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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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「明日からどうなる事やら……」

 赤々と燃える炎に追加の薪を放り込みながら、ヒューゴは大きくため息をついた。

 ヒューゴの手を振り切って飛び出していったミーシャは、苦しむ少年を見事に救って見せた。

 父親が派手に乱入して騒ぎ立てたため、人々の注目が集まる馬車の上で。


 不幸にも幌も何もないむき出しの荷台だった。

 慣れた手際で少年を調べ、いくつもの器具を使い薬草の粉らしきもの調薬する少女を、その場にいた人々は固唾をのんで見つめていた。

 

 我に返ったヒューゴが、少しでも人目を避けるために父親に指示してテントを建てさせて場所を移動する頃には、少年はミーシャの手で毒消しを投与され落ち着きを取り戻している所だった。

 少年と共にミーシャがテントの中に消えた後の、残された現場の騒ぎは思い出したくもない。


 喝采をあげて押し掛けてこようとする人々を、少年が驚いて目を覚ましてしまうからとどうにか押し返したが、好奇の視線はしばらく止むことがなかった。

 思ったよりも長くミーシャがテントにこもってくれたおかげで、明日の出発が早い事を思い出したやじ馬が、とりあえずいなくなったのがせめてもの救いだろうか。


「それも明日になればまた復活しそうだけどな」

 再びため息をつきそうになったヒューゴは、小さく首を横に振ることでごまかすと空を仰いだ。

 ヒューゴの気分とは裏腹に星がきれいな夜だった。

 八つ当たりしてもしょうがないと分かっているのに空に輝く星にさえ悪態をつきそうになって、ヒューゴは自分の精神衛生状態が非常に悪い事を自覚する。


「どう対処するかねぇ」

 腕のいい旅の薬師。しかも年端も行かない子供だなんて攫ってくれと言っているようなものだと思う。

 それを自覚しているのかいないのか、頓着なく自分の価値を知らしめてしまったミーシャは今頃スヤスヤ夢の中だろう。


「こんだけ人目のある所で仕掛けてくる馬鹿はいないだろうと思うけど……」

 ヒューゴにはミーシャを無事保護者の元まで送り届けなければいけないという責任がある。

 少なくともヒューゴ自身はそう思っていた。

 それは、村長やマヤに託されたという以上に、ヒューゴの思惑でもあった。


 ミーシャ自身が自分より優れていると太鼓判を押すミーシャの保護者。

 ミーシャの生まれる前から大陸中を回り、様々な知識を持っているというその人ならば、妹に効く薬の事も知っている可能性が高いしぜひ協力を仰ぎたいと思っていた。


 そのためには、ミーシャに傷一つつけずに再会を果たす必要がある。

 少なくともヒューゴなら、妹に無駄な苦労をさせた人間を助けてやろうとは思わないからだ。


 ところがそんなヒューゴの配慮(勝手な思い込みともいうかもしれないが)を無駄にするようなミーシャの行動に、ヒューゴは気持ちがささくれ立つのを感じていた。

「……止めた止めた!」

 思考が負の連鎖に陥りかけて、ヒューゴはあえて口に出して宣言すると大きく伸びをした。


「なにが起こるか分からないものをうじうじ考え込んでたってしょうがねぇ。そんなことで寝不足になって集中力切れる方が問題だし」

 焚火にバサバサと砂をかけて鎮火させると、ヒューゴはテントへと足を向ける。

 達観したように見えても、ヒューゴはまだ成人して2年ほどの若輩者だ。

 推測が浅く、行動が短慮になりがちでもしょうがないと言えた。


「少なくとも今夜くらいは何も起こりようがないだろうし、寝る!」

 誰ともなくつぶやきながら入り込んだテントでは想像通りミーシャが夢の世界の住人になっていた。

 穏やかな寝顔に毒気を抜かれ、ヒューゴは残されたスペースに横になると毛布を体に巻き付けて目を閉じた。

 

 




