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好子ドキドキ大作戦❤  作者: 紫生サラ
好子ドキドキ大作戦❤
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ドキドキ・好子1

 アメリカ・ネオニューヨーク。深夜。


「はあ、はあっ、マジやばい、ってか、なんなのさ、マジやばいよ!」


 大都市の裏側。

 排水の匂い混じる湿った裏路地。

 SF映画ヒロインじみた逃げる女と後ろに迫る影六つ。

 影は大柄。

 そのうえ俊敏、足音も無し。


(うちが何をした?) 


 迷宮入り必定の自問自答。

 無法地帯ネオニューヨークをねぐらにしているが、インテリジェンスに溢れたうまい立ち回りしていたはずだ。それに普段はほとんど外に出ることのない在宅ワーカー。

 知らず知らずのうちにトラブルに飛び込むこと可能性は低い。

 それなのにこんな夜中に、六人もの男から熱烈に追いかけられるなんて!

 六人は全員がスーパーボウルのランニングバックばりの勢いで追ってくる。

 右に曲がれば、右に、左に曲がれば左に曲がって追ってくる。

 間違いない、完全に追われてる!

 あとどれほど走れるのか?

 在宅ワーカーだ。体力に自信がない。

 健康番組は好きだし、健康のためのサプリだって飲む、エナジードリンクは友達だ。けれど、朝からランニングをするような健康的な生活など無縁なのだ。


「Ohh……!」


 こんな時の「行き止まり」は定番!

 壁は高い!

 壁を壊すアイテム?

 飛び越えるスキル?

 瞬間移動できるワープゲート?

 ない! 女には何もない! 無情!


「ああ! 外に出るんじゃなかった」


 女の脳裏に先人の教訓めいた言葉が浮かぶ「リアルは信じるな!」と。

 深夜に乗じて暗殺者の如く忍び寄る空腹感……。

 なに、よくあることだ。

 実に日常的な出来事だ。

 でもそれが悲劇の始まりだった。

 そう、悲劇はいつも日常に紛れてやってくる。この男たちのように足音も無く! 

 キャビネットにも、冷蔵庫にも、猫が昼寝出来るほどにスペースが空き何もストックがなかった。

 なんてこった! じゃあ、どうする? 我慢か? まだ十二時だってのに! そんなの我慢できるものか、夜も眠れない。夜は長いんだ!

 だから、夜食を買いに出た。理由は単純にして簡単だった。全部腹の虫のせい。

 しかし、悲劇はゆっくりとアクセルを踏みはじめていた。確実にギアを上げながら!


【コークとカロリーを補充できる固形簡易栄養食を買って帰る。】


 ただ、それだけ。ここがネオニューヨークでなければ、五歳児のはじめてのお使いクラスのミッションだ。時計の針はすでに十二時十五分。決意と準備を含めて十五分がかかっている。

 夜はさらに深みをましている。

 それがどうした? ちょっとしたお使いだ。落ちものパズルゲームで全消しを狙うより遥かに簡単じゃないか! だが、簡単なミッションは思わぬ油断を生む。油断は致命傷の産みの親だってことを、ピンチになってから思い出す。

 部屋を出る時に携帯端末を置いて来たことがまさにそれだ。護身用の銃の隣に! この致命傷はどうしようもなく深い!


(こんなことなら、時間なんか気にせずデリバリーピザを頼むんだった!) 


 少なくとも、コークは一緒に注文できるし、空腹をしのぐことも、必要分以上のカロリーを摂取することもできた!


(本能のままクアトロフォルマッジを頼めばよかったんだ! ゴルゴンゾーラ、グリエール、エダム、シュレッドの四種のチーズの乗ったピザを! 夜だからって、気にしないで注文しておけばよかった!)


 後悔と反省の乱気流。

 けれど女は賢明。

 後悔ばかりしていても、壁はなくならないし、自分の体が透けて透明人間にならないこともわかっている。

 ならばやることは一つ。

 人を救うものはいつだって知恵と勇気と、ほんの少しの行動力だ。

 後手だけならいい時もある。

 だが、戸惑いのまま止まるのは悪手にしかならない。

 追われている時点で今までは劣勢。ここでの迷いは命取りになる!


(そうだ、切り開け! うちならできる!)


 即決で女は颯爽と振り返った。


「ああ、うん、ごめん、ここまで追ってもらって悪いんだけど……もしかして人違いじゃない?」


 弱気は見せない。強気で損をすることはない。これが《当然》と振舞えば、そうじゃなくてもそうなる。安っぽい自己啓発の本に書かれていそうなマインドセットを、今は心から信じることにする。


(いいわ、我ながらいい感じ、声も出ているし、腰も引けていない!)


 いい言葉を探して、流暢にワードを繋げ! そして時間を稼ぐんだ。夜が明けるほどじゃなくていい、気楽なもんだ!

