雀 2
雉の登場です。彼女は、雀と一緒に仕事するパートナーという感じで雀と一緒に生まれました。ぱっと見た感じ、飄々として何も考えてなさそうですが、実はその裏でいろいろ考えているキャラクターです。まあ、お転婆娘と考えてくださってもかまいませんが。そう言ったら、雉に怒られそうだ・・・。
雀
「おー、こっちだよ。雀君。」
ファミリーレストランに入ると眼鏡をかけた中肉中背の男がこちらに手を振る。俺は近づいてきた店員を無言で制し、男の席に向かう。
「あんまり大きな声で私の名前を叫ばないでもらいたい。」
「いやあ。上手くやってくれたみたいだね。いや、なに。私の知り合いがどうしてもって勧めるのでね。依頼させてもらったよ。」
そう言うと男は手元のコーヒーを飲む。シロップもミルクも全て入れてあった。
「それで、君も何か頼むかね?」
「いや、結構です。それより、報酬の件ですが―」
俺がそう言う間に男は呼び出しボタンを押し、店員にモーニングセットとコーヒーを頼んだ。
「ああ、報酬ね。そのことなのだが―」
男は机に腕を乗せ、前かがみになる。俺はしばらくそれを黙って見ていたのだが、男が訝しげな顔をしてなかなか話を切り出さない。仕方なしに俺も前かがみになる。
「もう少し待ってもらえないだろうか。黒田が死んだことであいつの会社は右肩下がりになる。そこで私が黒田の会社を買収して―」
「そんなことに興味はない。今すぐ払ってもらおうか。」
俺の一言に男はひるむ。しかし、ひるんだだけだった。男は咳払いを一つし、落ち着きを取り戻した。
「いや、そうだな。確かに君の言う通りかもしれない。君は立派にやり遂げた。私は今すぐ報酬を払うべきなのかもしれない。君がそう望むなら今すぐ払おう。しかし、それだと十分な謝礼が払えない。だが、もう少し待ってもらえば―」
「借金してでも払えばいいだろう。」
俺のその一言に、男は目を丸くする。口元が歪んだかと思うと男は笑い出した。
「君、それは出来ないよ。分かるだろう。今日突然私が金を借りたら周りの者は不審に思うだろう。そうなると私と黒田の関係、果てには君の存在も明らかになってしまう。分かるかね。それはどちらにとってもマイナス。一番選んではいけない選択肢なのだよ。」
どうも、この男の発言は幼い。発言が幼いということは発想も幼いということだ。そこで、店員がサンドイッチとスープ、コーヒーを持ってくる。男は手を上げ、店員は男の目の前にそれらを置く。男はコーヒーがまだ残っているにもかかわらず、新しいコーヒーにシロップとミルクを全て入れ飲み始める。
「とまあ、いろいろ言ったがね。私は無駄に君にここに来てもらったわけではない。ちゃんと今日は今日で報酬の一部を払おうと思っている。」
そう言うと男はサンドイッチを一口で口に頬張り、カバンの中を漁る。そのとき、手首にしてあるオメガの腕時計が目に留まる。
「ほら、報酬だ。残りは後日ということでいいかな。」
俺の目の前に封筒が差し出される。1㎝位か。男が手首にしている物の方がはるかに価値があるように見える。しかし、俺はそれを受け取る。以前、同じような状況で「まとめて払え」と言って突き返したことがあったが、数日後、今度はその依頼主がターゲットとなり爆死した。そんなことはしょっちゅうだ。
「残りもちゃんと払えよ。」
もちろんだ、と男はうなずき、残りのサンドイッチを一気に頬張り、スープを流し込む。コーヒーはそのまま残し、レシートを手に取る。
「じゃあ、私はこれで。」
男はそそくさとレジに向かって歩いていく。俺に殺されることを恐れているのだろうか。もし、そうだとしたら無駄だ。男がどこに逃げようが、この地球上にいる限り始末することができる。俺はなんとなく、男が残した目の前に置いてある二つのコーヒーの一方に手を伸ばし、一口飲んでみる。あまりにも甘い。俺はコーヒーカップを元の場所に戻す。元に戻したとき、目の前に誰かが座る。
「待った?待ってないよね。待ったのは私の方だもん。」
白いワンピースを着た黒髪の少女だった。目が少女マンガのように大きく、印象的だ。笑うと頬にえくぼができる。
「どちらさまでしょうか?」
少女は俺の質問に答えず、手元に置いてあった封筒に手を伸ばし、中身を確認する。中身を見た途端、眉間にしわを寄せる。
「なにこれ?あのおっさん、喧嘩売ってんの?」
「これを山分けだ。」
