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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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「本当に、中までついていかなくてもいいのか?」

「この町なら何度も来たことがあるし、宿の取り方も分かってるから問題ない」

 辿り着いた目的地の町に入る門の前で、心配そうなサンドールにヒューゴが面倒くさそうに答える。


「それよりも今から走れば夜には村に帰れるはずだ。無駄金を使う事はないだろう?」

「そうなんだがな……」

「……帰れちゃうんだ」

 二人のやり取りを聞くともなく聞いていたミーシャは目を丸くした。


 昼食後、半日かけて歩いた距離だ。

 というか、半分ほど歩いたところで丁度良く乗合馬車が通ったため途中乗車させてもらったから、ただ歩くよりも格段に距離を稼いでいる。


「まぁ、近道もあるからな。戻ろうと思えば半分の時間で戻れるさ」

 サンドールとヒューゴのやり取りをミーシャと共に少し離れた場所で眺めていた男たちが含み笑う。

 その表情に何かを察して、ミーシャの脳裏にラインに連れ回された旅路が浮かぶ。


(早い=平坦な道じゃないんだろうなぁ)

 少し遠い目をしたミーシャが意識を飛ばしている間に、サンドールとヒューゴのやり取りも終了したらしい。

 少し眉間にしわを寄せたサンドールと対照的にすがすがしい顔をしたヒューゴを見るに、軍配はヒューゴに上がったのだろう。


「ミーシャ殿、薬の代金とは別にこれはババ様から預かってきたものです」

「え?」

 それなりに重量がある小さな巾着を渡され、ミーシャは目を丸くする。

「小遣いにでもするように、と。女には女の買い物があるだろうからね、との事でした」


 旅の資金として、ミーシャは村長からそれなりの金額を受け取っていた。

 遠慮するミーシャに貴重な薬を分けてもらったには足りないほどだと押し切られて、そのままヒューゴに預けてある。

 旅慣れないミーシャでは一人で宿をとる事も難しいし、その都度渡すのも面倒だからとさっさと丸投げしたのだ。


 ヒューゴに呆れたような顔をされたけれど、今までの旅でもそんな感じだったのでミーシャは気にしていなかった。

 しかし、確かにちょっとした物を買いたいときにいちいちヒューゴについてきてもらうのは面倒だ。


「……ババ様に感謝していたと伝えてください」

 一瞬のためらいの後、ミーシャは素直に受け取ると伝言を頼んだ。

 サンドールがわずかに目を見張った後、嬉しそうに笑う。


「請け合いました」

 静かに頷くサンドールと背後に控えた2人の男に、ミーシャは今度は深々と頭を下げた。


「ここまで、ありがとうございました。また、お会いする日までお元気で」

「あぁ。ミーシャ殿も元気で。ヒューゴ、しっかりお護りするんだぞ?」

「分かってる」


 短いやり取りの後、サンドールたちは踵を返した。

 早足で去っていく背中が振り向くことはなかったが、ミーシャはその姿が見えなくなるまでジッと見送っていた。





「本当に走って帰るのかな?」

「たぶんな。暗くとも夜目が効く奴らばかりだし、慣れた道だ。さっさと帰るだろうさ」

 すぐに見えなくなった背中を思いながらポツリとつぶやけば、ヒューゴが肩を竦めて見せる。


「それよりも早く中に入ろう。あまり遅くなると宿が取りにくくなる」

 促されて、ミーシャは慌てて後に続いた。

「宿の希望はあるか?」

「え?エ~~~ッと……」

 まさか希望を聞いてもらえると思っていなかったミーシャは少し迷うように視線をさ迷わせた。


 今まで打てば響くように意見を言っていたミーシャの珍しく戸惑う様子にヒューゴは目を瞬いた。

「なんだよ?言いたいことがあれば言えばいいだろう?」

「……あのね、無理ならいいんだけど、ね……」

 ミーシャはもじもじとしながら、ヒューゴを見上げた。


 普段の物おじしない堂々とした態度を見慣れていたため、珍しい恥じらうような様子にヒューゴは思わず息をのむ。頬を染めて言いよどむミーシャは、客観的に見ても非常にかわいかった。しかも、大きな瞳は少し涙目で潤む翠色の破壊力は抜群だった。意識せず、ヒューゴの心拍数が上がる。

