6 部隊編成
転送陣の設置がやっと終わった。
ちょくちょく差し入れをした甲斐があったというものだ。
そして、転送陣が設置されるまでの間に話し合った内容を決めることにした。
「部隊、多いから減らすぞ」
リストラクションだ。
どうも俺が先陣を切ると100でも多すぎるという。
そして、今までのペースは異常なほど早く、他の戦線の中でも突出していて戦略的にかなりまずいことになるらしい。
包囲されたらおしまいだということ。
そのため、この町を拠点として多くの兵を送り込み、中継地点の町にも兵を配備して中央戦線を維持。
他の戦線と足並みが揃ったところで、改めて進軍を再開するという。
「オーガは突破力は高いが、維持に問題がある。拠点をつぶした後は、弓などの遠距離支援を重視し、他は魔界で待機していればいい」
「それもそうですね」
そもそも、戦線を切り開く突破力としてオーガが求められただけであり、それ以外は他の魔族が行えばいい。
転送陣の設置が終わってから伝令を向こうに送ったので、拠点防衛の戦力を送ってくるだろう。
防衛の引継ぎを済ませればオーガ100名と帰還希望の後方支援部隊は一度魔界に戻る。
まぁ引き継ぎと言っても、町の住民と仲良くやれよというぐらいだ。
女たちが沢山いるからと言ってオークやトロルのようにケダモノ連中を送ってきたら、とりあえずケダモノどもの金玉すりつぶしてから戻るとしよう。
戦争だから加減はしないのが基本だが、一度統治すれば国民だ。
非道はいけない。
あと、ぜい肉しかない豚どもの玩具にするには惜しいしな。
「向こうに戻ったら、一度首都に戻るのですよね?」
「だが、断る」
「……グルデン様?」
即決すると、エリシュナが3つの目を細く尖らせる。
「いや、絶対嫌味を言うだろあいつ。確実に言うだろ。『やはり脳筋ですねぇうぇっへっへ』てな具合で嫌味を言うだろ」
「ディディザーク様の声真似ですか? 似てません」
ディディザーク。
4魔将が戦闘メインの家臣なら、ディディザークは宰相だ。
何やら小難しいことをやっている。
魔法の研究もしているらしいが、よくわからん。
能力はあるんだろう。
魔界の決定は魔王にあり、魔界の情報を選り分けて王に決定を求めるのがディディザークだ。
あれはすごいが真似をする気にはなれない。
今は魔界全土に加えて人界侵攻の総指揮まで取っているんだ。
あいつ、馬鹿じゃないのか?と思うほどの仕事量になっているだろう。
いや、馬鹿だな、あいつは。
拠点防衛の戦力が来たので、俺はとっとと部下たちを連れて魔界に戻ることにした。
オークではなくワーウルフとケンタウロスがやって来た。
むしろ機動力を生かして攻める連中じゃないのかと思ったが、話によると周辺警戒とゲリラ的な連中を早い内に蹴散らすのが目的らしい。
攻め込まれても、すぐ戻ってきて挟撃出来るのも利点だとか。
知らんがな。
来たら蹴散らせばいいだろうに。
魔界に戻ってきた。
外に出て空を見上げれば、紫がかった青空。
スモッグが煙るわけでもなく、透き通るように澄んだ青紫の空だ。
どこか日が沈む時に見た空を思い出すが、魔界では空全体がその色に染まっている。
転生して間もない頃は、空を見上げるたびに頭を抱えるほどの違和感を感じたものだった。
今はもう慣れた。
前世の空の色も人界に入るまでは思い出せなかった。
「魔界ですね」
「魔界だ」
エリシュナの言葉に同意する。
「お前も戻って来たのか」
「休憩ですよ。私も統治には向いていませんので」
エリシュナは相変わらず顔を隠すように深くフードをかぶっている。
突然変異種は世間の風当たりが強い。
親から捨てられることも多い。
エリシュナの場合は、確かどうだったかな。
名前を付けられたということは、愛情を注がれていたのだったかな。
