〜ふぉっくす;01〜
貴方に逢いに来たよ‥‥
「―――ここ、なんだ」
一人の少女が目の前の建物を見上げながら呟いた。
その顔には一杯の笑み。
「ここに、貴方がいるんだ」
何かを掴むように手を伸ばす。
まるでそこに大切な何かがあるように。
「逢いに来たよ――――!」
◇
桜舞い散る並木道。
穏やかに流れる川。
町並みを小鳥達が歌を唄いながら飛び回る。
全てのモノが陽気に浮かされているような、気持ちのいい天気。
そして―――――。
「おはよっ、圭!」
トン、と軽い調子で叩かれた肩に少年――鴛野 圭は振り返った。
そこにいたのは腰ぐらいまである長い髪の毛をサイドポニーに纏めた圭の友人で、クラスメートの楠瀬 伊織だった。
「おはよう」
見た目からも分かるように普段は快活でサバサバした性格をしている。悪くいえば優柔不断の圭とはまったくの正反対である。もっとも、伊織には一つだけ悪い癖があるのだが。
「今日ね、うちの学年に転校生がくるんだって」
「へぇ‥‥」
「へぇ、って何よ。もうちょっと他にリアクションはないの?」
「いや‥‥リアクション、といわれても‥‥‥」
困りながらも頭を捻る。
だが、良いリアクションが思いつかない。
そんな圭と伊織、二人に声が掛かった。
「おはよう、伊織‥‥えっと、お、鴛野くん‥‥」
「あ〜法子!おっはよ〜」
「おはよう、平井さん」
平井 法子。
非常に大人しい性格で人見知りの女の子。圭と伊織のクラスメートでもある。
「ねぇ、法子〜聞いて聞いて〜!私が圭にね転校生が来るって教えてあげたら‥‥『へぇ‥‥』‥‥って、それだけなのよ!酷くない!?」
伊織のマシンガントークに法子は圧倒されたように腰を若干引かせていた。
それでも伊織はなお、法子に詰め寄っていく。
「だから私がね、もっと良いリアクション欲しいな〜、って甘えたらさ、『じゃあ、一人で身をくねらせてれば?』だって!そんなの私が変人みたいじゃん?!」
―――何か今、事実を捏造されてとんでもない事を言われたような。
「ちょっと待った!言ってない!言ってないよ、そんな事!?それに何!?甘えたって!」
圭は慌てて事実を歪め始めている伊織に制止を求めるも、伊織は既にヒートアップしており手が付けられなくなり始めている様子。
その餌食になっている法子。
―――ご愁傷様です‥‥。
事実の訂正は後ほど、涙目になりながらガタガタ揺さぶられている法子に行おうと思い、圭は心中で手を合わせた。
と。
聞こえてくるチャイム音。
圭は腕時計に視線を落とした。
「うわっ、やば!‥‥‥伊織!平井さん!予鈴が鳴ってる!」
「ぇえっ!」
「は、早くしないと‥‥」
辺りを見渡せば同じように予鈴を聞いた生徒が走り始めている。
「ほらほら!ゴーゴー!遅れちゃうよー!」
「誰のせいだよ!誰のっ!!」
圭の叫びが春の空に響き渡った。
◇
「いや〜、朝から全力疾走は疲れたね〜」
「誰、の‥‥せい、だ!」
息の乱れを整えながら圭は、あまり息を乱さずにいる伊織に突っ込んだ。
その隣では法子が真っ青な顔で金魚のように口をパクパクとさせていた。
「ほらほら、お前ら、席につけ」
今しがた三人が入って来たばかりの扉から入って来たのは二十代後半の若い男の教師だった。
彼はこのクラスの担任である菱川 歳と言う。
引き締まった身体に、見るもの全員に好印象を与えるかのような顔立ち、大らかな性格で生徒たちからは絶大な人気を誇っていた。
圭たち三人は慌てて席につくと、日直が号令をかける。
再び席につくと。
「あー、お前らの中にも知ってる奴はいると思うが‥‥転校生がこのクラスに来ることになった」
菱川の言葉にクラスがざわめきたった。この反応はほとんどの人間が知らなかったようだ。
その情報を知っていた隣に座る伊織の方をチラリと見ると、視線に気がついた伊織はピースをしてみせた。
そんな伊織に気をやることもなく、菱川は話を続ける。
「まぁ、色々とあって今日からの合流だが仲良くしてやれよ。―――入れ」
廊下に待機させてあった新しいクラスメートになる人物に声をかけた。
再三、扉が開かれ、その人物は入って来た。
――――チリン。
淡い金色をした髪の毛。
白磁のようなきめ細やかな肌。
栗色の大きな瞳。
見るもの全員に同じ感想を抱かせた。
可愛い、と。
少女が歩を進める度に小さく鳴る、首に巻き付いた赤色の首輪の鈴の音。
菱川の隣に立った少女は、頭を下げた。
「秦 ちかる(ハタ チカル)です」
顔を上げた少女は可愛らしく微笑み、
「よろしくお願いします」
もう一度、頭を下げた。
――――チリン。
、
X'mas Eveですね〜。私は弟と妹と三人。何か寂しい‥‥‥ とまぁ、愚痴は置いといて。 本編いよいよ開始です。次回、逢いに来た“ちかる”に対して“圭”は? 次の更新、年内に出来るかな‥‥?