4 最大の敵は己の内にある
「腹が減った」
東門の上に立ち青空を眺める。
平和だ。
部下たちをいつもの様に遊んだ後、復活するまでは随分と暇になる。
人間が攻めてきたら食えるのに、それもない。
周囲の獣はオーガの食欲で食べるとあっという間に尽きてしまう。
いっそ共食いをさせて数を減らそうかと思うが、まぁ待とう。
「腹減ったなぁ」
転送陣の設置が完了するまで、あと数日。
オーガ部隊は最大の危機に瀕していた。
「戦線が伸びると補給の問題が生じる。そういうことです」
「いやまぁ。わざわざ中継地点ごとに魔法部隊を置かずに、全員でここまで来てくれれば後はここを拠点に人を呼ぶだけで良かったんだけどなぁ」
「我々が無事到着できるという前提での話ですよ」
「かと言って、オーガを置いていったら。悲惨なことになるだろう?」
「……そうですね」
オーガは食欲と性欲と暴力欲の3つが大きい。
魔法部隊が女性しかいない、というわけじゃないが。
補給や後方支援に戦闘を嫌う者たちが多く存在しているわけで、その大半は女性とか雌だ。
男連中は血の気が多いから前線に突撃してばかりいる。
血の気の多い雌連中や血を好まない男連中もいるが、数は少ない。
……雄雌と男女の区分けは適当だ。
獣部分が多いかどうかとか、性欲が多いかどうかで雄雌の呼び名を使ったりする。
特に深い意味はない。
閑話休題。
俺は空腹を紛らわせるため、小難しい会議を三つ目の娘とやっているわけだ。
暫定の会議室には俺と三つ目の二人だけ。
前線部隊はオーガ100名。
後方支援の魔法部隊が20名。
補給隊が10名。
この数で国を落とした、と聞いても首をかしげるだろう。
俺もそうだ。
しかし結果として出来てしまったのだから仕方がない。
俺はテーブルに広げられた一枚の羊皮紙を見下ろす。
大きな二つのパーツに分かれていて、チーズだか何だかわからない輪郭が描かれている。
片方にはそれなりに細かく描写されていて、もう片方はほとんど空白で3本の線が引かれている。
この奇妙な図形は、地図だ。
どうやって書いたのかわからないが、頑張って空から見下ろして書いたのだろう。
魔界側の地図は山やら川やらが書き込まれている。
人界側の地図に書いてある線は、北部戦線・中央戦線・南部戦線の予定進路だ。
この3つは人界側が魔界へ攻め込むための道筋でもあり、各道の途中に国がある。
たぶん、魔界へ攻め込むための大通りに作られた宿場町がそのままでかくなったのだろう。
どうでもいいけど。
「……なぁ。俺らはいま、どこにいるんだ?」
三つ目の娘は視線を合わせようとしない。
それもそうか。
「ま、この地図の縮尺もわからないんだし、大雑把にコマでもおくか」
俺は森で拾った木の実を中央戦線の上に置いていく。
「大雑把すぎです」
「構わないって。補給部隊が西から東に向かって進むんだから、1日に進んだ距離を基準に大よその位置を決めたらいいだろ。オーガ連中の強行軍を基準にするとまずいから、そっちの移動速度で決めればいい」
「私たちの、ですか」
三つの目を細めて、彼女は地図をにらみつける。
「1日の暫定距離はどうします?」
「金貨1つが1日としよう。違っていても、比率が同じなら調整できるだろ」
俺が革袋から金貨を出して地図の上に置くと、彼女はこちらを見て瞬きをする。
「時々、貴方がオーガの皮を被った別の生き物のように見えます」
「突然変異なんだろ」
前世の記憶があるからだ、とは言わない。
便利な言葉だ、突然変異って。
「ところで」
「何でしょうか」
詰まらない会議を終えた後、俺は一つ提案をすることにした。
「転送陣って、どうやって設置するんだ?」
「魔法です」
「そうか」
あれ、会話が終わった。
何か違う気がする。
「俺もやってみよう」
「無理です」
ふむ、無理なのか。
「そもそもグルデン様は魔法が使えないでしょう」
「気合を入れればできるかもしれない」
「気合を入れても割れるだけでしょう。転送陣の仕掛けが」
「……割れるのか?」
あれ、そもそも転送陣ってどんなものだったっけ。
俺が思い出そうとしていると、深いため息が聞こえてきた。
「これが転送陣です」
場所は教会。
たぶん教会。
それっぽい建物の中に入ると長椅子がたくさん置いてあって、入り口から入って正面を見るとなにやら女神像らしいものが置いてある。
