バベルの後で
A: 「ビデオ借りていこうよ」
B: 「え? 見ることを借りるってどういうこと?」
A: 「どう言うって、何を?」
B: 「Do you って、何を聞いてるのさ」
A: 「俺はちゃんと話してるだろ」
B: 「Hola? なんで挨拶してるのさ」
A: 「noneって何がないんだよ。それに別にパンの話なんかしてないじゃないか」
B: 「9なんてこと言ってないって。広がるとか広いとかそんなことも言ってない!」
A: 「古い? none? 梃子? 琴? どこに行ったって? 何を拾ったんだよ? 損になるようなこと言ったの!?」
B: 「拾ったナンを食べちゃおうとしたの? どういう神経をしてるだよ!?」
A: 「またチャオなんて挨拶して!?」
B: 「ちょっと待って。なんか変だ」
A: 「だからナンの話はもういいから!」
B: 「ナンの猛威ってなんだよ?」
A: 「露骨にもっと変になってきた」
B: 「ロコモートってラテン語なんかの話してない!!」
A: 「なんでラテン語の話になるんだよ」
B: 「だって、ビデオって言ったの、君じゃないか」
* * * *
補: 苦しい部分もありますが。単語の意味が広がり、新語も現れ、古い言葉も再利用され、いつか人間の言語システムは飽和というか限界を迎えるのでしょうか?
補2: 「バベルの後に」( ジョージ スタイナー, 叢書・ウニベルシタス) というまじめな本があります。タイトルはそちらからです。




