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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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12

 ジョブソンの話をまとめると。


 野営地で夜を明かした馬車は合計四台いたそうだ。

 そのうち二台がジョブソンたちの馬車で、もう一台はミーシャ達も利用していたような旅客馬車。最後の一台は個人の行商人の持ち物だった。


 一番小型で軽い行商人の馬車を先頭に二番目と最後尾をジョブソンたちの馬車は走っていた。

 とはいっても、除雪しながらの移動はまさに亀の歩みで、歩く速度よりも遅かったくらいだったという。


「つまり、土砂に飲まれたのは旅客馬車なのね」

 ミーシャは小さくつぶやくと難しい顔で黙り込んだ。

 ミーシャの乗る馬車は四人席が四列、計16人乗ることができた。

 

 かなり大きめの馬車だが、以外とこのサイズの旅客馬車は多いらしく、今回土砂に埋もれた馬車もおそらく同じ種類の馬車のようだった。

 最もこの時期に辺境へと向かう客は少なく、満席とはいかなかったようだ。


「昨夜は寒かったから予備の毛布を分けてもらったんだ。数枚貰ったから、その分客が少なかったんじゃないかと思う」

 寒さに震える乗客に配ってもまだそれほど余裕があるという事だ。ジョブソンの予測も当たっている確率は高いだろう。


「土砂の中に落石が混ざっているのが吉と出るか凶と出るか……微妙な所ですね」

 憂い顔のミーシャに、残された二人の表情も曇る。


 流れる土砂の中には人間と同じかそれ以上の巨石も混ざっていたのをジョブソンが見ていた。

 土砂だけでなく大きめの岩があるなら、それらが積み重なった隙間ができ、そこに入り込んでいたら生存率は上がる。

 細かい土の中だと隙間がなく窒息の恐れが高まるからだ。

 

 しかし、幌を突き破ってきた拳大の落石で怪我をした女性がいた事でも分かるように、あまり大きな石だと馬車の屋根を壊したり、もっと大きなものだとぶつかった拍子に馬車がつぶされる恐れもあるのだ。


(外にいたであろう馭者や馬は絶望的だろうな……)

