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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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27

今回は、ほぼババ様の独白です

 結局、港に小舟がつくまで二人の間に会話はなく、どこか上の空のミーシャをカシュールはまっすぐにマヤの家へと送っていった。

 広場の方では、まだ踊り騒いでいる声が聴こえていたが、酔っぱらいの集団にミーシャを戻すつもりはなかった。

 カシュールが適当に誤魔化して攫ってきたが、再びハニートラップを仕掛けられる恐れがないわけではなかったからだ。


「また、時間を見つけて声をかけていいか?」

「うん。私もまだ気になることがあるし。おやすみなさい」

 言葉少なく別れを告げ、ミーシャは家の中に入った。


 囲炉裏の火は落とされ、かすかに残った熾火がほんのりと赤く色づいているだけだった。

 人影はなく、マヤは言葉通りすでに休んでいるのだろう。

 ミーシャは、最初に目覚めた日から借り受けている小部屋へと静かに足を進めた。

 よく手入れされているとはいえ、古い造りの家はところどころ床板がきしみをあげた。


「帰ったのかい?」

 気を付けていても、静かな家に床板のきしむ音は良く響く。

 ミーシャの気配に気づいたマヤが、自室から声をかけてきた。


 闇の中響いた声に、ミーシャの体が驚きにビクリと跳ねる。

 息をのんだ様子が伝わったようで、マヤがクツクツと笑う気配がした。

「驚かせて悪かったね。悪いが白湯を一杯持ってきてくれないかい?珍しく酒を飲んだら、喉が渇いちまってね」

「はい」

 柔らかな声に懇願されて、ミーシャは囲炉裏にかけられたままになっていたやかんから湯を汲んだ。

 少し火元から遠ざけられていた為か、いい具合に温くなっている。


 

(そういえば、ババ様の部屋に入るの何気に初めてではないかしら?)

 ミーシャは少しの緊張と共に、一声かけて引き戸を開ける。

「失礼します」

「あぁ、こっちに持ってきておくれ」

 促す声と共に、ろうそくに明かりが灯った。

 小さな明かりだったが、闇になれた目にはやけにまぶしく映り、ミーシャは目を瞬いた。


 ミーシャの借りている小部屋の倍ほどの広さの中央に布団が敷かれており、マヤが体を起こしているのが見えた。

 壁際にはいくつかの箪笥が並び、窓際の風通しの良い所には薬草がいくつも束になりぶら下げられていた。マヤの家の中は薬師の家らしくうっすらと薬草の香りが漂っていたが、この部屋には特にその香りが強く立ち込めていた。


「冷えますから」

 ミーシャは身に馴染んだ薬草の香りに惹かれながらも急いで側に行くと、すでに夜着に着替えていたマヤの肩に、布団の上に広げられていた上着をかける。

 火も落とされ冷えてきた室内に、薄い夜着だけでは風邪をひいてしまいそうだったからだ。


「あぁ、ありがとうね」

 礼を言いながらミーシャから白湯の入った器を受け取り、マヤは美味しそうに目を細めて半分ほど飲み干した。


「さて、思ったより早いお帰りだったね。どこまで気づいたかい?」

「え?」

 唐突に言われた言葉の意味が分からず、ミーシャは目を瞬いた。


「海巫女へ処方している軟膏の香りがするよ。あの子に会ったんだろう?」

 まるで子供の悪戯を見つけた親のような表情でマヤは笑った。

 秘密のはずの密会をあっさりと口にされて、一瞬顔をこわばらせたミーシャは、すぐに力を抜いた。


「……気づいていらっしゃったんですか」

「先代の海巫女と私は同志なのさ」

 とぼけた顔でそういうと、マヤは残りの白湯を口にする。

「そのまた前の海巫女も……ね」

 呟いた声ににじむ深い悲しみに、ミーシャは、マヤが海巫女たちの運命を嘆いていることを知る。


(ババ様はきっと長い時間をこの村で過ごし、同じくらい長い時間、この村の薬師として海巫女と共に生きてきたんだわ。限られた知識しか持っていなくとも、長い時間の中で薬師として気づくことも多かったはず)


