8 お買い物(前)
朝食を食べていると、爆破魔法の音がした。
「うちに特攻かけてくるやつがいるのか。イキがいいやつだな」
家に帰って来て早々の事件。
俺は豚ほどのサイズはあるボンレスハムを口に放り込むと、足取り軽く玄関の方へ歩いていく。
そして呆れた。
「エリィに手を出すからこうなる」
「お早うございます、グルデン様」
相変わらずの地味なローブと目深に被ったフード姿のエリュシナがそこにいて。
彼女の前には、ちびっこメイド4人が煙を上げて倒れていた。
「買い物? 食糧なら使用人が買い揃えているぞ」
家を出て話を聞くと、買い物に行きませんかということだった。
俺の防具は丈夫な魔獣の革製の服で、武器はかなり丈夫な金属製の巨大バスタードだ。
バスタードというか、竜でも殺せそうな鉄塊だな。
実際、10mクラスの竜の頭を両断した逸品だから、竜殺しでもいいかもしれない。
服は巨人系の既製服だから、使い物にならなくなってから買えばいい。
武器は、そうだなぁ。
戦争前に手入れしたばかりだし、一応見てもらうだけ見てもらうかな。
「と言うことで買うものはない」
「あります。服を買いましょう」
首をかしげる。
いつもの様に俺の肩に乗っているエリュシナを見る。
そして、今着ている服をつつく。
「今着ているやつがあるぞ」
「服を、買いましょう」
エリュシナの返答は変わらない。
なぜだ。
「グルデン様の着ているそれは、いつ洗いましたか?」
「んー。あまり洗っていない」
「まったく洗っていないでしょう! そもそも色々な匂いが漂いすぎて、周りに迷惑になっているってわかっていますか!?」
「わからん」
オーガってこういうもんだろう。
そう言うと、エリュシナの返事は爆破魔法だった。
解せぬ。
気づけば2時間ほど経っていた。
3時間おきに首都全域に響く時計塔の鐘の音が聞こえてきた。
「もう2時間か」
俺は手に提げている鞄を見下ろす。
何種類もの服が詰め込まれた鞄は柔軟なクモ魔獣の糸を使用しているためか、本来の倍ほどの大きさにまで膨らんでも何とか破けずに済んでいる。
逆に言えば、ものすごく大量の服をその鞄の中に詰め込んでいるわけだが。
「なぜここまで買ったのだろう」
「必要だからです」
何に?と聞いてもよくわからない答えが返ってくるだけだ。
そうして俺は、考えることを、やめた。
「いつものことでしょう。何も考えないのは」
「それもそうか」
よし、何も問題はない。
この大量の服の使い道はわからんから、タンスに押し込めておこう。
「あ、それは侵攻するときの着替えですので、私の部隊に届けておいてくださいね」
「なんでそっちに?」
「必ず忘れるでしょう」
エリュシナが何かを呟き、細い人差し指を鞄に向ける。
コルクの栓を抜いたような音が鳴ると、鞄にタグがついた。
「これで後はサタナシアさんが何とかして下さるでしょう」
俺の記憶力に対する信用度は、ゼロだった。
通りの屋台で軽く昼食を摂ると、する事がなくなった。
なので、木にもたれかかって座っている。
「何をしましょうか」
エリュシナはパンを揚げたようなお菓子を食べている。
ドングリを食べているリスみたいに両手で食べているので、見ているだけで癒される。
「何をしようか」
エリュシナが小首を傾げている。
なんとなく頭を撫でてみた。
俺とエリュシナはいま、公園にいる。
遊具もない木がまばらに生えているだけの公園で、日本にはほとんど見かけない自然公園と言われる類のものだ。
もっとも、この広さと自然の多さからすれば、むしろ海外で見かけるような山のふもとの平原に近いだろう。
エリュシナの転送術で飛んで来れば、首都から離れた平原も散歩圏内だ。
便利だ。
覚えると大変そうだし、アシに使われそうだから覚えたくもないが。
「服は買いました。食糧に関しても既に手配しています。後は」
エリュシナが呟く声が鳥の声に混ざる。
何でもいいからこのまま昼寝でもいいんだけどなぁ。
ああでもないこうでもないと呟くエリュシナを見て、ふと思った。
「よし、服を買いに行こう」
「……?」
エリュシナが、不思議なものを見つけました、という顔でこちらを向いた。
首都の服屋はたくさんある。
大きく分けると、小人、巨人、標準の3つだ。
小人サイズは、ホビット種や妖精種みたいに小さい連中。
巨人サイズは、トロル種やオーガ種、はたまたギガント種にドラゴン種など様々。
なお、ドラゴン種は野生のドラゴンとは全く違う、らしい。
人間とサルほどの違いがあるため、同一視するともれなくドラゴンブレスを貰うことになるだろう。
他にも分類としては人型、亜人型、獣人型だとか、羽根用だとか尻尾用だとかわけのわからんものまである。
多種多様な種族が入り乱れる魔族だから、一概に服と言っても膨大な種類になってしまう。
なので、首都の服屋は『総合店』と『専門店』に分かれていて、それぞれが転送陣で行き来できるようになっている。
基本的に『総合店』から乗り継げば徐々に特化した専門店へと進んでいく。
例えば、『湿地帯に住むラミア種が砂漠を進むとき、脱皮後の敏感な鱗を優しく守るための服』を専門に扱う服屋に行き着くこともあるだろう。
以前適当に乗り継いで見かけたが、需要はあるのか?
