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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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19

ミーシャの話に戻ってきました。

「トンブの始末も終わったし、山の方では珍しい薬草も久しぶりにゲットできたし、今日はついてるね!」

「そうなんだ。私も、初めて見る薬草で

楽しかったな」

 機嫌よく鼻歌を歌うエラに、ミーシャも笑いながら手にした篭を覗き込んだ。


 集めたトンブを海辺にある作業小屋できれいに洗って、潮風にあたるように干した後は、最初の約束通り山の方へと足を向けた。切り立った崖のように見えた山側は張り付くように生えた針葉樹の中を這うように小道が作られていて、案内されるままそこを歩き回る時間はミーシャにとっても楽しいものだった。

 最も、トンブの方に時間を使い過ぎたせいで、短い晩秋の日はすぐに空を茜色に染めだしたため、すぐにおしまいとなった。


「ま、明日もくりゃいいさ」

 しょんぼりとするミーシャをエラが笑い飛ばす。

 めったに見つける事の出来ない腹痛の薬になる薬草を見つける事が出来て、機嫌が良かったのだ。

 数日前に痛んだ木の実を食べた子供に最後の薬を使った後だったので、これで補充ができるとホクホクしている。

 そんなエラに、なんだかミーシャまで嬉しくなってくる。

 誰かの役に立つ薬を作り出すことができるのは素晴らしい事だった。


「あ、家に戻る前にお社によって行こう」

 ふと先を行くエラが、思いついたように足を止めた。

「お社?」

「そう、さっき浜の方でミーシャ気にしてたじゃないか」

 エラが指さす方に小さなお社があるのを見て、首を傾げるミーシャの耳に、波の音に紛れそうな小さな歌声が蘇る。


「あ、海巫女様?」

「そうそう。せっかくだしご挨拶して行こう。顔は出されないとは思うけどさ」

「会えないのに、ご挨拶なの?」

「う~ん、運が良ければお返事はあるけど、基本海巫女様たちは年に一度の祭りの時くらいしか顔出しされないからさ。特に今は、上の海巫女様の体調が悪いから」


 先に立って歩いていくエラの後を追いながら、ミーシャは気になる言葉を拾って足を止めた。

「体調……?」

「あぁ、海巫女様達は体が弱いからすぐ病気を拾うんだよ。ただ、上の海巫女様の場合はお歳だからしょうがないんだって、ババ様が言ってたよ」

 止まってしまった足音にすぐ気づいて振り返ったエラはなんでもない事のように肩を竦めて見せた。


「ほら、さっさと歩かないと日が暮れちまうよ」

「あ、ごめんなさい」

 急かされて再び足を動かし始めたミーシャに笑って、エラもまた先に進む。

 村の方に降りていた道から横にそれ、少し登ったところにその小さな社はあった。

 

 岩山の斜面に埋もれるように造られた小さなお堂は、格子戸の向こうはすでに闇に沈んでいた。

 だけど奥の方から微かに風が吹き出してくる。

 そこに潮の香りと様々な薬草の香りを感じて、ミーシャは目を細める。

 

(あの洞窟から吹き込む風がここに抜けているのね。それにしてもこれは……何の薬かしら?痛み止めや咳止めにも似ているけど……)

 エラが喜んで採取していた薬草も、ミーシャは初めて見るものだったので、それらを使用しているとしたら、知らない香りになるのは分かるのだが、それにしては少し生臭いような独特の臭気を感じたのだ。


(トンブも真水で洗う前は匂いがしたけれどそれとも違う気がするなぁ。ババ様が作ってる薬だろうから、後で教えてもらおう)

 ミーシャがそんなことを考えている間にも、エラはお社の格子戸につけてある鐘をガラガラと鳴らした。

 その音の大きさに、嗅ぎなれない薬の香りに気をとられていたミーシャは、びっくりして我に返った。


「海巫女様、海巫女様。今日は海から来た流れ人を連れてまいりました。無事に命を拾う事ができた感謝をどうぞ神様にお伝えください」

 そんなミーシャに頓着せず、エラが奥に向かって声を張り上げた。

 声は反響しながら長く伸びて奥へと消えていく。


(洞窟で叫んだときみたい。本当に、この奥は海まで続く洞窟があるんだわ)

