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第二話 宴

 ハージ村の夜が燃える。


 数年ごとに現れるとも、数十年、数百年に一人とも言われる、勇者の誕生。


 少なくともハージ村記録で、勇者が生まれたという記述は無い。


 村中が歓喜し、祝い、羽目を外した。今日は全ての村人が仕事を止め、お祭り騒ぎに飛び込んだ。


「とりあえず、乾杯」

「おぅ」

「おめでとう、勇者」

「おめでとう、戦士」


 村の喧騒を尻目に、俺とソアラは木の杯に注いだ葡萄酒を飲んでいた。


 村人の表情とは裏腹に、俺たちの表情は曇っていた。





ーーー皆の期待を背負い、俺たちは死地に向かう。


 つまるところ、勇者の旅とはそういうことだ。儀式が終わり一先ず家に帰った俺は、戦士になった事、そして勇者になったソアラに同行する事を話した。


 父上と母上の反応も複雑だった。勇者とその仲間として魔王討伐の旅に出る事は名誉な事で、望む誰もがなれるわけではない。それも、自分達の息子と、仲良くしていたお隣さんの息子が選ばれたとなっては喜ぶべき事かもしれない。


 しかし…それは同時に、息子との別離を意味していた。魔王と魔族が出現して以来、討伐を果たした者はいなかった。魔王討伐の失敗とはすなわち…死。またはおめおめ逃げ出したと言う汚名。いずれにせよ、魔王討伐を果たさない限り、今生の別れとなる事だった。


 俺も儀式までは、明日からは商人として父上と母上を手伝い、二人が動けなくなるまで傍にいるつもりだったから、複雑だった。左手に光る、『戦士Lv1』と表示されたクリスタルが少しばかり憎かった。


 しかしこの運命は変えられない。俺はまだ未来を選べる。この村の守衛として、残る事も出来るんだから。


 しかし、ソアラはどうなる?


 幸い今日の儀式で、魔法使いと僧侶も生まれた。村長から、この村の勇者は四人までパーティーを組めると言う話は聞いた。その二人を連れて行けば、当面孤独ではないだろう。その二人とは、特別面識があるわけではないが。


 しかし…ソアラと共に歩む力を持ちながら、俺がここに留まるというのはどうなんだろう?


 幼い頃、親が出てしまっている孤独から救ってくれた親友と、ここで(高確率で)今生の別れをしてしまうのはどうなんだろう?


 俺は、ソアラと共に行く事を決意した。


 父上と母上の事を想うと、身を裂く程辛い。しかし、ここに留まったところで、二人の手伝いができるわけではない。賽は投げられてしまった。


 二人にそう決心した事を告げると、一瞬辛そうな顔を見せたが、笑って頷いてくれた。


「ノエルだって男の子だもんね。体に気をつけて、いってらっしゃい」

「…頑張ってこい」


 二人とも、生きて帰ってこいとは言わなかった。今まで誰も成し遂げた事のない偉業。俺たちが成せるとは限らない。なら、ここで覚悟を決めた方が良いと思ったのだろうか。


 父上と母上の顔を焼き付けるように見据え、言葉を胸に刻んだ。


「行ってくるよ」


 今すぐ行くわけではないけど、決意が下を向かないように、俺は二人を真っ直ぐ見据えて応えた。


 宴が始まる前に外の空気を吸おうと外に出たら、ちょうどソアラも出てきたところだった。話を聞くと、向こうも同じような感じだったらしい。


「俺、お前について行くよ」

「そっか…頼むわ」


 ソアラの顔も複雑だった。自分と違いまだ選択の余地がある俺を気遣い、また迷っているようだった。


 しかし、俺の心はもう決まっていた。二の句を告げさせないようにソアラの背中を叩くと、また複雑な笑みを浮かべ、ソアラはおぅとだけ言った。




 決意はしたが、気持ちは重い。さっきの強がりも、今は葡萄酒の中に溶けてしまった。


 篝火の火がパチパチと爆ぜる音が、喧騒の中で際立って聞こえる。全ての景色を陽炎が邪魔をしているような…。果たして、俺たちは本当に旅に出るのか…。


「なぁに湿気た顔してるのよ、勇者と戦士!」


 俺たちの背後から首筋に冷たい物が押し付けられ、情けない声を上げてしまう。振り返ると、二人の女の子がクスクスと笑っていた。


 ウェーブがかった長めの黒髪の少女と、金髪のショートカットの少女だ。突然面識の無い人に話しかけられて、焦って言葉が浮かばない。


「おっ、おぅ!えーっと…」


 ソアラのがしどろもどろして返すと、再度二人は小さく笑った。


「あなたたちのおかげで、すっかり影が薄くなった魔法使いと僧侶よ」


 黒髪の子が告げた。落ち着いて見てみると、わかりやすい黒の三角帽子を被っている。服も黒を基調としているが、どこか気品のようなものを感じる。…少なくとも、俺たちにそれはなかった。