不思議な店もあるものだ。
「この店は、何のお店ですか?」
乗り継いだ先の店を前にした時、エリュシナは一歩だけ後ずさりをした。
その店はアンデッドが住み着いた後に掃除が面倒になったので放っておきましたー、と言わんばかりのボロさを前面に押し出していた。
蜘蛛の巣は張り放題。
石の部分は黒ずんで分厚い苔が生えている。
木の部分は腐っていて、草が生えている。
洋風とも和風ともつかない外見は、ゾンビが寝ぼけて設計した家を発情したオークがリビドーに任せて組み上げたような、建物として違和感満載の代物になっている。
一言でいえば、ゲテモノ。
幸い、建物のサイズと入口は巨人でも入れるほど大きいので、俺でも問題なく入れる。
「え、あ、あの、グルデン様、入るのですか?」
「ああ」
俺がそう言って入ると、エリュシナもついて来た。
「よぉ、じいさん」
「おうデカブツ。昨日振りか?」
「全然違うぞ。けっこう前、かな」
「いや、最近じゃろ」
「そうだっけ。戦争に行ってたから、結構日数経っていると思うけどな」
店に入ると日本の昭和期みたいに木造の店内が広がっている。
商品が置いていないので、銭湯かタバコ屋か。
何にせよ木製のカウンターの向こう側に爺さんが座っているだけだ。
「グルデン様、ここには何をしに来たのですか?」
「ああ、そうだな」
俺は隣に来たエリュシナのフードを外す。
「えっ」
エリュシナは慌ててフードを被りなおす。
「いきなり何をするのですか!」
フードを外されないよう両手で押さえながら、エリュシナが恨めしそうに睨んできた。
気にせず、じいさんを見る。
「まぁこういうことだ。布かなんか、いいもんあるか?」
「ああ、なるほどなぁ。亜種か」
じいさんはあごひげをさすりながらエリュシナを見ている。
「亜種です。それがどうかしましたか?」
「いやいや」
「気持ち悪い、ですか?」
「いやいやいやいや」
エリュシナは身構えているが、意味ないけどなぁ。
「むしろ、お前さんこそワシが気持ち悪くないのかな?」
言われた意味が分からないようで。
エリュシナは首をかしげている。
その答えはすぐに現れた。
主に、じいさんの背中から現れた。
「ひっ、え、な……」
いびつな、触手の様に生々しく歪んだ、巨大な4対の虫の足。
粘液のねばつく音を立てて現れたそれは、異形の一言に尽きる。
「ほれほれ」
「ひっ、あ、あぁ」
「こらじいさん」
セクハラおやじの様にねばつく足をエリュシナに近づけるので、掴んで止める。
「客に何をする」
「ひゃっひゃっ。気にするな」
「ちぎるか」
「やめんか馬鹿者」
俺とじいさんのやりとりを見て、エリュシナが小さな声でつぶやく。
「貴方も、亜種、なんですか」
「そうじゃよ。はっは。ようこそ、クモジイの服屋へ」
じいさんがクモ足を広げると、エリュシナが小さく悲鳴を上げた。
そして俺は調子に乗ったじいさんの頭を叩いた。
1話で終わるはずだったけど、長くなりそうだったので前後編にしました(。。
クモじいと某ジブリのキャラは、無関係です(_’