魔界に戻って早速屋台を回ろうかと思ってると、一つ目小僧もどきがやって来た。
モノアイ種。
基本的に目がいいのだとか。
透視や千里眼に長けていて、秘密を見放題。
男女ともに嫌われている種族と言われているが、風呂やプライベートな場所は透視不可の結界を張っているんだから別に気にすることじゃないだろうに。
「グルデン様。お待ちしていました」
「何の用だ」
嫌な予感がする。
腹も減った。
「ディディザーク様が会食をしたいとの事です。肉もたくさん用意しているそうです」
完全に胃袋を掴まれた。
ちくしょう。
魔界の首都。
名前は忘れた。
そのどこかの場所まで転送陣で移動してきた。
なお、エリシュナは案内役もかねてついて来ている。
というかエリシュナがいなければ目的地にたどり着けない。
「やぁ、どうも。相変わらずの猪突猛進でしたね」
部屋に入ると山羊馬鹿があごひげを弄っている。
羊のねじまがった角、顎から伸びる白いひげ。
闇の魔導士たちを束ねる魔界の魔道の頂点、バフォメット種の長。
ディディザークだ。
名前を憶えている理由は、一度忘れたと言ったとき。
こいつが俺の脳髄に、名前を刻み込んできやがったからだ。
物理的にというか魔法的に。
どう考えても魔法の無駄遣いだ。
「それでは会食と致しましょうか。エリシュナ嬢も、どうぞ」
ディディザークが指を鳴らすと、白いテーブルクロスが敷かれたテーブルの上に、色とりどりの料理が現れた。
「何度も言ったでしょう。戦争とは戦略ですと。二手、三手先を読みながら的確に兵を運用することが重要なのですよ」
「何度も言っただろう。オーガは馬鹿だ。壊して犯して蹂躙するしか能がない。そんな奴らに出来るのは露払いくらいなものだ」
「私は言いましたよね。貴方が前線に立てば露払いどころが薙ぎ払いになると。実際、ろくに抵抗もできずに陥落していったと聞いていますよ」
「人界への侵略は何度も試みて失敗していただろう。下手に戦力を削るより補充がすぐ効く高威力の進撃で士気を低下させ、対応させるより先に大打撃を与えりゃいいだろうって」
「その結果、戦略的にかなり不味いことになっているのですよ。孤立した拠点の弱さは、貴方に説明してもわからないでしょうけど」
「転送陣があるなら点であっても補給はいつでもできるだろうが。敵が攻めてきたならオーガどもをぶつけりゃ薙ぎ払える」
「それこそ過去の失敗を繰り返すだけですよ。人族同盟を甘く見た先達たちは、いつも最初の内は優勢でしたよ。最初の内はね」
「攻め滅ぼされることが前提の前線に何の意味があるんだ。罠だってのか。なら、魔族を誘い込む餌に連中はわざわざなっていたっていうのか」
「えぇえぇそうですとも。過去数度に渡る侵攻は、勇み足で踏み込んだ魔族を包囲殲滅することから始まるのですよ。馬鹿にはわかりませんか? わかりませんよね」
「ああ、わからんな。馬鹿は突撃して蹂躙することだけが能だからな」
俺とディディザークの言い合いは大体いつもこうだ。
俺は肉を噛み千切り、ディディザークはワインを一気に飲み干す。
そもそも、オーガ相手に戦術やら戦略を説くなよ。
頭が痛くなるだろうが。
「地図のほうはどうなのですか? 人界の地図作りは最優先だと言いましたよね?」
「ケンタウロス部隊に走らせているのは、地図の確認のためだと思っていたが? 戦闘行動ではなく偵察行動であれば一定速度で走り回ることができる。元から偵察任務の多いケンタウロスとワーウルフの両方で走り回らせて、日数だか時間やらで距離を決めているんだろう」
「一部だけ正解ですよ。ハーピー種を含む空軍で確認するに決まっているじゃないですか。日数? 時間? 砂時計って知っていますか? 懐中時計は見たことがありますか?」
「だったら最初から俺らに地図作りを求めるなよ」
