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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
旅立ち

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一時の激昂が過ぎてしまえばもともと体調の良くなかったらしい老婦人の顔色はますます悪くなった。

横になったほうがいいと促すミーシャに「何もない家ですが……」と案内されたのは、町はずれにある古びた一軒の屋敷だった。


「手入れする者もいなくて」とつぶやくような言い訳とともに半ば壊れかけた大門をくぐれば、そこにはまさにお化け屋敷と称したくなるような有様が広がっていた。

かつては美しく整えられていたであろう玄関までのアプローチは植えられた木々は手を入れられることなく伸び放題。足元もかろうじて人が通れる幅を残し雑草が覆いつくしていた。

屋敷自体も長く手入れされていないらしく壁は黒ずみ屋根の色も褪せている。たくさんの窓のほとんどに厚いカーテンが引かれたままなのも、屋敷の陰気さに一役買っていた。

そして、かなり大きな屋敷にもかかわらず人の気配が見られない。


「二人で住んでいるの?」

何気なくミーシャが尋ねると、神妙な顔で隣を歩いていた男の子がこくりとうなずいた。

「父さんと母さんがいた頃は、もっといっぱい住んでたけど」

言葉少なに答える少年に先ほどまでのジオルドに噛みついていたような覇気は見られない。

祖母に叱られたことがよほど堪えたらしい。


錆びた蝶番のせいで不快な音をたてる玄関を入れば、まだ夕方には早いというのにどことなく薄暗く埃臭かった。

(体調が悪いのにこんな環境じゃ・・・・・・・)

眉を顰めたくなるのをこらえて通された居間は、調度こそ古びているものの清潔に整えられていて、ミーシャは、ほっと息を吐く。

この広い屋敷を体調を壊した老婦人と幼い少年だけで維持することができず、最低限自分たちの居住区のみを整えて生活しているのだろう。


「改めてご挨拶させていただきます。マリアンヌ=カーラフと申します。この子は、わたくしの孫でケント。この度は、誠に申し訳ございませんでした」

勧められたソファーに腰を下ろすと、向かいに座った老婦人が改めて名乗り、頭を下げてきた。

その隣ではケントと呼ばれた少年が神妙な顔で頭を下げてくる。


「そんな!顔をあげてください。謝罪なら先ほどしていただきました」

ミーシャは、そんな二人に慌てたように顔をあげるように促した。

そんな事の為にわざわざ自宅まで押し掛けたのではない。


「あの、ですね。私、これでも薬師の端くれなんです。良ければ、マリアンヌさんの体を見させてもらえませんか?」

突然の申し出にマリアンヌとケントは戸惑ったように顔を見合わせた。

目の前でニコリとほほ笑む少女は、まだ成人前の子供に見えた。それが、薬師?見習いにしては、隣の男が師匠という風には見えない。

いいところのお嬢様と護衛、がいいところだろう。

現にケントもそう辺りをつけて手を出したのだ。裕福で甘やかされたお嬢さんなら、たとえ捕まってもお涙ちょうだいの身の上話に同情してくれるんじゃないかとのずるい計算もあったのだ。


「・・・・・・・あの、ありがたいお申し出なのですが、生憎薬師様に見ていただいて、お礼の品を包める状況ではございませんので」

少し困ったように断りを入れるマリアンヌにミーシャは慌てて首と手を横に振った。

「お礼なんて、そんなものいただく気はありません!そうですね・・・・・・これは、自己満足なんです。たまたますれ違っただけの縁ですけど、私は病に困っているマリアンヌさんを見つけて、それをもしかしたら解決出来るかもしれない。だから・・・・」


幼い少年と祖母。

少年は方法を間違えてしまったけれど、お互いを思いやるたった2人きりの家族、という状況は、失くしてしまった母親の事を思い出させてミーシャの胸を切なくさせた。

どんな事をしても助けたいと願うケントの行動も、悪い事だと分かっていても咎める事など出来ないほどに。

ミーシャだって、あの時母親を助けられるのならば悪魔とだって取引しただろうと思うからだ。


なぜだか泣きそうな顔で黙り込んだミーシャの姿にマリアンヌは何か感じ取るものがあったのだろう。

「では、診ていただいてもよろしいですか?」

そう言って静かに頭を下げれば、ミーシャの顔がホッとしたように綻んだ。





椅子に座ったままのマリアンヌの前に立ち、ミーシャは脈を取り、目や耳、喉を覗き込み、心音や肺の音を聞いた。

その後、幾つかの質問をしながら触診をする。

先程の控えめな少女は消え、そこには自信に満ちた1人の薬師がいた。

その変化に半信半疑だったマリアンヌ達の表情も変わっていく。


「肺から異音がします。消化器官も弱ってるみたいですね。

食欲も無く、熱も続いているみたいだし。

ただ、咳はあまり無いし喉の炎症も少ない……。風邪、にしては少しおかしいんですよね」

マリアンヌに聞かせながらも、自分も頭の中で考えをまとめているのだろう。

少し遠い視線は、知識の泉を必死に探っているように見えた。


そんな様子を、ジオルドは一歩離れた場所から眺めていた。

ミーシャの薬師としての働きを見るのは初めてだったため、興味津々である。

屋敷の中での聞き込みで、確かな腕を持っている事は伺えたが、実際に自分の目で確かめる事ができるのは僥倖だ。


(薬師というより、まるで医師だな。病に対する知識がしっかりと蓄えられてるんだろう)

