7 実家に帰らせていただきます
魔界の首都に戻ってから数日が経過した。
仮にも指揮官という事もあり、会議やら運営やらに引っ掻き回されっぱなしで、会議室で雑魚寝ばかりしていた。
大半はディディザークの愚痴混ざりの言い争いで、残りは北部と南部戦線との情報共有だ。
俺からの報告は町を幾つかつぶして中央大街道を突破した、そして転送陣を設置した。
この2点しかない。
オーガだから雑な報告でもいいのだ。
オーガは脳筋だからだ。
オーガ万歳。
その分、エリシュナが必死になって報告書を纏めたり面倒なことをしていたらしい。
何度も飯を奢らされた。
まぁ俺の給料は飯以外にはほとんど使わないし別にいいけど。
「実家に帰らせていただきます」
「……帰るのかい」
「ああ、帰るぞ」
ディディザークとの言い争いに飽きたので、俺は家に帰ると告げた。
「家に何があるというのかね」
「家がある」
「寝て食べるだけならここでもできるだろう」
「家にはお前がいないからだ」
「なるほど。では押しかけよう」
「殴って気絶させてから帰るかな」
「ほぉほぉ。出来るのかな?」
「じゃあ帰るぞ」
喧嘩もろくにできない癖に挑発してくる馬鹿は放っておく。
「家に帰りたがるオーガも珍しいが、家を持とうとするオーガも珍しいもんだね」
去り際に聞こえた声はやはり面白がる様な響きだった。
「ほっとけっての」
4魔将。
いわゆる四天王の様なもので、重役だ。
魔族は血の気の多い連中ばかりだが、4魔将相手に喧嘩を売るやつは少ない。
戦闘馬鹿以外にも悪知恵の働くやつや腐れ貴族やら、回りくどい嫌がらせをしてくる連中もいるが。
基本、俺に直接来るやつは適当にあしらっている。
家に直接危害を加えたやつは磨り潰して目立つところに捨てるがな。
俺の憩いの場を乱すやつには惨たらしい死をくれてやる。
家はたまたま空いていた、というか当主がいなくなった屋敷があったので、それをそっくりそのままもらった。
使用人は何人か雇っているので、綺麗に整えられている、はずだ。
あまり家には帰っていない。
だからどう変化しているかわからない。
戦争中だから仕方ないよな。
家のドアを開ける。
「帰ったぞ」
中に入る。
一歩足を踏み入れると、足元が爆発した。
「敵襲! 敵襲~!」
若い娘の声と共に槍が何本か飛んできた。
とりあえずキャッチしておこう。
「むっ! でかぶつめ、やるじゃないか!」
「やるじゃないか!」
玄関は広いホールになっていて、正面を進むとドア。
2階にも上がれるようになっている。
吹き抜けみたいなものかな。
で、2つある階段からそれぞれ角の生えたチビと如何にも小悪魔な娘が降りてきた。
2階部分の天井からはアラクネの娘とヤモリみたいな娘が近づいてきている。
なるほど、面白い防衛方法だな。
ところで、こいつら何者?
