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ついにコミカライズ連載開始しました!
記念日に滑り込み投稿です。
広間の中央に燃える大きな焚き木の周りを、輪になった村人たちが踊っているのを、ミーシャはのんびりと眺めていた。いつの間にか太鼓や笛が持ち出され、軽快な音楽が奏でられている。
次々に運ばれてくる料理は、いつもの魚料理のほかにも、ハムやソーセージなどの獣肉の加工品や新鮮な果物があった。
村で賄う事ができない食物は貴重で、こういう祭りの時でもないとなかなか口にすることができない贅沢品だった。
マヤが隣に座っているからか順繰りにやってくる村人たちも一歩引いた様子で、最初の時のように詰め寄られるようなこともなく、ミーシャも穏やかな時間を過ごすことができた。
「ミーシャは踊らないのかい?」
「お腹いっぱいでまだ動けそうにないんです」
マヤに挨拶に来る村人たちは何かしらの食べ物や飲み物を手にしていることが多く、しかし、年齢も年齢だけにマヤはそれほど多くを食べる事ができない。
どんどん机の上に積み上がってくる料理を、少しでも減らそうとせっせと詰め込んでいた結果だった。
「おやおや、無理して食べなくてもよかったんだよ?残ったら、私がいなくなった後、誰かしらが始末したんだから」
「……そのお言葉は、もう少し早く聞きたかったです」
クツクツと笑うマヤに、パンパンのお腹を擦りながらミーシャが恨めし気にぼやく。
「なんだ。気を使ってたのかい?久しぶりの外の料理にはしゃいでいるのかと思ってたよ」
腹が満たされて眠り込んでしまった子供を家に寝かしつけてきたエラがいつの間にか戻ってきて、笑いながらドカリと隣に座り込んだ。ふわりと甘い匂いが香り立つ。
「そんな人を食いしん坊みたいに……」
どこかで嗅いだことのある香りだと思いながらも、心外だといわんばかりにミーシャは頬を膨らます。
その様子に、エラとマヤは顔を見合わせた。
村のなんてことない食事をいつも美味しそうに食べているミーシャが、食いしん坊を否定しても少しも説得力がなかったのだ。
「……まぁ、いいや。座り込んでても、腹はこなれないだろうし、踊るのは無理だろうけど少し歩かない?ミーシャ、ずっとここにいるじゃん?」
突っ込むべきか少し悩んだ後に、流すことに決めたらしいエラが、さっと立ち上がりミーシャの手を引いた。
「そうだね。そうしたらいい。私はもう休むから、少しは若い者たちと交流もしておいで」
マヤもそう言ってミーシャの背中を押すと、自分も立ち上がった。
「こういう日はは新しい縁を結ぶ機会でもあるんだ。年寄りは退散さ」
マヤは笑いながら、さっさと自分の家へと去っていった。
「ほら、行こうよ、ミーシャ」
その背中を見送る暇もなく、ミーシャはエラに手を引かれた。
「あっちで旦那達が飲んでるからさ。ミーシャの事、友達にも紹介させてよ」
焚き火の明かりがチラチラ揺れる中、訳がわからぬまま、どうやら同年代が集まっている方向へと引っ張られていくミーシャの前に立つ影があった。
「エラ、悪いがちょっとミーシャ借りるぞ」
それは、食事の前に別れたカシュールだった。
「なんだい?これからミーシャを、みんなに紹介するところなんだよ!」
突然遮られて、エラが不機嫌そうに目を尖らせた。
「そういうが、オレの方が先約なんだよ。ほら、代わりにこれをやるから、みんなで飲めよ」
肩を竦めて見せてから、カシュールがエラに大きめの瓶を押し付けた。
「前にみんなが気に入ってた果実酒だ。今回ミーシャを助けた褒美で特別にもらったものだから、村からの振る舞い酒には入ってないはずだ」
押し付けられた瓶はずっしりと重く、片手では支えられなかったエラはミーシャとつないでいた手を離してしまう。
「ちゃんと後で送っていくから心配すんな。……別に俺でもいいだろう?」
自由になったミーシャの手をすかさず握ると、カシュールはエラが行こうとしていたのと反対方向へと歩き出した。すれ違いざまにささやいた声は小さくて、ミーシャの耳には届かなかった。
「もう!これに免じて譲るけど、ちゃんとしとくれよ!」
手にした瓶から微かに立ち上ってくる甘い香りに頬を弛めながら、エラはカシュールに向かって怒鳴りつける。
その声に振り向かないまま空いた手をあげて見せ、カシュールは歩くスピードを上げた。
「カシュール、どこに行くの?」
どんどん広場から離れていくカシュールに、手を引かれるまま歩くミーシャは首を傾げた。
「……とりあえず舟」
言葉少なく答えたカシュールは、さっきのおどけるような声と違いなんだか不機嫌そうだった。
「お料理、食べた?私すごくいっぱい頂いちゃって、お腹苦しくって……」
「お前……、ほんっとうに、緊張感無いな」
不機嫌の理由が分からなくて、とりあえず当たり障りのない話でもと口にした言葉は、ため息とともに遮られた。
「緊張感?」
「エラの仲間の所に連れて行かれそうになってただろ?」
「うん。旦那さんやお友達に紹介してくれるって」
嬉しそうに笑うミーシャに、カシュールはもう一度深々とため息をついた。
「あのさ、こういう集まりの夜ってのは、若いやつらにとっては出会いの場なんだよ」
「あ、ババ様も言ってたわ。若い子たちとの交流もしておいでって」
「……駄目だ、伝わらない」
無邪気に笑うミーシャに、思わず足を止めたカシュールは空を仰いだ。
(本当に、俺と同じ年なのか?確かに、年齢にしては小さいけど。それとも、外の人間って、みんなこんな感じなのか?)
