鷹 3
部屋の片付けをしていたら、読みかけの本が三冊出てきました。しかも、すべてあと十数ページしか残っていない。
どうして投げ出したのだろう?そう思いながら、読み始めました。三冊とも意外と内容を覚えていて、すんなり読めました。そして、ふと思った。ここまで読んだとき、もうどうでもいいや、と思ったのではないかと。もう、読むべきところは読んだ。そう思ったのではないかと。
確かに、物語において結末は大事かもしれない。けれど、いたるところに味わうことのできるエッセンスや本質がちりばめられている物語も素敵だと思う。
すいません。変なこと書いちゃいました。内容とは無関係なので、あしからず。
鷹
三十分に一本の電車が来るたびに、パラパラと人が出てくる。この駅と隣の駅は電車で一分ほどしか離れておらず、しかも隣で降りる人の数の方がはるかに多い。隣の駅は特急が止まるが、この駅には普通電車しか止まらない。線路沿いの雑草が揺れる。
俺はこの駅で一時間以上待っていた。縁が錆ついた時計を見る。もうすぐ十一時だ。そして、十一時前の電車はもうない。電車で来るのではないのか?携帯が震える。俺は携帯を取り出す。メールだった。先程から余計なメールが大量に来ている。今度こそはクライアントのものであることを願いながら、メールを開く。
題名:無題
ちゃんと指定の場所にいるだろうか。次に指示を書いておくから、その通り動いてくれ。
俺は髪をかき乱す。この感覚は何だろうか。命令され、動いている。そのことに対して警鐘を鳴らす俺がいる。小さい頃、山猫軒という料理店で注文に従って奥に進んでいく二人の猟師の話を読んだ記憶がある。そのとき、俺は何を感じた?覚えていない。しかし、その記憶と今のこの感覚は、少なからず、つながりがあるように思える。
俺はどうするべきだろうか。引き返すべきだろうか。こう思い至った俺には選択肢が与えられている。あの猟師たちは絶望的な状況でどうして助かった?
後ろに気配を感じる。俺は勢いよく振り返る。そこにあったのは真っすぐ伸びる俺の影だった。じっとそこに横になり、立ち上がろうともしない。俺は腰に伸ばしていた手を引っ込める。
確かに、今ならば引き返すことができるだろう。今ならまだ間に合う。俺はまだ仕事を引き受けてはいない。引き受けてなければ、クライアントも存在しないに等しい。しかし、俺の足は隣の駅に向かって歩いていた。なぜか。困っている人がいるならば、手を差し伸べる。それが俺の生き方だからだ。
線路に沿って十分も歩くと駅に辿り着いた。先程の駅とは違い、駅前にはファストフード店やら本屋やら、いろいろ整っていた。人の数も先程とは比べ物にならない。話し声だの笑い声だのが駅前の交差点で錯綜する。俺は携帯のメールを再び開く。
駅に着いたらロッカーに向かってくれ
俺は命令通りに駅のロッカーに向かう。なぜか。書いてあるからだ。ロッカーに辿り着く。携帯に書いてある番号を探す。その番号の扉には封筒が挟まっていた。俺は躊躇なく抜き取り、中を確認する。手紙が一枚とロッカーの鍵が入っていた。
このような形で依頼することになって申し訳ない。こちらも顔を見られるといろいろ面倒なことが増えるため、やむなくこの形をとらせてもらうことにした。
そうは言っても、君に仕事を円滑進めてもらうために、こちらもいろいろ情報提供をしなければならない。しかし、現時点では情報があまりにも不足している。そこで、わがままではあるが、詳しい依頼の内容は後々改めてさせてもらいたい。
その代わりと言っては何だが、今回は『前払い』をしたいと思う。ロッカーの中に小さな小包が入っているだろうと思う。ぜひ、受け取ってもらいたい。
格式ばっているのか砕けているのかよく分からない手紙を読み終えた俺は、鍵を手に取る。鍵を鍵穴に差し込む。鍵を回す。回すとき、指先の手ごたえと同時にカチ、カチという一定のリズムの音が聞こえてくる。
鍵がいっぱいに回る。俺は扉を開く。白い小さな小包が鉄で囲まれた暗い空間に浮かびあがっている。その小包に手を伸ばし、引きずり出す。俺は小さな隙間をあけ、中を確認する。そこにあったのは高級そうな腕時計だの、ネックレスだの指輪だの入っていた。
腕時計はともかく、なぜ指輪なんだ?そう思ったとき、俺はある可能性に思い当り、舌打ちが出た。どうやら、俺は料理店の最深部まで来てしまったようだ。『雀』だ。『雀』はターゲットに金品の入った小包を送りつけると聞いたことがある。俺は罠にはめられたのか。誰に?それはまだ分からない。雀かもしれないし、依頼主かもしれない。とにかく、俺ははめられた。
俺は小包を戻そうとする。戻そうとして、思いとどまった。小包をあけ、中を確認する。銀で作られたように見える十字架のネックレスを見つける。俺はそれを取り出し、残りをロッカーに戻し、鍵をかける。ネックレスをポケットに入れる。鍵は売店前のゴミ箱に捨てた。