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第十一話 声

 ノエルは今しがた首を刎ねられた亡骸を見下ろしながら思った。


『今の剣技…プリメと言ったな…。これから向かう国の者か』


 狂戦士状態では戦闘以外の思考は働かないはずなのだが、彼は頭の片隅でそう思った。


 初めての狂戦士化。まだ不完全ゆえなのか。


 小さな村で商人の息子として育ってきた彼は、そこまで深く考えず仲間の方へ視線を移した。


 みっともなく腰を抜かしたミゼルと、側に打ち捨てられたアリスがあられもない姿で震えている以外は人影は見えない。


『あの男は…どこに行った?』


 周囲を見渡し、更に幼馴染の勇者の姿も消えていることに気づいた。


『まさか…。あの男、ソアラに手を出していたなら…』


 ミゼルとアリスの後ろに広がる林に向けて、獰猛な視線を送った。


『殺してやる』


 あの男が逃げるとしたら…いや、わざわざソアラを攫ってもう一度俺の前を抜けるというリスクを犯すとは思えない。


 しかし身を隠すには、暗闇とはいえ平原ではリスクが高すぎる。


 だとすると…。


 ノエルは自身と髭ヅラの男、そしてソアラの延長戦上の背の高い草原を睨んだ。




「ハァッ!ハァ…冗談じゃねぇ!こんなところで…まして、あんなガキどもにやられてたまるか!」


 髭ヅラの男、盗賊のリーダーは小さく吐き捨て、何処へとも無く走っていた。


 敗走…。そう、これは敗走だ。


 自分の半分にも満たない年のガキどもに仲間を殺され、そして無様にもその狂気に怯えて逃げ惑っている。


 仲間の前ではリーダーとして冷静に振舞っていた。冷静に、確実に獲物を狩る算段を立てて。


 しかしその思慮深さは臆病さの裏返しだった。


 死に怯え、視線に怯え、何より嘲笑に怯えた。


 幸い腕っ節は多少は自信があった。だからこそ、『罪人』堕ちしてすぐ力で部下を増やし、そして自分が傷つかないよう必死に策を巡らし、弱い者しか狙わず、暗闇の隅でからがら生き延びてきた。


 逃げることに必死だった。あの場から離れることに必死だった。


 だからこそ、すぐ後ろに迫る足音に気づかなかった。




『ようやく追いついた…!絶対にやってやる!』


 手負いのソアラが走る。


 全身痣だらけ。幸い骨を折られてはいなかったから、何とか走って追える。


 ノエルがあの長身の男と戦っている時、ソアラは見逃さなかった。


 髭ヅラの男がアリスを投げ捨て、俺が動けないと高をくくってノエルに見つからないよう俺の側を駆けて逃げたのを。


 実際痛みのせいで初動こそ遅れたが、双剣を両方携えて走ることが出来た。


 たしかに豹変したノエルの姿に呆気をとられ、みっともなく恐怖すら覚えてしまったが、アリスが投げ捨てられた時にハッとした。


 ノエルは今、命をかけてあの男と戦っている。手を合わせていなくても空気でわかる。あの男は強い。

 しかし、幼馴染が自分よりレベルの高い男を相手しているのだ。俺がここで動けなくてどうする。


 アリスが捨てられる時に思った。


 あの野郎、俺の大切な仲間を投げ捨てやがった。今動けないで何が勇者だ。ノエルがここまで戦ってくれたのに、この男を逃がしてしまえば画竜点睛を欠いてしまう。いや、ここまで戦ってくれたノエルに顔向けが出来ない。