 こちらの怪しげな風貌にひるみながらも、毛布を分けてくれた馭者を思い出してジョブソンは小さくため息をつく。

 持ち合わせが心もとなく、宝石の付いた指輪を差し出したジョブソンに「もらい過ぎになる」と困った顔で断りを入れていた。


 ジョブソンの表情を見てヒューゴは暗い未来を察知したものの、憂い顔の少女をこれ以上悲しませたくなくて口をつぐんだ。

 馬車が掘り出されるまでのわずかな時間稼ぎにしかならないだろうが、ショックは少しでも後の方がいいと思う。


 ただ命を落とすよりもある意味もっと残酷な未来が待ち受けていることを、その場にいる誰もが予想していなかった。






「馬車が見つかったぞ~」

 その第一報が叫ばれたのは、昼をだいぶ過ぎたころだった。


 また崩れてくるのではないかという恐怖と闘いながら、黙々と冷たい土砂を取り除いていた一行は、大きく響いたその声に顔をあげた。

 何処を掘ればいいのかも分からない作業は心を削る。


 目標を見つけた事で、捜索隊の勢いが増した。

 わらわらと集まり、みんなで力を合わせて馬車を掘り出していく。


「おい!みんな静かに!動くな」

 わずかに屋根の一部が見えるだけだった馬車が少しづつその姿を現していく中、一人が大きな声で叫んだ。


 騒がしかった現場に静寂が生まれる。

 そして…………。


「だれ……か、いるのか?ここ……たす……」

 静けさの中、小さな声と共にコンコンと規則的に固いものを叩く音が聴こえた。


 その場に、わっと歓声が沸く。


「生きてる!誰か、生きてるやつがいるぞ!!」

「おおい!聞こえるか!!」

「助けに来たぞ!あとすこしだ、がんばれ!!」

 口々に叫び声をあげながら、捜索隊の手はますます早まる。


「馬車が横転して扉は塞がってるみたいだ。こっちを掘って、壁を破ろう」


 そうして冬の夕暮れが迫るころ、ついに半分ほど掘り出された馬車の壁が破られた。


 途端によろよろとした足取りではあるが男が一人転げる様に出てくる。

 泥にまみれているが、大きなけがはないようだった。


 奇妙な静けさの中、誰もが男の姿を見つめていた。


 道路を寸断していた土砂の量は多く、探していたものの生きている人間がいるとは思えなかった。

 誰もが半ばあきらめながら、それでもせめて冷たい土砂から見つけ出してやろうと頑張っていたのだ。


 それが最高の形で報われようとしていた。


「あ……あ、感謝する。中に老人や子供もいるんだ。助けてくれ」

 半日以上暗闇に閉じ込められた目には夕暮れすらもまぶしい様で、目をすがめながらも男はかすれた声で必死に懇願した。


「あぁ、もちろんだ。よく頑張ってくれた。さぁ、こっちへ」

 目に涙を潤ませながら、近くにいた男がそっと中から出てきた男の背中を押した。


 次の瞬間、歓声と共に男達が馬車に詰めかけた。

 次々に中から人が救い出され、ある者は抱きかかえられ、ある者は担架に寝せられて運ばれていく。

 その場には明るい空気が立ち込めていた。


「おーい、誰かいないか~~」


 最後の一人が運び出された後、横転したためぐちゃぐちゃになった馬車の中で、男が確認のために声をあげたのは、なにを考えての事でもなかった。


 ただ、先ほど土に埋もれた馬車の中から声が聴こえた事がふと頭をよぎったのだ。

 しばらく耳を澄ましていたが特に異変は感じられなかった。


「ま、そううまくはいかないよな」

 小さくつぶやいて踵を返そうとした時、男の耳が何かを捉えた。


「……い…………こ……ぁ…………おぉ……………」

 バンッと思わず馬車の壁に体ごと張り付くようにして耳を澄ます。


「誰かいるのか?聞こえるなら、返事してくれ!!」

 馬車はところどころつぶれて隙間からいくらか土砂が流れ込んでいたものの、人が飛び出るほどの壊れ方はしていなかった。


 ゴロゴロと何回か転がったため、体を打ち付けられ怪我をしていたけれど、流される瞬間外から「体を丸めて頭を庇え」と叫び声がしてとっさに従ったおかげでひどい事にならなかったと聞いていた。 


 つまり、外から声が聴こえるとしたら、それは当時唯一馬車の外にいた馭者のものに違いない。


 狭い馬車の中幾度か位置を変えながら何度も声をかけ耳を澄ますことを繰り返していると、コンコンと何か硬いものを叩く音が聞こえてきた。弱弱しいが、一定のリズムを刻むその音は確かに人工のものだった。男の顔に歓喜が広がる。