2人の横で心配そうにそわそわしているケントの姿が微笑ましい。

先程までの威勢も不審そうな様子も消え、ただ祖母の様子のみを心配している姿は年相応に見えた。

口を挟みたそうにしているのにじっと我慢してすがるような視線をミーシャに投げかけている。

その中に無意識の信頼を見て、ジオルドは内心感心していた。

頼りなさそうな見た目の少女は、今や、しっかりと患者の家族に頼られる薬師へと立場を昇格させているようだ。


「肌を見せて貰ってもいいですか?ここではなんですので、良ければ寝室で」

さらなるミーシャの要求にもマリアンヌは素直に従った。

「こちらです」

先に立って歩く背中を追いかければ、2階への階段を上がった奥の部屋へと案内される。

主寝室なのだろう。

大きな扉を続いて潜ろうとすれば、険しい顔のミーシャに押しとどめられた。


「女性の肌を見るのです。遠慮してください」

パタンと閉じられた扉の前でジオルドはため息をつく。

ミーシャの行動に興味を惹かれるあまり常識がとんでいた自分に呆れていると、隣で小さな笑い声がした。

「大の大人が情けないの。あんた、ミーシャに形無しなんだな」

「………口の利き方が悪いな。目上の人間に「あんた」はないだろ?」

生意気な口を聞くケントの頭をぐりぐりと乱暴にかき混ぜれば抗議の声が上がった。


ひとしきり教育的指導とばかりに少年を弄っていると、嫌そうにその手を逃れた後、ポツリとつぶやいた。

「………なぁ、ミーシャって本当に何者なんだ?市場で見た時はいいところのお嬢様って感じだったのに、あんな……。ばぁちゃん、大丈夫なのかな?」


少し心細そうなケントにジオルドは、もう一度手を伸ばし、今度は優しい手つきで自分が乱した髪をなでつけてやった。

「ばあちゃんが大丈夫かは俺には分からん。だけどミーシャの腕は確かだ。そこだけは保証してやるよ」

「………うん」


ケントがこくりと頷いた時、「もう良いですよ」とミーシャが扉を開いた。

中に招き入れられればバルコニーへ続く大きな掃き出し窓の前にマリアンヌが座って待っていた。

衣服の乱れはすでに無く、心なしか顔色も明るく見える。


「お婆ちゃんは大丈夫ですよ。

肌を見せていただいたついでに幾つかのツボを刺激しておいたので、今日は無理をせず、このまま横になって水分を多めに取ってくださいね。食欲があるようなら普通に取ってくださっても大丈夫。

ただ、先程お婆ちゃんとも話したけど、今日はケント君のベッドで一緒に寝てもらっても良いかな?うつる病では無いから」


急いでマリアンヌの元に駆け寄ったケントに向かい、ミーシャが丁寧に説明する。

「薬は宿にあるので、調合して、後で届けにきますね。それまで、大人しくしててくださいね?

ケント君、お婆ちゃんが無理しないようにしっかり付いててあげて」


「分かった。でも、なんでこの部屋がダメなんだ?」

しっかりと頷くと、ケントは最後に疑問を1つ投げかけてきた。

それにミーシャはふわりと微笑む。

「悪いものがこの部屋に溜まっているのよ。後で薬と一緒に薬香を持ってくるから、それまではこの部屋には入ってはダメよ?

さ、下に行きましょう」

促され、ケントは素直に従いマリアンヌと先に立った。


1番最後を付き従いながらも、ジオルドは頭を掠めた疑問に内心首を傾げた。

(うつる病では無いのに、部屋に悪いものって?)

だが、先程の笑顔を思い出せば、この場でミーシャが説明してくれることは無いだろうと口をつぐむ。

もう1つ、ミーシャの手にある布に包まれた物を問いただしたい気持ちも一緒に押さえ込みながら。






「………ジオルドさん、お願いがあるんですが」

マリアンヌがベッドに入るのを見届けて屋敷を後にしたミーシャとジオルドは足早に宿へと向かっていた。

お化け屋敷一歩手前な屋敷の外観が見えなくなった頃、ミーシャはそう言ってジオルドに幾つかの調べてもらいたいことを小声で告げてきた。


「ここからなら、自分で宿まで戻れます。必要な薬を調合しておくので、その間にお願いできますか?」

「分かった」

本当は聞きたいことだらけだったが、先程までの笑顔の消えたミーシャの様子に承諾の意だけを伝える。

「だが、宿までは一緒に行くぞ。調べ物は人手がある方が良いからな」

ただ、一人歩きだけは許可できないと告げれば、しぶしぶ頷かれた。


「後、大丈夫とは思うんですけど、念のためマリアンヌさんたちに人をつけることは可能ですか?」

「………分かった」

頼まれた「調べ物」と合わせれば一気にきな臭くなってきたな、とため息をつきたい気分に陥りながらも、なんと無く、ワクワクするのはなんでだろう。

随分と下にある少女の小さな頭を見下ろしながらも、ジオルドはミーシャの「お願い」を叶えるための算段を始めた。











読んでくださり、ありがとうございました。


3/18、タイトルの丸つき数字が文字化けしていると親切な方に教えていただき、急いで訂正しております。


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