※第20話 ギルドと初○○ ⑤
「えっ…?」
零れ落ちたようなあたしの小さな声と、ドサッと何かが地に落ちた音が、異様な程静かな森に響く。
『いったい何が?』と思うよりも早く。
「お、俺の腕がぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」
魔物に腕を落とされた1人が、そう叫んだ。
ハッと、その叫び声にあたしが気を取り戻すよりも早く。
魔物の鋭い爪が降り下ろされ…。
叫んでいた"冒険者"らしき人間の首が切り飛ばされ宙を舞う。
その一部始終が数十メートル離れた自分たちの居る場所からも見えた。
そして、切断部からおびただしい量の血液が噴水のように噴き出し、首のない人間が自らの血で出来た血溜まりの中へと糸の切られたマリオネットのように倒れていく姿も…。
『グヲォォォォッ!!』
勝利を確信した咆哮なのだろうか…。
耳障りな音に耳を塞ぎたくなる。
しっかりと両足で立つ熊に似たような魔物。
その目は先程、首を落とされた冒険者らしき人間の仲間に向かう。
血溜まりの中に倒れている"死体"と似たような格好の人間が3人。
仲間だったモノの血を浴び、顔も首も身に纏った鎧さえ血に濡れながら剣を構え後退りをしている。
ズリズリと後退しつつも目線は目の前の凶悪な魔物から目を離す事のないように慎重に動いているのがわかった。
そんな"非日常"な惨劇を目の当たりにして、グッ…と胃から込み上げてくる酸っぱいモノ。
フラウさんが相手にしていた虫みたいな魔物相手には起きなかった衝動。
けれど、それをいつの間にか流れ出した涙を拭うこともせずに、どうにか嚥下<エンゲ>して。
震える手で腰に提げるようにつけていた得物を鞘から抜き、手に取った。
「アリス様っ!?」
フラウさんが悲鳴にも似た制止の声をあげる。
けれど、あたしは考えるよりも早く、無我夢中で駆け出していた。
血に濡れた場所へ…。
自分の今までの常識では考えられないような惨状を呈する場所へ…。
何かに突き動かされているかのように…。
手に持った刀で払うように邪魔な障害物を斬る。
気持ちは『早く!!早く!!』と急いているのに思い通りに進めないことに苛立ちが募る。
急いでいた所為で斬りきれなかった木の枝や背の高い草等がピシッピシッと無我夢中で走るあたしの顔や太もも等、無防備な部分を傷つけ小さな傷を増やしていく。
更に所々、地面から顔を出す木の根や腐葉土に足をとられ転びそうだ。
それでもスピードを緩める事などせずに只々、あたしは走った。
あたしが駆け出してから彼等の側に到着するまで大して時間はかからなかったようだ。
数十メートル離れた先に見える血溜まりの中には¨人だったモノ¨と、その¨残骸¨。
地面を所々、赤く染めあげる血痕。
フラウさんと一緒に居た場所から見えていたモノ以上の悲惨さにあたしは息をすることさえ、一瞬忘れてしまう。
顔を顰めながら徐々に彼等との距離を詰める。
近付くにつれ、生臭い血の臭いと糞尿の独特の臭いが鼻を突く。
充満している臭いに嘔吐してしまいそうになりながらも、この¨地獄¨を作り出した元凶をあたしは真っ直ぐ見詰めた。
彼等も熊に似たような魔物も先程の場所から動いていなかった。
三メートルはありそうな熊に似たような魔物の巨体は血濡れていて。
真っ黒な毛皮は血濡れた部分だけ黒光していた。
涎を垂らしている大きな口からは鋭い歯が見え隠れしている。
...質の悪いガラス玉のような赤黒い魔物の瞳と目が合う。
ゾクゾクと先程まで感じていたモノとは異なる感覚。
その感覚を感じた瞬間、あたしは地面を蹴り熊に似たような魔物へと斬りかかっていた。
「おいっ!!無茶だ!!やめろ!!」
後退していた冒険者の1人が魔物へと斬りかかるあたしに驚き静止の声をあげる。
『グヲオオオオッ!!』
あたし目掛けて熊に似たような魔物の丸太のような太い腕が降り下ろされた。
首をはねられた冒険者の血が付着したままの鋭い漆黒の爪。
それを避けることはせずに刀で受け止めると弾き飛ばしバランスを崩した魔物の胴体部分へと回し蹴りを放つ。
ドスッ!!
思っていたよりも重い音がして熊に似たような魔物が軽く浮くように吹っ飛ぶ。
そして、ゴロゴロと土埃を巻きあげながら転がると数メートル離れた場所にあった大木にぶつかり大きな音をたてて止まった。