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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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14

 ミーシャとヒューゴを乗せた馬は悠々と山道を駆けのぼっていく。


「雪はほとんど溶けてるみたいね」

 たくさんのわだちの残る山道はぬかるんでいるものの、雪自体は端の方の吹き溜まりなどにその姿を残すのみとなっていた。


「まぁ、人がたくさん通ったから溶けたってところもあるだろうがな」

 慣れない山道で馬を走らせるヒューゴに気を使ったのか、斜面に入った途端に常足より少し早い程度にまでスピードを落とした案内の男の背中を追いかけながら、ヒューゴも辺りへと視線を走らせた。


「どれくらいで着くのかしら」

 速度が落ちたおかげで口を開く余裕もできたのだが、到着が遅くなることを心配してミーシャはそわそわと辺りを見渡した。


「もう少し速く走らせても、私は平気よ?」

 自分への気遣いなら無用だと、ミーシャは後ろに座るヒューゴを見上げた。


「落ち着けよ。全力で走らせたところで、それほど時間は変わらないから。むしろ、それで馬が足を滑らせでもしたら大変なことになるだろ」

 あきれ顔でいさめるヒューゴに、ミーシャは唇を尖らせた。


「前に森の中を馬で駆けた時にはもっと速かったもの」

 ミーシャの脳裏に初めて馬に乗った時の光景が蘇る。


 父親の怪我の知らせのすぐ後に現れた迎えの騎士につれられて、慣れ親しんだ森の中から飛び出したのだ。

 生まれた時から住んでいた森の中の小さな家があっという間に遠ざかっていった。


(まさかあれから帰れなくなるなんて思ってもみなかったけれど)

 ふいに胸にこみあげてきた寂寥感にミーシャは唇をかみしめた。


 突然俯いてしまったミーシャに、ヒューゴは目を瞬いた。

 腕の間にあるミーシャの体が小さく縮こまるのを感じる。


「ミーシャ?」

 どうしたのかと尋ねようとした時に、ふいに木々の隙間から土砂崩れの様子が飛び込んできて、ヒューゴは息をのんだ。


 その動揺が伝わったミーシャも、うつむいていた顔をあげて同じように息をのむ。


 山肌を切りひらき踏み固めて作られた馬車一台ほどの幅がある道路。

 ミーシャ達の場所から、それを二十メートル以上寸断するように土砂が流れているのが見えた。

 下の村からでも分かるほどの山崩れは、近くで見ると予想以上の迫力だった。


「・・・・・・よく助かったな」

 思わずこぼれたヒューゴの言葉が聞こえたのか前を進んでいた男が振り返る。


「馬車は、土砂が崩れた現場のまだ端の方にいたみたいだからな。真ん中ら辺だったら、下まで流されて命はなかったはずだ。運が良かったんだ」


 喜ばしい情報のはずなのに、それを口にした男の表情は暗い。

 不思議そうなミーシャに気づいたのか、男は苦笑してみせた。


「もう一台、馬車がいたって聞いてるからなぁ。上手く上の方に戻ってくれてればいいが、どうなったかは今のところ分からん。道も元通り掘りかえして使えるようになるのも、どれだけ時間がかかる事やら……」


 男の憂鬱そうなため息に、ミーシャは息をのんだ。

 行方が分からないと言われたもう一台の馬車は、ジョブソンの仲間のもので、フローレンとエディオンの母親が乗っているはずだった。


「他の道はないんですか?」

 すがるような声をあげるミーシャに、男は難しい顔で首を横に振る。 


「あるにはあるんだが、地元の猟師しか通らない、ほとんど獣道みたいなもんなんだよ。木々に遮られて山の中はまだ雪が残ってるし、慣れた人間じゃないと道を見失う。それに、土砂を掘る作業を優先させたから、まだそっちまで手が回ってないんだ」