少女は溜息をつく。その動作一つ一つが本当の少女のようで、とても20代後半とは思えない。
「分ける?これを?」
少女は封筒をペラペラと上下に振る。そうされると今回の報酬の少なさが強調され、むなしさと憤りが同時に込み上げてくる。机を叩くぐらいのことはしてもよかったのかもしれない、と後悔し始める。
「ペラペラじゃない。」
「仕方がない。今後のあの男の活躍に期待するしかない。」
俺がそう言うと、あのねえ、と少女が俺に顔を近づける。強い香水の人工的なにおいが鼻につく。
「君、今まで報酬の上乗せってあった?」
「まだない。」
「これからもないよ。だって、君の場合、依頼主が次のターゲットになるなんてしょっちゅうじゃない。払う前にあっちに行っちゃうって。」
少女は天井を指さす。いや、おそらく天井の向こう、空の向こう、宇宙の向こうを指さしているのだろう。要は、あの世だ。
「君は優しすぎるんだよ。もっと脅しなよ。」
「どうも物分かりがよすぎるらしい。」
「鈍感なだけでしょ。」
店員が水を持ってくる。水が机に置かれるやいなや、少女はコップに口をつけ、飲み始めた。一気にコップの半分くらい水を飲むと、再び口を開く。
「分かったわよ。じゃあ、こうしない?この報酬は全部君にあげるよ。いろいろお金がかかるでしょ?その代わり、次回の報酬は私が全額もらう。どう?」
「金の亡者。」
少女が俺を睨みつけてくる。残念ながら、迫力がない。俺は常々思う。どうしてこんな相手を威圧することもままならない少女が、こんな世界に生きていて、俺と一緒に仕事をしているのだろうかと。
「親切で言ってるんだけど。だって、この調子だと次の仕事で報酬がもらえるかどうか怪しいじゃない。」
「確かにそうだな。悪かった。そうしよう。」
喧嘩するのも面倒なので、適当に返事をする。少女の顔が一気に明るくなる。机の上に置いてあった俺の手を両手で握る。少女の手はひんやりしていた。
「じゃあ、そういうことでよろしくね。次もお互い頑張ろうね。」
俺は少女の手を静かに外すと立ち上がろうとする。
「あ、そう言えば面白い話があるんだった。」
俺はそれを聞き、再び腰を下ろす。この少女の言う面白い話は本当に面白いものばかりだからだ。それは『おかしい』類のものではなく、『興味深い』類のものだ。少女は大きく咳払いをすると、話し始めた。
「君、確か『雀』って名前だったよね。」
「違うと言ったらどうする?」
再び少女の眉間にしわが寄る。冗談を言うこともままならない。俺はすまない、と小声でつぶやく。少女はそれを確認すると再び咳払いをし、話を続ける。
「『舌切雀』って知ってる?」
「童話か?俺はその童話によくお世話になっている。」
というのも、俺の仕事の段取りは『舌切雀』の童話に由来している。俺はまず、ターゲットのところに小さな箱を送る。その中には金品が入っている。不審に思うだけの奴もいるし、俺の仕業だと気がつく奴もいる。逃げる奴も出てくる。しかし、たとえ地球の反対側に逃げても、次の大きな箱は届く。そして、その大きな箱が届いたとき、ターゲットは死を迎える。俺が場所を特定し、箱は運び屋の雉が運ぶ。そういう段取りだった。
しかし、どうやら童話のことではないらしい。少女は軽く首を横に振る。
「違う違う。最近このあたりに現れた殺人鬼の名前だよ。まあ、こっちの業界で勝手につけた名前だけどね。」
「その舌切雀とやらは、何をするんだ?」
少女は何か不快なものを思い出したのか、顔をしかめながら肩をすくめる。
「舌を切るんだよ。だから『舌切雀』ってわけ。」
「勘弁してほしいな。雀は一人で十分だ。」
俺は顔だけで笑顔をつくる。要するに、苦笑いというやつだ。しかし、少女はいつも以上に真剣な顔になる。人差し指をたて、俺の前に突きつける。
「気をつけた方がいいよ。君、勘違いされて殺されちゃうかもよ。」
「誰に?」
「誰にでも。」
少女は水を飲み干す。しばらく、黙りこむ。もうしばらくすると、誰にも聞かれたくないのか、少女は辺りを確認した後、口を開く。
「人間の最大の長所で欠点って何だと思う?」
「未来を予測できることか?」
「信じたことが真実になることだよ。真実は文学を生み、思い込みは悲劇を生む。」
「それはシェイクスピアか?」
真実は文学を生み、思い込みは悲劇を生む。俺がそう繰り返す。少女は頷くと、立ち上がる。俺もここに残る理由がないので、一緒に立ちあがる。