第二十話「対戦開始」
『只今より、ナンバーワンゲーマー選手権、対人戦予選を開幕します!』
場内アナウンスが館内に響き渡る。それと同時に対人戦の邪魔にならないようカラーコーンで仕切られた外側に居る観客達が声を上げる。凄まじい熱気だった。
観客だけでは無い。TV取材を目的としたレポーターや数台のカメラもちらほらと見受けられる。恐らく別のホールで行われているSLG部門以外でもそうなのだろう。毎回の如く数万人という観客を集めるこの大会はそれ程までに注目度が高い。
だから金が集まる。
そもそも大型施設を毎回使うこの対人戦予選は、観客やTV放送局の為だと言っても過言では無い。昨今のオンライン事情を鑑みればわざわざ参加者が関東に集まる必要など無いだろうし、期間限定フリーパスなんてものは発行する必要など無い。
しかし実際は参加者が一堂に会し、運営側は大金を払って何千枚という期間限定フリーパスを配布しているのは、大会の更なる熱気を観客の肌とTV画面越しで感じて欲しいから、或いはそれを通してゲームの販売、広告、観客から得る入場料金も多分に含まれているのだろう。
この大会に求めているのは立場で違う、個々人で違う。
椅子に座り、机の上に置かれたTVを挟んで向かい合う俺達参加者にもそれなりのストーリーがあってこの場にいる。先程挨拶を交わした茶髪の対戦相手にも努力と事情がある。生半可な気持ちでは無いだろう。
そこまで考えながらも心は穏やかだった。モチベーションも最高に近い。
頑張ろう、そう思った。白河の為、相馬の為、そしてまだ見ぬ、名前すら知らない部長……はどうでもいいや。
「それではGブロックの予選を開始する前に、ルール説明をします」
参加者の不正などを監視する為に数名の係員が立っているのだが、その係員の代表者らしき人が声を上げた。
「合図をしたら一斉に対戦を始めて下さい。ギブアップ有りで制限時間は一時間、それを過ぎた場合は単純に残りの兵力で勝敗を分けます。全員の対戦が終了した時点で十分の休憩を挟み、次の対戦を行っていきます」
アニメプリントのされていないストップウォッチを持ち、Gブロックの参加者全員に向けてそう告げる。説明を聞くにルールは前回と全く一緒であり、即ちいつも通りに対戦をすればいいだけだった。
それよりも気になるのは係員の人が持つストップウォッチ。企業秘密とか言い放ったあの公民館の兄ちゃんが、噂によれば秋葉原の某店で売っているとか何とか……、と恍けた事を言っていたが、視線の先のストップウォッチはアニメプリントなどされていなかった。
やはりあれは私物だった、そう確信をしたところで大会が終わったら秋葉原に行こうかと考える。ここから割と近いし、高くなければぜひ欲しい。フヒッ。
パァン!
と、最近癖になりつつあるセルフビンタを炸裂させる。対戦に集中しろ、俺!
「あの、大丈夫ですか?」
何やってんだコイツみたいな顔で係員の人が俺を見ていた。そりゃそうだ。
「大丈夫です、ただのSMごっこなので」
「はあ、程々にして下さいね」
凄いなこの人、動じないぞ。
いや、そんな事はどうでもいい。集中だ、集中。
「えー、それではこれで説明を終えます。いいですか? では……」
係員の声を聞きつつTV画面を見る。マウスをクリックすればすぐにでも対戦を始められる状態となっており、あと数秒でその時が来る。
目を瞑り、一呼吸。よし、やるか!
「始め!」
ピッ、というストップウォッチの鳴る音を聞きつつ、マウスをクリックした。
対戦開始。まず最初に自分と相手の所有している城を見る。俺が所有している城は室町御所に筒井城。相手は観音寺城に霧山御所。対戦の舞台は近畿地方だった。
続いて自国の武将を素早く見る。与えられた武将は十人、上から名前順に見ていくとその殆どが統率、武勇、知略の能力値が60前後の並程度であり、兵科適正、戦法共に目を見張るものは無かった。
主軸で戦える武将はいない、そう思っていたが一番最後の、『松倉 重信』という名の武将を見てその考えを改める。
この武将は統率、武勇共に40台とそれこそ並以下だが、知略では78という高い能力値を有し、且つ、『同討』という、同一兵科の敵部隊同士を戦わせて兵力を減少させるという、強力な戦法を持っている。
俺はそれを見た瞬間すぐに相手方の武将を確認した。そしてそれが終わった時には合戦の方針もまた決め終わっていた。
動き出そう、そう思って道を敷設するべく工作隊を作ろうとした時、画面の端で観音寺城から工作隊と軍団が出陣している事に気付く。総勢一万五千。城に千の兵力を残してのみの出陣だった。
早い! 即時決戦狙いか!
