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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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23

2024.6.22ヒューゴの名前を間違っていて、別人になっていました(汗

報告ありがとうございました。

その他の誤字報告も、感謝しております。

 この村の始まりは、一艘の移民船だった。

 遠く離れた島から来たその船には、当時の権力争いに負けて殺された王様の子供達が乗っていたんだ。

 まだ幼い子供を殺すのは忍びないと追放したそうだけど、当時、海図もろくにない海に追いやられたんだから、実質死刑だよな。


 ところが、王様の一番小さな末の姫様は、神様の声を聴くことができる不思議な力を持っていたんだ。

 その力ゆえに、神の不興を買う事を恐れた簒奪者たちは殺すことはできずに追放したとも言われているな。

 末姫様はその不思議な力を使って、広い海原のただなかで途方に暮れる大人たちに進むべき道を示し、ついにはこの大陸までたどり着いたそうだ。


 人々の熱狂はすごかっただろうな。

 実際、大きさこそあるもののぼろ船で無事に大陸間を渡り切ってしまったんだから、不思議な力があったって信じたくなる気持ちも分かるけどな。

 

 そうして、この地に降り立ったんだけど、一度自国の人間にひどい目にあわされた人々は、この地の人間と交わることを拒み、ひっそりと生きる事を選んだんだ。

 それが、この村の始まり。


 当時、道具も食料もろくにない過酷な環境で生き延びるために、末姫様を心の支えにみんなで力を合わせてこの村を作り上げたそうだ。

 貴い身分であるはずの末姫様やその兄弟たちも、木を倒して家を作り、土を耕し、網を投げて魚を獲ったんだってさ。

 だけど、過酷な航海の日々と、その後の開墾は、みんなの命を少しずつ、でも確実に削っていったんだ。


 一人、また一人と村人が倒れる中、末姫様は涙を流し、海の神様にもう一度助けてほしいとこいねがった。

 もしも願いを叶えてくれるなら、この命尽きるまで神に仕え祈りを捧げましょうと、海にその身を浸し三日三晩祈ったといわれているな。


 そして愛し子の願いに海の神様は応え、末姫様の涙を真珠に変えた。

 その真珠で食料や薬を手にいれる事ができた村人たちは生き延び、助けてくれた海の神様に深い感謝をささげた。


 その時、海の神様がお姫様に自分の愛し子の印として鱗を刻み、末姫様はその後、巫女として神事をつかさどるようになった。


 お姫様が亡くなった後も、村人の子供の肌に鱗が刻まれることがあり、その子は海の神様の愛し子として、社に入り巫女として祈りを捧げるようになったんだ。

 海の神様はその祈りに応えて、その後も巫女を通して真珠を授けてくださり、この村は現在まで細々と続いてきたのだ。





「っていうのが、この村に伝わる昔話であり、海巫女の始まりってわけだ」

「……末姫様はすごい方だったのね」


 半月の照らす海に浮かぶ小舟の上で語られた遠い昔話に、ミーシャは小さく吐息をついた。

 本当にさらりと語られただけの物語でも、思わずミーシャは引きこまれていた。

 国を追われたお姫様が、信じて付いてきてくれた家臣たちと力を合わせて生きていく冒険譚は、きっと村の子供たちの心を躍らせた事だろう。

 そして、苦しい生活の中でも、自分たちの先祖の思いを胸に刻み、力を合わせる事を覚えていくのだ。


「確かに、先祖たちの苦労も努力も認めるところだが、過去を忍ぶ因習のためにオレの妹は7つの頃から岩穴の中で暮らすことになったんだ」

 過去に思いをはせるミーシャの夢見心地を断ち切るように、ヒューゴが忌々し気に吐き捨てた。

 その口調の荒さに、ミーシャは我に返る。


「ヒューゴさんの妹?」

「さっき、舞台で歌っていた海巫女様だよ」

 こちらも少し苦い顔で、カシュールがつぶやいた。


 どこまでも響き渡った澄んだ歌声を思い出して、ミーシャは目を見張った。

 自分と同じかそれよりも幼いように見えた少女がヒューゴの妹だったという事も驚きだが、たった7つの少女が親元から引き離されて、岩穴の中で暮らしているという言葉にも驚いたのだ。


