第三話「一連の流れ」
暫くは穏やかな時間が流れていたのだが、やがて白河は口数を少なくしていき、徐々に俯いていった。
話が、というよりは場の雰囲気が変わった気がする。何だろうか。
「どうした、白河?」
「えっと、………………………………菜摘ちゃんから、聞いたの?」
今日のパンツの色をだろうか。いや、違うか。相馬が親友のパンツの色を俺に教える意味がさっぱり分からなし、話が変わったというか逆行している。そしてパンツの話はもういい。
では聞いたのか、とは何をだろうか。上目遣いで何かを期待しているかの様な白河の態度に、鼻をほじりながら何をー? とは聞けない。
考える。もしかしたら白河は旧交を暖める為では無く、何か別の思惑があってこの部室を案内したのだろうか。となると、やはりこのSLG部とやらに関係した事だろう、多分。
相馬から聞いたか、と白河は言った。つまりは白河は、相馬から(私達がSLG部の部員である事を)聞いたのか、という意味で言ったに違いない。そしてそれから導き出される白河の期待とは即ち、SLG部に入部してくれるの? である事は想像に難くない。
流れとしては、部員が三名 → 少ない → 気心の知れた誰かを部員にしたい → 突然現れるイケメン → その正体はクラスメイトであり友人 → メシア。こんなところだろう。
自分自身の凄まじい洞察力に寧ろ恐ろしさを感じた俺の将来は多分名探偵かな、と思いつつ白河の返事はどうしたら良いだろうか。
悩む。これまでの俺の姿勢は中学のある時を境にして一貫しており、即ちSLGは別に好きじゃ無いという姿勢。
それは高校生からの友人である相馬や白河にも例に漏れず、その態度を貫いている。そもそもこの二人とは今までゲームの話を殆どしてこなかった。だからこそ白河と相馬がこの部に所属している事を俺は知らなかったし、白河も俺のSLGへの想いも知らないのだろう。
状況は変わった。今までの俺ならSLGはあまりやらない、難しいしよく分からないと言うのだろうが、SLG部に入部しているこの友人にそんな嘘を付いて良いのだろうか。
「好き……なの?」
白河は俺に向けて消え入りそうな声でそう言った。俯きながら胸の前で組んでいるその手は、少し震えている。
吃驚するぐらい緊張している白河は、そんなにも俺に入部して欲しいのだろうか。
「俺は……」
それ程までに真剣な白河を見てどう言うべきか頭の処理が追いつかず、それ以上何も言う事が出来なかった。
沈黙が、続いた。
「そっか……」
やがて白河はそう呟き、痛々しい笑顔を俺に向けた。
白河は俺のそれ以上の言葉を待たなかった。それはそうだ。俺のあんな態度で、良い返事が貰えると思う方がおかしい。
壊れた雰囲気の中、やがて俺はごめん、と言って部室を出た。
その日は高校入学と同時に始めた一人暮らしをしているアパートに帰り、機械的に夕食をとり、風呂に入って寝た。
そして翌朝、俺は二つの意味で目が覚めた。
「阿呆か俺は!」
目覚めると同時に自分にツッコミを入れる俺自身にも、あまりのヘタレ具合の自分自身にも驚いた。
ゲームにおける人間関係の煩わしさ故にSLGが好きで無いという嘘。それを以て友人を傷つけるという自分自身が信じられなかった。本末転倒この上無く、人間の屑にも程がある。
白河に謝ろう。謝って、自分の気持ちを伝えよう。そう強く思った。
それからは急いで登校の支度をし、校門で白河を待った。
朝早くから校舎に入らず正門で仁王立ちをする俺を、教師やその他生徒が不審者を見る目で見てきたが、そんな事は意に介さずひたすらに待ち続け、ようやく見つけた白河は目に見えて落ち込んでいた。
