ドキドキ・プロローグ
もうダメだ……。
どうして今まで気がつかなかったのだろう? どうしてこんな事態になるまで……
いや、薄々気がついてはいたんだ。
期待と疑念の両者は常にせめぎ合っていたはずだった。
それでも、期待はいつも疑念の一歩先を歩いていた。
希望を感じていたんだ。
祈っていたんだ。どこかで流れが変わる、そんな気持ちを持っていた。
それが、こんな状況になるまで。
もう取り返しがつかない。
いや、今だって「もしかしたら」という感情を捨てきれないでいる。
「それでいいの? もう諦めるの?」
僕たちの「気持ち」は完全に切り離されてしまったんだ。
僕たちができることと言ったら……
「できることと言ったら?」
外部に助けを求めることくらい……。
「ならば求めましょう。助けを……」
でも、僕の計算じゃ、僕たちの声を受け取り、運よく誰かが行動を起こし、ここまでたどり着き、状況を覆す可能性は0,0001%にも満たない。
……不可能さ。
この数字はそれを表しているんだ。
「それでも……」
それでも?
「それでも求めましょう。まだ終わりではないのですから……」
❤
2XXX年12月24日。
一通のメールが送信された。
その宛先は世界中。
サーバーをダウンさせないようギリギリまで計算された大量のメールが間欠的に送信された。
文字通り、世界中にあるメールアドレスというアドレスに。ごく普通のメールとして。
そして、世界中の受信ボックスにジャンクメールとして放り込まれた。
メールの多くが迷惑ボックスに入れられたため、多くの人々は存在そのものに気が付くことはなかった。その存在に気がついた一握りの人々はウィルスを疑いメールを開きもしなかった。
さらに一握りの好奇心のある人たちは、暗号化されたその内容に首を傾げ、それ以上の興味を示さなかった。
砂浜にしゃがみこんで両手で砂をすくう。両手で作った皿の上にはサラサラと崩れる砂の山が作られる。その手を返し、砂を払うために手を叩く。それでも砂は手に残る。
メールに興味を示した者はそのわずかに残る砂のようなものだった。
暗号文を面白おかしく解析する者。
内容を推理する者がわずかにいた。
さらにその一握りが正解に辿り着く。
しかし、その大半は真意を解することなく。取るべき手段を持ち合わせていない。
この差出人不明のメールはごく少人数の間で話題に上った。
世界にごくわずかにいるというIQの高いインテリ集団の悪戯だと鼻で笑う人がいた。自分たちには関係のないものだ、と。
都市伝説の模倣だと誰かが言った。
ただただ、意味もわからないまま警鐘を鳴らす人もいた。
声は発せられた。
助けを求める声が。
世界中のメールアドレスに。
世界の人口をも超えるほどの数のメールアドレスにその声は届けられたのだ。
何度も何度も手に残る砂を払う。
それでも砂は手に残るものだろうか?