部下が、5人の男達を捕縛している。

「何事だ?」

「はっ!彼らが屋敷に侵入し火を放とうとしていたため、取り押さえました。いかが致しましょうか?」


ただの物取りならば、いきなり放火などと乱暴なことをするはずが無い。

しかも、時刻はまだ夕刻であり、荒事にも向かない時間帯である。

何か差し迫った理由があるのは一目瞭然であり、ジオルドは、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「喜べ、ミーシャ。どうやら向こうから証拠がやってきたみたいだぞ」

楽しそうなジオルドの言葉に、ミーシャとマリアンヌは首を傾げた。







そこからはまさに怒涛の展開だった。

放火未遂犯達は、我が身可愛さにあっさりと自供し、そこから例の商人へとたどり着くのはあっという間だった。


どうやら村の代表者がマリアンヌの元に直接乗り込もうとしたのに焦り、強硬手段に出たようである。


今までも村の代表達は何度もマリアンヌに手紙を送っていたのだ。

それを、郵便配達人を抱き込んで、うまく握りつぶしていたらしい。

しかし、直接乗り込まれてはどうしようも無い。


「良い人」の仮面が剥がれて仕舞えば、隠してきた悪事が日の元にさらされてしまうかもしれない。そのことを恐れての暴挙だったようだ。


ミーシャ達がその場にいたのも不味かった。

お忍び状態とはいえ、ジオルドは隣国のお偉いさんでミーシャは国王に招かれた賓客である。


袖の下を渡された下っ端役人に誤魔化せる範囲はとうに超えていた。

その地を収める領主直々のお出ましに、隠されていた悪事はあっという間に日の元に晒された。


どうもマリアンヌの命を狙った商人は、数ある悪事の一角でしかなかったらしく、芋づる式にズルズルと多くの人間が捕縛される事になったのだが、またそれは別の話だろう。


ただ、領内の膿を出す良い機会となったと領主直々にマリアンヌに礼があり、不名誉な噂で没落していたカーラフ家の名誉回復に一役かう事になったのは嬉しいおまけだった。


その騒ぎの中、例の村の使者も到着し、どうして苦しいときに頼ってくれなかったのだと男泣きに泣かれ、マリアンヌが困惑する場面も見られた。







そうして。




ミーシャは、ようやく一連の騒動の終わりが見えてきたからと招待され、ついでにマリアンヌの診察もさせてもらおうと屋敷へとやってきていた。


屋敷は、初めてミーシャが訪れた時とは大分様子が変わっていた。

たくさんの使用人が行き交い、庭も屋敷も綺麗に手入れされ、まるで別の場所のようだ。


恩人の窮地にやってきた村人達の行動の結果だそうで、マリアンヌは少し困ったように笑っていた。


その時、マリアンヌとジオルドが後始末の最終確認にきた役人に呼び出されてしまい、残された子供2人は一緒におやつを食べながら、のんびり時間を潰していた。


「多分、婆ちゃんとレイランの村に引っ越す事になると思う」

「レイランの村って、この織物の村?」

唐突なケントの言葉に、ミーシャは足元を見た。

あまりにさりげなく使われていて誰も気付かなかったのだが、そこには見事な織りの絨毯が敷かれている。村の織物の一種だそうだ。


「そう。村の人間が大事な恩人をこんなところに置いておけないって婆ちゃんの大説得大会になってるから。多分、もうそろそろ婆ちゃんが負けるだろ」

ケラケラと笑いながらクッキーをかじるケントにミーシャはお茶を一口飲んで、それから、笑顔を浮かべた。

その様子が目に浮かぶ様だ。


「そっか。ケント君は行ったことある?」

「父さん達が生きてる頃に何回かな。すっごい山奥で何にも無いけど、良いところだよ。みんな優しいし」

笑顔に少し影が差したのは、死んだ両親を思い出したからだろう。


原因不明の病気で亡くなった両親が、実は毒殺だった。

しかもその犯人は、ケントも知っている相手だ。


幼い頃抱き上げてもらったこともあるし、会えば、いつでも甘い菓子やちょっとした玩具をお土産に持ってきてくれた。

両親が亡くなってからは頻度が減ったけど、年に数度は顔を合わせていた相手だ。


少年の心に複雑な影を落とさない訳がなかった。


それでも、ケントは前を向いて笑っていようと決めたのだ。

それは、逆境には立ち向かえという亡き父の教えでもあった。

良い商人とは不屈の精神と飽くなき探究心を持っていなければなれないのだといつも口癖のように言っていた。


「あのさ。俺、もう少し大きくなったら婆ちゃんの知り合いの商人のところに働きに行く予定なんだ」

さらなる唐突な言葉に、ミーシャは目を瞬いた。

「マリアンヌさんと村に行くんじゃ無いの?」

驚くミーシャに、ケントは「行くけどさ」とゆびで頬をかいた。


「俺、立派な商人になりたいからさ。その為には色々勉強しないとだし。学校行くより、叩き上げの方が向いてるかな、って」

ケントの瞳はキラキラと輝いて見えた。

その瞳には希望に満ちた未来が映っているだろう。


自分よりも小さな少年が、両親の死をしっかりと乗り越え、前に進もうとしている。

それは、ミーシャに強い衝撃を与えた。


「………ありがとう。ミーシャに会えてよかった。おかげで婆ちゃんは助かったし、父さん達のことも分かった。この恩は、いつか絶対に返すよ」

呆然と見つめるミーシャに何を感じたのか、ケントは、早口でそういうと口の中に最後のクッキーを押し込み立ち上がった。


「婆ちゃん達、遅いから、様子見てくる!」

そう言って風のように飛び出していったケントの耳がほんのりと赤く染まっていたことに、残念ながら呆然としていたミーシャが気付くことは無かった。


「強いなぁ。………見習わなくっちゃ」

1人残されたミーシャは、呆然とケントの話を反芻した後、そう呟いて唇をかみしめた。


まだ、今はあんな風に明るく笑えないし、前を向いて進むのはとても辛いけど。

「うん。がんばろ」

自分に言い聞かせるように声に出して、ミーシャは、意識して顔を上げ口角も上にあげてみる。


「薬師を目指すなら、ハッタリでも強がりでもいいからいつでも余裕のある顔で笑っていなさい。頼るべき薬師の迷う顔を見れば、患者はより一層不安になるわ。ただでさえ、痛くて苦しくて辛い思いをしているのに、気持ちだけでも楽にしてあげなくっちゃ」

そう言って頭を撫でてくれた母親はいつでも綺麗に微笑んでいた。

どんなに辛い時も、ミーシャはその笑顔を見れば大丈夫だと安心できたものだ。


不意に浮かんだ母の言葉と笑顔にミーシャは、歪みそうになる笑顔を必死で保ち続けた。

(そうね、母さん。ハッタリでも強がりでも、とりあえず笑っとくわ。そうすれば、いつか本物になると思うから)








後に、大陸中に名を轟かせる大商人へと成長したケント=カーラフは、生涯において緑の民を友とし敬愛を捧げたと伝えられている。

その献身に理由を尋ねられた時、彼は誇らしげな笑顔で答えたという。

「幼き頃、返せぬ程の恩を受けたのだ」と。












読んでくださりありがとうございます。


一段落、です。

ミーシャと同じ様に人の悪意で親を亡くしたケント君。

お婆ちゃんや村の人達に守られながら、逞しく成長していって欲しいです。


ミーシャも、少し前に進めたかな?と。



と、いうところでストック消費しましたので今後は不定期更新になります。

なるだけお待たせしない様、頑張ります。

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