狭い村だが、それなりに若者だっているのだ。
普段、楽しみもない、酒もあまり飲むことができない若者が、夜通し飲んで騒げば、それなりに羽目を外したくなるものだ。
そして、その気になった男女が暗闇に消えていくのも、また当然流れなのだ。
むしろ、こういった機会に結婚相手を見つけるのが普通であり、少しくらい羽目を外すのもむしろ推奨されていたりする。
何なら、年配者だってちょっとくらいの火遊びに手を出したりすることがあるくらいなのだが、それもまた、娯楽の少ない村の暗黙の了解であった。
エラが連れて行こうとした先は、そんな若者達が集まっている場所だった。
まだいかにも幼く見えるミーシャにそこまでの無体を働くとは思わないが、今回の件で貴重な知恵を持っていると村中に周知されていた。
あわよくば、と下心を持つ人間がいても不思議ではなかったし、カシュールが広場で何気なく耳にした会話の端々にも、怪しげな言葉がちりばめられていたというのに……。
(てか、どう見ても狙われてるだろ。なんで気づかないんだよ)
恋仲になることで相手の情に訴えて村に留めようとすることが悪いとはカシュールも言うつもりはなかった。
小さな村で結婚相手を見つける事は大変なのだ。
だけど、ミーシャが村を出る事を選択していたことをカシュールは知っていた。
(自分たちの利益のために、強引に意志を変えようとするのはちがうだろ)
少年らしい潔白さも相まって、カシュールはミーシャを半ば強引に連れだしたのだ。
「カシュール?」
空を仰いて動かなくなったカシュールを、ミーシャが不思議そうに見上げていた。
カシュールの肩口程しかないミーシャを、チラリと視線だけで見降ろして、カシュールは何かを諦めたような目をして肩を落とすと、再び歩き始める。
「……祭りの夜は、酒も入ってみんないろいろ緩んでるから危ないんだよ。家に帰りたけりゃ、大人しくしてな」
「うん?」
結局、どういう言葉で伝えるのが正しいのかわからなくなって、カシュールは当たり障りのない言葉で締めくくった。当然、その真意がミーシャに伝わることはない。
「そんなんじゃ訳わかんねぇだろ」
ミーシャが首を傾げていると、少し先から声が飛んできた。
「油断したら孕ませられて、村から逃げられなくなるぜ、お嬢ちゃん」
「ヒューゴ!!」
ひょいッと暗がりの中から姿を現した黒づくめの青年の暴言に、カシュールが大声をあげる。
「うるせぇな。言葉取り繕ったって、つまりはそういう事だろうが」
小指で耳の穴をふさいで見せながら、青年はあっさりと言い放つ。
「ババ様も知らない、貴重な薬の知識持ちだ。この村の人間なら、喉から手がでそうなほど欲しいだろうさ」
悪辣に笑いながら近づいてきた青年の顔をようやく認識することができたミーシャは、ポンっと手を叩いた。
「確か、先ほどお会いしましたね。ヒューゴさん、でいいですか?」
「……おい、こいつ大丈夫か?俺の言った事丸無視かよ」
ぺこりと頭を下げるミーシャを信じられないものを見る目で見てから、ヒューゴは確認するようにカシュールへと顔を向けた。
「知らねーよ。少なくとも自分がそういう風に見られることがあるなんて微塵も思ってないんだ。子供なんだよ。頼むから、二人ともしばらく黙っててくれ」
少し疲れたように零すカシュールは、二人まとめて背中を押して再び歩き始める。
肩を落とすカシュールに、なんだか悪い事をした気分になってミーシャは大人しく従った。
「乗ってくれ」
そうして、自分の舟へと二人を乗せると、カシュールはゆっくりと沖へと漕ぎ出した。
湾に囲まれた海は波も少なく、小舟は滑るように静かに進んでいく。
「わぁ。きれい」
半分だけの月が、海を銀色に輝かせていた。
いくつかの岩礁や小島の隙間を進み、村の光が届かない岩陰へと船を滑り込ませると、ようやくカシュールは舟を漕ぐ手を止めた。
「ミーシャ、この村をどう思う?」
そして唐突に投げかけられた質問に、ミーシャは目を瞬いた。
「小さいけど、みんな仲が良くていい村だと思う。外界と隔てられているけど、不便がない程度には流通もあるみたいだし……」
とりあえず、ここ数日で知りえた村の印象を口にすれば、カシュールとヒューゴは苦虫をかみつぶしたかのような顔をしていた。
「そうだ。皆が家族のようで、それぞれにできる事をして生き伸びてきた。そのささやかな幸せを守るために、わずかな人間に苦労を押し付けて、な」
静かな海に吐き捨てられた言葉は、苦痛に満ちていた。
