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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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「……こない、かなぁ」

 ボリュームたっぷりの夕食を食べ終わり、部屋に戻ってきていたミーシャは、窓辺で鳥笛を吹いていた。

 マントの隠しポケットに入れていた鳥笛は伝鳥を呼ぶもので、ミーシャはカインではなくとも森の民の伝鳥でもいいから降りてきてくれないかと、隠里にいる時からこっそりと何度も吹いてみていた。


 隠里の中では、地場が狂っているのか常に吹き続けている潮風のせいか分からないけれど、伝鳥が戻ってくることはなかったと言っていた村長の言葉通り、いくら笛を鳴らしても誰も舞い降りてはこなかったけれど、もしかしたらここでなら、と期待していたのだ。


「カイン、おじさんとどこかに移動しちゃったのかな?」

 ミーシャが海に落ちてから7日が経つ。

 今までの経験から、カインはお使い先から戻ってきているはずと予想していたミーシャは肩を落とす。隠里を出たら、カインに見つけてもらえるのではないかと希望を持っていただけに落胆は大きい。


「……落ち込んでる場合じゃないよね。見つけてもらえないなら、自分が見つければいいんだし。後はたまたま側に居なかっただけかもしれないから、王都に向かう途中も定期的に笛を吹くようにしよう」

 暗い空を見つめながら、ミーシャは気を取り直すように自分に言い聞かせる。


「一人反省会終わったか?」

「ひゃぁ!」

 ふいに背後から声をかけられて、ミーシャは文字通り飛び上がった。


 振り向くと、扉の所にヒューゴが立ってこちらを見ていた。

 部屋の中だからか長い髪がかき上げられ、綺麗な顔がさらされている。

 しかし、そこに意地の悪そうなニヤニヤ笑いが乗っていては見惚れるはずもない。


「いつの間に戻ってきてたの?」

 夕食後にミーシャが宿の旦那さんに話を聞いている間に「ちょっと出てくる」と外にでかけていたヒューゴに、変な所を見られた罰の悪さも相まってミーシャは少しツンツンした口調で問いただした。

 何となくヒューゴに落ち込んでいる所も焦っている所も見せたくなくて、居なくなった隙を狙って笛を吹いていたはずなのに、台無しである。


「ん?ミーシャが必死で窓の外に向って何かしている所からだけど?」

「ほぼほぼ最初から⁈黙ってみてないで、声かけてくれたらいいのに!意地悪‼」

 頬を染めるミーシャに、ヒューゴが肩を竦める。

「いやぁ、だって何やってるのかなぁ、と。まさかこんな夜に鳥笛吹いてると思わないじゃん?たしか伝鳥って昼しか飛ばないんじゃなかったっけ?」

「……あ」


 思いもよらなかった言葉を言われて、ミーシャは頭が真っ白になって固まった。

 夜行性の鳥もいるが、伝鳥は種族的にそうではない。

 昼行性の鳥で、夜には目が見えにくくなるため、陽が落ちる前には木陰で休むのだ。

 当然、少し賢く特殊なカインだって同じである。

 

「来るわけないだろ。夜に吹いたってさぁ」

「……明日の朝早いからもう寝ます!おやすみなさい!」

 あきれ顔のヒューゴに、ミーシャは顔を真っ赤にした後、涙目でヒューゴを睨んでからベッドにもぐりこむと上掛けを頭まで被り動かなくなった。

 唐突なミーシャに驚いて、ヒューゴの目が丸くなる。


「ばかばかばかばかば…………」

 思わず黙ったまま見守っているヒューゴの前で、微かにベッドの中から聞こえていた悪態が徐々に小さくなり、やがて消えていく。

 村を出てからの強行軍と久しぶりの入浴や街に出てこれた興奮も相まって、本人も気づかぬうちにミーシャの体も心も疲れきっていた。

 それゆえに、柔らかな布団に包まれたとたん急速に湧き上がってきた眠気に負けたのだ。


 静かになり、ピクリとも動かなくなったベッドの上をしばらく眺めていたヒューゴは、小さく肩を竦める。その顔に先ほどまでの意地悪な表情はなく、少し困ったような苦笑が浮かんでいた。