 ウワンウワンと響く声に、ミーシャは目を丸くした。

 もともとある天然の洞窟の入り口に被せるようにこの建物は建っているのだ。


 奥の暗闇に向けて声が消えて行って静寂が戻ってくる。

「チリーン、チリーン」

 その静寂をやぶるように、小さな鈴の音が聞こえた。

 暗闇の中から、まるで答えるかのように澄んだ音が響く。


「今の音は……?」

「海巫女様からのお返事だよ。姿を現すことはめったにないけど、こうやってお返事くださるのさ。これで、海巫女様からもお礼を言ってもらえるよ。良かったね、ミーシャ。さ、暗くなる前に帰ろう」

 すぐに聞こえなくなった鈴の音に耳を澄ましていたミーシャの肩を、エラがポンと叩いて促した。


 空はすでに茜色から黄昏へと移り変わろうとしていた。

「大変。明かりも持ってきてないのに!」

 村へと続く細道は整備されているものの傾斜が大きく、暗くなってしまうと慣れないミーシャでは苦労するのは明白だった。


「そうそう。お腹も減ったしね。早く行こう」

 再び急かされて踵を返したミーシャは2~3歩歩いて、くるりと再び振り返った。

「ミーシャと言います。薬師を生業としています。短い間ですが、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると、ミーシャはすでに坂を下り始めていたエラの背中を慌てて追いかけた。


「夕飯の支度手伝わないといけないんだった。急いで、ミーシャ!」

「はーい」

 三度急かされて急ぐミーシャは、だから社の格子戸の向こう。暗闇に隠れるように自分を見つめる視線に気づくことはなかった。




「ババ様、ただいま~」

「ただいま戻りました」

「遅かったね。いいものはあったかい?」

 たどり着いた小屋の台所では、恰幅のいい女性が野菜を刻んでいる所だった。

 その女性にどこか見覚えがあったミーシャは、一瞬考えた後、すぐに思い至る。

「エラのお義母さん?」

「あぁ。私はカヤだよ」

 ミーシャが子供を助けた時に、集まってきた村人をうまく誘導してくれた人物だった。


「ババ様は一人で暮らしているからね。食事や掃除なんかは、近所の者が交代で手伝っているのさ。で、今日の当番がうちだったんだけど、どこぞの放蕩娘が帰ってこないもんだから」