「岩穴って、お社の事?」

「そうだ。あの社は海につながる天然洞窟に蓋をするように造られているんだ。海巫女と認められたら、基本社の中から出る事はない。例外は今日みたいな神事の時だけで、生活用品や食料は村から提供されるけど、それを受け取るときも姿を見せる事は極力禁じられているんだ。ましてや、自由に会話する事すらできない」

 ミーシャの疑問に、カシュールが淡々と答える。

 その瞳はまるで今の海のように静かに澄んでいたが、目の奥に怒りが揺らめいているようにミーシャは感じた。

 そして、それはヒューゴも同様だった。


「海巫女は、もともと普通に暮らしていた村の子供だ。体に印が現れたその時点で神のもの(・・・・)になり、現世の縁はなかったものとされ社へと連れていかれるのさ。だけど、それまで家族として共に暮らしていたのに、今日から妹じゃないって言われて、誰が納得できるんだよ!妹に、末姫様みたいな不思議な力なんてなかった。少し体が弱いけど、優しい普通の子供だったんだ」


 ダンッと握った拳で船の縁を叩くヒューゴの背を、なだめる様にカシュールが撫でる。

 ある日突然妹に降りかかった理不尽を認める事ができず、ヒューゴは、あれからずっと憤っていた。


「ヒューゴの妹はミルって名前で、俺の一つ上の幼馴染でもあったんだ。最初は、さっきのヒューゴみたいに少し肌がかさついているだけに見えた。だけど、だんだん鱗のようなものが浮き出てきて、その範囲を広げていったんだ。最初にそれに気づいた俺たちは隠そうとしたんだけど……」


 背中がかゆいと訴えた妹の異変に気づいた時、9才になっていたヒューゴはとっさに隠すことを選んだ。寝物語で語られる昔話と祭りの時だけ姿を現す海巫女。その二つから、印が現れたら妹が連れていかれてもう会えなくなる事に気づいていたからだ。

 家族から引き離され祈りを捧げる日々が、名誉なことと思えなかった。


 しかし、村の暮らしは隠し事には向いていない。

 家は仕切りがほとんどなく、冬の寒い時以外は風呂がわりに海で泳いで最後に井戸で水を被る。

 なにより、日々の糧を得るために子供達は海で貝や魚を獲るのが常だった。肌着一枚で海にはいれば、すぐばれる。

 体の弱かった妹に、具合が悪いふりをして海に入らないように配慮したが限界があった。

 

「俺も協力してたけど、すぐにバレた。所詮子供の浅知恵で、隠し通せるものじゃなかったんだ。何より……」

「うちの親が、自分の娘に愛し子の証が現れたって大騒ぎしたんだよ。名誉な事だってな」

「……それは」


 苦楽を共にし、危機的状況を打開して見せた伝説の末姫。

 外界との交わりをほぼ断ち切って暮らしているこの村では、今でもその存在は身近で心の拠り所でもあるのだろう。

 その存在の後を受け継ぐ『海巫女』に自分の娘が選ばれた。

 娘が手を離れるとは言っても所詮同じ村にある社に住まいを変えるだけで、そこで大切にされると思っていれば、喜ぶ親の気持ちも分からなくはない。

 日々の労働から解放され、衣食住に困ることはなくなるのだ。


 しかし、突然親元から離されて海巫女としての生活を強要された幼い少女はどれほど心細かっただろう。

 それでも、この村に生きる以上、拒否はできない。

 物心つく前から聞かされていた、末姫様の話と海巫女の重要性が無意識のうちに心も体も縛り付けていたのだ。小さな子供では、拒否するという選択肢すら頭に浮かばなかったことだろう。


「社では、誰か世話をしてくれる大人がいたの?」

「今代は珍しい事に海巫女が二人いるんだ。俺たちの祖父母世代の方で、最近では体が弱って臥せっていることが多いけど」

 少女の心を思って眉をひそめたミーシャに、カシュールが少し俯きながら答えた。

「優しい方で、禁を破って、こっそり俺たちとミルを会わせてくれてたんだよ」

 助けてくれる大人もいたのだと静かに笑うカシュールに、ヒューゴも小さく頷いた。


「社につながる天然洞窟は、細いながらもいくつかの支洞があって山中に広がってるんだ。人が通れるほど大きなものはさすがに把握されているけど、小さな亀裂は見逃されているものがいくつかある。