 何を言われるのかとかたずをのんで待つヒューゴに、ミーシャは大きく息を吸い込む。


「お風呂入りたいので浴室付きの部屋がいいです!」

「…………はぁ?」

 一瞬、何を言われたのか理解できず固まったヒューゴは、ミーシャの言葉を脳が理解した途端、盛大に眉をしかめた。


「だめ?やっぱりお金かかるの?でもね、もうずいぶん水浴びだけだったし、出来ればそろそろお湯に浸かりたいの!」

 一瞬で不機嫌そうな顔になったヒューゴにひるみながらも、ミーシャは勇気を振り絞って声を張り上げた。

 隠里の家には風呂がなかった。

 温かい季節は水浴びで、寒い時期にはお湯で絞った布で体を拭くのが普通であったため、ミーシャは隠里に拾われてから入浴していなかった。どうしても耐えられず、人目を避けて寒さに震えながら水浴びはしたが、それだけだ。

 

 平地が少なく潮風にさらされる環境は植物が育ちにくく薪を確保するのは一苦労だ。

 大きな盥にお湯をためることは可能なようだった。

 だが、お湯を沸かすにはこれから来る雪の季節のために用意した貴重な薪を大量に消費することになる。それは居候の身では気が引けて、ミーシャはずっと我慢していたのだ。


 しかし、生まれてから日常的に湯船につかる生活をしていたミーシャにとって、入浴どころか体を拭くお湯を確保するのもままならない日々は、苦痛以外の何物でもなかった。

(お風呂に入りたい。手足が伸ばせる湯舟なんてぜいたくは言わないから、温かいお湯に浸かって、水だけでは落としきれなかった体中の汚れとお別れしたいの!)

 抑圧された思いは、人の行きかう立派な門を見てついに弾けてしまったのだ。

 

「これだけ大きな町なら、湯船付きのお部屋がある宿もあると思うの。毎日そんな高級宿に泊まりたいなんて言わないから、せめて今日だけでも~~」

「分かった。分かったから落ち着け!」

 縋り付くように訴えてくるミーシャを押し返しながら、ヒューゴも大声を出した。


「人目があるから!ここはまだ門前だから!」

 町に入る為に門に並んでいた人たちが、騒ぐミーシャ達を何事かと見ていた。

 何なら、門番の男たちも争いごとかとこちらに足を向けようとしていた。


「すみません。なんでもないんです。初めての町で妹がはしゃいじゃって」

 ミーシャの頭を押さえつける様にしながらヒューゴも周囲に向かって頭を下げると、門を通る手続き待ちの列へと足早に並んだ。


「田舎から出てきたのかい?小さい妹のお守りしながら、大変だね」

「いやぁ、いつもは大人しい子なんですけどね」

 すぐ前に並んだ恰幅のいい女性に声をかけられ、ヒューゴも困ったような顔で頭を掻いて見せた。長く伸ばした前髪が揺れ、瞳が覗く。


「おや、お嬢ちゃん可愛いけど、お兄さんもよく見たらいい男じゃないか」

 途端に女性の声が響き渡り、みなの視線がヒューゴへと集中する。

「そうですか?ありがとうございます」

 ヒューゴが愛想よくニコリとほほ笑めば、周囲はもう先ほどまでの騒ぎを忘れてしまったようだ。

 視界の端で門番が元の位置へと戻っていくのを見て、ヒューゴはこっそりと息を吐いた。


「……ごめんなさい」

 順番が来るまでひっきりになしに話しかけてくる女性の相手をすることになったヒューゴが深々とため息をついた。ようやく去っていった背中を見つめながら、ミーシャが小さく謝る。どうしてこうなったかは良く分からないが、確実に自分のせいだという事は理解していた。