「放蕩じゃないよ!ババ様の頼まれて、ミーシャを案内してたんだって。分かってるくせに意地が悪い!」

 唇を尖らせながらも、エラは素早く手を洗ってカヤの隣に立った。


「あ、私も……」

 慌てて手伝いを申し出るミーシャに、カヤが手を横に振る。

「大丈夫だから、そっち座ってなよ。すぐにできるからさ」

 振り向きもせずに手先だけで囲炉裏の方を示されて、ミーシャの目が戸惑うように揺れる。


「気にしなくていいよ。大体、こんな小さな台どころじゃ他に作業する場所もないしね。暇だってなら、さっき採ってきた薬草の仕分けをしといてくれよ」

「分かった。そうさせてもらうね」

 鍋の中身をかき回していたエラにそう助け舟を出され、ミーシャは、囲炉裏から少し離れた場所に薬草を広げた。


「にぎやかだと思ったら、帰ってきてたんだね。おや、ルイージュを見つけたのかい。運がよかったね」

 ミーシャが丁寧に薬草を仕分けし始めるとすぐ、奥の部屋から、人声に目を覚ました様子のマヤがゆっくりとした足取りで現われた。

「はい。茂みの奥に隠れるように生えていました。根は残してきたから、また伸びてくると思います」

 丁度手に持っていた薬草を、ミーシャはそっと手渡した。

 ミーシャは初めて見た薬草で、腹痛薬の原料になるが滅多に見つける事ができないと教えられたものだった。


「うん。枝葉の状態もいいし、丁寧な仕事だ。エラも見習うといいよ」

 囲炉裏の日にかざすようにくるくると回しながら検分した後、マヤがにやりと笑ってエラに声をかけた。

「はいはい。どうせ採取が雑ですよ。どうせ乾かしてつぶしちまうんだから、ちょっとくらい葉っぱがちぎれてても変わらないってのにさ」

 エラがぶつぶつと文句を言いながら、大鍋から移してきたスープの入った鍋を運んできて囲炉裏にかけた。


「これ、明日の朝の分まであるからさ。あっためて食べて」

「わ、おいしそう」

 たっぷりの野菜が入ったスープのいい香りにミーシャが目を細めているうちに、焼いた魚と雑穀の粥が運ばれてくる。


「大したものがなくて悪いね。若いから足りないかもしれないけど、そん時はあっちの棚に干物が入っているからあぶって食べとくれ」

「はい。ありがとうございます」

 素直に頭を下げるミーシャに、カヤが笑い返した。


「じゃ、ミーシャ。明日の朝飯が終わったくらいにまた来るからさ。今度は最初から山の方に行こうね」

 スープの残りが入った大鍋を抱えたエラが、玄関の前で声をあげる。

 一人分を作る手間を避けるためにここでまとめて料理をして、自分たちの分は持ち帰るのだ。


 マヤの家には、治療の礼もかねて日頃から村人がいろいろな物を持ち寄る為、食材も食べ物も消費しきれないほどある。

 消費もかねて、手間賃がわりに食事作りの当番は自宅の分もマヤの家で料理を作り持ち帰ることが慣例になっていた。


「じゃぁ、温かいうちにいただこうかね」

 マヤに促されて、ミーシャは囲炉裏の側へと行くと、いそいそとスープを注ぎ分けた。

 今回のスープは、魚ではなく少し細長い形の二枚貝が入っている。

 貝のスープは食べたことがあるが、殻ごと入っているタイプは初めてだったため、どうやって食べればいいのか分からずミーシャは戸惑った。


「手で殻をつまんでもいいんだけどね。こうやって身を外すんだよ」

 ミーシャの戸惑いを感じ取って、マヤが手本を見せてくれた。

 マヤがスプーンとフォークを使って器の中で貝殻から身を外しているのを、ミーシャはジッと観察してからスープに手を伸ばした。


「あ、取れたわ」

 思っていたよりも簡単にポロリと身が外れ、ミーシャは思わず顔をあげてマヤを見た。

「あぁ、うまいもんだ。外した殻はこっちの器にお入れ」

 まるで幼子の様な無邪気な表情に、思わず心からの笑みを返しながら、マヤは殻を入れるために用意されていた器を差し出す。


「ありがとうございます」

 その後もせっせと殻を外したミーシャは、まだ熱々のスープを口に運んだ。

 貝から染み出した旨味がスープを極上のものにしていて、思わずミーシャの顔がほころんだ。


 おいしそうに食事をするミーシャを、マヤは内心不思議なものを見る気持ちで観察していた。

 よく手入れされた髪や肌。傷一つない手に上等な衣服。 

 すべてが目の前の少女が特権階級の出だと示していた。

 それなのに、少しも偉ぶることなく、貧しい村のなんてことない料理を嬉しそうに口にする。

 ひどくアンバランスだが、それゆえに好感が持てた。


「そういえば、目の調子が良いようなんだよ」

 食後のお茶を飲みながら、ふと思いついたというように、マヤが言った。

「え?もう?」

 目薬を投与したのはまだたったの一回だけである。それなのに、効果の実感を口にするマヤに、ミーシャは驚いた目を向ける。


「まぁ、劇的な変化があったわけじゃないんだがね」

 驚くミーシャに、マヤは苦笑して首を横に振って見せる。

「それでも、最近悩まされていた霞目が少ないし、濁ったほうの目にもいつもより強く光が感じられるんだ」

 だが、続けられた言葉は確かな効果を示すもので、ミーシャはやはり驚きを隠せない。

 今回、マヤに作った目薬は、すぐに効果が表れるようなものではなかったはずだ。

 どちらかと言えば現状を維持するもので、運が良ければ時と共に少しづつ改善するはずだった。


(ひかり草のおかげかしら?)

