五月二十一日(原文)
ダメだ。
まだダメだ。
全然ダメだ。
ほんの小さな悲しみをもっと鮮やかにもっと焦点を絞って書けるようになりたい。
交差点にて
暑くなりそうな予兆のある朝だった。
学校に向かう足はただ惰性という力によって動かされていた。
一歩右足を出せば左足が後ろへ
一歩左足を出せば右足が後ろへ
まったくそれがなんだというのか。
歩いたところで何が変わるというのか。
その歩みさえ30センチ位の赤いランプに邪魔されるのだ。
誰一人として僕をただ信号を待つという行為をする集団から分化してくれる人はいなかった。
目の前をティッシが飛んでいく。
妙に強い風の流れに対抗するように飛んでいくと思ったらそれは一羽の蝶だった。
交差点には自然の風だけが吹いているわけではない。
地を揺らしながら重い胴体を引きずって走るトラック。
冷めきった目で窓の外を眺める人を載せたバス。
それらがすれ違うたびに様々な気流が起きる。
軽い体を生かして車を避け続けてはいたが
やがて生まれたばかりの蝶は一つの流れに巻き込まれ
遂に空に浮くことはなかった。
無情にもその上を車体は走り過ぎていく。
誰一人蝶が空に浮かばなくなったことを知らないだろう。
バタフライ効果なんてまどろっこしいものは関係がないが
僕は確かになにかが起こって欲しかったのだ。
ニューヨークでもなく地球の裏側でなく
ただこの交差点で何かが起こって欲しかったのだ。
信号機は今全てが赤になり交差点には
ただ蝶がその体を横たえていた。
空は日が上ったとは思えないほど暗く
太陽が世界から隠れていった。
足元のアスファルトは一粒の雨粒によって染みがついた。
立ち止まっている人々はただ空を見上げしばらく祈りを捧げていたが
やがて信号が青になり歩き去っていった。