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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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112/148

31

 祭りが明けた次の日は、村中の仕事が休みになる。

 村中が明け方まで飲んで騒いで、早めに休むのなんか幼子と年寄りくらいのものだから、当然と言えば当然だ。

 昨日のごちそうの残り物などが配られるため、食事の準備も必要ないため主婦業すらも最低限でせいぜいお茶のために湯を沸かす程度だろうか。

 というか、そのために、前日の炊き出しは過剰なまでに行われるのである。


 そんな中、宴席から早々に逃げ出したおかげで昼前には目を覚ましたカシュールは、静かに昨夜の残りで食事を済ますと、いつもの習慣で船の様子でも見ようかと港に向かった。 

 の、だが……。


「あ、本当にきた」

「なにやってんだよ、ミーシャ?」

 舟の様子を見に来たカシュールは、舟に乗り込んでちょこんと座っているミーシャを発見して目を丸くした。


「カシュールはきっと船の様子をみに来るはずだから、船で待っていたらいいって言われたの」

「いや、誰に。てか、なんで一人で」

 ニコニコと笑うミーシャに、カシュールが思わず声をあげる。

 村に慣れてきたとはいえあくまで客人の立場のミーシャが、一人でふらついている所を決りにうるさい輩に見られたら何と言われるか分からない。薬草を取りに出る時も必ずエラが側に居る様にしていたのはその対策のはずだった。


「俺に用事なら、エラかそこら辺にいる子供にでも伝言を……って、今日は無理か」

 今が祭りの次の日であり、昼前のこの時間に起きて外に出ている村人を探す方が難しい事を思い出して、カシュールは言葉を飲み込んだ。


「ん?大丈夫よ?誰にも見られてないから。ババ様が呼びに行くって言ったんだけど、たくさん歩くのは大変だし私が行った方が速いから、交代したの」

「……つまり、ミーシャはババ様に頼まれて俺を呼びに来たんだな?」

 気配を殺して動くのは得意なのだと胸を張るミーシャに、なんか違うと思いながらもカシュールは首を傾げる。なぜ、自分が呼び出されるのか分からなかったのだ。


(いや?なんか、嫌な予感がするな……)

 しかし、ふと脳裏を昨日の夜の密会がかすめて、カシュールの眉間に皴が寄る。

 そんなカシュールにお構いなしに、ミーシャは言葉を続けた。


「そう。できれば他の人に見られないように、海神様の社に来てほしいの。ヒューゴも一緒に」

「は?社?」

「うん。海巫女の病についてと今後どう動くのかを相談したいから」

「はぁ?意味わからんのだが?昨日の今日で、どうしてそうなったんだよ?!」


 嫌な予感が的中とばかりに落とされた爆弾発言に思わずカシュールが悲鳴をあげ、ミーシャは慌ててその口をふさいだ。

「静かに。こっそりしたいのに、人が来たら大変!」

「うぅ!」

 小舟から飛びついてきたミーシャに、油断していたカシュールはその勢いに負けてバランスを崩しそうになる。


(あ!ぶねぇ。船の上ならひっくり返ってたぞ)

 カシュールはまだ船に乗り込んでいなかったためどうにか抱きとめる事に成功した。

 これがカシュールも船のうえだった場合、足元不安定でバランスを崩して二人仲良く海の中である。

 別方向で心拍数が上がったせいか、カシュールはすっと冷静になった。


「分かったから離れろ。いや、状況は意味わからんけど、静かにはするから」

 ミーシャの手を顔からはがすと、カシュールは深々とため息をついた。

 反射的に飛びついてしまった結果、カシュールを転ばせそうになったことに反省したミーシャは、しょんぼりとカシュールを見上げた。


「びっくりさせてごめんなさい。でもね、やっぱりババ様は味方だったよ。ずっと歴代の海巫女様と一緒に頑張ってたんだって。そういう話もね、改めてしたいから、二人に来てほしいの」

 腕の中から見上げてくるミーシャを見て、カシュールは目を瞬いた。


(悪さして叱られたノノみたいだな)

 翠の瞳が潤んで眉が下がっている。「怒ってる?」と訴えてくるような視線が、数年前まで飼っていた猟犬の子犬の頃にそっくりだった。

 普段は大人しいのに、突然突拍子もない事をしては叱られていた。少しドジだけど優しくてかわいい子で、溺れている子供を助けようとして犠牲になってしまった。

 その後、父親は二度と犬を飼おうとしなかったし、カシュールも悲しくて思い出さないようにしていたけど……。


(そういえば、性格ちょっと似てるかも)