 ラインと共に採取した目の病気に対する特効薬になる珍しい薬草の事を思い出す。

 既存の目薬のレシピに追加するだけでも効果を強化できると教わっていたので、今回の目薬にも足してみたのだ。


「すみません、目の様子を見せてもらっていいですか?」

 ミーシャは、マヤのすぐそばに詰め寄ると、許可を得てその瞳を覗き込んだ。

 真っ白に濁り切っていたマヤの右目が、確かに少しだけ透明度を取り戻しているように見える。


「指先を目だけで追ってください」

 顔の少し前に立てた人差し指をゆっくりと動かし、眼球の動きも観察して、ミーシャはホッと息をついた。

「確かに、ほんの少しですが右目の濁りが薄くなっているし、左目の動きもいいみたいです。一度でこれだけの効果が出たのなら、回数を重ねるごとによりよく改善していくかもしれませんね」

「おやまあ。ミーシャの薬の効果はすごいねぇ」

 少しでも改善すれはとダメもとの気持ちだったものが、想像以上の効果をあげて、マヤはパチパチと目を瞬いた。

 もしかしたら、なくしてしまった右目の機能も取り戻せるのではないかと期待してしまう。


 そんなマヤに、ミーシャは申し訳なさそうに眉を下げた。

「……すみません。実は珍しい素材が手に入ったため、通常の調合に追加して使用しています。ただ、この素材を永続的に手にいれる手段はないので、私がいなくなったら、同じ効果を得られる物は作れないと思います」

「それは、そんなに手にいれにくい素材なのかい?」

 しょんぼりと眉を下げるミーシャに、マヤはゆっくりとした口調で問いかけた。


「おじさんに採取できる場所に連れて行ってもらったんですけど、私ひとりでは見つける事もできないと思います。今の時期のレガ山脈で特殊な環境でないと咲かない花の雫なんです」

 シオシオと答えるミーシャに、少し黙り込んだ後、マヤはしわだらけの顔を笑みの形に変えた。

「そんな顔をしないどくれよ。もともと見えるようになるとは思ってなかった目だ。薬が無くなったらそれまでさ。さしあたり、作ってもらった分を使ってどう変わるか見てみようじゃないか」

 

 あっけらかんと言ってのけたマヤに、曇っていたミーシャの顔が少し晴れる。

「その素材を入れない薬でも、現状維持は可能です。今後、同じ症状の人がでたら、早い段階から投与すれば症状は抑えられるから、失明することもないと思います」

 精一杯に薬の有益性を訴えるミーシャに、マヤも嬉しそうに頷いた。


「それはいい。今までみたいに長生きの代償だとあきらめずにすむからね」

「はい!他の素材はそれほど珍しいものではないから、近場で採れなくても町で手にいれる事が出来ます。私、エラにも調合方法しっかり教えますね!」

 マヤの笑顔に釣られたように、ミーシャもようやく笑顔を浮かべたのだった。

読んでくださり、ありがとうございました。


というわけで、ミーシャの話に戻ってきました。

外ではラインがアワアワしているのに、ミーシャは相変わらずのマイペース。

親の心子知らずって感じですかね?


そして、頑張って採取していたひかり草の効果でした。

それ自体で薬を作るというより、効果アップアイテムです。

元々はラインが見たことない花発見→丸ごと採取しようとしたら花弁液状化!→花びらだけ集めてみる。ついでにその他の部分も採取→いろいろあって偶然作ってた目薬に混入して……みたいなご都合主義で効果が発覚しました。

もろもろの発明や発見って、偶然要素多いですよね!…………ね?


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