「……お前、宿についたら覚えてろよ」

 恨めしそうなヒューゴは乱れた髪をさっさと直し、ぼそりと一言呟いた。

 言いたいことは多々あったが、ここでまた言い合いを始めればどうにか取り繕った苦労が無駄になる為、ぐっと言葉を飲み込んだのだ。


「……はぁい」

 素直に頷くミーシャは、これはお風呂は諦めた方がいいかとしょんぼりと肩を落とす。

 見るからに落ち込んでいるミーシャに、ヒューゴはしょうがないな、とため息をついた。


「予算の都合上、二部屋は無理だぞ?それでもいいなら風呂つきの部屋を探してやるよ」

 頭上から降ってきた言葉に、ミーシャはバッと顔をあげた。

 ヒューゴはそっぽを向いていた為視線が合う事はなかったけれど、落ち着かなさそうにとんとんとつま先がリズムを刻んでいるのに気づいて、ミーシャはパッと笑顔になった。


「ありがとう、お兄ちゃん!」

「やめろ、抱きつくな。離れろ」

 飛びついてきたミーシャを押し返すヒューゴの顔は見えなかったが、髪の隙間から覗く耳が紅くなっていた。そのやり取りを見ていた列に並ぶ人々は、可愛らしい兄妹のやり取りにほっこりとするのだった。





「そういえば、兄妹で通すの?」

 無事に街の中に入れた二人は、本日の寝床を探すために宿屋が集まっている方へと歩いていた。

「あぁ。無難だろ。似て無い兄妹なんて何処にでもいる。気になるなら、髪の色でも揃えるか?」

 軽い調子で答えるヒューゴに、ミーシャは首を傾げる。


「お兄ちゃんが染めるの?薬ある?」

「お兄ちゃんはやめろ、マジで」

 何気なく問いかけたミーシャに、ヒューゴが心底いやそうな声を出した。


「え~~?兄妹設定だって言うから呼んだのに。兄さん?お兄様?兄貴?」

「本当にやめろ。鳥肌立ったぞ!名前でいいだろ」

 呼び方がまずかったのかといろいろ提案してみると身震いしたヒューゴが、袖をめくって腕を見せつけてきた。


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」

「兄と呼ぶのは一人で十分だ」

 唇を尖らせるミーシャに冷たく言い切ると、ヒューゴは一つの宿の前で足を止めた。


「ここ?」

「みたいだな。風呂つきで手ごろな値段の宿は無いかって聞いたら、さっき門番に紹介されたんだ」

 その宿は通りのはずれにあり、少し大きめだが普通の民家に見えた。特に目立った看板も出ていないが、門前にはきれいに手入れされた花壇があり小さなクマの陶器が置いてある。

 いつの間に、と目を丸くするミーシャを置き去りにヒューゴはさっさと扉を開けた。


「すみません。宿を探しているのですが」

「はーい」

 宿の奥の方から声が返ってきて、パタパタと走ってくる音がした。


「いらっしゃい……って、あら」

「「あ、さっきの」」

 顔を出したのは、先ほどミーシャ達の前に並んでいた恰幅のいい女性だった。


 偶然の再会に目を丸くするミーシャに、女性はニコリと人のいい笑顔を向けた。

「さっきぶりだねぇ、泊りかい?」

 笑顔の女性に、門番のどこか面白そうな顔はこれかとふに落ちたヒューゴは、小さくため息をついた。


「えぇ。妹の希望で風呂つきの部屋を探してるんですが大丈夫ですか?」

「ご存じの通り、あたしもさっき戻ってきたばかりだから、部屋は空いてるよ」

 良く通る大きな声に、ミーシャは少し申し訳なさそうな顔になる。


「女将さんも今帰ってきたばかりなのに、いいんですか?」

「なんだい?心配してくれてるのかい?小さいのにいい子だね」

 女性は笑いながらミーシャの頭を撫でるとケラケラと笑う。


「帰ってきたって言ったって、隣町からだからね。宿も、旦那が毎日開けてたんだから、準備は万端さ。ただ、人手が少ないからいくつか部屋を閉じてたんだ。掃除はしてあるから、安心しなよ」