 食事の後、ミーシャが宿の旦那に声をかけて話を聞いているのを見て、時間つぶしも上手にできているようだからと、ヒューゴは今後の行程を決めるため情報を集めにでかけていたのだ。

 しかし、長時間一人にするのも躊躇われて一度戻ってきたところ、窓の外を眺めながら一心不乱に笛を吹いているミーシャを見つけてしまった。

 幸いこちらには気づいていないようなので見なかったことにしてその場を去ろうとしたのだが、あまりにも痛々しい表情で自分を鼓舞する様子をみてしまい、黙っていられなくなったのだ。


 とはいえ、素直に慰めを口にできるような性格でもなく、結局怒らせることしかできなかったのだが、怒鳴る元気は出たみたいだし良しとすることにした。

 そして、ヒューゴの計画通り怒ったミーシャは ベッドの中に籠ってぶつぶつと呪詛を吐き、やがて眠りについたのだ。

「すぐ見つけてやるから、そんな泣きそうな顔するくらいなら怒っとけ、ばぁ~か」

 小さな声でつぶやくと、ヒューゴは再び夜の街へと踵を返した。



 


 ミーシャが目を覚ますと、窓の外は暁に染まっていた。

 どうやらカーテンを閉め忘れていたようだ。

 ぼんやりと明るさを増してくる窓の外を眺めていたミーシャは、ふと隣のベッドを見た。


 横向きに体を丸めるようにして眠るヒューゴの姿を見つけて小さく息をのむ。

 シーツの上に艶やかな黒髪が散り、同じ色のまつげが頬に長い影を落としている。

 スッと通った鼻筋に少し薄めの唇。

 朝日に照らされる横顔は、まるで丹精込めて作られた人形のように美しかった


「こうしてると、本当にきれいなのに」

 見ほれるほど美しい顔貌の持ち主は、非常に口が悪く意地悪だった。

 いままで、これほどミーシャに対して明け透けな人間はいなかったため、ミーシャはどうもヒューゴとの付き合い方が分からなくて戸惑っていた。


 ひどく嫌な言い方をするかと思えば、妙な所で気を使ってミーシャの希望を聞いてくれる。

 懐深く甘やかしてくれる大人といる事が多かったため、ミーシャは同じ目線に立って対等に言い合いする関係というのが初だった。

 同じ年ごろといえばラライアやカイトもいたのだが、良家の育ちである二人は根本的に考えや行動が違ったため、良くも悪くも比較にならない。


「……昨日も」

 思わぬ場面を見られて恥かしさのあまりパニックになってしまったけれど、おかげで思い悩む間もなく眠りに落ちてしまっていた。

「もしかしたら、湿っぽくならないように気を使ってくれたのかな……」

 つぶやいた瞬間、こちらを馬鹿にしたようなヒューゴの顔が脳裏に浮かび、ミーシャの眉間にキュッとしわが寄った。


「ないわね。絶対面白がってるだけだった。基本いじわるだもん。尊敬できるところなんて、ミルちゃんに優しいところぐらいだし!」

 むぅ、と唇を尖らせながら、ミーシャはベッドから抜け出した。

 音がしないように気をつけながら、簡単に身支度を整えるとそっと部屋を抜け出す。


 せっかく夜明けに目が覚めたのだから、今のうちに裏庭で笛を吹いてみようかと思ったのだ。

 早起きの鳥達は、夜明けとともに動き出すのだ。

 静かに扉をくぐりかけたミーシャは、ふと足を止めると踵を返した。

 開かれたカーテンから差し込んでいる朝日はヒューゴの顔を直撃している。


「まだ、起きるには早いし」

 そっとカーテンを閉めると、ミーシャは今度こそ部屋を出ていく。

「……律義なやつ」

 薄闇を取り戻した部屋の中でぽつりとこぼれた言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。





「つうわけで、ここら辺の噂ではミーシャを探してるらしい人間の情報は見つけられなかった。たぶん、当日の風向きやミーシャの乗っていた客船が襲われた場所の潮目から、北の方に流されたと判断してそっちに捜索の手を伸ばしてるんじゃないかと思う」

