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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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124/148

10

 山の中腹にある野営地から立ち去った男たちの後姿を見つめる複数の瞳があった。

 野営地で一晩を過ごした旅人たちである。

 

 野営地で夜を過ごしたのは男たちのほかに、王都と周辺を往復する旅客馬車と個人で行商をしている小型の馬車。そして個人所有の馬車二台の計四台だった。


 雪山対策をしていなかったのはみな同じであったけれど、その中でも特に個人所有の馬車二台はひどいありさまだった。


 冬支度どころか今にも破れてしまいそうなボロボロの幌に馬車本体も傷や汚れが目立つ。どれほど無茶な工程を得てきたのか、馬車を引く馬も人も疲れ切っているように見えた。


 いかにも訳ありな一行は、野営地でも端の方に固まり、言葉少なく他の人間とは目も合わせようとはしなかった。


 旅行には向かない時期に人目を避ける様に進むその姿はいかにも訳ありで、同じ野営地にとどまることになった他の馬車も触らぬ神に祟りなしとばかりに遠巻きにしていたのだが、あちらの方は夜半からの嵐でそうも言ってられなくなったようだ。


 薪や毛布が余っていれば分けてもらえないかと頭を下げに来たのは立派な体格の男で、草臥れていても所作からは品の良さがにじみ出ていた。


 何かに引き裂かれたように見えるボロボロのマントの破れ具合からそっと目をそらして、困った時はお互い様だしと旅客馬車の御者は余分な薪を都合した。


 金子の持ち合わせがないからと指輪を渡されそうになり、貰い過ぎだと慌てる一幕はあったものの、様子を伺っていた行商人の男が指輪を買い取ることで事なきを得た。


 嬉しそうに頭を下げた男のフードの隙間から見えた髪色が、近くに焚かれた炎にあたって赤銅色に輝く。

 赤系の色は、わずかな例外を除いて貴族などの上流階級に多いものだ。


 訳ありな人物が持っていていい色ではないし、関わるとろくなことにならないのは確実だった。

 そっと目で会話した馭者と行商人は見ないふりを決め込む事にした。


 そうして、つかず離れずでどうにか一晩を過ごし、雨が雪に変わるころには少しずつ風も治まってきた。

 狭い馬車の中で身を寄せ合っていれば外の寒さもどうにかしのぐことができて、うつらうつらと短い眠りにつき、外に出てみれば一面の銀世界だったのだ。


 積雪にはまだ早い時期と思い込んでいた一行は目を丸くして固まることになる。

 どうしたものかと迷っていれば、小さなテントを張っていた徒歩組が夜明けとともに山を下っていったのだ。


 馬車では身動きできないだろうが、歩きなら行けそうだから様子見がてら下山すると挨拶して、軽い調子で去っていった男達を残された者達は見送ることしかできなかった。


 確かに、雪道対策をしていない馬車で急な山道を下るのはためらう積雪量だった。

 しかしその後に、ではいつまでとどまれば安全なのかという問題が出てくるのは当然の事だろう。


 幸いにも雪雲は去ったようで、空には太陽が見えている。

 麓の方では温泉が地上に自然に湧き出る土地柄だ。地熱もそこそこに高いため、雪が解けるのも早いのではないかと期待ができた。


 何より、地元の人間が迷いなく下山していったのが、残された一同の背中を押した。

 少し頑張れば、下の方は雪が解けているのではないか?


