第五話 夜営
皆で散らばったタルクを集めると、全部で二十五タルクになった。
宿屋の一泊の平均金額は八十タルクだ。…とアリスが教えてくれた。
薬草が一束五タルクと考えても、贅沢出来る身分ではない事は火を見るより明らかだ。
…というより、最初の村にすら着いていない。当たり前だ、今日は旅の初日なんだ。馬車でも使わない限り、短時間で隣村につくほど甘い立地条件では無い。
幸い、父上の持たせてくれた荷物の中に、少し大きめのテントがあった。
日が完全に暮れる前に、小川が流れているところを見つけ、そこを今日の拠点にした。
俺とソアラはテントの設営と、川の側に穴を掘り石を運び、簡単な風呂を作る。
「ソアラ!そこ塞がないと水流れ込んでくるだろ」
「あっ、悪い。えーと、手頃な石は…」
「ほら、これ使え」
「まだかかりそう?」
晩飯を作る係のアリスが覗き込んで来る。ミゼルは火の番をしているようだ。
「もうちょい…かな?」
「あーもう。ほら、ソアラ。顔に土ついてるよ。ノエルも」
アリスがハンカチで側にいたソアラの顔を拭う。俺も気づき、腕で乱暴に拭いた。
「よし、これで完成!」
仕上げにドンと大きい石で完全に水を塞ぐと、簡易風呂の完成だ。
「アリス、頼む」
「えぇ。火球!」
アリスにさっきの物と同じ大きさの石に、火球をぶつけてもらう。そして少し間を空けていい感じに炙ってから、俺が風呂の中に転がり落とす。水蒸気が上がり、溜めた水が沸騰する。
…そういや、今石を転がした時に若干自分の体に違和感を感じた。
正直石と言うより小さめの岩位の大きさの物なんだが、さっきの戦闘が終わってから感じる違和感と関係があるんだろうか。何か、若干だが体が軽く感じるというか…。
「こっちも大丈夫よ。…わぁ!凄い!」
ミゼルが晩飯の用意が出来たと呼びに来た。そして、出来た風呂を見るなり感嘆の声を上げる。
自分が作った物を褒められると、少し照れるな。
…それも同世代の女の子なら、尚更悪い気はしない。
「そっちも美味そうじゃん」
「誰が作ったと思ってるの?」
「大半はミゼルだろ?」
横槍に正論で返すと、アリスが如何にも悔しそうに唸った。
「あっ…でも、調理してくれたのはアリスちゃんだから」
ミゼルがはにかみながらアリスをフォローすると、ソアラが待てないとばかりに焚き火に向かった。
「いやでもホント、美味そうだよ。もう食っていい?」
「なに自分だけ食おうとしてんだ。俺にもよこせ」
「あっ馬鹿ノエル!…おっ!こっちもいけるぜ」
「ほら、ちゃんと人数分作ってるから、慌てないで」
ミゼルがしょうがないんだからと笑うと、四人分皿に分けた。
…俺とソアラがフライングした分は、きっちり差し引かれているのには更に驚いたが。
意外とちゃんと見てるというか、抜け目ないというか…。
「じゃあ今晩これからの事を話そうと思う」
飯もそこそこに、ソアラは俺達のこれからの事を話し始めた。
「飯片付け終わったら、アリスとミゼルは先に風呂入ってくれ。俺とノエルは周囲の見張り。…あぁ、大丈夫、そっちは極力見ないようにするから」
「極力じゃなくて、絶対に!見ないでね!」
アリスの剣幕に押されて、ソアラが降参するように手を上げた。
まぁこの件は、完全にアリスが正論だ。
…たしかに思春期の俺達に、近くで女の子が…それも美少女二人が裸になっている状況は、精神衛生上あまり良くなさそうだが。鉄の自制心を持つよう心がけよう。
…でないと、アリスの杖の錆にされそうだ。
「あっ、それなんだけどさ」
ふと思いついた事を手を挙げて提案する。
「二人が風呂入ってる間の見張りなんだけどさ、ソアラだけにしないか?」
「なんで?」
「ほら、いくらなんでも寝る時に見張りいないんじゃ無用心すぎだろ?なら俺はその間仮眠取るから、皆が寝てる時は俺が見張りやるよ。ジョブが戦士な分、俺皆より体力あるし」
野宿する時は、それが一番安全な気がする。魔族がいるところで、見張りも立てずに寝るなんて言語道断だ。
「でも、それじゃノエル君に負担かかるんじゃ…日中辛いよ?」
「そうかな?」
俺は割と大丈夫な気がするけど…。全く寝ないわけじゃないし。
「いくらその間洗濯までしても、大した睡眠時間にならないわよ?」
「たしかにアリスが言うのも一理あるな…。じゃあノエル、日替わりでいこう。今日はノエルに任せるから、明日は俺がやる」
「そうだな…。時間で当番決めてもいいけど、夜中にテントの出入りあっても二人が落ち着かないだろうしな」
「じゃあ明後日は私で、その次はアリスちゃん?」
「いや、二人は寝ててくれ」
ソアラの声に、二人がえっと声を上げた。当然、自分達もやるものだと思っていたのだろう。
「二人は魔法使うし体力値も俺達より少ないんだから、夜はゆっくり寝て、魔力と体力を回復してくれ」
「でも二人は…」
遠慮がちに聞くミゼルに、手を出して止めた。
