第十三話 狂戦士と騎士団
着替え終わったアリスとミゼルを加え、四人は焚き火を囲んでいる。
「…ミゼル、お前俺がオーブって言った時何か反応してたな。あれ、わかるのか?」
ノエルが神妙な面持ちで尋ねる。
ノエルとソアラはきちんとした教育は受けていない。
アリスとミゼルならあの力の謎がわかるかもしれないと期待していた。
あの力を使いこなせれば、俺はもっと強くなれるかもしれない。
その思いはある意味、切実だった。
「狂戦士。…聞いたことある?」
アリスがミゼルの変わりに答えると、ノエルは首を傾げた。
隣のソアラを見ても、同様のリアクションだった。
俺達はついこの間まで、商いと農業の事にしか興味がなかったのだ。
「『血に狂った破壊者』、狂戦士。その者は目に映る者全てをなぎ倒し、最後自分の体が壊れてしまうまで闘いをやめない、忌まわしいスキル…」
ミゼルが昔習った項目の文章をそのまま暗唱する。
レベル一桁最後の一人だったミゼルも、ノエルとソアラに回復魔法を施し無事に二桁の仲間入りをしたのだが、ノエルの問題でその感動は微塵も感じられなかった。
「戦士のジョブを持つ者の内、何万分の一の確率で発動…いいえ、発症すると言われているわ」
「おま、発症って…」
「私が言った意味、わかるわよね?ノエル、ソアラ…」
ノエルは口をつぐみ、ソアラは腕を組んで唸っていた。
呪われた力…。
ミゼルとアリスは表現こそ違えど、その力はそういう位置づけの物だと言っているように思えた。
「そっか…」
ノエルが両手を頭の後ろに組み、空を仰いだ。
月は天辺を過ぎたようだが、まだその明るさを保ってくれている。
「あの力、使えるようになればもっと戦えるようになるかなぁって…」
「馬鹿言わないで!」
アリスがノエルの言葉を遮った。
冗談ではなく、また物を投げてきそうな剣幕だ。
心なしか、顔色が蒼白になっている。
「あの力は!…全て壊しちゃうのよ…。私もミゼルも、ソアラだって!…殺しちゃうかもしれない力なのよ…!?」
アリスが立ち上がりそうになった自分を抑え、すとんと中腰になった姿勢を正す。
「今回はたまたまノエルの理性が優位だったのかもしれない。おかげで、私達は今生きている。結果、あの賊から私達を助けてくれた…かもしれない。でもね」
ミゼルがそこまで言うと、一呼吸置いてノエルを見据えて言った。
「あの力…狂戦士に支配されてしまったら最後、破壊の権化に成り下がってしまい、ノエルの大切な人まで奪ってしまう…ううん、ノエル自身も死んでしまう、そんな力…なのよ」
「それも、いつまた発症してしまうかもわからない、そんな力なの」
アリスが怯えた顔でノエルを見つめる。
あなたの事が恐ろしい。
言葉にしてはいないが、ノエルはアリスがそう言っているように聞こえた。
その声に、ノエルが軽く笑って答えた。いや、嘲笑していた。
「だから俺とはこれ以上旅を続けたくないと、お前はそう言っ…」
「馬鹿なこと言うな!」
今まで沈黙を守っていたソアラが、アリスと違い勢いで立ち上がってしまうほど激昂した。
「俺は!お前なんか怖かねぇよ。どうすれば、ガキの頃からずっと一緒にいるお前を、そんな理由で切り捨てる事が出来るんだよ…」
「ソアラ、そんな理由って…」
「アリスは黙ってろ!」
ソアラにキッと睨まれたアリスは、そのままどうしていいかわからず涙目になって俯いてしまう。
すぐに視線をノエルに戻したソアラが、再び続けた。
「俺は!…嬉しかったんだ…」
「…ソアラ?」
ノエルがソアラの顔を見て、唖然とする。
怒りのあまり手の平と、唇から血が滲んでいる。