「情報は命です。多いに越したことはありませんよ」
「取捨選択をしろよ、馬鹿が。情報の海に使って溺れ死ね」
「生憎、情報の海は故郷なものでして。溺れる魚がこの世のどこにいるのでしょうかね」
「プランクトンを詰まらせて死ね」
「微生物ごとき、食い尽くして差し上げましょう」
一体何が楽しくてこいつは俺を呼ぶんだ。
頭が痛い。
「肉だ。もっと持って来い!」
「追加の酒はまだですか? 摘みのナッツ類も足りませんよ」
もっと食うのに集中させてほしいもんだ。
あと酒の相手が欲しいなら他に当たれって。
「そもそもケンタウロスは人側についている者もいるのですよ。当然対処するに決まっているでしょう。ワーウルフもしかり」
「ペガサスライダー、竜騎士。そういう連中も向こうにいるぞ」
「ドラゴノイド種は魔界にしかいませんよ」
「ホークマン種は人界が好みだよな」
その後も、ああでもないこうでもないと、不毛な言い争いは続いた。
「はぁ、疲れた。ただ飯食えるんじゃなければ、誘いになんか乗らないんだがな」
久々に満腹感を感じつつ、腹をさする。
「ふふ。ディディザーク様も楽しそうでしたね」
「どこかが。お前の目は節穴か」
「むしろグルデン様の目の方が節穴でしょう」
どこか面白がるように笑うエリシュナに、深いため息をつく。
「それで、お話はどうなったのでしょう」
「……一緒に話を聞いていたよな」
「途中から話が難しくて」
おい、中央戦線の魔法隊指揮官。
それでいいのか。
「いいんですよ!」
魔界って、自由だな。
「ちょっと失礼なことを考えていませんか、グルデン様!」
「気のせいだ。で、話の内容だけどな。中央戦線のスケジュールと部隊編成についてだ」
急に怒り出したエリシュナの頭をフードごと撫でて黙らせる。
中央戦線は前に出過ぎているので、その場で待機。
中央戦線の前線基地から魔界側に向かって放射線状に空軍を展開。
地上部隊もなんか色々展開。
で、中央戦線を軸にゲリラ的に攻撃を仕掛けて連携を乱している内に北部と南部戦線を着実に進めていくという。
期間?
知らん。
面倒だから聞いた直後に記憶から排除した。
出番が来たら呼ぶようにと言っておいたから問題ないだろう。
中央戦線は切り開くのは俺だが、防衛やらの細かいことは他の奴がやるそうだ。
俺は中央戦線切込み部隊の指揮官で、中央戦線の防衛指揮官とか色々用意するらしい。
ディディザークが指揮を執るのが初めてだから手探りで進めている、とか抜かしていたが。
初の実戦で色々やって遊んでいるだけだろ。
双方に死人が出ているというのに遊んでいる時点で、あいつこそ先達の二の舞になるんじゃないか。
「編成についてはそんなものだ。あと、切込み部隊もオーガと魔法部隊の足並みを揃えるために、途中までは一緒に動くんだとさ」
「どうやってですか? オーガは一度走り出せば止まらないじゃないですか」
「荷車を曳かせるんだよ。オーガに」
そうすればオーガはあり余り体力を消耗できるし、馬の疲労も減る。
いくらオーガでも荷車を曳けば速度は落ちるから、荷馬車の速度を調節することで隊列を組んだ行軍が可能になる。
「むちゃくちゃですね」
「魔族の大半は無茶苦茶だ」
そして、重大なことがある。
「軽く見てひと月以上は暇だ。狩りでもやってのんびりするか」
「……戦争、しているんですよね。私たち」
「戦争だろうと何だろうと、忙しいやつは忙しいし、暇なやつは暇だ」
「では、私はお目付け役として付いていきますよ」
こうして俺の部隊は超暫定的に、俺とエリシュナの2名になった。
「ところで。この辺りに美味い飯屋はあるか?」
「まだ食べるんですか。私もよくわからないので、探しながら歩きましょうか」
エリシュナに呆れられながらも、俺は夜の首都を歩いて行った。