「え?」

 裏庭の中でひとしきり笛を吹いていたミーシャがあきらめて部屋に戻ってくると、ヒューゴが眠そうな顔で起きていて出発の準備をしている所だった。


「海賊を捕縛した客船は、王都の港へ入ったらしい。というわけで、とりあえず予定通り王都に向かって、そこでミーシャの身内や薬の情報を集めよう。朝一の馬車の乗車券をとってきたからもうすぐ出るぞ」

 クワッと顔半分が口になっているのではないかと言いたくなるような大あくびをかましたヒューゴに、ミーシャの目が丸くなる。


「なんだよ、その顔」

「……遊びに行って、お酒飲んでるんだと思ってた」

 思わずというようにつぶやいたミーシャに、ペシリと紙に包まれた何かが投げつけられた。


「別にお前のためだけじゃない。さっさと合流できた方が、ミルの薬探すのに集中できるだろう。お湯もらってくるから、それ食っとけ」

 受け止めた包みの中にはパンが入っていて、ミーシャは思わず笑ってしまった。

 そこにはミーシャが好きなウサギの薫製肉が挟まっている。


「ありがとう」

 ミーシャの横をすり抜けて出ていくヒューゴに投げたお礼の言葉は、バタンと閉じられた扉に遮られてしまったけれど……。

「好物の話、した記憶ないんだけど誰かに聞いたのかな?」

 なんだかほっこりと胸が温かい気がして、ミーシャは知らぬ間に微笑んでいた。


 宿の朝食の時間には早いためお湯だけもらいに行ったヒューゴは、お代に入っているのだからこれだけでもとスープと丸ままのリンゴまで押し付けられ戻ってきて、予想よりも豪勢な食事となった。

 それでも、ヒューゴがわざわざ用意してくれた薫製肉のパンがミーシャは一番おいしく感じた。けれど、それを言ったらヒューゴが嫌な顔をする気がして、ミーシャは懸命にも口をつぐむ。


(すごいテレ屋さんなのかもしれないな)

 ヒューゴが聞いたら目くじらを立てそうなことを考えながら、ミーシャはご機嫌で食事をとりながらニコニコしていた。


「うまいもの与えとけば機嫌いいんだな、お前。単純な……」

「おいしいもん」

 鼻で笑われようが、気にしない事にしたミーシャが明るく返すと、むしろ挑発したヒューゴの方が居心地悪そうな顔で黙り込む。

 そんな一幕もありつつ、二人は無事に朝一番の王都行きの馬車に乗り込むことができた。


「王都まで、どれくらいかかるの?」

「だいたい5日くらいだな。道があんまり整備されていないし、結構デカい山を一つ越えなきゃいけないから時間かかるんだよ」

 ガタガタと馬車は進む。

 幌付きの荷台に板を打ち付けただけの長椅子が設置された馬車は揺れがひどい。それでも一番安価な乗合馬車は、荷台にじかに座り込むうえ身動きも困難なほどギュウギュウに詰め込まれるのだから、ましな方なのだ。速度はそれほど早くないため、しばらくすれば揺れにも慣れて会話することが可能だった。


「その間は野宿?」

「予定通りなら二か所町に寄るから、その日は金さえ払えば宿に泊まることも可能だな。寝坊して乗り遅れたら金の無駄になるけどな」


「寝坊なんてしないもの。私、早起きは得意なのよ?」

 森にいる頃からミーシャの一日は朝日と共に始まっていた。

 夜も特に用事がない場合は夜更かしすることはない。火を灯す油や薪がもったいないからだ。


 平民としては当たり前の生活で、ミーシャも産まれた時からそんな生活だったから特に不自由に感じたことはなかった。だから、父親の屋敷やレッドフォード王国で世話になっていた頃は、部屋を照らす明かりの多さや夜遅くまで起きている生活に驚いたものだ。