「いやぁ、昨日は驚いたよ。嬢ちゃんは薬師の心得があるんだな」

 ガタゴトと揺れる馬車の中に、男の能天気な声が響く。

 馬車が発車した途端に響いたその声に車内の空気がザワリと波打ち、人々の視線が背中に集中するのを感じて、ヒューゴは内心「来たな」と身構えた。


 昨夜のミーシャが与えた衝撃の真実を気にして、これまでも何度も声をかけたそうにしている人々が目の端に留まってはいたのだが、発車までの慌ただしい空気の中行動に移す勇者はいなかったのだ。

 それが、ここにきての直球ど真ん中の発言である。

 注目されないわけがなかった。


「たまたま故郷によくいる毒虫だったから薬を知っていただけですよ」

 相変わらずうつむきがちにぼそぼそ答えるヒューゴは愛想の欠片もないが、行商で様々な人とかかわってきた男は気にしていなかった。


「ふーん。それにしても手際が良かったな。いろんな道具も使いこなしてたみたいだし、まだ小さいのに大したものだ」

「あれは近所の薬師のばあ様の形見です。いろいろお手伝いをしていたら気に入られたようで、簡単な薬草を教わっていたのですが……」

 感心したように話し続ける男に、ヒューゴはぼそぼそとなおも答える。


(あ、そういう設定にしたんだ)

 淡々と続く二人の会話を、ミーシャはどこか他人事のように聞いていた。

 ちなみに今のミーシャは出発直前までの慣れない看病に疲れて眠っている設定のため、絶賛寝たふりの最中である。


 昨夜は遅く今朝も起きたらすぐに少年の様子を見に行っていた為、ほかの乗客どころかヒューゴと話す時間もほとんど取れなかった。

 それでも、このままだと質問攻めにあう事は確実だとヒューゴが馬車に乗りこむ一瞬の隙に寝たふりをしろと指示を出したのだ。

 そして、自分が適当に話をつくるからそれを聞いてその後は話を合わせろと言われていた。


(ふむふむ。私は田舎の村で育って近所のお婆さんに薬師の基礎を教わっていたけれど、お婆さんが亡くなって、その遺言で兄弟子にあたる人を訪ねて王都に向かってる……と)

 会話の端々で「妹はまだ見習い」「大した知識はない」「あの少年はたまたま対処を知っていただけ」という情報を言葉を変えて繰り返しているヒューゴに、ミーシャは内心何をしているのか首を傾げた。


 移動中の馬車の中は車輪の音でうるさく、目線も合わせずぼそぼそと話す言葉は聞き取りにくい。

 自然と乗客たちはその声を聴こうと集中して耳を傾ける事になった。

 結果、まるでサブリミナル効果のように少しずつ情報を刷り込まれていく。


 もともと幼い少女が鮮やかな手つきで少年を救った出来事を不思議に思っていた乗客たちは、ヒューゴの言葉に「そうかたまたまだったんだな」と思い込んでいった。

 ミーシャのあどけない容貌がよりその思い込みを助長させていたのだが、それもヒューゴの巧みな情報誘導があっての事だろう。


(エ~~~、なんだか怖いんですけど。これって暗示の一種?なにか不思議な薬とか使われてないよね?)

 徐々に興奮していた車内の空気が落ち着いていく様子に、ミーシャはひっそりと震えた。


「へぇ~、大変そうだなぁ」

 ただ、素直に誘導にひっかかる単純な者ばかりではないようで、ヒューゴの隣にいた行商人の男は言葉だけは素直に頷いて見せながら、ヒューゴだけに見える様にニヤリと笑って見せた。