「そんな……」

 肩を落としたミーシャに、ヒューゴと男は顔を見合わせた。

 見知らぬ人間を心配しているにしては、ミーシャの落胆は深く感じたからだ。


「……最後の馬車に、友達のお母さんが乗っていたみたいなんです」

 しょんぼりと答えたミーシャの頭上越しに男達は視線を交わした。


「まぁ、土砂は上から下に流れるもんだ。きっと無事に上へと逃れてるはずだ」

「そうそう。野営地まで戻れば火も焚けるはずだし、きっと暖をとって救助を待ってるさ」

 示し合わせたように慰めを口にする二人に、ミーシャは力なく笑って見せた。


「そう、ですね。希望があるのに、落ち込んでる場合じゃないですよね」

 自分を鼓舞するように言葉にすると、ミーシャは前を見つめた。


 人間達が会話している間も、確実に足を進めていた馬たちのおかげで、目的地はもうすぐそこまで近づいていた。





 たどり着いた現場はいくつもの篝火と男たちの掲げるたいまつで明るく照らされていた。


「おい、こっちを支えてくれ」

「そっちにも倒木があったから運んで来いよ」

「これ何処に持っていけばいいんだ?」

 そして忙しく動き回る男達で騒然としている。


「何をしてるのかしら?」

 慌ただしい様子に、ミーシャは首を傾げた。

「周辺がこれ以上崩れないように補強してるみたいだな」

 同じように辺りを見渡していたヒューゴが答える。


 道路をふさいでいた土砂を斜面の方へと押し出して道をつくったようで、掘り出された部分の道幅は、むしろ前よりも広がっているように見えた。


 その新たに作られた道の山側の斜面を男達が丸太を組み合わせて補強しているのだった。

 他にも、大きな岩を力を合わせて道の端へと押しやろうとしている集団もいる。


「馬はこっちにつないでくれ」 

 先導していた男がいつの間にか馬をおりて手綱を引きながら手招いていた。


「ミーシャ」

 身軽に飛び降りたヒューゴに手を差し伸べられて、ミーシャも馬の上から滑り降りる。


 初めて馬に乗った時とは違い、しっかりと大地に立つことができたのは、経験のおかげか馬の速度の違いか……。


(よかった。前みたいになったら、絶対ヒューゴにからかわれるもの)