「お~~い!馭者が生きてるぞ!手を貸してくれ!!馬車のすぐ側にいるはずだ!」

 夕暮れの中引き上げ体勢に入っていた捜索隊に声をかけ引き留める。


「なに?本当か⁈」

 驚きながら戻ってきた他の男達も馬車の中で確かに小さな音を確認した。

 半信半疑だった男たちの顔がパッと輝く。


「おい!火をたけ!篝火と松明の用意だ。こいつはもう半日以上閉じ込められてるんだ。時間との勝負だぞ!!」


 陽が落ちれば気温がぐっと下がる。

 馭者の男がどういう状況かは分からないが身一つで投げ出されているのは確かで、水を含んで重くなった土砂は容赦なく体温を奪っていくはずだ。


 男たちの顔が険しさを増し、慌ただしく動き始めた。






 夕暮れが迫る中、馬車が見つかったという一報が届いた。

 中には乗客がいて、怪我の大小はあるもののみんな生きていてこれから運んでくるとの事で、村でやきもきしていた待機組からも歓声が上がった。


 そして、すぐに体を清められるように浴室の準備をするもの、寝具の確認をするものとそれぞれに忙しく動き始める。


 ミーシャも複数のけが人が運び込まれると聞いて、包帯や傷薬の確認をして、消毒液を作り始めた。


 この宿場には常駐する薬師や医師は存在しなかった。


 昨年までは湯治がてらに年老いた薬師が一人住み着いていたらしいが、昨年の春に亡くなってしまった。

 

 誰も本当の年を知らないくらい年寄りだったので大往生だとみんなで気持ちよく見送ったのだそうだが、その後来てもらえる伝手もなくそれぞれに常備薬を備える事でどうにかしていたらしい。


 そこそこ流行っているとはいえ、住人自体は50人程度の小さな宿場ではそんなものだ。


 形見として集会場に残されていた古びた道具や有志で持ち寄られた薬を確認しながら、ミーシャもしょうがないと納得していた。


 村に1人薬師がいるのは理想だが、現実は厳しい。だからこそミーシャは故郷で母親と共に近隣の村を回っていたのだ。


 やがて運び込まれてきた怪我人たちを門前で待ち構え、ミーシャは怪我の具合によって助け出された乗客たちを振り分けていく。


 半数は打撲やかすり傷程度だったので、先に温泉で泥を流してくるようにうながして、切り傷や骨折がある者達は治療するための部屋にご案内だ。


 二度目の流れになると対応する女性陣も手慣れたもので、治療室に送られた怪我人も待っている間に泥汚れを熱い湯で絞ったタオルで落とすように促し、自分でできないものは手伝っていた。


 自力で動けそうにないのは両足を骨折してしまった青年と全身打ち身がひどい老人二人だけで、後は数針を縫う切り傷や軽い骨折などだ。数度馬車が転がったという話からすればこの程度の怪我人ですんだのはやはり奇跡だろう。


 すべての怪我人の治療が住むころにはすでに陽はくれていて、ミーシャは自分でもどうにか対処できた現実にほっと息をついた。


 もともと調薬をメインで学んでいたミーシャだったが、ラインと旅をするようになってからメキメキと怪我の治療に関する知識もつけていた。


「真面目に頑張ってて、良かった」

 医療に関してはスパルタなラインにビシバシと鍛えられて涙目になっていた時間は無駄でなかったのだと実感して、ミーシャは何処にいるか分からないラインにそっと感謝を送った。


「お腹すいた。でも、汗だくだからお風呂にも入りたい……」

 体の小さなミーシャにとって自分より大きな大人たちの治療をするのはなかなかの重労働である。


 体を支えたり動かしたりとヒューゴが何かと手伝ってはくれたのだが、終わってみれば全身汗まみれ泥まみれだ。


「やっぱりご飯より先に体をきれいにしよう」

 手を洗ったとしてもそのまま食事に行くにはためらう自分の惨状に、一休みするために治療室を出ようとした瞬間、慌てた様子の男が飛び込んできた。


「すまない!薬師がここで治療していると聞いたんだ……が?」

 飛びこんだ部屋に小さな女の子しかいない状況に、勢いよく話し出したはずの男の言葉がいぶかし気に止まる。


 すでに何度か繰り返した光景にため息を飲み込んで、ミーシャはにこりと笑顔を浮かべた。


「はい、私が薬師のミーシャです。どうされました?」

 姿と違う落ち着いた所作に、疑問を浮かべていた男の顔がハッと引き締まる。


「すまない、山の方で動かせない怪我人がいるんだ。できればいっしょに来て、診てほしい」


(お風呂はお預けね。汚れを落とす前で丁度良かったわ)