 笑いながら招き入れ、入ってすぐの所にある番台で受付をすませ料金を払うと鍵が渡される。

 流れるような早業だった。


「二階の一番奥の部屋だよ。食事は夕刻7時からだ。風呂をすぐ入るなら、お湯を用意させるよ?」

「あ、じゃあお願いします」

 背中を押されながら返事をすれば、了承と共に女将さんは奥の方へと入っていってしまった。


「……髪、染めない方がいいね」

「風呂があるならちょうどいいと思ったんだが、諦めるか」

 相手も客商売だから髪を染めなおしても詮索してくることはないだろうが、なんだか気まずいし痛くもない腹を探られることにしかならなさそうである。

 別の機会にしようと頷きあうと、教えられた通り二階の奥の扉を開けた。


「あ、かわいい」

 おおらかなおかみさんの印象とは違い、繊細なレース小物がそこかしこに飾られベッドには綺麗なパッチワークのカバーがかけられている可愛らしい部屋だった。

 カーテンを開ければこちらも綺麗に手入れされた裏庭が見える。


「風呂もしっかりしてそうだ。良かったな、ミーシャ」

 ミーシャが窓の外に見惚れているうちに、風呂場を確認してきたヒューゴがにやりと笑う。

「あ、本当だ。タイル張りなんだね」

 床には色タイルがモザイク模様に張り付けられ、猫足バスタブが設置されていた。

 

「でも、こっちの扉は何かしら?」

 風呂場の入り口とは反対側にも、小さな扉があった。

 首を傾げたミーシャの前で、その扉が外側からノックされる。


「おーい、開けとくれ」

 一瞬ビクリとなったものの、それが先ほど聞いたばかりの女将さんの声だと気づいて、ミーシャは扉の鍵を開けた。

「ほい。お待ちかねのお湯だよ」

 なんとそこには外階段があり、おかみさんが立っている。背後になにか不思議な形のものがありロープが垂れ下がっていた。

「いいよぅ。あげとくれ」

 女将さんが下に向かって声をかけると、ガタガタという音と共に紐が動き大きなバケツが上がってくる。


「ちょいとどいとくれ。危ないよ」

 女将さんは熱いお湯の入ったバケツを軽々と紐から外し持つと、猫足バスタブに流し入れた。

 たちまち浴室が湯気で埋め尽くされ始める。


「ほら、もう一回」

 さっと外へ戻れば、すでにお湯に満たされたバケツがぶら下がっている。

 どうやら下から操作しているようで、おかみさんがバケツを取り換えるとスルスルと下へと降りていった。

 

 女将さんはお湯入りのバケツを持ってさっさと中へと入ってしまったが、ミーシャは仕組みが気になって外階段の小さな踊場へ出て下を見下ろしてみた。丁度男性が下に降りたバケツに湯を注いでいる所で、すぐにバケツが上がってくる。クルクルとハンドルが回されているが、それほど重そうにも見えないのが不思議で、ミーシャは首を傾げた。


「不思議だろう?うちの旦那が細工が好きでね。私にゃちっとも仕組みが分からないけど、ハンドル回したらどんな重い物も半分以下の力で上がってくるんだよ。おかげで風呂のお湯も簡単に運べるのさ」

 いつの間にか戻ってきた女将さんが誇らしげに笑う。


「おーい、次行くよ」

 さっと満たされたバケツを空のバケツと交換して一声かけると、下にいた男は無言で手をあげてみせた。再びクルクルとハンドルが回されてバケツは下へと戻っていった。

 どうやらそこに竈があるようで、湯気の立つお湯が汲み上げられている。


「あと数回上げたら風呂の準備ができるから、着替えとか用意しておいでよ。駄々こねるくらい入りたかったんだろう」

「はぁい」

 夫婦の連携に目を丸くして見惚れていたミーシャは、悪戯っぽい笑みで促す女将さんにちょっと頬を赤くしながらも元気に返事をして、久しぶりのお風呂を堪能するための用意をしようと踵を返した。


(後で仕組みを聞ける機会があるといいな)

 とはいえ、好奇心の塊のミーシャが珍しい道具に興味を失くすはずもなく、ちゃっかりと夕食の食事出しを終わらせた女将さんを捕まえて旦那さんを紹介してもらうのだった。

 





読んでくださり、ありがとうございました。


ミーシャは本当にお風呂好きです。

たぶん一か月入れなかったら発狂するかと思うレベル。

ラインも似たり寄ったりのレベルですが、気軽に川に飛び込める分まだましかと。

女性は真っ裸で河原で水浴びはためらいますよね、さすがに。

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