すぐに迎撃準備をしようと思ったのだが、相手の進撃方向が室町御所であるのを見て思い直す。何故筒井城を狙わない。
通常、即時決戦を狙うのであれば相手の一つの城に向かって全兵力を差し向ける筈だ。何故なら、複数の城を狙うのであればその両方の戦いで勝利しなければ不利になるからだ。
今恐らく敵の城である霧山御所からも敵の軍団が出陣している筈なのだが、隣接の城が筒井城と観音寺城である以上、霧山御所から対角線上に位置する室町御所へ向かう事は不可能だ。
つまり、もし室町御所を狙うなら観音寺城を経由して向かわなければならず、それはかなりの時間を経なければならない。到着の頃には観音寺城から出陣した敵軍は室町御所と筒井城から出陣した俺の軍で壊滅しているだろう。振るい落としを突破した人間にそんな事が分からない筈が無い。
画面移動し、霧山御所を映す。やはり出陣していたが、その軍団を見て敵の狙いが分かった。
霧山御所からの軍には工作隊がいない。つまりは道を作る必要が無いか、作りたくないからに相違無い。理由を自問し、すぐに自答する。
あの軍は筒井城に向かっていない。
全てが氷解した。相手が狙うのは即時決戦で相違無いが、今観音寺城から出陣している軍は此方の兵を削ぐ為の軍。城を取る為の軍では無い。
チャンス!
それが分かった以上、敢えて相手の策に乗ろうと考えた。
まず、出陣しても霧山御所からの敵軍に追いつかないであろうタイミングで筒井城から編成した軍を出陣させる。交戦させないまま折を見てこの軍は撤退させる事とする。
次に室町御所。敵と同じく城に千の兵士を残し、出陣させる。向かうは観音寺城から出陣して来た軍団。
双方の軍が近寄り、いよいよ接触が迫った時、敵の工作隊が砦を作り出した。その直後、俺は自軍を反転させ、距離をとらせた。
撤退せず、進撃もしない。双方が暫く睨み合っていると、霧山御所からの軍が後少しで合流するというところまで来ていた。
それを見て俺は軍を室町御所に戻す。そして間もなく合流した敵の軍団が揃って室町御所を一直線に目指す。
「ハッ!」
鼻で笑った様な声が画面越しから聞こえた。相手からすればしてやったりと言ったところだろう。
確かに客観的に見ればそうだ。室町御所から出陣した軍は何もせず撤退し、筒井城の軍は攻め入られようとしている室町御所へ向かうも、途中まで霧山御所から出陣した軍を追いかけていたので到着が遅れている。明らかに戦略的な敗北を喫している。
「お遊びで出場している学生なんかに負けてたまるかよ!」
本人は小声のつもりだろうが、その台詞はしっかりと俺に聞こえた。
ただ、聞こえたからといって心乱れる事は無い。実際に俺達はいくら頑張っても学校の授業以上に時間をかけて練習する事が出来ないのだから、そう言われても仕様が無い。
そう思っている内に敵の軍が室町御所に取り付く。遠距離部隊を中心とした軍を編成し、城の中から攻撃を行うが、城の耐久度がみるみる内に減っていく。城門を突破されるのは必至だ。
そろそろだな。
城の耐久度が五百を切った時、俺は軍を動かした。
相手軍にでは無く、筒井城に向けて。
「何ぃ!」
対戦相手から驚きの声が聞こえた。それは多分、筒井城に向けて進軍した事もそうだろうが、その先に筒井城からの軍が迫っていたからでもあるだろう。
室町御所の軍は反転し、筒井城の軍と合流する為に城の前で待機する。
相手は城の攻撃を止めた。その間も城に残っている兵から攻撃を受けている。それでも動かないのはこのまま城を奪取して良いものか迷っているのだろう。
というのもこのまま城を奪取したとしても、城のすぐ前に位置している俺の軍が即時で攻撃してくるのは明白で、耐久度を0にした状態のまま城が攻撃を受けるのは非常に不利だからだ。それはまた二つの城を即時決戦で攻めた際に、片方の城を落としたとしてももう片方の城を落とせなかった場合、落とせなかった方の城から城奪還の為に即攻撃されればひとたまりも無いという状態にも当て嵌まる。
城からの攻撃で兵力を減らした相手軍。それに対して俺の軍は殆ど減っていない。ただでさえ俺の方が有利なのだが、更に有利な展開へ持ち込める状態にしてある。
先程城から攻撃していた軍はある程度戦法を発動する為の闘志が溜まっており、その軍の中には『同討』を持っている『松倉 重信』がいるのだ。
