第三話 旅立ち
こんばんわ。早速お気に入りしていただけたようで…ありがとうございます。まだお気に入りされてない方も、読んでいただいてありがとうございます。
「朝から肉かよ」
とは言わず、母上が出してくれた朝食を食べる。
もしかしたら、これが最後の母上の食事かもしれない…。
そう思うと涙が出そうだったが、男の旅立ちだ。父上もいる事だし、普段あまり噛まずに注意される俺は、噛み締めるようにゆっくり味わった。
「これ、この間あなたが採ってきた物よ」
つい二日程前、父上に弓の稽古をつけて貰った時の兎だ。母上は、どうやら俺が一人前になった時の為に取っておいてくれていたらしい。
不覚にも落ちた涙をあくびで誤魔化し、俺は立った。
「じゃあ…行ってくるよ」
二人を見据え、出掛けの言葉を口にする。
「待ちなさい」
父上が、食事も途中に大きい麻のバッグを俺に渡した。大きさにして、俺の胴位だろうか。
「必要な物は、大体入れておいた」
「でも、その割に入ってないよね」
袋を確かめると、たしかにいっぱいに入ってはいるが、服や日用品を詰めたにしては頼りない重さだった。
「これはだな…」
父上がそう言うと、おもむろに俺の手を引き、バッグの中に入れた。
「あれ…空?」
「そうじゃない」
そう言うと父上は俺の手を抜き、自分の手を引き、今度は自分の手を突っ込んだ。
「…アレ?」
父上の手には、俺の薬草が十束程握られていた。
「これからは、魔力を消費して荷物を携帯出来る。ある程度容量はあるが、バッグの見た目以上に物を入れる事が出来る。袋の見た目の範囲内の量の内はただの袋だが、それを超過したら魔力を消費して収納出来る仕組みだ。物を出したい時は、思い浮かべればいい」
父上が手首についたクリスタルを見せてくれると、ジョブレベルの下に魔力値というものが表示され、たしかに1消費している。
自分のクリスタルを見ると…最大値は一桁のようだった。ジョブレベルが上がれば増えるのだろうか。
「魔力を消費するのは、容量以上に物を入れる時、そして容量を超えた状態で物を出す時だ。気をつけろ」
「ありがとう…何から何まで」
「体…気をつけろよ。戦士に言うもんじゃないが、あまり無茶はしないようにな」
頭一つ分背の高い父上に、頭を撫でられる。奥歯を噛み締め、体が震えるのを我慢する。
父上の手が頭から離れると、母上が抱きしめてきた。
「あなたは…どこに行こうとも私達の子よ…。どうか、元気で…。ソアラ君とも、仲良くやるのよ?」
「ありがとう…」
俺の胸で泣いているんだろう、母上の抱きしめる力が緩むと、そっと体を離した。
今度こそ…お別れだ。
「じゃあ…行ってきます。父上も母上も、息災で」
バッグを担ぎ、踵を返し家から出る。
名残惜しくないと言えば嘘になる。未練がないかと言えば嘘になる。
だが…俺は必ず、またここに帰って来る!