 共に過ごした数日の間に、ミーシャは、この年老いた薬師を深く尊敬していた。

 丁寧な仕事ぶりやエラに教えを授ける様子から、真面目で愛情深く、懐も広い人柄が透けて見えたからだ。

 だからこそ、海巫女たちの現状は違和感でしかなかった。

 薬師の眼から見れば、彼女が皮膚の疾患を抱えていることは明らかであったからだ。


 それなのに、神様に愛された印という主張を否定することなく、幼い子供を家族から引き離して海巫女としてお社の中に閉じ込めるような生活を強いた。

 村という運命共同体の中、どうしようもなかったと主張されればそれまでだが、マヤの立場や性格を考えればもっとやりようがあったのではないかとミーシャは感じていた。


「海巫女とは何なのですか?」

「…………」

 唐突にも聞こえるミーシャの問いに、マヤは黙り込んだ。

 たくさんのしわが刻まれた老いた顔に、深い苦悩が透けて見えた。

 その様子を、ミーシャはただ黙って見守った。


「……この村の成り立ちは、聞いたかい?」

 長い沈黙の後、マヤは静かに口を開いた。

「別の島から流れ着いた移民達が開いた村で、海の神様の庇護を与えられていると」

 少し迷いながらも、カシュールに聞いた話を要約して答えたミーシャに、マヤは苦く笑う。


「半分本当で、半分嘘なんだよ。流れ着いた移民なのは本当だ。だけど、伝説の末姫様が本当に不思議な力を持っていたのかは分からない。もしかしたら、本当だったかもしれないけど、今となっては確かめるすべはないね。ただ、その後に続いた海巫女はただの象徴さ。村人たちに神様の加護・・・・・を信じさせるためのねぇ」

 

 半ば想像していたとはいえ、あっさりと否定された海巫女の神秘性にミーシャは息をのんだ。

「歴代の海巫女達に神と通じる力はなかった?」

「さてねぇ。もしかしたら、最初の頃はそんな巫女もいたかもしれない。でも、少なくとも私が今まで出会った海巫女達はそういう意味では普通の娘だったよ」

 小さく首を横に振るマヤに、ミーシャは深々とため息をついた。


「では、なぜ……」

「昔の偉いさん達が何を思って、この海巫女の存在を祭り上げたのかかい?それはね、村の秘密を隠すためさ」

「……秘密?」

「神様の贈り物、だよ」


 ミーシャの脳裏に、祭りの最中に見せられた見事な真珠が浮かび上がる。

 海巫女が祈りを捧げて海に潜ると手にいれる事ができる、海の神様の寵愛の証。

 戸惑うミーシャをよそに、どこか遠い目をしながら、マヤはポツポツと語りだした。


「移民してきた私たちのご先祖は、小さな島に住む一族だった。

 大陸から少し離れてポツリと浮かぶ、一日あれば一周できてしまうほど小さな島だったそうだ。

 海と共に生きて最後は海へと還る、素朴だが優しく争いごとを嫌う穏やかな一族だったと伝えられているね。

  

 そんな彼らは偶然に貝の中から見つけるしかない真珠を、人の手で育てる技術を持っていたんだ。

 そうして得た真珠は飾りへと加工され、嫁ぐ娘に持たせる寿ぎの贈り物とされていた。真珠は母親から娘へと受け継がれたそうだよ。


 だけど、穏やかな生活は、造船技術が進み近くの大陸から船が渡ってくるようになって脅かされることになったんだ。貧しいはずの村娘が、誰もかれも美しい真珠の飾りを身に着けている。

 それを知ったならず者が、その真珠を手にいれようと攻めて来たんだそうだよ。

 最初は単純に真珠を狙って。

 そして、真珠を育てる術があると知ってからは、その秘術を手にするために……。


 争いを知らない島人達に抵抗する術はなく、一族は壊滅状態になった。そして真珠をつくる為の奴隷にされそうになった生き残った人々は島を捨てて逃げた。

 追手を振り切るために何艘もの船が沈められ、ここにたどり着いた時にはただの一艘だけになっていたそうだ」


 語られる歴史はあまりにも悲惨なもので、ミーシャは言葉を失った。

 ただひっそりと静かに暮らしていただけの人々を襲った悲劇。

 蹂躙されながらも生き延びるために海に飛び出した人々の胸にあったのは、希望ばかりではなかったはずだ。悲しみ恨み、怒り……。穏やかで優しい人たちに、それはどんな影響を及ぼしただろう。