「俺も王都まで向かうんだよ。見ての通り行商人をしてるクリシュってもんだ。長い道のりだ。仲良くしてくれ」

「……どうも」

 堂々と名乗りを受けて、ヒューゴは不愛想に少しだけ頭を下げた。

 どうもこちらを見つめるクリシュの目が「獲物発見」と言っているようにしか見えず不信感がつのる。


「そういえば昨夜のスープは美味かった。良ければ今夜も頼むよ」

 ニカッと笑いながら、強引に肩を組んでくる男に、ついにヒューゴの眉が嫌そうに寄せられた。

「重い。近い」

「なんだ、一緒に酒を飲んだ仲だろう?つれないなぁ」

 さっさと絡みつく腕をふり払い冷たい声をだすヒューゴに、それでもクリシュはめげることなく絡んでくる。と思っていたら、ヒューゴを飛び越えてミーシャへと矛先が向いた。


「まぁ、いいや。目が覚めたら妹ちゃんに遊んでもらおう」

「いい大人が子供に手を出すのやめてもらっていいですか?」

 少し体を前に出してヒューゴの体越しにミーシャを見ようとするクリシュの視線を、すかさずヒューゴが遮る。


「ちょっと、言い方!それじゃ俺が子供に手を出す変態みたいじゃないか⁉そんな意味じゃないからな?」

「いえ、すみません。妹に近づかないでください。てか見るな」

「なんだ?前髪で隠れて見えないはずなのにすっごいさげずんだ視線で見られてる気がするぅ」

 ポンポンと言いあう二人の会話に、ミーシャは思わず笑いだしそうになり、必死に体に力を入れて耐えた。


 すっかり二人の会話が本筋からずれて掛け合い漫才のようになっていくのに、笑いながらも車内の視線がヒューゴから離れていく。

 くだらない言い合いをクリシュと続けながらも、ヒューゴはそれを感じて、改めて隣の男に胡散臭そうな目を向ける。


「なんだよ~。そんな目で見て、やっぱり自分が遊んでほしかったんだろう?俺は頼れる大人だからな。兄ちゃんも成人したばかりみたいだし、遠慮なく頼ってくれていいんだぞ~?」

 そんな視線を受けてもとぼけたことを言い続けるクリシュに、ヒューゴは隠すことなく大きくため息をついた。


「うるさい黙れむしろ息もするなあっち行け変態」

「ひどい!!」

 一息で言い切ったヒューゴにショックを受けたというように嘆く真似を始めたクリシュを適当にいなしながら、ヒューゴは(食えない奴、要注意)と心のメモに書き付けた。





「平和」

「俺の頑張りのおかげだろうが」

 寝たふりを続けるうちに本当に眠ってしまっていたミーシャは、昼食のために一時停まった馬車から降りると大きく伸びをした。

「爆睡しやがって、のん気なもんだぜ」

 悪態をつくヒューゴに、ミーシャは誤魔化すように笑う。


「口が悪いですよ、兄さん。そんな話し方するキャラじゃないでしょ?」

「近くに誰もいないのは確認済みだ」

 長く伸ばした髪で顔の半分近くを隠し、うつむきがちにぼそぼそ話すヒューゴしか知らない他の乗客が見たら驚いて二度見しそうな口の悪さである。

 冗談交じりに突っ込んだミーシャだが、そんなことは織り込み済みだったヒューゴはバッサリと切り捨てた。


「あ、でもクリシュさんには結構素が出てたかも。いいの?」

「あぁ?あの状況であいまいに頷いてたら、向こうのいいように動かされちまうからしょうがない」

 2人は休憩場所の近くにある小さな小川に向かっていた。


「で、ここでいいのか?」

「うん。たぶん」

 それは昨日の少年が毒グモに噛まれたであろう場所だった。

 道の近くにある小川は旅人たちの貴重な水源である。

 そんな場所に毒グモが本当にいるのか、念のため確認しに来ていたのだ。


「たぶん、習性的にここら辺にいると思うんだけど……」

 川べりの砂利と草むらが交わる地点にある大き目な石の隙間などを除いていくミーシャは、目当てのものを見つけて目を細めた。


 石と石の隙間に不規則な編み目を持つクモの巣が張られていたのだ。

「この子、だね」

 巣の主は黒と赤のまだらの体を持つ指先ほどの小さなクモだった。


「ん?こいつ、うちの村でも見たことあるぞ」

 ミーシャの指さす先を見たヒューゴは首を傾げる。

 鮮やかな赤を持つクモは、小さいけれど目立っていたため記憶に残っていた。


「うん。比較的どこにでもいるクモなんだよ。北の方に行くほど数は減るみたいだけど」

 頷きながら、ミーシャはヒョイと指先でそのクモをつまんだ。

「おい、素手で触って大丈夫なのか?」

 驚いた顔で制止しようとするヒューゴに、ミーシャは肩を竦めて見せると、いつの間にか取り出していたガラス瓶へとクモをつまんで放り込む。


「噛まれないように背中から捕まえれば大丈夫。だいたい、昨日も言ったけどそんなに強い毒を持っている子じゃないの。私も手を噛まれたことあるけど、片腕がしびれて動かしにくくなるくらいだったもの」