眉間に深いしわを寄せたヒューゴを、ミーシャは驚いて見つめた。
「これが見えるか?」
ヒューゴは、突然服の裾をめくり、ミーシャに見せてきた。
「これ……」
さらされた脇腹の部分にわずかにカサツキが見られた。よく見ると、ひび割れているようにも見える。
「海巫女様の鱗?」
「あそこまで酷くはないし、俺のは、今のところここだけだけどな」
ミーシャの指先が、そっとその部分に触れた。
「ひび割れの部分は固いんだ。……皮膚が厚くなって、角質化がすすんでる?」
「おい……」
「弾力を失ったせいで、ひび割れてきているのかしら……?それが広範囲に及ぶことで、鱗みたいに見えているってこと?」
「おい!くすぐったいから、やめろ!」
叫ぶような声に、ミーシャはハッとして手を離した。
「ごめんなさい!つい……」
「ついじゃねぇよ。痴女か、お前は」
急いで服の裾を下ろすヒューゴの顔は赤い。
「薬師として、気になるところがあったんだろ」
突然肌を撫でまわされて、珍しく動揺しているヒューゴを笑ってから、カシュールは真剣な顔をした。
「で、どうだ?ミーシャの目から見て、やっぱりこれは何かの病なのか?」
「これだけだと何とも……。でも、うろこ状になっている皮膚の周辺も乾燥が見られるから、皮膚病か、何かの毒素が付着して皮膚が荒れているかだと思う」
「本当か⁈治るのか⁈」
「キャァ!」
迷いながら答えるミーシャの肩を、ヒューゴが勢いよくつかんだ。
その強さに痛みを感じて、ミーシャは顔をしかめて小さく悲鳴をあげた。
「落ち着け、ヒューゴ。ミーシャが痛がってる」
急に動いたことで左右に揺れる船を制御しながら、カシュールが嗜める。
小さな小舟で急に激しく動けば転覆の危険もあるのだ。
いくら海に慣れているからと言って、晩秋の夜に泳ぎたいとは思えなかった。
「あ…、悪い。痛めてないか?」
揺れる小舟に半腰になっていた体勢を戻しながら、ヒューゴは小さく謝った。
とっさに掴んでしまった肩は想像よりも薄く、ヒューゴの手でも骨が砕けるのではないかと思えるほどだった。
「大丈夫、です。驚いただけ」
つかまれていた肩を軽くさすり、動かしてみる事で異常がない事を確認しながら、ミーシャは首を横に振った。
「海巫女様の体が皮膚病に侵されているかもしれない事が問題なの?」
まだいささか青い顔で黙り込んだヒューゴをじっと見つめてから、ミーシャはそのさらに肩越しにカシュールへと視線を投げる。
「でも、それならババ様が、どうにかしていると思うんだけど?」
ミーシャの目から見ても、マヤは十分に優れた薬師だった。
限られた環境ゆえに、薬の知識に偏りはあるが、それでも何十年と村中の病や怪我を一手に担っていたのだ。ミーシャとは経験が違う。
今回の眼の病だって、たまたまミーシャが薬を知っていただけで、薬師の腕はマヤの方が上であるとミーシャは思っていた。
知識の差は、単純に学びの場がなかっただけなのだ。
「……ババ様は村の人間だ。どうしても村のために動くことになる。積極的に助けてくれると思えない」
歯ぎしりするような声で、ヒューゴはつぶやく。
「海巫女様は、村が神様に護られていると信じるための人柱なんだ」
「人柱?」
あまりにも不穏な言葉に、ミーシャは目を見張った。
舞台の上で神の奉納するために歌いあげていた巫女姫は美しい衣装を身にまとい、神々しくすらあり、人柱などという、ほの暗い言葉とはあまりにも対極にあるように見えた。
(でも、待って。そういえば……)
村のはずれにある海巫女が住まう社。
楽しい祭りの輪に入ることなく、一人泳ぎ去っていった小さな姿。
潮騒の中、静かに響く寂しそうな歌声……。
この数日で感じていたいくつかの違和感が次々にミーシャの脳裏に浮かんでは消える。
(夕暮れよりもなお暗い、社の奥のにいたのはだあれ?)
「教えてください。海巫女っていったい何なんですか?」
読んでくださり、ありがとうございました。
さて、少しほの暗い感じになってまいりました。
田舎の因習、ってやつですかね。
祭りの夜が婚活の場だったのは以外とそう昔の習慣でもないみたいです。
まぁ、エラとしては気になる人ができたら、村にとどまってくれないかな?くらいで、無理やりどうこうするつもりも、させるつもりもなかったとここでこっそりフォロー。評判の悪いやつはきちんと排除済みしてました。ちょっと暴走癖はあるけど姉御肌のいい子なので。
ちなみにミーシャは本気で気づいていないです。
次回、村と海巫女の成り立ちがでます。