 カシュールは、無意識のうちに手を伸ばして見上げてくる小さな頭を慰めるように撫でていた。

「とりあえず、ヒューゴを探して行くから。船で昨日の洞窟から行くつもりだけど、ミーシャはどうする?」

 突然カシュールに頭を撫でられきょとんとしていたミーシャは、首を横に振った。


「それなら、先に戻っておくね。ババ様に持ってくるよう頼まれた薬草もあるし」

 ニコリと笑って去っていくミーシャの足は意外と速い。

 軽やかに駆け去っていく背中を見送った後、カシュールは山の方に視線を投げた。


(さて、どこにいるかな?ヒューゴの奴)

 自分を鍛える事には真剣なヒューゴが、祭りの次の日だからと家で惰眠をむさぼっているとは思えない。

 というか、ミルを海巫女として奪われて以来、祭りの風習すらも憎んでいたヒューゴが飲めや騒げの中に交わるはずもなかった。


(この時間帯なら山の鍛錬所だろうな) 

 迷いやすいとはいえ、慣れれば特定の場所を目指すことができないわけではない。

 むしろ、普通の村人が入り込まない奥山などは秘密基地をつくるのに最適で、ヒューゴはいつの間にか勝手にいくつか鍛錬場や拠点を作り上げていた。

 

(探すの面倒だな)

 複数ある鍛錬場を思い出して小さくため息をつくと、カシュールは指笛を吹いた。

 短く長くいくつかの音を組み合わせて合図を送る指笛は、この村の連絡手段でもある。


 村人ならだれでも理解できるが、暇さえあれば二人でつるんでいるため、カシュールがヒューゴを指笛で呼び出すのはいつもの事と聞き流される自信があった。

 その後は船を出して、適当な魚でも持って帰れば空白時間の偽装完了である。

 ちなみに秘密の洞窟には擬装用の魚の生け簀が設置されていて、普段の漁の時に捕まえた魚を放り込んであった。


「なんだよ?」

 たまたま近くにいたようで、いくらも待たずに姿を現したヒューゴを無言で舟に誘う。

 人に聞かれたくない会話を舟上でするのはいつもの事で、素直に乗り込んだヒューゴを乗せてカシュールは港を出た。


「ミーシャがさっそくやってくれたぞ。海巫女の事で、ババ様が話があるってさ」

「は?」

 港を離れ、周囲に他の舟がいない事を確認してからカシュールがぼそりと呟いた。


「昨日の今日でいきなりすぎないか?あいつ、まさか正面から特攻したのか?」

 目を丸くするヒューゴに、カシュールが肩を竦めた。

「いや?俺も詳しくは聞いてない。おまえがいないところで聞いたところで二度手間になりそうだったしな」

「それで、のこのこ出向くのかよ?罠だったらどうする」

 表情を険しくするヒューゴに、カシュールは苦笑する。


「どうもしない。罠だとしたら、村全体が敵に回ったって事だ。ミルが向こうにいる以上、俺たちは逃げる事もできないし。そもそも、ミーシャに話をするって時点でその危険を考えなかったわけじゃないだろう?」

 いつもと変わらない様子で櫂を操るカシュールに、ヒューゴはため息一つ落として、眉間から力を抜いた。


「それもそうか。どうせいつかはババ様を味方につけないといけない事は分かってたんだしな」

 気が抜けたようにつぶやくと、ゴロンと舟底に転がる。

 見上げた空は、筋雲が長く尾を引いていた。




 ミルの愛し子の証が何らかの病ではないかと思っていても、専門の知識を持っていない二人にはどうしようもなかった。

 補給部隊になればどうにか情報を集められるのではないかと思っていたけれど、基本外での行動は複数人で行われる。さらに、最年少のヒューゴが一人になれる時間などないに等しく、情報集めは難航していた。

 夜に寝静まった時に抜け出せたらとも思ったけれど、そもそも補給部隊自体が身体的にも頭脳的にも秀でて者たちの集まりなのだ。成人して数年のヒューゴがそうそう出し抜けるような相手でもなかった。


 また、外の世界でも思った以上に薬師や医師の存在は貴重であり、話を聞くことも難しいと知った時は、ヒューゴは何となく外の世界に出れはどうにかなるような気がしていた己の見込みの甘さに頭を抱えるしかなかった。