「いくぞー!」
「ちゃんと息を合わせるよ!」
「合わせるよ!」
誰が何を言っているのかよくわからんが。
4人は槍やら棍棒やらを手にして襲い掛かってきた。
「お狩りなさいませ、ご主人様」
「ああ、ただいま」
4人の武器を取り上げ、ぽかぽか殴られっぱなしのまま立っていると使用人が一名やって来た。
ダークエルフのフィムだ。
相変わらずSっぽい表情で笑っている。
ところでさ、おかえりなさい、って言ったんだよな、いま。
おれ、聞き間違えていないよな。
「ごしゅじん~?」
「だれそいつ」
「……ふぅ。お仕置きをしましょうか。楽しい楽しいお仕置きを」
フィムはどこから取り出したのか知らないが、黒光りする鞭を手に舌なめずりをしている。
あ、4人が怯え始めた。
「狩りの時間ですわ」
「やっぱり狩るのかよ」
俺がため息をついたのと、フィムの鞭が風を切ったのはほとんど同時だった。
「この方は屋敷のご主人様である、グルデン様です。以後、誠心誠意お仕えするのですよ」
「はぃぃ~」
「わかったよー」
「たよ~」
「……zzZ」
4人はぐったりとへたり込んでいる。
1名だけは寝ているが気にしない。
そして鞭の洗礼はなぜか俺にもやってきたが、それも気にしてはいけないのだろう。
「では、自己紹介なさい」
「はーい。デビル種のディーゼルだよ、きゃうっ!」
敬語ができなければ平手打ちか。
おい、フィムよ、うれしそうな顔で舌なめずりをするんじゃない。
子供が怯えているぞ。
「ゴブリン種のリンです。亜種です。頑張ります」
ゴブリンは通常、力が弱く小柄で繁殖力が高いのだが。
何か違うのだろうか。
まぁいいや。
「キィーキィ。よろしく」
アラクネ種の娘は口数が少ないな。
子供だからか。
そして寝ている娘はリザードマン種の亜種なのか。
ヤモリっぽい。
年齢順に自己紹介をして来たが、一番年上のディーゼルで中学生ほど。
ヤモリっぽいのに至っては幼稚園クラスか。
「こちらの幼い娘はリザードマン種の亜種で、ヤイバです」
「ところで。何で子供ばかりなんだ?」
「これには深いわけがありまして」
「ほぉ。深いわけか」
以前雇っていた使用人は5名。
この屋敷のサイズは小学校クラスのサイズで、前世の感覚でいえば個人の家としてはかなり大きい。
ダンスホールなどは設置式の結界により広くすることもできるし、地下室やら個人転送陣やらもある優良物件だ。
全ての場所を常に掃除するわけじゃなくても、5人でさえ足りなかったので使用人のまとめ役に色々任せておいたはずだが。
「メイド長は?」
「ターナ様のお世話です」
「警護のやつは?」
「武器の手入れで町へ」
「他の連中は?」
「……思い思いに休んでいます」
自由だな。
殆ど家に帰っていない俺が言うのもなんだが、使用人が全然いない屋敷って一体。
「で、こいつらは?」
「拾いました。戦争が始まっていろいろあると思いますので、色々と」
「そうか」
色々あるのか。
よくわからんが。
「ターナ様にはお会いになりますか」
「会えるのか?」
「恐らくは」
「本当にいけるのか?」
何年か前に会いに行ったときは、どうだっけ。
いい思い出がないな。
「オーガを見ると怯えるからなぁ」
「むしろ、あのレベルまで復帰できたことは奇跡ですね」
オーガの相手をしていたせいで、トラウマを負っているらしい。
俺の母親は。
困ったものだ。
「グルデン様、お帰りなさいませ」
「ただいま。様子はどうだ?」
母親の部屋の前まで行くと、ちょうどメイド長が出てくるところだった。
「大変落ち着かれています、が」
「会わないほうがいいか」
「……はい」
メイド長は小さな声で肯定した。
メイド長の種族はラミア種の亜種。
下半身が蛇なのは他のラミア種と同じだが、ちょいとばかし違う部分がある。
俺の使用人に亜種が多いのは、単に給金が安く済むからだ。
亜種は迫害される場合もあるので安上がりで済む。
いわゆる黒人差別的なものでしかないので俺には関係なく、率先して亜種を雇っているわけだ。
閑話休題。
「サタナシアが気にすることじゃないだろう」
「そう、でございますが」
「こうして部屋の前で喋っても大人しくなるくらいには落ち着いているんだし。問題ない」
以前はオーガの声が聞こえるだけで叫び声を上げていた。
うん、だいぶ回復しているらしい。
「せっかく帰って来たんだ。みんなを集めて茶にしよう」
「わかりました。美味しいお菓子も用意いたしますね」
オーガでもたまには茶ぐらい飲む。
どうせ変わり者で通っている俺なんだ。
家でくらい好き勝手やってもいいだろう。
ということで、今日はお菓子の日に決めて食堂で身内だけの茶会を開いた。