 男たちは答えない。

 じわりと女との距離をつめる。

 点滅を繰り返す接触不良のライトのもと、男たちの姿があらわになる。

 黒い目指し帽。

 アメリカンヒーローみたいなピチピチピセクシーボディースーツ。

 そして、筋肉! 胸板! 分厚い!

 筋が浮き出る腕に腿! 太い!

 首も太い! 本当に!

 平均身長185cm。

 平均体重95kg。

 六人の中で175cmを割るもの一人もいない。

 みんなデカい! 引くほどデカい!

 背中に壁、前にムキムキのピチピチ。

 思わず顔が引きつる。

(そう、先週見た映画を思い出して、こんな時は時間を稼ぐ、気の利いた会話なんかして、そして隙をうかがう……OK)


「ああ、別にいいのよ。気にしなくて、人違いなんて、よくあることだし、念のため私の名前なんだけど……」


「ユミ=イトウ」


 六人の中でひと際体の引き締まった6パックがユミの言葉を遮った。


「OK」


 ビンゴで絶望。

 人違いの線はなくなった。


(じゃあ、なんで追われている? どうしてうちは追われている?)


 ジェットエンジン並みに脳を回転させ記憶を辿る。

 目出し帽で顔は見えない。


(OK、顔から判断はできない)


 あの体格、ムキムキの体。

 手前から6パック、その横に5パック、4パック、後ろに脂がのった3パック、2パック、左端にぽっちゃり気味の1パック……。


(OK、体格からの特定は無理)


 そしてこのピチピチスーツ……


(うん、やばい!) 


 全身! 上も下もピチピチ! 


(色んな意味でやばい!)


 混乱&混沌。問答無用の乙女のピンチ! 


(お金が目的とも思えない、だって、うちの格好どうみてもお金を持っているように見えないもの! というこは……?)


1・見知らぬ男が六人で迫ってきている。

2・金銭目的の可能性は低い。

3・名前を知っている。ということはすでに調べられている! つまり以前から目をつけられていた!


 この間、1.5秒。

 ユミは驚くべ速度で答えを出した。


(この男たちの目的はうちってこと?)


 金銭ではない、つまり身体目的。

 今のところ最有力候補。


「あ、ほら、うちが魅力なのはわかるわ。若いし、自分で言うのもなんだけど肌もぴちぴちで髪もツヤツヤだしね。、で、でもさ、告白って、もっとスマートな方がいいと思うのよね、ムードとか大事じゃない?」


 顔は見えないがたぶんイケメン、6パックが足を進める。


 あと、四メートル、三メートル……。


「ああ、あとさ。なんていうか、六人同時? って、いきなりハードじゃない? 正直キツイかなぁ~なんて……」


「安心しろ、俺は年上好みだ」


「ああ、OK」


 6パックはどう見ても、年下だとは思えない。


(じゃあ、何? 目的は何? 金銭目的の集団強盗? こんなムキムキピチピチが?)


 ユミは天を仰いだ。十字を切ってブッタに祈った。クリスチャンでもブッディストでもないが、この状況を助けてくれるなら、今すぐにでも改宗すると神に誓った。


(結婚願望はないけど助けてくれる人がいるなら、その人のところにお嫁に行っても構わない!)


 その時だった。その女は突然現れた。

 月光弾くスラリと長い黒髪、流星の如き冷涼な瞳、口元はニンジャマスク。

 豊かな胸と引き締まった細腰。曲線豊かな体躯からは不釣り合いなほど発達した腿。短距離走選手を思わせるしなやかな足首に、両手でつかんでも余りある下腿。

全身を紫紺のボディースーツで包み、腰に短い刀を一本。


「あ、あなたは……!」



   日本



 それは三日前まで遡る。


 店内に流れるジャズ、バーカウンターに品のいい二十代の女性バーテンダー。馬場葉月はグラスを磨きながら、ゆったりと時間を過ごす一人のお客に微笑みかける。

「BRA×2BA×2」のしゃれたカウンターの一番奥の席にその女はいた。

 しなやかなに引き締まった腰よりも長い黒髪をたらし、涼やかというにはいささか冷気の帯びる切れ長の瞳が、目の前に置かれたグラスの底から水面に逃れようとする小さな泡を見つめていた。