俺は激しい後悔を胸に白河に駆け寄り、驚いた顔をする白河に向けて、本当にごめん、白河。昨日の事は忘れて欲しい。そして今日の放課後、体育館裏に来てくれ。頼む! とその場にいた多数の生徒がガン見しているにも関わらずデカい声で言った。
でもって放課後に俺の、大好きです云々を白河が告白と勘違いしたって訳だよな、うん。
長々と相馬の説教を聞いている内に、運命の日という名のジャッジメント・デイに至るまでの事を思い出し、責任の所在を明らかにしようとしたのだが、うん、アレだ。原因はMAXで俺だった。
まあね、変だとは思ったよ。あの運命の俺的入部させてくれ告白日より後、明らかに白河が俺に対して彼女的振る舞いをしてきたし、クラスメイトの女子から、「ねえねえ福島くん、どんな感じで告白したの?」「そんなの、好きです、付き合って下さいに決まってるじゃん」「えー、でも意外と、俺に着いて来い! みたいな感じかも?」「キャー! 漢!」という、当人は一言もしゃべっていないのに勝手に盛り上がるという離れ業を喰らい、逃げようにも俺の席を囲んでしゃべっているから逃げれず、まるで拷問の様な時間を過ごさざるを得なかったという出来事もあった。
或いは俺は多重人格であり、俺、福島 春樹という人格が眠っている時に別人格が何かやらかしたという線も考えたが、PTSDを刻まれる様な出来事は生まれてからこの高校二年生までの間、受けていない。ギャルゲーとかホラーゲーの主人公が高い確率で持つその様な障害とも言える持病を俺が持っている可能性は、二階から目薬を垂らして貰ってお目目を直撃させるぐらい無い。
という訳でほぼ確実にあの告白が原因であり、真実を聞こうと何とはなしに白河に、「俺らってアレじゃん。ほら、あの、アレだよ。関係性っていうかさ。もしかして俺の立場はアレかな?」とやたらアレという単語を連呼して聞いたところ、「? えと、私の彼氏だよね?」と、当たり前の様に決定的な一言を返されたのが十分前。「ですよねー!」と言いながら頭を抱えて教室に戻り、昨年からクラスメイトでありやたら波長が合ったせいか今では親友に近い位置にいる友人の相馬にその事を打ち明けたところ無言で男子トイレに連れて行かれ、白河の親友でもあるこの子に今現在超絶怒られているという流れになっている。
それはそうとこの子、ナチュラルに男子トイレに入っているけど大丈夫なのか? 以前から可愛い顔してやる事はワイルドなのは知っていたが、当たり前の様に男を男子便所に連行するというのは、パパちょっと頂けないな。とか言ったら本当に殺されそうなので黙っておく。
「聞いてんの!?」
「勿論聞いてます!」
やだ怖い。パパそんな子に育てた覚えは無いわ。
これも言ったら殺されるんだろうなと思いつつもその一言は心に留め、ただひたすら罵声を浴びる。罵声は信長の野望・革新では闘志を480使うのだが、この子の闘志はあとどれぐらいあるのだろうか。
罵声を連続で使用出来る程の有り余る相馬の闘志とは逆に、俺の闘志は常に0を維持し続けている。士気も低いし、部隊と言う名の俺のメンタルは壊滅必至だった。
そんなこんなが続いて五分後、息を切らし始めた相馬が、そろそろ首でも括ろうかと考えていた俺にボディブローを見舞う事でこの話は幕を引く事となった。心も体もボロボロです。
「はあ、はあ……。もう、馬鹿なんだから」
この台詞だけ聞けばそれこそ仲の良いカップルが笑い合いながらふざけている様が感じとれるのだが、男子便所でお腹を押さえながら片膝をついている俺と、それを冷たく見下ろす相馬からはその様なシチュエーションは微塵も見てとれない。そしてこれは女のパンチでは無い。
「で、どうするの?」
「ど、どうとは?」
割と急所に当たったのか、俺は全く痛みが引かないお腹を押さえながら相馬に質問を返した。
「このまま付き合うのかって事」