 疲労のたまる体から目を背けて、ミーシャは素早く動き始める。


「分かりました。すぐに道具と薬をまとめますから、その間にどうゆう状況かわかる範囲で教えてもらえますか?」


 冷静な瞳で促してくるミーシャに、男は自分の知る限りの話を始めた。


 患者は旅客馬車の馭者だった。

 土砂崩れに巻き込まれた時唯一外にいた馭者の生死は絶望視されていたが、幸運なことに巨石が積み上がった空洞に入り込み助かっていたのだ。


 掘り出された馬車からそれほど離れた位置でもなかったため、乗客を助け出した時に気づくことができ、最後の頑張りとみんなで松明を掲げながら掘り起こした。


「けど、岩の隙間に足をはさまれているみたいで、どうやっても抜けなくてな。

 痛みはないみたいだから引っかかってるだけだとは思うんだが、岩がデカすぎてどける事もできないし、絶妙なバランスで積み上がってるもんだから、下手に下の方だけ割ったら崩れる危険もあって迂闊に手が出せないんだよ。

 とりあえず他にも怪我してるみたいだし、そっちだけでも先に治療してもらいたくて呼びに来たんだ」


 男の話を聞きながら、ミーシャは持っていく荷物を選別した。

 自分の薬箱は当然として、厚手の包帯に骨折していた場合の添え木など。


 かさばるものは男にも手伝ってもらい、玄関に向かうと用意されていたのは馬だった。

 ミーシャは思わず無言でこちらを見下ろす馬と見つめあう。


「……すみません。私ひとりで馬に乗れません」

 基本移動は徒歩か馬車で、一人で馬に乗る機会はなかったし、興味はあったのだが何かと慌ただしくレッドフォードに滞在していた時も結局習う機会はなかった。

 シオシオと告白したミーシャに、一瞬時が止まる。


「あー、そうなんだ。ま、丁度いいか」

 気まずい空気を壊したのは、どこかに姿を消していたヒューゴで、ヒョイと後ろからミーシャを持ち上げると鞍の上に乗せた。


「おじさん、荷物はそっちで運んでくれ。ミーシャは俺が連れてくから」

「あぁ、分かった」


 いそいそと自分の馬にまとめた包帯などの備品を括り付け始めた男を横目に、ヒューゴは軽い身のこなしでミーシャの後ろに飛び乗った。


「なんか、いつもサッサと独りで動き出すから何でもできるような気になってたわ。まぁ、馬車より馬の方が速いからあきらめろ」


 引き留められて何か話し合っている男を尻目に、ヒューゴはぽくぽくと馬を歩かせながらミーシャに紙に包まれたパンを手渡した。


「で、しばらくはゆっくり走らせてやるから、移動の間にこれでも食べとけよ。腹減ったろう?」

 パンには適当に厚く切られたハムが挟まれていた。


 何処に消えたのかと思っていたら、このままだと食事をとりそびれそうなミーシャのために移動しなが

らでも食べられそうなものを用意してくれていたらしい。


 ヒューゴの気遣いに、ミーシャは目を輝かせてありがたくパンに噛り付いた。

 空腹は我慢するしかないかと諦めていただけに肉をはさんだだけのシンプルなパンでも十分にありがたい。


 あまり時間をかけるのも悪いだろうと口いっぱいにほおばるミーシャを後ろから支えてやりながらヒューゴは早歩きくらいの速度で馬をすすめた。


 それなりに揺れはあるのだが、体幹がしっかりしているミーシャは気にならない様子でモクモクとパンを口に詰め込んでいる。

 ときおり水筒に口をつけながら、ミーシャの簡素過ぎる夕飯が終了した。


「じゃ、とばすぞ」

 最後の一口を飲み込んだのを確認して、ヒューゴは馬の横腹を鐙で打った。


 途端に上がるスピードに、ミーシャは懐かしさを覚えながら舌を噛まないようにキュッと口を閉じるのだった。



 

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