「俺と違って、お前は戦士だ。お前は村に残って、守衛だったり護衛だったり、お前のお父上と母上と一緒に暮らしていく選択も出来たんだ。こんな危険な旅になんかついて来ないで…。アリスだってミゼルだって、もっと違った生き方だって出来たのに、俺に…こんな俺についてきてくれた…」
ソアラが一瞬すごく優しげな表情を浮かべたがまたすぐ俯いて言葉を続けた。食いしばる力が強く、ギリッと奥歯が鳴った。
「それなのに…何が忌まわしい力だよ!何が発症だよ!もしノエルがまたそんな事になったら、俺が全力で止めてやる!もしアリスやミゼルに剣を向けたなら、俺がこの手で、命をかけて殺してやる!」
「…おいおい、いきなり物騒な事言われたぞ」
「だからアリス!ミゼルも…」
「おいおい…」
ソアラがアリスとミゼルに頭を下げる。
「俺の親友に…そんなに怯えないでくれ…。また明日から、今まで通り楽しく旅をさせてくれ…頼む…」
ソアラの姿に、ノエルはバツが悪そうにそっぽ向く。
「ソアラ、俺は別に気にしてねぇよ。つうかなんで俺の為にんなみっともねぇ事してんだよ」
「お前が!親友だからだろ…」
ソアラも周りと自分のテンションの違いに一瞬素に戻り、照れ隠しに邪魔されて語尾がすぼむ。
「親友のお前が、なんだ、その…危ないやつみたいに言われて、だな…」
「はいはい、わかったわよ!」
ソアラの小さすぎて聞き取れない弁明を無視し、アリスが呆れたように声を荒げる。
「もしそこのスケベニンゲンがまたおかしくなったら…」
「だれがスケベニンゲンだ」
「…言質はとったわよ?」
アリスが呆れたように笑いかけると、ソアラは黙って頷いた。
ノエルがミゼルの方に視線を移すと、ミゼルもニコリと笑った。
私は最初から怖がってなんかいないよ。
そう言っているような気がした。
「ちょっとミゼル!アンタ何私は別にみたいな顔してんの!?」
「そんな事…ないわよ」
「うそうそ!絶対そんな顔してた!」
「まぁまぁ落ち着けってアリス。ほら、これやるから」
「ってこれ、私のおやつじゃないの!そもそもアンタが…」
さっきまでの気まずい空気は霧散し、いつの間にかいつもの四人に戻っていた。
「さぁて、めでたく全員レベル二桁乗ったとこだし」
「何がめでたくよ!」
「明日からは目指すか!」
ソアラが言うと、アリスが拳を握った。
「プリメ…王国…」
「ようやく、一段落だな」
ミゼルの呟きにノエルが答えると、複数人の気配がした。
一瞬で警戒態勢に入る四人。
四人が迎撃体勢に入ったのを確認すると、その気配は堂々と姿を現した。
白の甲冑。その姿は五人。いずれも兜で顔が隠れ、背格好もノエルらと比べると幾分高い。
その内の一際立派な兜をした騎士が、その兜を脱いだ。
品の良さと、人の良さが滲み出る青年だ。
「我の名はプリメ王国騎士団、アルファードだ。君達は…」
「この度ハージ村から旅に出ました、勇者ソアラ一行です」
ソアラが答える前に、ノエルが一歩前に出た。
アルファードと名乗った騎士は今にも握手を求めてきそうな程友好的だったが、簡単に迎合するほどノエルはお人好しではない。
ソアラなら難なく応じただろうが、まず人の裏を考えない。
勇者としてはそれでいいのだろう。しかし、全ての人が善人というわけではない。
例えばだ…。
「お、おい…ノエル」
ソアラが後ろから肩を引っ張るが、ノエルは譲らなかった。
「ははは、随分警戒されているね」
アルファードが困ったように頬を掻くが、ノエルは表情を崩さなかった。
「お互い様じゃないですか?俺らが気配に気づくまで、貴方達はずっと、俺らの話を立ち聞きしてたんでしょう?」
ノエルの言葉に、アルファードはピクリと眉を動かした。
「ほう…いつから気づいていた?」