 社の中で外界から断絶されて、暇を持て余した過去の海巫女たちが独自に探索を進めて発見した場所を教えてくれたんだ。抜け出すことはできないけど、顔を見たり手を入れるぐらいはできるから。それ以外にも、いろいろ……」

「ヒューゴ、話しすぎるな」


 こちらはニヤリといかにも人が悪そうな笑顔を浮かべるヒューゴに、カシュールがため息をこぼした。

「あまり情報を与えたら、別の意味で村から出れなくなる可能性もないわけじゃないんだぞ?」

 苦い顔のカシュールは、ミーシャをこの問題に巻き込むことをまだ良しとしたわけではなかったのだ。

 それでも、この場を設けたのは、ババ様も知らなかった薬の知識を持つミーシャにヒューゴが並々ならぬ興味を示したからだ。


 もともとヒューゴは、「愛し子の証」をいぶかしく思っていた。

 そして、成人を迎えたころに自分の肌に妹と似た印が現れた時点で、それは確信に変わったのだ。

 しかし、専門外のヒューゴにそれが病であるという証拠を出せるはずもない。

 また、閉ざされた環境の中で、調べる術も薬を手にいれる伝手もなかった。


 だが、ここにきてミーシャという存在が現れたのだ。

 病の知識を持ち、村のしがらみに縛られない優秀な薬師の少女。

 興味を持つなという方が無理だろう。

 

「そうは言うが、ある程度事情を知らなければ動いてもらう事もできないだろう?エラみたいに自分の意志で選んだならともかく、こんなふうに勝手に人生を決めてしまうのは間違ってる。ミルの肌に浮かんだ印が神のつけた印なんかじゃなくて皮膚の病だと証明できれば、あいつをあの場所から出してやるきっかけになるかもしれない。助けてほしいんだ」

 唇をかみしめるヒューゴに、ミーシャは少し困ったように口をつぐんだ。


 古くから続く村の因習に翻弄される少女を哀れに思う気持ちと、もうすぐこの場を去ろうとしている自分に何ができるのかという葛藤がミーシャの中でせめぎあっていた。

 迷いに揺れるミーシャに、なにを感じ取ったのか、パンッとヒューゴが一つ手を叩いた。


「とりあえず本人に会ってみてくれよ。あんな遠くからじゃ、どんな状態かなんてわからないだろう?」

「会えるの?」

「ヒューゴ!!」

 慌てたように名前を呼んだカシュールと驚いたミーシャの声が同時に上がる。


「診察してもらわなければ、病かどうかも分からない。どうせ、ここまで話したんだ。潔く巻き込まれてもらおうぜ」

 まるで悪戯に誘うような軽い口調で唆すヒューゴの目が、笑っているのが厚い前髪越しに見えた。

 次の瞬間、その瞳が真剣な光を宿す。


「その代わりに、ミーシャは責任もって俺が外の世界に連れ出してやるよ。そのために、血反吐吐く思いして鍛え上げて、補給部隊へもぐりこんだんだからな」

 

 外界から隔てられた村で、買い出しを一手に担う補給部隊は、唯一外の世界へと自由に出入りを許される者達だった。

 秘密を知るものは少ないほうがいいという事で、外界へとつながる道を知る村人は限られている。

 補給部隊はその名の通り、村では手に入らない物資を外の世界から購入してくるのが仕事であるためその道を知る貴重な存在であったのだ。


 が、補給部隊は本来の役目とは別に、村を外敵から守る役目もあった。


 定期的に良質な真珠を売りに来る存在は、実は近隣の町では知られていた。

 中には良くない考えを持つ人間が強奪しようと後をつけてくることもあり、それを振り切ったり時には排除する必要もあった。そのため、腕っぷしが求められたのだ。

 

 理不尽に妹を奪われたヒューゴは、隠れてミルと会ううちに、もう一人の海巫女から補給部隊の存在を知った。村の外に買い出しにでかける大人たちがいるのは知っていたが、それがどういう基準で選ばれるのか、どんな意味を持っているのかは、村の大半が知らない事情だった。