 それでも粘りに粘り、二年近くかけてどうにか伝手をつくった医師の老人と話をする機会をえたものの、返ってきた答えは「実際に診ないと分からん」の一言だけだった。

 正確には、自分の脇腹の状態を見せ「なんぞ悪いもんでも食ったか?とりあえずかゆみ止めの軟膏を出そう」と言われ、妹はもっとひどい状態なんだと言えば上記の一言である。

 ちなみに処方された軟膏をカシュールは塗ってみたが、いくらか肌のカサツキを抑える事はできたがそれ以上改善することはなかった。


「ミルを連れ出せば容赦なく追われることになるのは想像がつく。悔しいけどミルを庇いながらあいつらの追撃をかわすのはまだ無理だ。かといって外の医師を村に引き入れるのも厳しい。けど、ババ様が薬や病の相談をしたいってうまいこと言ってくれたらもしかしたら叶うかもしれない」


 そう判断したのは、もう数か月も前の事だ。

 だけど、どうしても一歩踏み出せなかったのは、いまいちマヤを信用することができなかったからだ。

 連れていかれたミルを返してほしいと訴えて退けられ続けた幼い日の思い出が、しっかりとヒューゴの心に不信感を植え付けていた。


 迷い悩み停滞した日々の中に、突如現れたのがミーシャだったのだ。

 幼い姿だが、目を覚まして早々幼子の命を救い、マヤの目の病を見抜いて薬を作ってしまった。

 さらに、貴重な薬草をいくつも持ち、村の山を探索すれば滅多に見つからない薬草をあっさりと採取してみせた。


 冬の前の最後の買い出しから戻ってくれば村中その話題で持ちきりで、すぐさま話をしようと決めたのはヒューゴ自身だ。

 優れた薬師の技を持ち、村の風習を知らず、誰の味方でもない。

 そんな都合のいい存在は、もう二度と現れないだろう。




「おい、寝たのか?」

 船底に転がったまま動かなくなったヒューゴに、カシュールは声をかけた。

「いや、起きてるよ」

 体を起こすことなく、ヒューゴが短く答える。


「……ミーシャに話したこと、後悔してるのか?」

 しばし黙り込んだ後、カシュールが波音に紛れてしまいそうなほど小さな声で尋ねた。

 その自信なさそうな声に、ヒューゴは思わず目を瞬いて体を起こす。

 どうしてカシュールがしょげているのか理解できなかった。


「いや?ミーシャと昨日話したいと言い出したのは俺だし、ミルに会わせると決めたのも俺だ。その事に後悔はしてないよ」

 むしろ性急すぎると止めようとしたカシュールを振り切って動いたのはヒューゴである。

 そこに関しては、ヒューゴは本当に後悔していなかった。


「ただ、展開の早さに驚いてる。まさか昨日の今日でババ様から呼び出されるとは思わなかったしな」

「……まぁ、それは確かに」

 肩を竦めるヒューゴにつられたように、カシュールも深く頷いた。

 つい先ほど、同じような言葉をミーシャに言ったばかりである。


「昨日帰ったのもかなり遅い時間だったはずなのに、いつババ様と話す時間を取ったんだ?まさか、返ってすぐにたたき起こしでもしたのか?」

「さすがに、年寄りを夜中にたたき起こすはないだろうが……。いや、どうかな?」

 ヒューゴの言葉を一回否定したものの、自分に飛びついてきた行動力を思い出して、カシュールは首を傾げた。


「ミーシャならやりかねない……のか?」

「まじで?そんな感じなのか?見た目だけなら妖精みたいに綺麗なのに」

 ゲラゲラと笑うヒューゴにつられてカシュールも笑いだす。

 二人は不思議と気持ちが明るくなっているのを感じた。

 根拠など何もないけれど、何故だかこれからうまくいくのではないかという気持ちが沸き上がってくる。


「さてな、鬼とでるか蛇とでるか。とりあえず行ってみようぜ」

「おう」

 笑うヒューゴに頷きながら、カシュールは櫂を漕ぐ手に力を込めた。





 人目を避けて洞窟の中に舟を滑り込ませると、二人は慣れた足取りで海巫女達の居住区へと進んだ。

 部屋の中までは入ることはなかったけれど、ミルを呼ぶ際に手前までは来たことがあったので迷いはない。

 だけど、待ち受けているものを思えばやはり緊張は隠せず、扉を叩く前に二人は一度顔を見合わせると大きく深呼吸をした。


「おはいり」

 しわがれた声はマヤのもので、扉を開ければ囲炉裏の周りにはマヤとミーシャ、そしてミルの姿だけがあった。


「思ったより時間がかかったね。誰にも見られてないかい?」

「今日は人目も少ないしな。海の方から来たから大丈夫だ」

 短く答えるヒューゴの顔は緊張からか強張っていた。

 どこかに潜む影があるのではないかと目線だけを探るように動かすヒューゴに、マヤが苦く笑う。


「誰もいやしないよ。こっちへおいで」

 マヤに促されて一瞬躊躇するが、重ねてミルが声をかけてくる。

「お兄ちゃん、大丈夫。本当に、ここにいるだけよ。後は奥でノアおばさまが寝ているけど……」

 柔らかな微笑みを浮かべるミルはいつも通りで、ヒューゴは少しだけ警戒を弛めた。


「で?今まで傍観者気取ってたのに、どういう風の吹きまわしだよ」

「お兄ちゃん!」

 履き物を脱いで上がることはせず、ドカリと上がり框に腰を落として毒を吐くヒューゴに、ミルが困ったような視線を向ける。

 

