2 戦いという言葉の定義
主観と客観の違いってよくあるというお話。
この世界は広い。
魔界と呼ばれる地域と人界と呼ばれる地域があり、その間に巨大な溝がある。
その溝に海水を注いで出来たような海を挟んで両陣営がにらみ合いをしているわけだ。
昔、人間は巨大な帆船を使ったりして海を渡ってきたらしいが。
既に人界の半分まで攻め込まれている現状では、よほどのことでもない限り海を渡ることなんてできないだろう。
魔界の広さと人界の広さはわからない。
人界に乗り込んで1年も経つが、まだ人間の主戦力と出会っていない。
小さな町や砦は何度か出くわしたが、国と呼べるものはなかった。
町や砦を陥とすと後続の魔法使いがやってきて、転送陣の設置に取り掛かる。
この転送陣があるおかげでいつでも魔界に帰ることができる。
便利だ。
帰る用事がないから一度も帰っていないけど、あると無いとでは大違いだ。
そのせいで侵攻が遅れるのは面倒だけど。
「グルデン様。ここにいらしていたのですね」
魔界を西、人界を東とするなら。
町の東側の門には見張り塔が立っている。
西側に比べるとおざなりな作りだが、それらしいものがある。
国内で争った時の名残なのかな。
侘しいものだ。
それはさておいて。
俺が見張り塔から東側の光景を眺めていると、声をかけてくる人物がいた。
「……」
振り向いた先にはフードを下ろした赤毛の若い娘が立っていた。
白い肌と赤い髪。
地味な焦げ茶色のローブと相まって、その色のこんすと……何とかが何とかだ。
小難しいことはさておいて。
今は徐々に眉を寄せつつあるこの少女の相手をしないといけないわけだ。
「何の用だ」
「いえ。転送陣の設置を開始したという報告を挙げに来ました」
「そうか」
いちいち俺に言わなくても良いと思うのだがなぁ。
「グルデン様? この中央戦線の指揮官は貴方なのですよ?」
「気づいたらそうだったな」
「4魔将の一人なのですから当然ですよ!」
彼女が3つの目を尖らせて、いつものように小言を言い始めた。
彼女は中央戦線の魔法指揮官。
回復薬の調達や後衛からの援護射撃など、魔法で出来ること全般をやる魔法部隊の指揮官だ。
ちなみに俺は中央前線指揮官。
だから前線で暴れているわけだ。
「違います。中央戦線の総指揮官です。何で総指揮官が誰よりも前に出ているんですか」
ダメ出しをされた。
彼女は額に3つ目の目がある一風変わった魔族だ。
突然変異とか亜種とか呼ばれている、他の魔族とは違った特徴を持っているのだが。
たかだか目が一つ増えた程度で怖がる連中や嫌う連中が多いので、俺が中央戦線に引き込んできた。
「グルテン様。今回の作戦内容は覚えていますか?」
「ああ。国にぶち当たるまで突撃。国を落としたら転送陣を作るまで待機」
「ええ、その通りです」
正解したのに、なぜか彼女は怒っている。
なぜだろう。
「不機嫌だな。ゆっくり休め」
「休めるわけがないでしょう! 誰か様が勝手に先へ先へと爆走するせいで、連日徹夜なのですよ!」
「徹夜は体に悪いし効率も悪い。ゆっくりやれ」
「だ・れ・の・せ・い・で・す・か!」
「……人族のせい?」
「貴方のせいです!」
効果音が聞こえそうなほどの勢いで、俺に向かって指差してきた。
その後やり取りでわかったこと。
俺が砦のある街だと思っていたところは、実は国だったのだとか。
ここが中央戦線で落とした3つ目の国だとか。
魔法部隊は寝る間も惜しんで死ぬ気で追ってきて、やっと追いついたところなのだとか。
転送陣を設置する部隊を分けなければ追いつけなかった上に魔獣の対処もあったので、何度も死ぬ思いをしたとか。
「でも、何でそんなに国が多いんだ?」
と聞いたら、どうも内乱やら何やらがあって国がたくさん分裂したのだとか。
これは生き残りの娘たちから聞いた話らしい。
うん、生かしておいて正解だった。
「反省してますか?」
「そうだな。魔獣をたくさん狩ってのんびりしても良かったのか。急ぎすぎたな」
「そこですか? もっと他に反省すべきところがあるんじゃないですか?」
他に反省すべきところ。
「実戦が積めていないな」
今まで蹂躙しかしていないからなぁ。
相手が弱いのが悪い。
「実戦、ですか?」
「ああ。知ってるだろ? 俺がわざわざオーガを100人も引き連れている理由」
その理由は、人界の奥まで進んだ時に出てくるだろう強敵に備えて、実戦経験を積ませることだ。
訓練なら魔界で俺の遊び相手ついでにやっていたが、実戦と訓練は別物だ。
だから実戦で死線を超えてこそ身につくものもあるはずだ。
「いや、あの。あれだけ町や国を滅ぼしておいて、実戦が積めていないなんて」
「戦ってないからなぁ。あれは蹂躙だ。略奪だ。あんな一方的なもの、戦いとは呼べない」
だから実戦は一度も行っていない。
そう伝えると、彼女は深いため息をついた。
「貴方がいる時点で大抵の兵士が消し飛ぶじゃないですか」
「あいつらが弱いのが悪い」
「部下の実戦経験を積ませるのなら、貴方は下がっていたらいいじゃないですか」
「だが断る」
「なぜですか!」
「俺が詰まらんからだ」
ああ、早く戦いたいな。
強い相手じゃなくてもいいから、戦いたい。
結局、彼女には俺の言いたいことが通じなかったようで。
彼女は肩を落として去って行った。