「簡単な事ですよ。気づいたのは俺もついさっきです。一つは貴方達格好。貴方達は、まさかプリメ王国からわざわざ歩いてきたわけではないだろう。騎士団様なら、当然馬で来ているはずだ。そして、馬でここまで来たなら、さすがにさっきの俺達でも蹄の音に気づくはず。しかしその音は聞こえなかった。となると、どこかに馬を停めてきているはずだ。例えば…そこの茂みの奥とか…」
ノエルがさっきソアラが賊の最後の一人を仕留めた茂みの奥に目線を送った。
動揺はしていないが、幾分か反応が見られた。
「あそこに停めたのなら、おそらく貴方達は死体を発見したはずだ。そしてその近くの俺達のキャンプ…。しかも、俺達がまとめた死体の山も、もしかしたら目にしているかもしれない」
「おい!」
アルファードのすぐ後ろに構えていた男が、更に後ろの三人に指図しようとするが、ノエルが止めた。
「まだ動かないでくれ。転がる死体、そういや俺が殺した男の一人が、プリメ騎士団流と言っていた。更に俺達の様子を伺うように、暫く貴方達は俺達を観察していた。騎士団なら、もっと堂々と登場しても良かったはずだ。…貴方達の目的は何だ?」
ノエルが言い切ると、アルファードがふっと脱力し、胸に抱えていた兜を小脇に抱え直した。
固まった表情が柔らかくなる。
「ふぅ…そんなに警戒しないでくれ。我らは、君がさっき君が言っていた賊…勇者狩りを捕らえる為に来た、ただの警ら隊だよ。…まさか殺害されているとは思わなかったけどね」
ふふっと笑うと、もう一度視線を戻した。
正確には、ノエルとソアラを見つめていた。
「あの男を仕留めたのは、どっちだい?」
「俺じゃない。勇者ソアラだ」
俺が親指を向けると、ソアラがおずおずと会釈した。
「それは…将来有望な勇者様だ。ぜひ、王国でお話を聞かせていただきたい。そして君も…ノエル君だったかな」
アルファードがノエルを見据える。ソアラに対する柔和なものではない。幾分探りのある視線だ。
「もういいだろ。このノエル君が言っていた、プリメ騎士団流を名乗っていた男も気になる。死体を探ってくれ」
アルファードの声に反応した四人が、死体の所に駆ける。
その様子を見届けると、アルファードはノエルに顔を戻した。
「見たところ、そちらの勇者様は随分と人望を集めそうなタイプだ。あっ、別に皮肉ではないんだ。しかし、それだけではこの先生き残ってはいけない」
ノエルがピクリと反応する。
さっき自分が考えていることを、そのまま言い当てられるような気がしたからだ。
そして、その予感は当たっていた。
「人は、全てが善人ではないんだ。そしてそれを看過するには、人を疑うことも重要だ。おそらく、その役目をノエル君が担っているんだろう。いいパートナーだ」
「…それはどうも」
面白くなさそうにノエルが言い捨てる。
アルファードは意に介さず話を続けた。
「ノエル君、君はさっき、我らが君達を観察していたと言っていたね。本当は、君の言った通りもっと早く顔を見せるつもりだったんだよ。しかし…」
アルファードが一度言葉を切り、一呼吸置いてノエルをまっすぐ見据える。
「君達の会話の中に、『狂戦士』という言葉が聞こえた。…君の事だね、ノエル君」
アルファードの言葉に、ノエルが黙る。
否定も肯定もしない。ただここではいそうですと素直に答えるのが、なんとなく得策ではないと思ったからだ。
「…まぁいい。君達は勇者様のパーティーだ。王国も歓迎しよう。どちらにしろ、君達がプリメ王国に訪れたあかつきには晩餐会位はもてなそうと思っていたところだ。ハージ村で勇者が生まれたことは耳に入っていたからね。今日のところはもう休もう。周囲の警戒は、我らに任せて貰おう。君達はもう休んでくれたまえ」
アルファードはそう言うと、踵を返し仲間のところに向かった。