「確かに。村でも漁師たちと変わらないくらい早起きだったな」

 胸を張るミーシャに、ヒューゴが呆れたような目を向ける。夜明けには舟を出す漁師たちは、村で一番の早起きだった。たいていの村人たちは、漁師たちの舟を出す物音でもぞもぞと起きだすのだが、村に慣れてきた三日目くらいから、ミーシャは出港する舟を楽しそうに眺めていた。


「お兄ちゃん、優しいねぇ。妹のために宿をとってやるのかい?」

 隣に座っていた行商人の格好をした男が、笑顔で声をかけてくる。


 今回利用した乗合馬車は座席に乗れるだけ乗せていた。ギュウギュウに密着するほどではないけれど、隣に座る人間の会話は筒抜けになる程度には、彼我の距離は近い。

「妹は初めての長旅だし、まだ小さいから……」

 ぼそぼそとうつむきがちに答えながら、ヒューゴはミーシャを隠すように商人の方に体を向けた。

 そうすれば横並びで一番端っこに座っているミーシャの小さな体は、すっかりヒューゴの陰に隠れてしまう。


「おっと、別に何も悪さを考えてなんかいないぞ?そんな警戒するなよ、兄ちゃん」

「いえ……、すみません」

 長い前髪の陰からこちらを見て自信なさそうにぼそぼそ話すヒューゴは、気の弱そうな青年に見える。

 実は180センチ近くある身長も巧妙に背中を曲げて誤魔化しているため、実際よりは小柄に見えた。


(こういう偽装技術も補給部隊には必要なのかな?)

 ヒューゴの陰に隠れながら、ミーシャは内心感心してしまう。

(ちょっと、ガンツさんっぽく見えるよね)

 お人好しの温泉愛好家な知人を思い出し、実際のヒューゴとの落差にこっそり笑う。


「ほら、嬢ちゃん。お近づきの印にこれをあげよう」

 ヒューゴの陰から覗き込むように顔を出した男が、ミーシャに何かを差し出した。

 反射的に受け取れば、それは割れてしまった飴の欠片で、おそらく商品の一部と思われた。

 欠片とはいえ、貴重な砂糖を使った飴を初対面の子供に与えるとは気前がいい。


「ありがとう、おじさん」

「いいって事よ。王都までは遠いから、ちゃんと兄ちゃんの言う事聞くんだぞ?」

 ニコリと笑ってお礼を言うと、人のよさそうな笑顔が返ってくる。


 その態度や言葉から、どうやらミーシャの事を実際よりもだいぶ小さい子供のように思っていることが透けて見える。

 どうやらヒューゴも同じことを感じたようで、笑いをかみ殺しているらしき震えが密着している体から伝わってきて、ミーシャはこっそりとそのわき腹をつねってやった。


「大丈夫。私と兄さんは仲良しなのよ?」

 意趣返しも込めてあえて兄呼びした挙句、ヒューゴの口の悪さも封じてしまおうとミーシャは笑顔で宣言してみせる。こうしておけば、人前で意地の悪い言い方をすることはないだろうと思ったのだ。

 途端にヒューゴからこっそりと肘でつつかれたが、痛くもないためミーシャは知らんふりをした。


「そうか、そうか。仲が良いのはいい事だ」

 そんな影の攻防など知らない行商人の男は楽しそうに笑っている。


 どことなく和やかな空気を醸し出しながら、馬車はガタガタと進んでいった。




読んでくださり、ありがとうございました。


あんな別れ方をしたライン達のことを、やっぱり気にしていました。

ヒューゴ君はツンデレ。……ツンデレ?

自信が無くなってきましたが、ツンデレのつもりで書いてます。

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