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Scare Crow  作者: 大藪鴻大
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鳩 1

 初連載です。殺し屋ってどうなんだろう、と書き始める前は躊躇しましたが、書き始めるとスラスラ話を進めることができ、なかなか満足のいく話になったと思います。

 この話を読んで、「生きること」について思いを馳せていただくきっかけになればいいなと思っています。

 長くなると思いますが、気長にお付き合いお願いします。

 寒い。その言葉が当てはまりそうな場面は、一面雪で覆われた銀世界か、あるいは冷たい風の吹く夜の繁華街だろう。しかし、今俺がいる場所はそのどちらでもない。ましてや、季節は冬ではない。夏だ。

 まだ花火大会も開かれていない夏の入り口だというのに、異常なまでの寒さだった。ここが十階建てにビルの屋上だからだろうか?いや、そんなこともないだろう。高々十階建てのビルがここまで寒いのだったら、ここは最高の避暑地だ。ここにはもっと人が集まってもいいはずだ。

 しかし、星と月が照らすこの屋上。そこにいるのはやけに重く長い、そして黒い物体を構えている黒ずくめの男だけだ。つまり、俺だけだ。

「あそこはもっと快適なのかねえ。」

 俺はスコープ越しに、この田舎町には不釣り合いにもほどがある豪勢な屋敷を覗いている。グラスを片手に談笑を繰り返す金持ちたちに張り付いた、その笑顔ほど薄っぺらいものはない。

 あそこにいる奴の何人かは、俺達と同じようなスタートラインに立って、努力と才能を活かし、這い上がってきたのだろうか。それは大層立派なことだ。そんな立派な人間が人を騙し、自分を誤魔化してきた人間と同じ場所で酒を飲むのだから、人生って面白い。

 俺の今日のターゲットがそのどちらのタイプの人間なのか、正直知らなかった。俺は勧善懲悪のヒーローでもなければ、破壊衝動に駆られた狂人でもない。

 俺は殺し屋だ。依頼されれば、そいつがどんな奴であろうと始末する。そうしなければ、俺が生きていけない。俺を突き動かすのは、金と、世の中のルールのなかでは活用できない能力だった。モンスターハンティング。月収百万。モンスターがいないこの国にはそんな職業はない。故に俺の能力も活用されない。こんな形でしか、俺は生きていけない。

「さーて、ターゲットはっと。」

 俺は銃を動かしターゲットを探す。スコープに、性別、身長、体重、美醜さまざまな人が映し出された。

男が多いな。あ、この姉ちゃんかわいい。いや、よく見ると大したことなかった。紛らわしい。ちょっとこのおっさん太り過ぎじゃねえか?痩せないと死ぬぞ。それとも、無意識のうちに死にたがってんのか?それならいいけどな。この兄ちゃん随分若いな。IT企業かなんかか?この男どっかで見たな。どこだっけ?ターゲットじゃねえか。

 俺は筋骨隆々とした男に狙いを定める。四十代後半といったところか。顎髭は整えられ、スーツの肩がきつそうだ。笑顔を見せているが、しかめ面をした方が様になっているように思える。俺は今まで見てきた厳つい兄ちゃん達を思い出していた。

「まあ、江戸時代は四十代ぐらいが平均寿命だって言うからな。もう充分だろ。」

 曖昧な知識を口にしつつ、銃の引き金に指をかける。ターゲットは小太りのおっさんと話している。動く気配はない。こちらとしては動いてくれても一向に構わないのだが、止まっているに越したことはない。ターゲットの最後の光景がそんなおっさんの脂ぎった顔になるのかと思うと、申し訳なく思い始めた。せめて、あの姉ちゃんが話しかけてくるのを待ってやろうかな。

 そんな風にグダグダとくだらないことを考え、躊躇っているうちにターゲットが動き出した。しきりと頭を下げ、周りの人に手を振っている。

 なんだ?もしかすると「おかげさまで、私は今から殺されます。みなさま、ありがとうございました。」と言っているのではないか?大した奴だ。殺されるときまで感謝の念を忘れないなんて。俺はこの誠意に応えなければならない。俺は引き金にかけていた指に力を入れる。

 突然、目の前が暗くなる。錯覚か何かかと思い、しばらく待ってはみたものの、暗いままだ。俺はスコープから目を離す。スコープを確認するが、何もついていない。もちろん、俺の視力がなくなったわけでもない。俺は再び銃を抱え、狙いを定める。

そこにターゲットはいなかった。どこに行った?俺はまたターゲット探しを始める。皆、拍手をしている。その音が聞こえてくるようだ。早くしろ、もう始まっているぞ、と俺を急かしてくる。俺はでたらめにスコープを動かす。

 しばらくそうしていると、一瞬、よく出来た笑顔を振りまき、マイクスタンドに近寄るターゲットが映った。安堵の溜息を漏らし、スコープの中心にターゲットを合わせる。近くには、プレゼントの山。最後の光景がプレゼントの山か。姉ちゃんには勝てないかもしれないけど、まあ、いいよな。俺は引き金の抵抗を指に感じる。

 スコープの向こうがまた見えなくなった。今度は砂煙しか見えない。状況が飲み込めず、スコープから目を離すことができなかった。

 爆破した。プレゼントの山が爆発した。その爆風はターゲットを飲み込み、焼き尽くし、弾き飛ばした。

俺は再び銃を動かし、ターゲットを探す。爆発に乗じて逃げるつもりなのかもしれない。ターゲットが爆発に巻き込まれるのを確かに目にしたのだが、わずかな可能性も考慮すべきだ。

 人々が押し合い、一つの塊となって一目散に逃げて行く。一人ひとりの顔を認識するのがかなり困難になっていた。認識したところで、ターゲットだけを狙い撃つのはなお困難だ。マズイな。このままだと逃げられる。

 人ごみを探しても仕方ない。俺は出口にスコープを向ける。出口なら皆バラバラになる。少しは探しやすいだろう。

しかし、いくら待てどもターゲットは出てこなかった。人の数はまばらになり、俺の不安は募る。逃げられたか?また初めから段取りを練り直さなければならないかと思うと舌打ちが出る。

「一応、確かめるか。」

 俺は銃を解体し、カバンに詰める。それを背負ったとき、目の前を何かが横切った。俺はあたりを見渡す。そこには誰もいない。俺は首を左右に振る。

「昨日、飲みすぎたな。」


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