そう決意して…俺は踏み出した。
ソアラとミゼルとは、教会前の広間で待ち合わせをしている。噴水の所に腰をかけると、周りを走って回る子供達の姿が見える。俺も小さい頃は…本当に小さい頃は、母上に連れてきてもらったものだ。
ベンチに腰かけて父上が入れてくれた荷物の確認をしていると、何人かに激励の声をかけられた。皆商家の坊っちゃんの門出を、心から応援してくれているようだ。ある人は肩を叩き、またある人も…肩を叩き。
一応勇者のパーティーの戦士として、期待に応えるよう返事を返しどっかりと座り直した時に、ようやく一人目が到着した。
「ごめんなさい。遅くなってしまって…」
この噴水の反対側の正面にある、教会の一人娘…ミゼルが顔を出した。変わらず、清楚な修道服を着ている。昨日被っていなかった四角い帽子は、正装なのだろうか。
「いや、俺が少し早かっただけだし」
まるで恋人同士のような会話だななんて思っている内に、ミゼルに声をかけられた。
「でも、本当にいいの?ノエル君も、ソアラ君やアリスちゃんと違って他に道は選べたのに…」
俯いたミゼルの表情は、心無しか暗かった。それは、俺の将来を思ってくれての事なんだろう。
「俺は、あいつの幼馴染だから。あいつが勇者で俺が戦士なら、ついていくのも道理だって。…ノエル君|『も』って…あっ、そうか。ミゼルもか」
ミゼルは教会の娘で、僧侶だ。本当なら、順当にあの教会のシスターにでもなれるんだろう。それをどうして彼女は、この道に進む事を選んだんだろう。
「私は…まぁ、ノエル君と同じってとこかな?」
ミゼルが、はにかみながら返事してくれた。こうやって笑っているところを見ると、本当に清純な美少女だ。もしかしたら、この子やアリスを暴漢から守るのも、俺に役が回ってくるのだろうか。
「おーい!悪い、遅れた!」
広場からは四方に道が延び、その勿論俺の家の方角からソアラが走ってきた。姿を見つけた時は広場の入口付近だったのに、気づけばもうそこまで来ていた。こいつ…やっぱり速いな。
「遅刻だぞ」
腕のクリスタルをトントンと指すと、ソアラが呆れ笑いをする。
「いつもお前の方が遅いじゃん」
「うるさい」
「さっ、行こう?ソアラ君、ノエル君」
ミゼルが身を翻すと、俺達の家と逆の方角の道に進んだ。アリスの家は、どうやら向こうのようだ。
「あのさ、ミゼル。なんか『君』っていうのもよそよそしいしさ、ソアラでいいよ」
「えっ?あ、でも…」
道中、ソアラが何気なく言った一言にミゼルが困惑した。同じパーティーを組むとはいえ、まだそこまで知った仲ではない俺らを呼び捨てにする事に抵抗があるらしい。
「なっ?」
「おぅ」
ソアラが俺を向いて促すと、俺も頷いた。別段、俺も呼び捨てにされて気に障る事もない。
…実際は、二人とも性格が大雑把なだけなのだが。
「…わかった」
ミゼルがクスリと笑うと、再び雑談しながらアリスの家に向かった。
木々が生い茂る一本道を過ぎると、大きい家が見えた。
というより、これは豪邸という物だ。
「すみません、アリスさんの友人のミゼルです」
「話は聞き及んでおります。どうぞお入り下さい」
気難しそうな門番が門を開けてくれて、敷地の中に入った。
…庭に噴水やら像があるのはどういうことだ。ブルジョアの考える事はわからない。
「皆、遅かったじゃない」
物珍しそうに庭をジロジロ見ていると、玄関を開けてアリスとご両親が出迎えてくれた。
「ごめんごめん。こいつが遅刻しやがってさ」
「なっ!?お前が遅れたんだろ、ソアラ!」
ソアラの言いがかりに律儀に反論すると、隣のミゼルがクスクス笑っている。
「ホントはどっちなのよ、ミゼル」
「さぁ?どっちでしょうね」
「ミゼル!?お前まで証言してくれないのかよ?」
やんやしていると、ゴホンと一つ咳払いが聞こえた。
「さぁ、中に入りましょう。勇者様御一行の皆様」
髪を丁寧にセットし、口髭を生やした…おそらくアリスのお父さんが中へ俺達をエスコートする。その仕草一つ一つに、気品が見える。