「一族の悲劇を繰り返さないため、ご先祖様は隠れ住むことを選んだ。

 だけど生きていくためには金がいる。自然から得られる物だけでは贖えないものも多いからね。

 最初は、娘たちが身に着けていた真珠をこっそりと売って、その日の糧を得て、生活の基盤を作ったようだね。だが、持ち出せた真珠にも限りはある。


 貧しさの中、ご先祖たちは生きていくためにひっそりと真珠を育てる事に決めたそうだ。

 幸か不幸か、辿り着いたこの入り江には、真珠を育てるために必要な環境が整っていたんだ。

 生活の基盤を整えながら、同時にご先祖様は真珠を育て始めた。

 ただし、新たに生まれる子供達にはすべてを秘密に、限られた人だけで隠れてこっそりとね」


 それは、まさに隠された一族の本当の物語だった。

 そんな大切な話を、通りすがるだけの自分が聞いてしまった事に、ミーシャは困惑して瞳を揺らした。

 そんなミーシャに、全てを語りつくしたマヤが、清々したような顔で笑う。


「海巫女は、何も知らない新しい次代の子供達に、真珠を作り出していることを知らせないために作り出されたおとぎ話だったんだよ。

 最初はたまたま皮膚にそういう特徴を持っていた末姫様を旗印にした。もともと一族を束ねていた血族の末姫様は丁度良かったんだろう。

 昔は同じような特徴を持つ子供がそれなりに産まれていたそうだよ。だが、この土地の者と婚姻して血が薄まってきたせいか、鱗を持つ子供たちは減っていった」


 これまで淡々と語っていたマヤの顔が、再び辛そうに歪んだ。

「その過程で、病に対する知識は消されてしまった。おそらく下手に治療して鱗を持つ子供がいなくなると不都合だと思われたんだろう。そして、残されたのは徐々に病にむしばまれながら、村の存続のために象徴とされて、社で暮らす哀れな娘達ってことさ」

「昔は、病に対抗する術があったってことですか?」

 驚きに目を見開いたミーシャに、マヤはゆっくりと頷く。


「社には昔の海巫女の残した手記があるんだ。当時の海巫女の役目は十年ほど。お役目がすめば娘は村に戻り、婚姻し子をなして普通の生活を送っていたようだね。そのころには鱗は消えていて、残っていても二~三か所ほどだったという記録を見つけたよ」

「じゃあ、その手記を探せば、治療法のヒントも見つかるかも!」

 目を輝かせるミーシャに、マヤはゆっくりと首を横に振った。


「残念ながら、残っている手記はご先祖独特の文字で記されているせいで、読み解くことがひどく難しいんだよ。その文字も、隠れ住む中でうっかり外で使って不信感を持たれないようにと、受け継がれずすたれてしまった。かろうじて残されている手掛かりを頼りに、数十年かけて読み解いたがなかなかね」

「そんな……」

 うな垂れたミーシャに、マヤも同じように肩を落とす。


「そもそも、当時の偉いさんと薬師が、村のためにと共謀して病の治療法を消したんだ。海巫女の手記にもどれほどの情報が残っているか定かじゃないんだよ。なにより、鱗を持った子供は本当に数十年に一度しか生まれない。私も、今の海巫女が生まれた時は目を疑ったものだからね。まさか自分が生きているうちに二人・・も本物に出会うと思っていなかったからね」

 ため息は重く深く、一瞬そこに込められた陰の気に飲まれそうになったミーシャは、ふと首を傾げた。


「あれ?さっきババ様、前の前の海巫女とも知り合いだって……」

「人の話をよく覚えている子だねぇ」

 ミーシャの言葉に、マヤは一瞬驚いたように目を見開いた後、小さく肩を竦めた。


「数十年に一度しか生まれない。だけど海巫女という象徴はなくせない。それなら、海巫女をつくればいい。そう考える人間がいたんだよ」

「……それって」

 マヤの暗い瞳に、ミーシャは思わずごくりと息をのんだ。


「先々代の海巫女は、鱗なんて持っていなかった。当時の村長の末の娘さ」

 言い切った後、マヤは顔色を悪くするミーシャをじっと見つめた。

「まさに生贄、だねぇ。何不自由ない身でありながら、あの人は海巫女として社に縛られたのさ」

「……そんな」

 村の存続のために、一人の人の人生が歪められる。

 伝承通りに印が現れた者だけでなく、権力の都合のために弱い者が犠牲になるのだ。


 悲壮な表情で言葉を失くしたまま固まるミーシャを、しばらく無言で見つめていたマヤが、耐え切れないというように俯いて、肩を震わせた。

 そして、次の瞬間、クツクツと笑い出したのだ。

 先ほどまでの苦しそうな笑みではなく、まるで悪戯が成功したと言わんばかりに楽しそうな顔で。


「ババ様?」

「ヒヒッ……フフフッ……。いや、すまないね。少なくとも先々代に関しては、そんな悲壮な顔をしなくても大丈夫だよ。あの人は、自分で望んで海巫女になったんだ。それも、20になれば解放すると言われたのを、娘時代の大切な時間を奪われる犠牲者を増やすなんてとんでもない!って反抗して、生涯海巫女宣言してね」

