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Scare Crow  作者: 大藪鴻大
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鳩 3

 あれは、いつだっただろうか。この小説を書いているころ、運び屋の映画の宣伝をテレビで見て、「先を越された!」と落胆したことがありました。

 でも、よくよく考えたら、よくある話なんだよな。運び屋って。そう思い、自らを慰めていたとき、今度は『カラス』という、殺し屋なのか殺人鬼なのか、そういう設定の話をテレビで見かけ、もう一度落胆する羽目になりました。

 斬新な発想って、なかなかできないものなんだなあ。

 古びたアパート。壁が黒ずんでおり、ところどころにひびが入っている。こんなところに住む人なんているのかと思っていたら、ベランダに白いシャツがはためいているのが目に入る。真っ白いシャツが夏の日の光を反射して一層白く輝く。

 昨夜、俺はリュックを背負った男がこのアパートに入っていくのを確認した。そのまま部屋に押し入り、「おまえは運び屋だろう。」と追及してもよかったのだが、そうはしなかった。

俺はアパートの前で一晩中待機していた。こういった類の『運送』はいくつもの場所を経由して行われる。つまり、昨夜見た男はただの仲介であって、本当の運び屋ではない可能性が大いにあった。そんな男を叩いたところで何も出てこない。だから、見張るという選択をした。

俺は一睡もせず見張っていたのだが、眠くはなかった。ここで眠れば、やがては永眠することになる。そう思うと眠くなどなるはずがなかった。

 俺は一晩中ここにいた。他の運び屋が現れなかったからだ。昨夜の男も出てこなかった。ということは、あの男が運び屋である可能性も出てきた。

「さあ、どうする。」

 昨夜の男が本当に運び屋であるかどうか、正直に言うと確定できない。だが、仕事に失敗した俺の命が狙われるのも時間の問題だった。

突入するしかない。たとえ、男がただの仲介であっても、男の部屋の中で次の運び屋が来るのを待てばいいだろう。俺はアパートに入る。昨夜、確認した部屋まで行く。303号室。ドアに耳を当てる。物音一つしない。眠っているのだろうか?インターホンを押す。男が永眠していないことを祈る。

「誰だ?」

 低音の重みのある声が聞こえてくる。さて、ここからが問題だ。

「あのーすいません。お宅の下の部屋の方から、上の部屋から水漏れしているという連絡がありまして。ちょっと確認させていただけませんか。」

 しばらくの沈黙の後、受話器を置く音がする。警戒されただろうか。そう思う一方で、心の中では両手を広げ、祈っていた。さあ、どうだ。開け。開くんだ。

 ドアは開いた。あまりにも錆ついていて、開くときに壊れるのではないかと思うほどだったが、想像以上に滑らかに、何の音もなく開いた。目の前には黒の薄手のシャツを着た男が立っていた。

 男は思ったより高身長だった。遠くで見たときはそうでもないと思っていたのだが、近くで見ると、180㎝近くはあるのではないだろうかと思うほどだった。男が俺を見下ろし、俺が男を見上げる形になった。やや太めの眉に目尻の皺と目の下に深く刻まれた皺が男に貫録を与えていた。

男は俺をしばらく観察すると、笑ったのか目尻の皺の数が増えた。

「よく来たな。」

 よく来たな?それはどういう意味だ?「よく俺に文句を言いに来たな。覚悟はできているんだろうな。」という意味だろうか。だとすると、この男はこれからの暴力行為に対して笑みを浮かべたのだろうか。もしくは、尾行がバレたか。

 まあ、男の真意がどうであろうと、もはやそんなことはどうでもいい。扉は開かれた。俺は懐に手を突っ込み、銃を男に突きつける。

「おとなしくしろ。部屋の中を見させてもらうぞ。」

 男はワンテンポ遅れて両手を上げたが、動じていないようだった。表情一つ変わらなかった。目尻の皺の数は先程と変わらない。

「どうぞ。それでおまえの気がすむならな。」

 男は玄関の前からどく。俺は銃を男に突きつけたまま部屋に入る。

 正面の部屋には特に何もなかった。そして、そのほかに部屋はなかった。窓際に机が壁に向かって置いてあり、その反対側の壁にテレビが置いてある。それだけだ。

「いや、ちょっと待て―」

 俺は壁と一体化している押入れの扉に手をかける。男の口元がわずかに歪んだ。

「待て、そこは―」

 男が両手をおろす。俺は男に銃を強く突き付ける。男は再び両手を上げる。目尻の皺が消え、口角がわずかにつり上がり、硬直していた。

「ここだな。」

 俺は勢いよく扉をスライドさせる。扉が壁にぶつかり、多少戻ってくる。

目の前にあったのは小さなベッドだった。ベッドには衣服の塊が置いてあった。その固まりが動く。小さく籠った声を発する。俺は咄嗟にその塊に銃を向ける。次の瞬間、泣き声が聞こえる。その泣き声には聞き覚えがあった。男が軽く首を横に振る。

「だから言っただろう。」

 男は衣服の塊からそれを抱え出す。それは赤ん坊だった。人の赤ん坊。目を閉じ、口を大きく開けて泣いている。

「なんだ、こりゃ―」

「見たとおりだ。赤ちゃんだ。」

 なんで赤ん坊がこんなところにいる。まさか、この男は昨夜、赤ん坊を運んでいたのか。

「そりゃ、さすがになしだろ。」

 男が勝手に動こうとするので、俺は慌てて銃を男に向ける。今度は両手を上げなかった。赤ん坊を抱えているからだ。

「おっさん、運び屋なんだろ。仕事なら何でも運ぶのかよ。」

「運び屋でもおっさんでもない。郭公だ。」

 カッコウ?変な名前だ。お隣の広い国のお方か?それとも、カッコウという名の仕事か?俺がそんなことを思い、黙っていると男は目尻の皺を増やした。

「どうやら、そちらの勘違いだったみたいだな。」

 男は赤ん坊を片手で抱えると、俺を指さす。正確には俺の握っている銃を指さす。

「震えているぞ。」

 銃が俺の手の振動に合わせて震えていた。俺は軽く舌打ちをして、銃をおろした。男はまた眠りについた赤ん坊を静かにベッドに置くと、台所に向かった。

「コーヒーでいいか?」


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