第十四話 朝
「我が王国まで送っていこう」
アルファードの厚意を丁重に断り、ノエル達一行は再びプリメ王国を目指した。
「いえ、大変ありがたいお話ですが、俺達はもう少ししてから発ちます。せっかく道中魔物も出ることですし、少しでも経験を積みながら行きたいんです」
「そうか…実に熱心な若者だね、君達は」
アルファードがソアラに伸ばしかけた手を引っ込め、はにかんだ様に笑った。
こうして見ると、昨日の張り詰めた空気が隠れ、どこにでもいる青年のようだ。
「なんで断っちゃうのよ。せっかくああ言ってくれてるのに…」
ノエルは小声でぶつくさ言っているアリスのわき腹を小突いた。
「なぁに言ってんだよ。まだキャンプの片付けもあるし、お前らまっすぐ街に行くってなったら絶対準備に時間かかるだろ」
「うっ…」
「それにどっちにしろ、『連盟』のおかげであまりお金かけずに旅出来るとはいえ、稼げるとこで稼いでおきたいだろ。マイペースに行こうぜ」
騎士団達に聞こえないように、小声で話す。いや、戦場では小さな聞き逃しが命取りになるので、聴力は高いかもしれない。五分五分といったところか。
「ノエルはマイペースだもんね」
「じゃなきゃ、考え無しの勇者の参謀役なんて務まらないだろ。つうかそういうのはお前らがやれよ、僧侶に魔法使い」
クスクスと笑うミゼルの肩越しに、騎士団が帰っていくのが見えた。
振り返ったソアラの顔を注視すると、若干眉間に皺が寄っている。
「誰が能無しだって?」
「言ってねぇよ!」
いきなりグーで胸を叩かれ、ノエルが反論した。
チェーンメイルでなかったら体力値が減っていたであろうくらい、力が入っていた。
「アルファードさんも苦笑してたぞ。そんな理由で断ったなんて、後ろの人たちに聞かれたら面倒だったって」
「いや、そんな喧嘩っ早いのかよ、騎士団。それはそれで問題だろ」
ブツブツ文句を言いながら、ノエルが手際良く野営跡を片付ける。
使う前より美しく
父上と母上が以前訪れた国の格言だそうだが、野外でどうしろと言うのだろうか。せいぜいゴミを捨てないくらいだろうが、そのゴミすらほとんど出ない。せいぜい魔物の食べられなかった部分を土に埋めるくらいだ。
「ノエル君、やつらの一味の一人…『豪剣のシャフト』は間違いなく元プリメ王国の騎士団の一人だった。私の同期で入り、気品と優雅さにこだわりが強い王国の中で、珍しく剛の力のみで騎士団入りした男だった。実直で有名だったやつだが、いつの間にか登録が抹消され、消息が途絶えてしまった。風の噂で『罪人堕ち』したと聞いていたが、まさか本当だったとは…。結果、君達や多くの民を危険に晒してしまった…申し訳ない…」
朝食の時に深々と頭を下げたアルファードを思い出した。
狂戦士化した時の、自我にわずかに残った記憶を辿る。
無防備なアリスとミゼルを人質に取った外道な集団だったが、あの男だけは毛色が違っていたように見えた。
どういう理由かは知らないが、あの髭ヅラの忠臣は間違いなくあの男だった。戦士の勘では明らかにあの髭より格上だったが、狂戦士を目の当たりにして主人に捨て駒として使われようとも、最期の瞬間まで戦い続けた。
アルファードの話も頷ける。
そしてあれほどの男が、突然不自然に登録抹消…。
ーーーどうにもきなくせぇなぁ…。
ノエルは心の中でひとりごちた。
ーーーあのアルファードって男はまだまともそうだったけど、なかなかキレる人っぽいし、どうすっかなぁ…手放しに喜んでいいものか…。
「…エル。ノエル!」
突然ミゼルに大声で呼ばれ、ビクッと顔を上げた。
身なりを整えたミゼルが、心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「あぁ、わりぃ。考え事してた」
「まだ調子でないなら、言ってね?」
自分の背に両腕を回して、ノエルに念を押す。
「大丈夫だよ、サンキュ」
「しっかしノエル、よく二人の準備まで気が回ったな」
少し離れたところで簡易風呂と小川を隔てる、ブラインド代わりの巨岩をえっちらおっちら汗だくで押しているソアラが声をかけてきた。
「あぁ、昔母上が言ってたからな。お客さんに顔を見せるのに、化粧は最低限の礼儀だってな」
「化粧って…俺らまだ十五だろ?」
「ジョブはもう貰ってんだろ?もう立派な大人だ。それにこいつら、お嬢様育ちだろ?他の国に『お出かけ』するなら絶対そこらへんきちんとすんだろ」
「うぅ…返す言葉もないよう…」
「あんたにしてはその気遣い、なかなか上出来ね!」
ミゼルが図星を突かれ赤面していると、アリスがテントから自分の荷物を持って偉そうに出てきた。
「はいはい、これで最後だな。テント回収するぞー」
アリスの上から目線の言い草をあっさりスルーすると、テキパキとテントを畳んでいく。
「ちょっと、私が珍しく褒めてやったのに無視する気?」
「珍しくって自分で言ってどうする」
「ぐぬぬ…」
膝に付いた土を払いながら、更に追い討ちをかける。
「それに、まだプリメ王国につくまで魔物と戦闘はするんだぞ?どうせまた汚れるのに、今小奇麗にしたところでまたやり直しになることはわかりきってる事なのに…」
「じゃあなんで黙って私達に支度させたのよ!」
アリスが結構激しめに反論したところで、畳み終わったテントを麻袋に入れる。魔力が1減ったのを感じた。
「だってお前、言ったところで聞かなかったろ?」
「クッ…」
「おーいソアラ。まだ持ち上がらないのかぁ?」
こちらの準備が終わったところで、未だに苦戦しているソアラに声を掛けた。
岩が沈んでいたところ、ソアラの反対側の地面に、何度も重いものが行ったり来たりして出来た跡が見える。ほんの手の平半分くらいの大きさだろうか。
「これっ…おめぇよっ…つうか、俺…速さでかく乱するタイプの戦術なのにっ、お前の仕事だろっノエル…」
ついに諦めて大の字になって寝そべったソアラ。腕のクリスタルを確認すると幾分か体力値が減っている。
まぁ別にミゼルに経験値稼がせればいいか。どの道この辺りの魔物レベルだと、すでにあまり回復をしなければいけないほど苦戦する敵はほとんどいない。もしエンカウントしても、今魔法を使った位では平気なくらいミゼルもレベルは上がっている。
そう。俺達は目標以上にレベルが上がり、初の異国に赴くには充分な程成長している。
「足腰の鍛錬だよ。ったく、しかたねぇなぁ…。ミゼル、ソアラ回復してやって。さて…どっこいしょ!」
ミゼルに指示を飛ばしたあと、ソアラが終ぞ動かせなかった巨岩に手を掛ける。
たしかに少し重いが、大剣を操るにはそれなりの力が必要だ。ということで飛躍的に筋力が上がったノエルは巨岩を持ち上げ、元の景観に戻した。
俺達の最初の足がかりになってくれてありがとうと、心の中で感謝する。
「さぁ、行くか!」
ノエルが振り返ると、アリスが腕を組んで憮然と言った。
「なんでアンタが仕切ってんのよ。リーダーはソアラでしょ」
「…はいはい」
最初のステージに上がるまでこんなに使うとは思わなかった。
今は反省している。