 瓶の中でカサカサと動く小さなクモを見ながら、ミーシャは事もなげに答えた。

「まぁ、正確には噛ませたんだけど……」

「噛ませたって、お前」

「なんでもな~い」

 サラッと聞こえた台詞に目を丸くするヒューゴに誤魔化すような笑顔を向けながら、ミーシャの脳裏に幼い頃の思い出がよみがえる。


 森の家で母親に薬草を学んでいた時の事だった。

 毒のある生物を教えてもらった中に、アカゲグモがいたのだ。

 たまに見かけたことのある指先ほどの小さなクモに毒があると知って、好奇心を刺激されたミーシャはレイアースに隠れてこっそりと手のひらにアカゲクモを乗せてみたことがあった。


 驚いたクモはミーシャの小さな手のひらの上で右往左往したけれど噛みつくことはなかった。

(本当におとなしい子なんだ)

 危害を加えられることはないと確信したミーシャは、まじまじと手の平のクモを観察したのだが、紅く見えている部分が密集した細かい毛が生えているのだと気づき、つい指先で触れてしまった。

 クモは当時のミーシャから見ても小さく、力加減を誤った指先は軽く触れるだけのつもりがギュッと押しつぶすようになってしまう。


 大人しいクモとはいえ、命の危機となれば別である。

 見事に噛まれたミーシャは、微かにチクリとした程度の痛みに目を丸くして、そっとクモを放した。

 まじまじと噛まれたと思しき場所を眺めるも、一見どこを噛まれたのか分からないほどの微かな傷しかなかった。


 大したことなかったと安心したミーシャは、その一時間後にべそをかく羽目になる。

 しびれたように動かない腕に脇のあたりや関節がひどく痛み出したのだ。

 まるで高い熱を出した時のような痛みに母親に助けを求めれば、呆れた顔をしながら解毒剤をくれたけれど、その後シッカリと叱られた。


『今回はたまたまミーシャは大したことなかったけれど、幼い子供や老人の中にはひどい症状が出て、死んでしまう場合もあるのよ。好奇心があるのはいい事だけれど、薬師を目指すのなら最悪を想定して行動しなさい』


 淡々と説教するレイアースは、思わず涙がでるほど怖かった。

 それ以来、ミーシャがうかつに危ない事に手を出すことはなくなったから、必要な教育だったのだろう。


(ヒューゴの言っていた()()()()()()()()()っていうのも、あながち間違いではないのよね)

 恐怖と共にしっかりとミーシャの脳裏に焼き付いた記憶は、初めて遭遇した劇症化した症状の正体を読み解くきっかけになってくれたのだから。


(絶対バカにされるから、ヒューゴに教える気はないけどね!)

 内心こっそりと舌を出しながら、ミーシャは他の乗客や馭者に見せるためにそのままクモを持ち帰る。


 良い機会だから、ミーシャは周囲の人にアカゲグモの存在を教えようと思ったのだ。

 水辺近くの岩の隙間によくいるクモなので、水を汲もうとして知らぬ間に遭遇していることもあるはずだ。幸い劇症化するのは千人に一人と言われているくらいまれだけれど、知っていれば疑う事もできる。

 幸い目立つ特徴を持つクモだから、見分けをつける事も難しくないだろう。知識を持ち帰ったら話のついでに友人知人にも広めて気を付けてもらえるといいと思った。


「ご飯食べる時間が終わっちゃうから、早く戻ろう」

 いまだに怪訝そうな顔をしているヒューゴを急かすと、ミーシャは足早に馬車の停まっている場所へと急ぐのだった。


読んでくださりありがとうございました。

「好奇心は猫をも殺す」にミーシャがならなかった、この時の体験のおかげです。

 静かに叱るレイアース、すごく怖そうですよね。

 まぁ、その後「大したことがなくてよかった」と少し涙目のレイアースに優しく抱きしめてもらうまでがセットです。

 より罪悪感がこみ上げそうですが(笑)

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