 少なくとも、へたり込んで動けなくなるという無様をさらすことがなかったことをミーシャはひっそりと心の中で喜んだ。


「患者さんはどこですか?」

 薬箱をしっかりと抱えて、ミーシャは案内の男を見上げた。


「こっちだ」

 馬をつないだ後、ミーシャに託されていた包帯や添え木などを下ろし、男も素早く歩きだす。


 崩れてきた大量の土砂や倒木が脇に寄せられ、かろうじて人が二人ほど並んで通れる道が奥へ奥へと続いていく。


 それは町の男たちの苦労の結晶だった。

 ミーシャ達が奥へと進む間にもたくさんの人々が倒木や土砂をどこかに運んでいる様子を見る事ができた。


「すごい統制が取れてるな」

 それぞれが自分のやるべきことを把握しているようで、黙々と働いている姿にヒューゴは思わず感嘆の声をあげた。


「人でも資材も限られてる寒村だからな。有事の際の行動はあらかじめ決められてるんだ」

 案内の男のどこか誇らしげ声に、ミーシャは村の集会所を思い出していた。


 あっという間に集まってきた村の女性たちは、みんなにふるまう為の料理や飲み物をつくったり、運び込まれる怪我人のためのベッドを用意したりとテキパキと動いていた。


「備えあれば憂いなしってな。この間死んじまった薬師の爺様の尊い教えさ」

 男の声ににじむ尊敬の念に、こんな時だというのにミーシャの顔に笑みが浮かんだ。


 ミーシャが薬師の心得があると名乗りを上げた時、村の女性たちにいそいそと老薬師が残したという道具の元へと案内されたことを思い出したのだ。


「道具は古かったけどとても丁寧に手入れされていました。同じ薬師が来ればすぐに分かるように準備もされていて、薬草も一通り揃っていました。

 自分が亡くなった後も村のみんなが困らないように、少しでも助けになるようにと考えたのだと思います」


 そこに残されていたのは老薬師の優しい心遣いだった。


「とても素晴らしい方だったんですね」

 柔らかなミーシャの笑顔に思わず足を止めてしまった案内の男は、すぐに我に返ったように前を向いた。


「そんな良いもんじゃないさ。あれをしろ、これを用意しとけと口うるさい爺さんだったぜ。……まぁ、村のために考えてくれてはいたんだろうけどな」

 振り返ることなく前を行く男の耳がかすかに赤く染まっているのが見えて、ミーシャは声に出さずに少しだけ笑った。


「そうなんですね。では先達に恥じないように私も頑張りますね」

「……張り切りすぎてから回るなよ」

 決意も新たに薬箱を抱えなおすミーシャの後ろを歩いていたヒューゴがぼそりと呟いたけれど、前だけ見ていたミーシャの耳には入っていないようだった。






 そして案内されたのは、半分埋まったままの横倒しになった馬車がある場所だった。


 先ほど村の方に送られてきた怪我人達の、乗っていた馬車だと目星をつけたミーシャはくるりと辺りを見渡した。


 馬車を掘り出した後に出た土は道のわきから山の斜面の方へと押しやったらしく、少しだけ空間に余裕がある。


「こっちだ」

 手招く男が馬車の後ろの方へと姿を消した。

 慌てて後を追いかけたミーシャは、視界に飛び込んできた光景に目を丸くした。


 土砂と共に、ミーシャの背丈よりも大きな岩がゴロゴロと転がっていたからだ。

 その上や周辺へと幾人もの男たちが群がっている。


「おい、薬師の嬢ちゃんを連れてきたぞ」

 松明が幾本も掲げられ、宵闇が払われた中で何やら固まっていた男たちの集団が、その言葉にざっと二つに割れた。


 視界が開けた場所には巨石が小山のように積み重なっていた。

 馭者の男は、その岩の隙間に偶然はまり込み無事だったのだ。


 わずか50センチも位置がずれていたらぺしゃんこにつぶされていたであろう、まさに奇跡の生還だった。


「あぁ、待ちかねたぞ。体温が奪われているせいか少しずつ元気もなくなってきててな。とりあえず、近くに焚火を焚いて暖をとれるようにしてるんだが」

 その場で指揮をとっていたらしき初老の男が前に出てきてミーシャ達を手招いた。


「あんまり岩の間に余裕がなくてな。俺たちじゃ、中に入り込めないからどうなってるか確認するのも難しいんだよ」

 指さされた先には50センチほどの隙間が開いていた。


「あれでも大分、岩を砕いてこじ開けたんだ。微妙なバランスで積み上がってるもんで下手に動かすと崩れちまいそうでな」

「患者さんは動かせないんですか?」

 中から洩れる明かりに、まだそこに人がいる事を察してミーシャは首を傾げた。


「手を伸ばして引っ張っては見たんだが、どこかが引っ掛かってるようで動かないんだ。さっきも言った通り、俺たちは中に入る隙間がないから確かめる事も出来んし困っとるんだよ」

 肩を落とす初老の男に、ミーシャはコクリと頷いた。


「わたしなら小さいから、入れるかもしれません。とりあえず見てみます」

 ミーシャは、岩の隙間から中を覗き込んだ。


 そこには毛布を体にかけた男性がぐったりと横になっていた。体を軽く丸めるように横倒しになっている。


 男性のいる隙間は一番高い所でも一メートルほどで、大きな岩が二つ斜めに支えあっているようだった。その上にさらにいくつかの岩が積み重なり、絶妙に隙間がふさがれている。

 おかげで土砂が中にほとんど入り込むことなく、被災者の男性は呼吸をすることができたのだろう。

「……うん、私なら入れそうです。ちょっとそばまで行ってきますね」

 状況を観察していたミーシャは、着ていたコートを脱ぎ捨てた。


 様々な道具や薬を忍ばせるために袖口や裾が広がり隠しポケットも多い特製のコートは、使い勝手はいいがその分かさばり、狭い空間では動きを妨げる事になりそうだったからだ。


 そして、唐突なミーシャの行動にあっけにとられていた初老の男性にそれを手渡すと、止める間もなく岩の隙間を潜り抜けた。


「馬鹿!崩れたらどうする」

 とっさに声をかけたヒューゴに、ミーシャは顔だけで振り返った。


「だったらなおさら急がなくっちゃ。大丈夫、とりあえず様子を見たらすぐに戻るから」


 ニコリと笑顔を浮かべるミーシャの瞳は、クモに噛まれた少年に駆け寄った時と同じ光を宿していて、止めても無駄だという事を悟ったヒューゴは口を噛みしめた。


 そんなヒューゴを尻目に、ミーシャは入り込んだ岩の隙間で男性の枕元に座り込んだ。

 外でのやり取りが聞こえていたのか、男性の目がぽかりと開いていた。


「私は薬師のミーシャです。お名前は?」

 ランプの明かりの中その目を見つめながら、ミーシャは穏やかに声をかけた。


「……イアンだ」

 囁くような小さな声だが、意識ははっきりとしているようで、その瞳にはまだ力があった。


「そう、イアンさん。さっそくだけど、気分はどうですか?」

 ミーシャはそっと毛布の中に手を差し入れてその手を握る。

 思っていたより冷えてはおらず、温もりを感じる事ができる。

 さりげなく探った脈は、むしろ速いくらいの鼓動を伝えてきた。


「気分は……だいぶ良い。みなさんのおかげで、明るいし温かくなったから」

 イアンは、少しだけ唇の端を持ち上げて答えた。


「ただ、どうもどこかに引っかかってるみたいで足が抜けないんだ。馬車から投げ出されたときに体を打ったみたいでいろんなところが痛くて動かしにくいから、自分ではよく見えなくて」


 話しているうちに喉も潤ってきたのか、声もスムーズに出るようになったイアンは不思議なほど穏やかな表情でミーシャを見上げる。


「悪いけど、どうなってるのか確認してもらえないかな?」

「ええ、もちろん。ただ、ここはとても狭いから少しあなたの体に触れるけど大丈夫かしら?」

「あぁ、もちろんかまわないとも」

 同じようにゆっくりとした口調で会話しながら、ミーシャはイアンの穏やかさに異常を感じていた。


 いつ崩れるか分からない岩の隙間に数時間を閉じ込められ、やっと救いの手が差し伸べられたと思ったのに、抜け出すことができない。

 そんな状況で取り乱すことなく、冷静に受け答えができるものだろうか?


(もともとの性格?それとも、取り乱す段階は通り越してしまったのかしら?)

 疑問に思いながらも、ミーシャはイアンの足元を覗き込む。


 そこには、絶望的な光景が広がっていた。

 


 



 

読んでくださり、ありがとうございました。

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