 先ほどまでのシリアスを吹き飛ばすように笑うマヤに、ミーシャは目を瞬いた。


「しかも、真面目にこもってるふりをして抜け出しては、外の世界をほっつき歩いていた強者だよ。何しろ、社の中に踏み込む村人はいないからね。留守の間の食事や貢物の処理を私に押し付けて、しょっちゅう出かけてたからね」 

 しかも、海巫女の慣例を逆手にとってやりたい放題の自由人だった様子まで聞いてしまえば、先ほどとは別の意味で肩を落とすしかない。


「真面目に、同情した私の気持ちは……」

 笑い過ぎで目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、マヤはわざとらしくコホンと1つ咳をして気の抜けてしまった場の空気を戻そうと居住まいを正した。


「まぁ、先代の海巫女が現れて、そんなお気楽なこともできなくなったんだけどね」

「先代さんは、本当の意味・・・・・で海巫女に選定された女性なんですね?」

 ピリッと引き締まった空気に、ミーシャも背筋を伸ばす。


「そうさね。先代の薬師から正式に村の薬師の地位を引き継ぎ十年が経った頃、産まれたあの子の肌に印が現れた。最初は村で暮らしていたんだけど、数年でどうしようもなくなり、社に移動したんだよ」

「まだ幼い子供を家族から引き離して?」

 無意識に責める様に見るミーシャに、マヤは肩を竦めた。


「しょうがなかったんだ。先代の家族も今代と同じように村の裏事情にはかかわっていない家族だったから、『海巫女に選ばれた』と無邪気に喜んでいたしね。それに、社に籠るにも病状対策としてちゃんと意味があったんだよ」

「え?それはどういう意味ですか?」

 言い訳するように答えるマヤに、ミーシャは目を瞬いた。


「私も、実際に目にしたのは先代の子が初めてだったからね。知らずにいろいろ試行錯誤したんだけど、あの鱗状の皮膚は乾燥に弱い。それ以上に、陽の光が毒になる様なんだよ。一時間も陽にあたると荒れた肌の部分が真っ赤に炎症を起こして、ひどい事になるんだ。普通に村人としてなんて暮らせないんだよ」

「そんな……。じゃあ、海巫女の慣習は本人を守るためのものでもあったって事なんですか?」

 目を丸くするミーシャに、マヤが重々しく頷いた。


「恐らくね。社の洞窟の中は適度に湿気があって、一年中気温も変わらないし、陽の光に当たることもない。そして、本来はその病を癒す薬があり、治ったものは村へと帰っていたんだろう」

 深々と息を吐いて、マヤは疲れたように首を横に振った。

「長くしゃべると喉が渇いてイガイガするね。悪いが、もう一杯白湯をとってきておくれ」

「はい」


 コップを受け取りながら、ミーシャはマヤの顔色があまり良くない事に気づいた。

 今の時間は深夜を回っている。

 普段ならとうの昔に眠りについている頃だ。

(なんか、私も眠くなってきちゃった……)

 意識すれば、とたんに眠気と疲労が襲ってきて、ミーシャはあくびをかみ殺した。


 そんなミーシャの状態もお見通しだったのだろう。

 マヤはコップを受け取ると、ミーシャに解散を言い出した。

「今日はいろいろあって疲れただろう。一度おしまいにして、続きはまた明日話そう。おそらく明日は村中が遅くまでゆっくりしているはずだから、あんたもそうおし」


「……はい」

 本当は、もっと話したいことはいろいろあったけれど、ミーシャも体が限界だった。

 素直に頷いたミーシャに、マヤも鷹揚に笑う。


「明日、様子を見て先代海巫女に会わせるよ。あんたさえよければ、私の時みたいに知恵を貸しておくれ」


読んでくださり、ありがとうございました。


村の歴史(裏バージョン)って感じでしたが、うまく伝わったでしょうか?

歴史って後世の人が創るものですよね。

神話も意外と史実にのっとっていたりして……。


次回は先代海巫女が初登場です。

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