「私、アリス。よろしく、勇者殿と戦士殿」


 手を差し出されて、俺たちは慌てて握手した。口ぶりと格好から、おそらくこの子が魔法使いなんだろう。


「私はミゼル。…よろしくね」


 次いで金髪の子が手を出してきた。同様、こちらも握手して返した。反対に白を基調とした、清廉とした印象の修道服を着ている。


「ソアラだ。よろしく」

「ノエルだ」

「知ってる」


 互いに自己紹介が終わると、揃って腰を下ろした。四人で祭りを眺める。踊り歌い、騒ぐ村人達が、何故か遠く感じた。


「私たち、誘うつもりだったんじゃないの?」


 輪になって踊っている集団を見ている時に、アリスが話しかけてきた。何?見ず知らずの人を踊りに誘うようなナンパな精神はしていないつもりだけど。


「違うわよ。パーティー、連れてくつもりじゃなかったの?」


 俺の勘違いに気づいたアリスが、笑いながら話題を修正する。ソアラと顔を見合わせるが、あいつも、正直そこまで頭が回っていなかったようだ。俺たちは、装備品すら準備出来ていないのだから。


「あー…すまん、そこまでまだ頭回ってなかったんだ。突然過ぎて、まだ現実味なくて」


 ソアラが頬をかき、恥ずかしそうに言った。それを聞いたアリスが笑っている。…よく笑う子だ。


「なぁんだ。ならちょうど良かった。私達、あなた達と同行するわ」


 アリスの横ののミゼルを見ると、彼女も小さく頷いた。二人とも、すでに気持ちの準備が出来ているようだった。


「あー…なんだ。俺ら、まだ装備すら整ってないんだ。この村じゃ手に入らないし、いつ出発するのかすらわからないのに」


 そう。『勇者連盟』に加入こそすれ、この村は勇者達が黒い月に向かうルートからは外れているらしく、装備品の類いの用意はない。隣の村や町との間に魔物は出るが、護衛の仕事は大抵城を構えた町の人か、町で装備を整えた守衛が相手をする。


 どっちにしろ、町に行かなければ準備は出来ない。しかし、町に行くにはその間の護衛が必要だ。その手配だって、どの位時間がかかるかわからない。父上か母上に聞けば何かわかるかもしれないが…。


「あなた達の装備なら、私の家で手配するわ。レベル1にしては、そこそこの物だと思うわ」


 アリスがそう自信満々に告げるが、俺達は顔を見合わせている。


 村で買い物をするには、俺の家で卸した物や、他の町や村から調達した物になる。どちらにしろ俺の家を経由するわけだが、俺は最近そう言った物を触った記憶はない。ソアラの無言の質問にも、首を振るばかりだ。


「私のお父様の道楽でね、そういうのが家に沢山あるの。私達が生まれる前の物らしいけど、貴方のところで貰った物もあるらしいわ、ノエル」


 アリスがウインクするが、そういうことなら知らなくても無理はない。自己弁護すると、ミゼルがよく通る柔らかい声で言った。


「アリスの家は、この村で有数の名家」

「そして私は、学舎で主席の成績を残しているわ。あなた達の役には立つわよ」


 そういや幼い頃…まだ教会に通って読み書きを学んでいた頃、聞いたことがあった。学舎に名家の娘でとても優秀な子がいるらしいと。それがこの子か。


「私も、あなた達と一緒に勉強した事があるのよ。…あなた達は、すぐ来なくなってしまったけど」

「ミゼルはね、教会の一人娘なの」


 少し寂しそうな顔をしたミゼルに、アリスが一言加えた。俺達は家の手伝いで行かなくなっただけなんだけど、何故か少し罪悪感を感じた。


「そっか。二人は俺たちの事知ってたのか」

「もう。女の子を忘れるなんて、どういう了見?」

「悪い悪い。これから、よろしくな」


 ソアラが笑って、頬を膨らませたアリスの頭を撫でる。二人は俺達より頭二つ分低い。自然と手が伸びる位置なんだろう。…俺はそんな事出来ないけどな。


「さ、どうする?」

「何が?」


 いきなり切り出された問いに、何のことかわからず聞き返す。


「もう!あんたは鈍いわね、ノエル。旅の準備!明日、私んちに来る?」


 そういうことか。とりあえず俺とソアラは右も左もわからない。ここはアリスに乗った方が良さそうだ。ソアラの顔を見るが、同意したように頷いた。


「あぁ。頼むわ」


 再び顔を向けると、篝火の炎が小さくなっていた。


「改めて、これからよろしく」


 いつの間にか、旅を進める事に抵抗なく話している事に気づいた。

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