「俺達はそこそこ体力値あるし、寝ればある程度回復するよ。別に魔力使わないし。それに、大きなダメージを受けた時は例外とするから」
クリスタルに表示される体力値は、そのまま体力。魔力値の数字は、精神力や集中力を表しているそうだ。
ということは、寝ればある程度回復するということだ。
ゆっくり休めたなら完全に回復するだろうし、逆に疲れが取れなかったり寝不足だったりすると、あまり回復出来ず翌日に支障が出る。
幼い頃から家の手伝いで力仕事をしていた俺とソアラはともかく、少なくとも二人の体力値はあまり高くなさそうだ。なら、休むべき時に休むのは彼女らだと思う。
「じゃあ…、ごめんね?ノエル君、ソアラ君」
「ミゼル。さっきも気づいたけど、呼び捨てでいいって言ったろ?」
「あっ、ごめんなさい」
「あー、ゆっくりでいいからさ。つうか、呼び易い方でいいから」
ソアラが言うと、ミゼルは小さく笑いながら頷いた。
「私の事も、呼び捨てでいいのに。ミゼルは昔から、変なとこ真面目なんだから」
「だってアリスちゃんは、アリスちゃんだし」
「で、リーダー。明日からどうする?村目指すか?」
俺が振ると、二人の視線もソアラに注がれる。
真面目に注視されるのに慣れていないのか、ソアラが頭を掻きながら照れ笑いした。
「リーダーってやめろよ」
「だってお前勇者じゃん」
「あー…まぁ、なんだ。少しの間、この辺にいようと思う。俺達はまだまだ経験が足りない。それも戦闘に関しては、圧倒的に」
それには俺も賛成だ。確かめたい事もあるし、戦闘は俺達の旅で避けては通れない。というより、戦いの旅なんだ、これは。
普段はこいつのフォローをするのが俺の役目なのに、たまに鋭いから困る。
これが勇者というものなのだろうか。
「…俺は賛成だ。つい昨日一昨日までただの村人だった俺達は、明らかに戦闘に慣れていない。幸いここらの魔族はそこまで強くないから、今の内に覚えるのは良いと思う」
「たしかにね。私も賛成」
「…私も」
「よし、じゃあ決まり。隣の村に入るのは後回しだ。ノエル、夜ぐっすり寝るのは暫くお預けだな」
ソアラが笑いかけると、俺も笑って返した。
「まぁ見回りの間、有意義に過ごさせてもらうよ」
「さすがにテントの中では、する事も出来ないだろうしな」
「ねぇ、するって?」
アリスとミゼルが俺に訪ねてきた。この子らは、本当に何もわからないんだろう。
その…思春期の少年の衝動とか葛藤のようなものを。
「馬っ鹿お前!お前こそ、寝てる間に二人に変な事するんじゃねぇぞ?」
「するかよ!お前と一緒にすんな」
「俺はしねぇよ馬ー鹿」
「馬鹿はお前だ馬ー鹿」
二人は俺達の会話で、なんとなく察してくれたようだ。
…もとい、気づかれてしまった。
「馬っ鹿じゃないの?二人とも…」
アリスとミゼルが顔を赤くして俯いてしまった。
「もう、ミゼル!お風呂入ろ!ソアラ、絶対に覗かないでね!」
アリスが赤い顔を隠すようにミゼルをテントに引っ張って行く。絶対にのところのアクセントに、言葉以上に恥ずかしがっているのが見えた。
「あー、アリス?」
「何よ!」
「その、何かあったら、声上げてくれよ?俺達、そっち見れないからさ」
「あっ…」
俺が念の為伝えた言葉に、アリスの温度が少し下がった。
少しは冷静になってくれて何より。
「ありがと…行こ、ミゼル!」
「うん」
二人がこっちに戻ってくるまでの間、気になった事をソアラに話した。
「なぁソアラ。お前戦闘の後、なんか感じないか?」
「何が?」
「うーん…上手く言えないんだけど、体が軽くなったり…とか」
俺の質問に、ソアラは自分の手を握っては開いたり、足を確認してみたりたしかめていた。
「どうだろ…言われてみれば、そんな気もするけど…。そういやお前風呂作ってる時、結構重い石運んだりしてたよな?」
「そうなんだよな。俺も上手く表現出来ないけど、なんか変な感じがしてさ」
「ふうん。なんだろな?」
「なんだろな」
結論。頭が悪い人間が話し合っても、何も解決しない。
今度、アリスかミゼルにでも聞いてみようか。
皆がテントに入った後、俺は近くを散策していた。勿論、テントにすぐ駆けつけられる範囲内でだ。
「なんだろうな、これ…」
風呂から出てきた二人に聞こうと思ったんだが、すっかり忘れてしまった。
何か変化があるのかと思ってクリスタルを見てみたが、特別体力の上限が上がったわけでもないし、それらしい表示も無かった。
「うーん…」
何も考えず、剣を振ってみる。そうだ、剣の扱いだって今の俺は拙い。こうやって時間がある内に、慣れ親しんでおかないと。
周囲を歩きながら、たまに止まって素振りをしてみたりしたが、よく考えたらここで疲れたら明日の日中に障る。程々にしないとと思い、なんとなくもう一度剣を振るってみた。
「あれ…やっぱ、軽くなってる?」
これはまた長編になりそうな予感…。のんびりやっていきます。
あっ、ご意見ご感想お待ちしております。