 山の天気の変わりやすさに対する恐れもあった。

 何しろつい数時間前までひどい目に合っていたばかりである。


 今は雪もやみ太陽も出ているけれど、いつまでこの天気が続くのかは誰にも分からないのだ。

 下界から切り離された場所に取り残された者同士、奇妙な一体感が芽生え始めていた一同は、話し合いの結果、連れ立って下山することを選んだ。


 体力のある男たちが先頭に立ち、轍二本分の幅を交代で雪かきして進んでいく中、意外なことにその力を発揮したのはボロボロの馬車に乗っていた男達だった。


 緊急事態だからと野営地の板塀をはぎ取って作った簡易シャベルで力強く雪をかき分けていくその姿はたくましかった。

 皆の立てた予想通り、山を下るごとに積雪の深さは減っていく。


 足首が埋まらないほどの深さになった頃には、もう大丈夫なのではないかとみなの心に余裕が生まれていた。


 先頭で雪かきをしていた男達は、そろそろお役御免かと腕をとめた。

 本来の使い方ではない板切れでは雪かきをするのも一苦労で、疲労がたまり痛む足腰を伸ばそうと体を起こす。


 男達が立ち止まることで、ついてきていた馬車もゆっくりと止まった。

 皆が動きを止めたことでふいに産まれた静寂の中、その音を最初に効いたのは馬車を引いていた馬たちだった。


 ピクリとその耳が動き、落ち着かないようにブルリと頭を振り、足踏みをする。

 その様子に皆が首を傾げる中、先頭を進んでいた男の一人がハッとしたように辺りを見渡した。

 バサリと近くの木から雪が落ちる。


「なんだ?どうしたんだ?」 

 不穏な空気に馬車の手綱を握っていた御者が不安そうにあたりを見渡す。


「静かに!」

 鋭い声が響き当たりに再び静寂が広がったと思った瞬間、空気が震えるようなゴゴゴ……という低い音が聞こえた。そして、道の横の斜面からパラパラと雪や小石が降ってくる。


「雪崩……?いや、土砂崩れだ!走れ!!」

 次の瞬間、先頭にいた男が叫んだ。

 途端に、雪かきをしていた男達が手にしていた板を捨てて、次々と馬車に飛び乗った。


 突然の事に固まる馭者から手綱を奪い取り、馬に鞭を入れる。

 足首程の深さとはいえ雪道で速度をあげるのは危険だ。

 しかし、それに文句を言う時間は残されていなかった。


 人間よりよほど危険に敏感な馬たちは、手綱が弛められたとたん促されるより先に走り始める。

 明暗を分けたのは何だったのか。

 次の瞬間なだれ落ちてきた大量の雪交じりの土砂は、その進路方向にあるすべてを無情にも飲み込んでいった。





 その音は、麓の宿場町まで響いた。


 地面を揺るがす激しい音。

 ヒューゴと共に温泉の湧きだす場所を見学していたミーシャは音の発生源を探して顔を巡らせた。


「山崩れだ」

 ポツリとつぶやかれたヒューゴの声にその視線を追ったミーシャは息をのんだ。

 山の中腹辺りがごっそりと抉れ茶色い地肌を露出していたのだ。


「山が崩れたぞ!!」

「あれは道の方じゃないか⁈」

「おいおい!誰か巻き込まれたんじゃないか?」

 一瞬の静寂の後、当たりに悲鳴のような声が飛び交った。

 ばらばらと地元の人間らしき数人が走り出す。


「ミーシャ、俺たちも行こう」

「……うん!」

 ここから見える限り土砂の向きから町の方に流れてくることはなさそうだが、こうなっては観光どころではないだろう。


 ミーシャは促されるままに、ヒューゴと共にとりあえず宿へと足を向けた。

 昼までの約束なので、これ幸いと部屋に荷物を置いたままだった。


「昨夜の雨が原因だろうな」

 足早に進みながら、ヒューゴが物憂げにつぶやく。

「そうだね」

 遠目に見える茶色く様変わりしてしまった山の一部を眺めながら、ミーシャはあいまいに頷いた。


 大量に振った雨で地盤が緩んだところに雪が降り積もる。

 雨交じりの雪はさぞかし重かったことだろう。

 そのまま冷えて凍り付いてくれればもしかしたら、ぎりぎりのところで持ちこたえて崩れなかったかもしれない。


 しかし、昨夜とは一転。

 登ってきた太陽を遮る雲はなく、上がる気温は雪を溶かしてしまった。

 結果、緩んでいた地盤は耐え切れず山は崩れた。


 これほど大きな崩落はなかったものの、ミーシャの住んでいた山でも幾度か土砂崩れや雪崩が起きるおきる事はあった。


 幼いミーシャは昨日までは何ともなかった山が簡単に崩れてしまうのかが不思議で、

何度も母親を質問攻めにしていた。

 その知識から、もしかしたらと嫌な予感を感じていたのだ。


 だけど確証があるわけでもなく、通りすがりの子供が何を言ったところで信じてもらえないだろうと口をつぐんでいた。


(無駄だと分かっていても注意くらいはしてみるべきだったんじゃないかしら)