 その女は異様だった。

 美しい女であることは間違いなかったが、近づき難い雰囲気をまとっている。

 BARにいるが紳士的で力強いウィスキーも、テクニシャンな手品師のようなカクテルも飲まず、香りの深いタバコを楽しむこともない。

ただ店に流れるジャズを楽しんでいる。

 彼女はこの店の常連だった。

 彼女を落としたいと胸に秘める男たちも多い。だが、その誰もが自分の本心を行動に移せないでいる。

 初めて来た客も常連もそれは変わらない。

 鋭い日本刀のようでいて、影のように実態がつかめない。彼女がその場所にいるだけで店の雰囲気は変わる。

 ふと、彼女のバックの中で携帯がなった。

 楽しみに水を差されたとわずかに眉をひそめ、ため息をついたのを葉月は見逃さなかった。

 彼女は自分のバックから取り出したスマホを見た。すでにこの世から絶滅したのではないかと思われる高性能AIが搭載されていない旧式のスマホだ。

 この時代、個人が持つ通信端末は、高性能AIの登場により飛躍的な進化を見せていた。ガラケーからスマホに移り変わったように、スマホは高性能AIを搭載し、登録者とのコミュニケーション機能に特化した動物型スマホ【Pet】に移り変わった。

 そのPetもすでに第五世代。

 第一世代は学習機能を持ち、人格を有するスマホを可愛らしい動物の形にしただけのものだった。

 第二世代で手足が動く感情表現、第三世代では自立歩行、第四世代ではほぼ動物の姿にまでなっている。

 現在では、手の平に収まるほど大きさのリアルな動物の姿であり、自立行動はもちろん、日本では登録者が捨てたPetが野良となる【野良Pet】が問題になっているほどだ。

 彼女のような旧式スマホを使用している人間は、今ではほとんど見かけない。

 BARカウンターの陰で隠れるよう香箱座りで寛いでいた葉月のシャム猫型【Pet】のイシャータが興味深そうに顔を出して彼女の旧式スマホを見ている。

 そんなイシャータに葉月は


「イシャータ、曲を変えてもらえる? cats&docksapplauseがいいかしら」


 と注文する。イシャータは「わかった」と言って、その場からオーディオにアクセスし曲を変えた。

 曲調が変わると、シルバー・ストリークの深い甘みに酔ったかのように店内はトロンと和らいだ。

BRAという場所にいるのが不思議なくらい清楚な印象を受ける馬場葉月は微笑みつつ彼女に親しみのある声で話しかける。

 カウンターがあるにも関わらず、まるで隣の席にでも座るかのように。


「好子さん、新しいお仕事ですか?」 


「そうみたい。せっかくの時間が台無し」 


 連絡された内容は新たな仕事のものだったらしい。好子は不満そうに膨れた。

 時折このような子供っぽい部分を見せる好子のことを葉月は気にいっている。


「ねぇねぇ、好子さん!」


 好奇心旺盛な猫のように大きな目をしたイシャータが好子に甘えるようにカウンターを足音もなく渡る。携帯端末Petであるイシャータは普通の猫の三分の一ほどしかないが、身体的なバランスは完全にシャムであり、動きも猫とそれと比べて遜色がない。

 会話も、機械的なものは全く感じられず機械的な言葉の抑揚の不自然さもない。


「どうして好子さんは、Petのマスターにならないの?」


「こら、イシャータ!」


 イシャータは葉月にたしなめられた。

 好子は機嫌を戻したのか、小さなイシャータに向かい微笑んでいた。


「どうしてそう思うの?」


「好子さんにPetがいたら、お友達になりたいもの。旧式スマホじゃ、お話もできないわ」


 高性能AIは所有者の対応や性格に応じて固有の人格が形成される。もちろん、AI同士の友達関係なども存在するというが、現代の常識となっている。


「ええ、確かにそうね。なら、少し考えてみようかしら……」


「本当!?」


 イシャータはぴょこんとしっぽを立てて喜んだ。


「ええ、このスマホが壊れちゃったらね」


「ええー!? そんなのずっと先じゃない!」


「イシャータいい加減にしなさい」


 イシャータはまた怒られシュンとして小さくなった。


「でも、今の私にはこれで充分だしね。それに、まだ使えるのに取り替えたらこのスマホが可哀そうでしょう?」


 好子にスマホを差し出されて、イシャータはスマホをのぞき込んだ。話しかけてもスマホは返してくることもない。自分よりもはるか昔のモデルを見るのは、物言わぬ化石を見るようなものだ。


「もう、仕方ないわね。このスマホ、カッコいいから仕方がないわ」


 ぷりぷりしながらイシャータは言った。

 好子はイシャータを撫でると、「ありがとう」と言ってカッコいいとほめられたスマホをバックにしまった。


「葉月、また来るわ。今度は、次の仕事が片付いたらになるかしら」


「はい、いってらっしゃいませ。好子さん」


 葉月に見送られ、田中好子は「BRA×2BA×2」を後にした。


※劇中に登場するBAR「BARBARBABA(BAR×2BA×2)」とマスター葉月のシャム猫型のPet「イシャータ」は、ペイザンヌさん作・キャットエンターテイメントの傑作【イシャータの受難】より名前をお借りしました。https://ncode.syosetu.com/n9815cj/



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