 補給部隊は村の財産を預かり売買をするため、純粋な腕っぷしだけでなく文字や計算の知識、さらには交渉事や有事の際の臨機応変な対応などが求められる。

 村への貢献度や村を裏切らないという信頼も必要であり、選ばれるにはかなり狭き門であった。


 少しでも村で有利な立場を手にいれるために、ヒューゴは自己鍛錬で腕を磨くと共に、自分を偽ることを決めた。

 縁を切られたとはいえ、海巫女の出た家というのは村ではかなりのアドバンテージを持つ。

 本来なら反吐がでそうな立場であるが、ヒューゴはそのアドバンテージを有効に活用して見せた。

 しおらしい態度で「海巫女様のお役に立てるようになりたいんだ」と懇願する子供に、大人たちはそれぞれに自分の持つ知識や技術を惜しみなく分け与えてくれた。

 心に背く行動に歪む顔は厚く伸ばした前髪で隠して、文字通り血反吐を吐くような鍛錬も乗り越えて、少年は理不尽に立ち向かうために努力を重ねた。


 そうして、ヒューゴは過去最年少で補給部隊へ任命されることとなった。

 すべては、道を知り、外の世界へ出る伝手を得るために。

 いざとなれば、妹を連れて逃げ出す気だったのだ。


「まだ、妹を庇いながら逃げられるほどの力はないけど、それなりに発言権は手にいれた。もともと掟に縛られてる村だからな。外の人間を不当に拘束することはしないはずだ。そこをつけば、うまい事出してやることもできる」

 真剣な顔でミーシャを見つめるヒューゴの厚い前髪がふわりと風に揺れた。垣間見える真剣な眼差しとひき結ばれた口元は、ヒューゴの覚悟を示しているようだった。

 

「そもそも海巫女に会わせるっていう危険を犯さなければ、村を出る事は邪魔されないと思うんだがな」

「お前、それを言ったらだめだろう」

 ため息とともにダメ出しをされて、ヒューゴが恨めし気にカシュールを睨んだ。


「つまり。鱗は神様に愛された印にしておきたい村の上層部と、鱗は皮膚病であるから意味のない拘束はやめて治療と自由を与えたい二人の対立って事なのね?」

 その後も何かを言い合っている二人を眺めながらじっくりと考え込んでいたミーシャは、自己結論を出して顔をあげた。


「で、村の意向に逆らうわけだから、私の身にも危険が及ぶかもしれない……と」

 ミーシャは、ふと空に目をやった。

 半月の照らす夜空には雲一つなく、星がちらちらと瞬いている。

 海を渡る風が、髪に飾られたリボンをヒラヒラと揺らした。


(私はどうしたい?)

 綺麗でのどかな景色だ。

 ゆらゆらと揺れる小舟の動きに身を任せながらミーシャは考えた。


 長く続いてきた村のことわりに、通りすがりの自分が石を投げるようなことをするのは間違っている気がする。

 だけど、その陰で泣いている人が存在するのもまた事実なのだろう。

 何より、未知の病で苦しんでいる人がいるかもしれないという現実が、ミーシャの心を激しく動かした。

 

 だから、ミーシャは決断する。


「とりあえず、妹さんに会って診察してみたい、です。話しはそこからって事で」






 

読んでくださり、ありがとうございました。


村の成り立ちです。

最初の末姫様は不思議な力を持っていたかもしれないですが、その後は……、というお話ですね。

だけど、お飾りでも目に見える信仰対象があることで一つにまとまりやすくなるのも事実で、そうまでしてまとまれなければ乗り越えられなかった厳しい時代もあったんでしょう。

人の力で乗り越えられない困難を人ならざる者に頼ってしまう気持ちも分からないではありません。

人柱って、思っているより最近まであったみたいですしね。

信仰ってちょっと怖いと思ってしまいます。



そして、コミカライズの影響でこのサイトを覗きに来てくださる方が増えているみたいです。

漫画の力ってすごいですね。

ありがたいですが、そちらから来てくださった方のイメージを壊してしまっていないかと思うとどきどきですね……。基本、小心者なのです……。

私も漫画版、大好きです。ミーシャが可愛い!レイアース綺麗で頼もしい!

作者特権で次話も先取りしているんですが、1話に負けず劣らず可愛いしカッコイイのですよ(どやぁ)

どうぞ楽しみにしてください!!

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― 新着の感想 ―
[一言] コミカライズされた漫画を読んで原作が読みたくなって来ました! ここまで一気に読んじゃいました。 早く続きが読みたいですが、無理せずに更新をお願いします。
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