形見人形編01 プロローグ
*縦書きで読むのをオススメします*
・一人称のSSです。
・ジャンルはオカルトです。ホラー(グロとか)ではありません。
・主人公の登場は第二話からです。
母の死から一ヶ月、それからよく母の夢を見るようになった。
疎遠となった亡き母に会ったのは十年も昔……いや、いつのことだったか。ともかく夢の中の彼女は大層若く、まるで遠い昔に見たアルバム写真のようだ。
娘の外見で、母は慈愛の笑みを私へ向ける。
いつも私に会いたがっていたあなたへ、この身は何も報いることなど無かったのに。
「母さん、なぜ何も言ってくださらないのですか? なぜ、いつもほほ笑んでいるのですか?」
どこかで見た紅色の着物をまとう彼女は、一言も発さずにたたずむ。手が届きそうで届かない、もどかしくなる距離に身を置いて。
「あなたは言いたいことがあるはずだ。私を恨んでいるのではないのですか? ついに身罷るときまで姿を見せなかった、この親不孝な息子に!」
しかし母の口が開くことは無い。
瀟洒な赤い振袖姿で、ただただこちらを見つめるのみ。淡い燐光が周囲を流れる。
夢は欲の表出する機会だと聞く。しかし、これはどうしたことか。
私は母に笑いかけて欲しいのではない。むしろ怒って欲しいのだ。
私を溺愛し、いつも優しかったあなたが罵る場面など想像できないが、せめて皮肉のひとつでもこぼしてもらいたい。
だが心の訴えとは裏腹に、亡き母の笑顔は私をひどく安心させる。その自分勝手な感情に気づいたとき、返って惨めでつらい気持ちになる。
憎しみと愛情を求める、相反する願い。矛盾する情動の狭間で苦しむ私は、ついに膝を折った。
「こんな……、こんなことなら……」
地面へ着いた手には細かな砂の感触。それを握り、目の前にある娘へ投げつけた。
「いっそ、あなたを憎もうか? それを望まないなら、私の心臓を止めてくれ!」
けれども、娘の眉は揺れることなどない。またたきもせず、じぃっと動かない。夢の始まりから終わりまで、彼女は慈母の相を映し続けるのだ。
いつまでこんなことが繰り返されるのか。暗たんたる気分で、おぼろげな夢の世界を眺めていると、ふいに身体が軽くなった気がした。
ああ、夢が覚めるのだな。この凶瑞まじわる混沌の夢幻が。
「さようなら、母さん。また別の夢で」
浮き上がる感覚に身をゆだねる。紅い輪郭が曖昧になってゆく。そして世界が暗転したとき、まぶたが開いて日常の世界へ戻ってきた。
「……坊ちゃま、坊ちゃま……」
揺すられる感触。耳に届けられる声。それが誰によるものか、見当がつくまで少しだけかかった。
起き上がり、ちらりと遠くの柱時計を見ると、まだ深夜。頭の巡りが遅いのも仕方ない。
とはいえ、窓から入る初夏の夜風に当たったことで、ようやく脳が起き始めたようだ。
「タエさんか……。もういいかげん、小僧扱いしないでくれよ」
「ええ、申し訳ありません旦那様」
ベッドの傍には、淡い常夜灯に照らされた家政婦のタエさんがいた。私が実家にいた頃からの付き合いのせいか、昔の呼称がなかなか抜け切らない。懐かしいが、面映いのも確かだった。
隣のベッドからは、もはや常態となった妻のうなされる声。軽く嘆息し、本題に入る。
「それでなんだい、こんな夜分に」
「申し訳ありません。ですが……その……」
目前の家政婦は要領を得ない。室内のあちこちへ視線が飛びがちな彼女は、ひどく動揺しているようだった。しかし決心したかのように、タエさんは眉に力を入れ、私と目を合わせる。
「どうか、気をしっかりと持ってくださいましね」
「な、なんだい。あまり脅かさないでくれよ」
「……そこに」
彼女は真剣な眼差しで、私の背面にあるベッドの枕台を指差す。寝る前に読む本を置く、枕より一段高くなったスペース。
その場所に――――夢で見た紅色があった。
年頃の娘が着るような綺麗な発色の振袖。おもわず目に止めてしまう、紅の着物をまとった日本人形。
「な……なぜ、ここに母さんの形見が……。この人形は書斎にしまっておいたはずだ……」
そうつぶやいてから背筋が粟立った。
夢で見た母を思い出す。それとそっくりな姿をした人形。そいつが寝ている自分の頭の傍に、知らず忍び寄っていたというのだ。
「そ、そんなことなど……」
「坊ちゃま、落ち着かれてください」
いつのまにか震えていた手を、タエさんが握ってくれていた。
私は怪奇現象など、これまで気にとめたことがなかった。一度も体験したことが無いためだ。
しかし初めて感じたオカルトへの恐怖。その感情は、私の思考をちりぢりに引き裂く。自分が混乱の極みに達しかけるのを自覚できた。
「…………お義母様の祟りだわ」
いつの間にか目を覚ましていた妻が、紅人形を凝視していた。夜毎うなされていた彼女の顔は陰が差し、ほおがこけている。しかし不気味なほど、瞳だけがらんらんと輝いている。
妻の色あせた口元の震えが、首から肩へと伝ってゆく。その様子を、いまだ立ち直れない私は見ているしかなかった。
「お義母様が私を祟りに来たのよおおぉぉっ! やっぱり、私はとり殺されるんだわ!」
「なにをして……お止めになってください! 坊ちゃま、なにボサっとしてるんですか!」
爪立てた指で頭を掻きむしる妻を、タエさんが慌てて羽交い絞めにする。異常な空気に押されて我に返った私は、遅れて妻の封じ込めに加わった。
「もう、いやぁあああああああっ! あなた、なんとかしてよぉぉおおお!」
獣にも似た女性の叫びが、深更の夜気を切り裂いた。肺腑の空気を振り絞った涙まじりの鳴き声が、耳朶を強烈に打ちすえる。
ようやく梅雨が明けたというのに、我が家だけは身が重くなる湿気で満ちたままだった。
・このお話は、ラノベ(42字×17行)の百ページ超に設定した短編です。
まだ書くのは不慣れなものですから、とりあえずは1話7000字前後。全12~13話で無理なく仕上げたいと思います。(プロローグだけは短いです)
*備考*
・このSSは「Arcadia」でも投稿しております。
横書き用に改行されていますので、横読みがお好みの方は、ぜひご利用なさってください。オリジナル板です。
・紙媒体の小説みたいにスマートなルビ出力ができないので、自分で読めそうにない漢字は除きました。
しかし一部では、また特に後半は、その限りではありません。
雰囲気優先のために、そうなりました。あらかじめ申し上げておきます。