 胸をよぎる後悔に唇を噛み占めるミーシャを、ヒューゴが不思議そうな顔で見ていたが、自分の中の葛藤でいっぱいになっていたミーシャがその視線に気づくことはなかった。


 無言のまま宿にたどり着くと、丁度宿から数人の男達がでてくるところだった。

「野営地にはまだ残っている人間がいたんだ。もしかしたら巻き込まれたり、道が通れなくなって往生しているかもしれないから、様子を見に行ってくる」

 それは、早朝に徒歩で下山してきた宿屋の主人だった。


 冷え切った体を温かい食事と温泉で温め、人心地ついて仮眠に入っていたのだが、山が崩れた音で跳び起きた。


 山間にある町は、これまでも幾度も今回の様な山崩れに遭遇していた。

 良くも悪くも対応には慣れているため、宿の主人と同じように山へ向かう有志が町のはずれへと集まっているのを見つけて、なんとなく後をついてきたミーシャ達は目を丸くした。


 人里から隔離されたかのような土地にポツリとある小さな村だ。

 生きるために助け合うのは当然の事と小さな頃から刷り込まれているため、トラブルが起きた時には自然と動けるものが動くのが習いとなっているのだ。


「なんかすごいね」

 損得なく動けるものが動くその姿勢がまぶしく感じて、ミーシャは思わず感嘆の声を漏らした。

「いや、この間のお前も似たようなもんだっただろうに」


 助けを呼ぶ父親の声にためらいもなく飛び出していったミーシャを思い出して、ヒューゴは苦笑した。

 なぜ笑われているのか分からなくて首を傾げるミーシャに、さらにその笑みは深まる。


「もう、なんなのよ」

 ミーシャが頬を膨らまして文句を続けようとした時、山道を駆け下りてくる馬が見えた。


 急な坂道をかなりのスピードで降りてくるのだがその走りには安定感があり、乗り手の技術の高さをうかがわせた。

 まさに人馬一体を体現しているかのような走りに思わず見とれて動きを止めてしまった一同の前に駆け込んできたのは、マントを羽織った細身の男だった。


 急に走りをとめられて興奮のあまり棹立ちになりそうになる馬をその場でくるりと回すことでうまくなだめて、男は馬上から飛び降りた。

「すまないが助けてくれ!馬車が一台、土砂に埋もれたんだ!」


 その言葉に集まっていた群衆の中に緊張が走る。

 想定していた最悪が起こってしまったことを理解したのだ。。


「先を進んでいた二台はかろうじて逃れられたんだが、三台目が飲まれた。残る一台は付いてきていなかったみたいで、どうなったのかは分からない。いま、動ける男達で掘り出せないか試しているんだが人手が欲しい」


 土砂崩れの現場から全速力で駆け下りてきた男はそれだけ言うと膝をついて崩れ落ちた。

 昨夜は嵐を警戒してまんじりともせずに過ごし、その後は山を下りながらの雪かきだ。残る力を振り絞り助けを呼ぶために馬を走らせたものの、さすがに体力の限界が来たのだろう。