 だから、走った。




「であぁ!!」


 髭ヅラの男は気づかない。


 すでにソアラはその足音すら隠していなかったのに。


 ソアラの声に驚愕して後ろを向いた髭ヅラの男に、ソアラの両手持ちの紅い剣が降りかかった。


「ぐぁ!」


 左から振り向いた髭ヅラの男は、背中左側から左わき腹を切り裂かれた。


 髭ヅラ男の体を捻る向きとソアラの剣戟の軌道ゆえ、傷自体浅くは無かったものの痛みを感じる時間は刹那で済み、男は体制を崩しながら数歩また踏み出した。


 痛みより生存本能が勝った結果だ。


『まずいマズイ拙い!殺される!殺さ…ヒィィ!!』


 男は必死に駆け出す。


『くっ!まだ走れるのかよ…』


 ソアラ自身も満身創痍。ふらつく体に鞭打って仕掛けた攻撃だったが自身への負担も大きく、大きく肩で息をする。


 しかし、これ程の出血量だ。地面には夥しい量の血痕が男に続いている。そう長くは持たないはずだ…。


「ヒィッ!ブハァァ!!」


 その証拠に、前方から男の醜い悲鳴と転倒する音が聞こえてきた。


 ノエルとのそれとは違う、全く楽しくない追いかけっこはもう終わりだ。でないと自分の体力が厳しいというのが正直なところだ。


 背の高い草を掻き分け、尻を地面について後ずさっている髭ヅラが見える。その表情はさっきとはうってかわって青褪めて恐怖に歪んでいた。


「たっ…助けてくれよ…」


 反射的になのだろうか、髭ヅラは言葉と違ってダガー位の大きさの短剣を右手に持ち、ソアラに向かって掲げている。


 ソアラは意に介さず、一歩踏み出した。


「ほらっ!血がこんなに出ちまってる…死んじまうよ…!」


 後ずさりを止め、今度は左手で己のわき腹の血を拭いソアラに見せる。


 悲壮感を漂わせる髭ヅラだが、ソアラは更に一歩踏み出した。距離にして、ノエルの得物なら届きそうな位。


 ソアラは何も答えなかった。


 仲間の仇をあと一歩で仕留められる。しかし、こいつは人間で、今までの魔物とは違う。だが、こいつは自分の命を狙い、仲間を傷つけた。アリスとミゼルを慰み物にして、ノエルを殺すと言っていた。

 許せる相手ではない。



「うっ…うわああぁぁぁ!!」


 ソアラの沈黙に恐慌状態に陥った髭ヅラは、当たる筈も無い探検を振り回し、わかりやすいモーションで短剣を投擲してきた。


 上体を捻りそれをかわしたソアラは思った。


『それを投げてしまったら、もう武器は残っていないだろうに』


 この賊達は明らかに自分たちよりレベルが高い。普通に戦えばさっきのように苦戦して、やられていたかもしれない。

 しかし今はノエルの狂気に当てられ、重傷を負って死を意識し錯乱している。


 今を逃す手は無かった。


「うおおおぉぉぉぉ!!!」


 双剣を持ち、縦に振り下ろす。


『弱点さえ突けば殺す事は容易に出来る』


 不意に、あの口は悪いが性根は優しい幼馴染が発した言葉を思い出した。


 あのノエルから出た言葉とは信じがたいが、その通りだと思う。


 相手は人間で、人間は簡単に死んでしまう。不死身の人間はいない。


 …もっとも、今の相手は弱点どころではなかったが。


 人を殺すという無意識の禁忌との闘い、この戦闘がこれで終わるという事…そして敵を切り倒すという事。

 ソアラは剥きだしの興奮に任せて叫んだ。


 髭ヅラは両方の肩口から縦に斬られ、鮮血がソアラに向かって噴出した。


 断末魔もなかった。


 髭ヅラが力を失い倒れると同時に、ソアラも膝をついた。




 血の痕跡。血の匂い。


 ノエルはそれを頼りに標的を探す。


 この血が、果たしてどちらの血かはわからない。だが、この先に二人が居ることは間違いなかった。


 ノエルがそれを辿っていると不意に風が止みすぐ側で叫び声が聞こえた。


 叫び声が耳に届いた瞬間、それがすぐ側にも関わらずノエルは走った。


 今のはソアラの声だ。狂戦士になったところで聞き間違えるはずがない。


 攻めているソアラが発した声かもしれない。

 しかし、断末魔という可能性も捨てきれない。


 駆け足の数歩が背の高い草を分けた瞬間、動く人影が見えた。


 ドクンッ!


 血の匂い。死の気配。どちらかが生きて、どちらかが死んだ。


 その瞬間、ノエルの中の本能はその人影に向かって剣を振り下ろした。


 走った勢いにプラスして大剣の重量。更にノエルの自重を加えた一撃は、何かに挟まれるように静止した。


 と思った途端その抵抗は消え、それを受け止めた者が倒れる気配がした。


 倒れた相手そ確認する前に二撃目が撃たれようとした時、声が聞こえた。


「ノエル!俺だ、ソアラだ!!」


 ソアラの声がノエルに届いた瞬間、二人の緊張状態と臨戦態勢が解かれた。


 双剣と大剣が落ち、ようやく長い戦いが終わりを告げた。

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