白河とか。そうだな、知ったからにはどうするべきか判断すべきだよな。
お腹の痛みも若干薄れてきたので立ち上がる。今まで見下ろしていた相馬は、俺を見上げながら言葉を続けた。
「言っておくけど、希は本気よ。私、前からアンタの事が好きだって希から相談されてたんだからね」
「なんと」
そうだったのか。いやしかし、それを聞いて今更ながらに全ての合点がいった。
要はあの部室で白河が俺に言った、好きなの?、という言葉の正しくは、好きなの、という事だったんだ。
つまりは俺に対する質問では無く、白河の俺に向けての告白、或いは独白だったに相違無い。消え入りそうな声だったのに加え、白河は俺に入部して欲しいと勘違いしていた事により言葉尻を間違えてしまったのか。何てこったい。
将来は名探偵とかほざいていたあの時の自分を殴りたかったが、そんな事はどうでもいい。今は白河の事だ。
この三日間の事を思い出す。
何となく白河との距離が近い事に疑問を持っていたが、嫌な気は全くしなかった。イミテーションであれ、白河の彼女としての振る舞いは新鮮であり、過ごした日々は楽しかった。
白河の違う一面を見る度に微笑ましく思えたあの感情は恋心とは少し違うと思うが、より好きになったのは間違い無い。
このまま付き合っても問題は無い気はするが、筋は通さなければならないだろう。
「白河には今日の放課後、あの告白は勘違いだった、って事を言うよ」
「いいの? あの子、傷つくわよ」
「だからといってこのままじゃ駄目だろ。こんな爆弾を抱えて付き合うのは後々で絶対後悔すると思うぞ」
「それは……そうかもね」
「で、白河にその事を打ち明けて、それでから改めて白河に告白する」
「は? 何言ってんの?」
相馬が、頭がやられちゃったのかしら? みたいな顔をしていたが、俺は至って真面目だ。
「始まりをやり直す。勘違いでも嘘でも無い言葉でな」
「簡単に言うけどそれ、難しいと思うわよ。あの告白は勘違いでした、でも好きですなんて言われても、信じられる訳無いでしょ?」
「かもな。でも、どの道もう後戻りは出来ないだろ。白河の気持ちを知っちゃったんだから。関係を進めるか切り捨てるかなら、進めたいと俺は思う」
「でもアンタ、本当に付き合っていけるの?」
「何を以て付き合うと成すかは分からないけど、俺、白河の事は好きだぞ」
「それって友情有りきでの事でしょ? 愛情は無くて付き合えるの?」
「同じ『情』だろ? 友情が愛情に変わっても何ら変じゃないと思うぞ」
そもそも友情も愛情も慕情も、同情や欲情だって根幹は同じだと思う。
今は白河に対しては殆どが友情だと思うが、他の情もやがては芽生える可能性だって多分にあるし、そもそもの情から枝分かれした友情が遡って、愛情に成り代わる事だってあるだろう。
それに何より、白河に対しては言葉では表せない何かが確実にある。
情とは別のその何かはこの三日間で育んだ気がするし、それ以前からあった気もする。それがあるからこそ、俺は白河に告白をするのだ。
「ま、全ては白河が許してくれたらだけどな」
そもそもグーで殴られて当たり前の事をした訳だし、まずはそこだろう。
相馬を見る。何を考えているのかは分からないが、俺に何かを伝えようとしては口を閉ざしていた。
「……そう」
やがて言った言葉は納得してくれたのかどうか分からないが、少なくとも認めてはくれた様だ。相馬は俺に軽く笑いかけてくれた。
「うん。頑張れ、春樹」
「おう」
俺もまた相馬に笑いかける。
ここが男子トイレで無ければとも思ったが、その辺は些細な事だろう。
両手で思い切り頬を叩く。気合は十分、後は放課後を待つだけだ。よし、待ってろよ、白河!
こうしてこの日を境に、俺と白河は本当の恋人同士となった。