 気温は低いのに、額には大量の汗が流れているのを見て、ミーシャはとっさに男に駆け寄った。


「水です。飲んでください」

 口元に差し出された水筒を見る男の瞳はどこかボンヤリとしていたが、促されるままに口をつけ、一口二口と飲むうちに意識もはっきりしてきたのだろう。瞳に力が戻ってきた。


「ありがとう、助かる」

 短く礼を言い立ち上がろうとする肩をミーシャは急いで抑えた。


「まだ無理です。今動いたら、今度は倒れちゃいます。お願いですから、少し休憩をして何か温かいものを食べてください」

 「いや……。ありがたい申し出だが、まだ上に仲間がいるんだ。戻らないと」

 男は一瞬迷うように瞳を揺らした後、小さく首を横に振り再び立ち上がろうとした。


「いや、その小さいお嬢ちゃんの言うとおりだ。あんたは休んでくれ。昨夜の嵐でどうせまともに眠れてないし食べてないはずだ。無理はいかんよ」


「そうだ。現場には俺たちが向かうし、あんたのお仲間と交代してくるから、大人しく待っとくといい」


「ていうかお前も大人しくしとけよ。山から下りてきたばっかりだろう」

「そうだそうだ。おまえんとこの宿で一緒に休んどけ」


 そんな男の肩を宿の主人が再び抑えたところで、周りからも次々と声が上がる。

 威勢の良い声に、宿の主人が困ったように笑って男を促した。


「こういわれたことだし、一緒に休もう。上の方は元気が有り余ってるこいつらに任せて、な?」

 よく見れば男はまだ成人したばかりの若さだった。


 おそらく馬に負担が少ないように、体の軽い青年を使者に出したのだろう。

 力強い男たちの言葉に気が抜けたのか、立ち上がろうと力を入れていた体が、再び崩れ落ちる。


「すみません……よろしくお願いします」

 小さくつぶやく青年の肩を支え宿の主人が歩きはじめる。


「ヒューゴ、手伝って」

 一瞬どちらについていくべきか迷った後、ミーシャは宿の主人を追いかける事を選んだ。


 山の方は土砂をよけたりの力仕事になるはずで、ミーシャにできる事はないだろう。

 それよりは、これから運ばれてくる人たちのために食事の準備や怪我の治療などに回ったほうが役に立つはずだ。


 年若いとはいえ小柄なミーシャでは肩を貸す事は出来なさそうで、ミーシャはヒューゴを見上げた。

「ま、止めないって約束しちまったしな」

 一つため息をつくと、ヒューゴは山へ向かう一行から外れてよたよたと町の方へと進む二人組を追いかける。


「おぶされよ。運んでやるから」

 そうして、自分とさほど体格の変わらない青年の体を背に担いだ。


「宿でいいのか?」

「お……おう。中央の広場に集会場があるからそっちに頼む。こういう時は、あそこで炊き出しとかが始まるんだ」


 自身も疲労がたまる足で支え切れずよろけそうになっていた宿屋の主人は軽くなった肩に戸惑いながらも、先に立って歩き出した。


「ヒューゴ、私、薬箱取りに行ってくる!先に集会場の方に行ってて!」

「おい!お前、場所分かってるのかよ!?……て、行っちまった」

 叫びを残して走り去っていく小さな背中を呼び止め損ねて、ヒューゴは小さく舌打ちをした。


「はは。元気なお嬢さんだな」

「猪突猛進過ぎて困るんですけどね」

 肩を落とすヒューゴに、宿屋の主人は鷹揚に笑う。


「まぁ、そんなに広い村でもないし、見当はつくだろう。迷子になったら誰かが連れてきてくれるさ」

「……確かに」

 人に聞くのをためらうような性格でもないと短い付き合いだが予想はついて、ヒューゴは一時ミーシャの心配は忘れる事にした。


 流石にこんな非常時に人さらいもでないだろう。何しろ、片道は物理的に封鎖されていて、逃げる事もできないのだから。

 ヒューゴは素直に宿屋の主人の後をついていき、青年を集会場に運んだ。


 ミーシャもそれほど時間を置かずにやってきたが、その傍らには大きな鍋を抱えた宿の女将さんがいた。

 丁度集会場に向かうというので、ちゃっかり同伴してきたらしい。


「意外とそういうところ要領がいいよな」

 ヒューゴに呆れたような感心したような目を向けられたミーシャは、訳が分からず首を傾げる事となった。





 

 

 

読んでくださり、ありがとうございました。


温泉街を楽しんだだけで平和に終わるわけのないミーシャです。

物語はどう進むのか………。

予想お待ちしてます(笑


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