ゲーム開始時に相手の武将を見たが、知略に優れた武将はいなかった。つまり、『同討』を弾かれる心配が無い。ほぼ確実に決まる。
「ふざけんなよ……!」
相手が動き出す。どうやら城を攻め落とした後、返す刀で此方を迎え撃つ事に決めたらしい。
間も無く室町御所が攻め落とされる。それと同時に合流した筒井城の軍と一緒に先程まで俺が所有していた城に攻め込む。相手もまた軍を整え、出陣して来た。
「こっちは生活が懸かってるんだ、負けてたまるかよ!」
画面の向こうで対戦相手が吼えていた。
その言葉を聞き、ふといつかに観たニュース番組が脳裏に浮かんだ。
そのニュースによれば、ゲームで生計を立てる、所謂プロゲーマーを目指している人間は国内に数十万人、或いは百万人に届くらしい。
では実際にゲーマーとして生計を立てられている人間は何人か。
統計によると数百人らしい。
相対的ではあると思う。一種の芸術の様な技術を持つ人は別として、そもそもゲームの『上手い』『下手』という物差しは対戦相手が居るからこそ成立する。それはどうあってもゲームという輪の中から外れる事は無く、大多数のプレイヤーはその一握りの『上手い』と称される人間を憧憬し、模倣し、目指す。その循環があるからこそ商売が成り立つのだ。
視点を僅かにずらし、対戦相手を見る。その全貌は見えないが、必死さだけは伝わって来た。
彼は言った。生活が懸かっていると。それはゲームで生計を立てようと日々を送っているに相違無く、そうでなければ説明がつかない。
風貌からして三十代のこの男は、プロを目指す為に毎日ゲームに明け暮れているのだろう。
この男がどういう決断の末にプロを目指す事になったのかは分からない。
それでも恐らく、親には反対されただろう。
数十万人の中の数百人、その門は非常に狭い。
外聞も良いとは思えない。特に上の年代に行けば行く程、ゲームというものに対して良い感情を持っていない、ましてや親が子にその道を進めるなど稀だろう。
それよりは企業に入り、仕事をこなし、奥さんを貰い、子供を産み、成長させ、年老いる。その方が遥かに上等な生き方だと教わり、願われる。
この男はそれを押し切り、今日の今日までゲームをしているのだろう。
それで、この程度の腕か?
瞬間、怒りが湧く。お前こそふざけるなと言いたかった。
もしかしたら得意なジャンルでは無いのかもしれない。でもこの男は、同じく得意なジャンルでは無い白河にも恐らくは劣る腕前だった。
彼に問い質したい。どれだけこのゲームと向き合って来たのか。そしてまた、どれだけ妥協をしたのか、怠慢であったのかと。『お遊びで出場している学生なんかに負けてたまるかよ!』、彼はそう言ったが、その学生に敗北する程度の努力しかしなかったのだろうか。
一ヶ月間このゲームと俺達は向き合って来た。それは短い期間だったかもしれないが、得意では無いジャンルで、望むデートもせずに頑張って来た白河をその言葉は侮辱していた。そして廃部にしたくないと願い、弱い心で必死に練習して来た相馬もまた侮辱していた。
ゲームのプロを目指す人間が、俺達の努力を超えない事にも腹が立つ。そして何よりもその程度の腕で白河と相馬を侮辱する発言を俺は許す事が出来なかった。
完全勝利に向けてマウスを動かす。一%の勝算すら与えず、完膚無き勝利を目指す。
「く、くそ!」
相手が画面に向かって悪態をついていたが、何をどうしようと俺の優勢は覆らない。
そうこうする内に部隊が戦法を決め、暫く後に城を奪取する。そして返す刀で最後の城を奪取するべく部隊を整え、進軍した。
「ちくしょう……」
相手が力無く呟いた。目で彼を確認すると、最早画面を見ていなかった。
「……ギブアップ」
その言葉を聞いた係員の人が俺達に向けて、お疲れ様です、と言った。
それに頷き、周りを見る。対戦を終えた人同士が握手をしていたりしたが、俺はそんな気にはなれなかったし、天井を仰いでいる彼もまたそう思っているだろう。
ほんの少しの後味の悪さを感じたが、これで良かったと思い直す。そもそもこれは勝負であって、遊びでは無い。俺が考えるのは勝つ事のみでいい。
腕を組み、目を瞑る。次の勝負までに頭を冷やそう。