俺達が通されたのは、調度品が並んだ客間だった。剣や鎧が並べてあるが、アレは装備として使える物なのだろうか。
「君達に合うような物を見繕っておいた、さぁ、選んでくれ」
先ほどとは違い若干崩したような笑顔を浮かべ、アリスのお父さんは部屋の一角を指した。そこには、俺達が使うような武器、装備品が並んである。
「すっげぇ!なぁノエル!どれにする?」
「ソアラ、なんだ、とりあえず落ち着けって」
アリスのご両親を気にして後ろを振り向いたが、二人とも相変わらず笑顔を湛えている。その表情に安心すると、俺も武器を眺めた。
戦士はある程度なんでも扱えるが、『弓使い』や『槍使い』のように専用のジョブがある物は見劣りする。オーソドックスにいくなら、やはり剣だろう。
「おぉ!ノエル!俺はこれにする!」
ソアラが剣の中から、俺達の背丈程あるロングソードを取り出した。
「馬鹿、お前は速さが売りなんだから、そんな重くてでかいモン持ったら取り柄無くなるだろ」
「ひっでぇ。わかったよ。じゃあ…」
ソアラが次いで手にしたのは、鍔から刀身の中程にかけて、片方には赤竜、片方には青龍の紋様が刻まれた双剣だった。
「まぁ…いいんじゃねぇか?でもお前、もしかして見た目で選んでないか?」
「そんな事…ねぇよ」
「なんで最後自信無くなった?」
「いやぁ、さすが勇者様になると、目利きも素晴らしい」
アリスのお父さんの解説によると、その双剣にはエンチャントによる魔法効果があるらしい。らしいというのは、お父さん自身が剣を扱うジョブでは無かった為、確かめようがなかったということだった。
「じゃあ俺は…」
俺のジョブは戦士。
このパーティーだと、戦闘では前に出て直接戦い、時に後衛を勤めるであろう二人の盾となる立ち位置だ。となると、フィジカル重視の装備でいくのが妥当だろう。
そうなると、多少速さが犠牲になっても頑丈な防具と、なるべく攻撃力のある剣か…。
「これかな」
多少重さはあるが、旅の序盤ではそこそこ防御力を期待出来るチェーンメイルと、ソアラには止めたが、刀身が丈夫な鋼のロングソードを手にとった。この刃幅が広いこの剣なら防御にも使える。
俺が選び終わると、アリスのお父さんが神妙な顔で近づいてきた。
「ノエル君。その剣…大事にしなさい」
真剣な顔で言うアリスのお父さんに、俺は首を傾げた。たしかに盾となる俺にとって、防具にもなるこの剣は大事にするべき物だけが…。
「それは、君のお父さんのところで戴いた物だ」
「あっ…」
そういえばアリスが言っていた、俺の家で手に入れた物もあるとか…。
これは、父上が…。
「…はいっ!」
胸が締め付けられる想いを抑え、力強く頷いた。例え何もエンチャントがついていなくても、俺にとってこれは何より価値がある剣だ。
これからは、この剣と共に生きよう。
「あっ、でもこれ…」
別によく考えなくても、これに限らずこの装備品はアリスのお父さんの物だ。何もタダで貰うわけにはいかない。
「いいよ。持って行ってくれ」
「でもっ…」
「君は本当に商人の息子だねぇ、ノエル君。武器や鎧は、使われる為に存在する物だ。ここで眠っているより、君達に使ってもらった方がこの子達もきっと喜ぶ」
アリスのお父さんの真摯な瞳に見つめられ、俺は頭を下げる事しか出来なかった。
「ありがとうございます」
頭を下げる俺の隣りに、革の胸当てを装備したソアラが立った。どうやら、俺が言わんとした事をわかってくれていたらしい。
俺達の隣りに、アリスとミゼルが並んだ。
ミゼルはどうやら、教会で自分用の装備を揃えてきていたらしい。もっともアリスのお父さんのコレクションは刀剣系統に偏っていたから、ここでは選びようがなかったわけだが。
「ではお父様…行って参ります」
「…あぁ」
アリスの呼びかけに、お父さんは小さく応えるだけだった。
「このご恩は、魔王を討伐する事にてお返しします」
「あぁ。期待しているよ」
ソアラが決意を表明すると、今度は笑顔で応えた。
そして俺達は一路、村の出口に向かった。
村人達の期待を背に…。