「やれやれ相変わらず獣みたいな子だねぇ」

 刺々しいヒューゴの様子など気にも留めていない顔で、マヤが困った子供を見るような顔で肩を竦めた。

「しょうがない。これに関しては味方なんていないようなもんだったからな」

 座り込むヒューゴの横をすり抜けると、カシュールが気安い感じで部屋に上がり、ミルの隣へと腰を下ろした。


「おい!」

「ミル、俺にも茶をくれ。ヒューゴも変な意地張ってないで上がれよ。話が進まないだろ?」

 声を荒げるヒューゴを意に介した様子もなく、カシュールはあきれ顔で手招いた。


「まだるっこしいのは嫌いだ。さっさと話をしようぜ」

「お前なぁ~、こういうのは最初の駆け引きが大事なんだぜ?」

 苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやきながらも、諦めたようにヒューゴが履き物を脱いだ。


「この面々に変な駆け引きしようとしたって無駄だよ。俺たちの何倍も生きてるババ様に言葉の裏を読むことも知らない天然娘だぞ?」

 手渡された茶を何の警戒もなく飲み干すカシュールの横に不貞腐れたようにヒューゴが座ったところで、マヤが耐えきれないというように笑いだした。


「なんだい。ヒューゴが引っ張っているかと思っていたが、意外とカシュールも言うじゃないか。どっちが上か分からないね」

「ヒューゴは頭が良すぎて物事を複雑にしたがるんだ。それが必要な場面もあるかもしれないけどさ」

 からかうマヤにもカシュールはさらりと答えて、お茶のお代わりを注いでもらっている。


「分かった。俺が悪かったから、本題に入ってくれ」

 怒る気力もなくしたように、ヒューゴが肩を落として実質敗北宣言をする。

 その様子に、これ以上からかうのをやめて、マヤは居住まいを正した。


「まずは、あんたたちに謝らせとくれ。私が臆病だったばかりに、真実を話すことをためらった。そのせいで、余計な時間を取らせちまったからね」

 静かな声と共に頭を下げられ、ヒューゴとカシュールは顔を見合わせる。


「頭をあげてくれ。ババ様の立場を考えれば軽々しく動けなかったのは当然だ。オレも、幼い頃ならともかく、成人して立場を得てもババ様に近寄ろうとはしなかった。信じる勇気もなかったんだ」

「おれも。小さい頃から病も怪我もババ様に世話になってきた身で、それでもミルの話をすることをためらった。きちんとババ様に問いかけるべきだったんだ」

 

 後悔のにじむ声に、マヤは顔をあげる。

 互いの瞳が交差し、沈黙が落ちる中、ふいにパチンと手を叩き合わせる音が響いた。

「はい、お終い」

 ニコリとミーシャが笑う。


 突然の介入に、みなが目を丸くする中、ミーシャは笑顔のまま言葉を続けた。

「謝り合戦は時間の無駄って、カシュールが言ったんでしょう?そんな事より、未来の話をしましょ!」

 邪気のない言葉と笑顔に、その場の空気がフッと緩んだ。


「そうだな。祭りの次の日とはいえ、昼も過ぎたらぼちぼちみんなが動き出す頃だ。さっさと話をして解散しないと、二人の姿が見えないとエラ辺りが騒ぎ出しそうだ」

「「「確かに」」」

 ミル以外の全員が同時に頷き、次いで耐え切れないというように噴き出した。

 思い込んだら一直線のエラの猪突猛進ぶりは皆の知るところで、マヤ達を探して走り回る様子はすぐに想像できた。


「じゃぁ、いろいろと話の擦り合わせをしようじゃないか」

 まだ笑いの残る声でマヤが音頭を取る。

「まずは、なんで海巫女の存在ができたか、からかね」

 

 そうして、長く続いてきた海巫女の運命を変えるための話し合いは始まった。


読んでくださりありがとうございました。


呼び出すだけで七千字近く……。

我ながら、本当に話が進まないですね……。

ようやく海巫女対策ミッションメンバーが集まりました。

次は大きくお話が動く予定です。


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