長椅子は大半が端にどけてあり、開いた広い空間になにやらお絵かきをしている。
「何か置いてあるな」
「人造魔石です。床に直接書くより消えにくく、魔力を込めることができるので少人数でも時間を書ければ長距離転移が可能なのです」
「便利だ」
俺は手の届かない距離からその光景を見る。
魔法使いらしい人たちが杖だか錐だか分からない道具を使って、巨大な円形の石板に記号を彫っている。
「細かい作業だな」
「ええ。一文字でも失敗すればやり直しです」
「……頑張れ」
俺は転送陣の手伝いを放棄した。
あれは無理だ。
知識がどうとか魔力がどうとかじゃない。
前世もあまり器用じゃなかったのに、オーガだぞ、今の俺は。
絶対無理だ。
さて、ここで終わっては俺は何もすることがない。
オーガの部下たちは長期休暇中だ。
有り体に言うと、ドクターストップ。
空腹で体力が落ちていたところに、ハードな実戦訓練が加わったためだとか。
俺もドクターストップになりたいが、頑丈な体なのでまだまだ元気だ。
暇をしていると腹が減る。
仕方がないので、他のことをしようか。
森から帰って来た。
戦利品は上々といったところだ。
鹿が3頭、果物類もなんか色々見つけた。
いやまぁ鹿を見つけたら果物を食べていたので、「果物おいてけー」とばかりに首の骨を折ったのだ。
さて、何をしよう。
食べるのは却下。
こんなのおやつにもならないから、余計に腹が侘しくなる。
何か作るか。
町は中央に大広場があり、北に領主の館というか城。
南は一般人の住居。
東西は宿屋や職人の店が並んでいる。
大半の店はがら空きで、たまに女の子が女性がぼぅと突っ立っている。
店の主人の妻や娘やらだ。
俺を見ると何かを諦めたような虚ろな目で笑ってくる。
敵意を向けてきたり隠れたりするのは、まだまだ元気な証拠。
それはさておいて。
会議室は中央に近い宿屋の一室を使っている。
魔法陣設置も中央辺り。
補給隊は中央少し南寄り。
荷馬車が道を埋めるようにおいてある。
なお、馬も馬車も人界のそれに比べると3倍近いサイズだ。
だから邪魔な建物は適当に壊してどけている。
オーガはこういう作業にも向いているわけだ。
「よぉ。なんか香辛料は置いてあるか?」
「あ、ぐ、グルデン様!?」
料理を作っている場所に足を踏み入れると、絶叫された。
なぜだ。
「いや、暇つぶしに森で狩りをしてきてな。鹿3頭と果物類だ」
「あ、ありがとうございます」
なんだか畏まっているなぁ。
不思議だ。
「血抜きは済ませてある。後は、果物類だけど……どうするかな」
「こちらに置いていただければ、あとで調理いたします」
「いや、俺らはいらん。足りなさすぎるから」
「で、でも、あの」
荷物を置いて厨房に入る。
何か炒め物を作っているらしい。
「……何で甘い炒め物?」
「いえ、こういう料理ですので」
首をかしげる。
どうやらオーガは生肉か焼いた肉くらいしか食べないのだが、魔界ではこれが普通、なのか。
……。
「香辛料は?」
「え?」
「香辛料はどこだ」
そして俺は作った。
塩コショウをまぶした兎の香草焼き。
砂糖を入れて果実を煮詰めて、ジャムパン。
砂糖をまぶして果実を焼いて、焼きりんご。
なお、補給部隊は砂糖しか持っていないとか訳わからん状態だったので、町の宿屋から足りない分を持ってきた。
金貨1枚あれば足りるだろう。
魔界の金貨だから今後の生活が楽になると思う。
俺が作った料理の評価はどうか。
厨房にいた人たちはなんか叫びながら食べてる。
全部食べる勢いだな。
とりあえず魔法部隊の人たちに甘い系を差し入れするか。
厨房の人たちには、人間の料理についてもっと聞き込みするなりしておくよう伝えておいた。
魔界の料理事情がよくなるといいなぁ。
魔法部隊の人たちにも好評だったらしい。
厨房からの差し入れと言っておいた
嘘ではない。
厨房から持ってきたのだから。
これで転送陣設置の効率が上がってくれるといいなぁ。
その日の夜。
三つ目が勝手なことをしては困るとか、色々と小言を言ってきた。
うるさいのでキープしておいた甘い系を渡すと、美味しそうに食べ始めた。
ああ、腹が減っていたのか。
三つ目は小さいし、すぐにお腹が空くんだろうなぁ。
明日もなんか作っておいてやるか。
お代わりが欲しいと言ってきたが、ないと伝えると、効果音が聞こえそうなほど愕然としていた。