第15話 変わるものと変わらないもの
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「…ひとまず、これで一安心ですわ。すぐにお茶の準備をいたします。リン様、こちらへどうぞ」
そう言って窓際にある椅子をすすめてくれるフラウさんに「ありがとう」と告げて、あたしはつま先立ちをしながらどうにか椅子に腰掛けた。
……やっぱり幼女って不便だ。
さっさと話して姿を変えよう。…うん。
あたしは小さくため息を吐くと、お茶の準備をしてくれている私服姿のフラウさんを見詰めた。
ちゃんと正規の手続きがされていたらしく。
あたしも普通にお城から出れた。
そんなあたしを連れてフラウさんが入ったのが城下町に在るこの宿屋。
町の中心に程近いここは料金のわりに小綺麗で有名らしく時折、貴族の"若様"とかも宿泊するらしい。
……さて、どうしたもんか。
何と言って切り出せばいいんだろう。
実はあたし、19才の女子大生なんです…とか?
いやいや、今のまんまだと信じてもらえなさそう。
先に指輪を嵌めて姿を変えた方がいいよね?
てか、女子大生って言っても、こっちじゃ通じそうにないよね?
…ど、どうしよう。
学生で通じるかな?
「…リン様、どうかなさいましたか?」
いつの間にか、うんうん唸っていたらしい。
あたしの大好きなミルクティーとクッキーの入ったお皿を目の前のテーブルに並べながらフラウさんは、うんうん唸っていた痛々しいあたしを心配そうに見詰めている。
「ううん、どうもしてないよ。大丈夫」
「そうですか。何かございましたら遠慮なくおっしゃって下さいね」
「うん。ありがとう、フラウお姉ちゃん」
あたしがそう言うとフラウさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あ、そうでした…。リン様、先程、『後程説明させていただきます』と申した件ですが今から説明させていただいてもよろしいですか?」
「あ、うん」
「ありがとうございます。では、説明させていただきますね。まず、私の正式な名はフラウ・フォーリア。ここ、トゥーリアの王兄であるクアトル・フォーリア大公爵の三女です。我がフォーリア家は父を筆頭に自由な人間の集まりでして……。その…、フォーリア家の一員である私が城にメイドとしてあがったのも結婚をするより働きたかったからなんです。そのときに現国王陛下とお話をして、まだ先の事はわからないからと、いつでも退職出来るようにお願いをしておきました。リン様をすぐにお連れ出来たのも、その事があったからですわ。それと、城内で私がフォーリア家の者だとご存知なのは陛下とメイド長だけなのです。……ですから、将軍や他の者たちにリン様の行方がわからぬよう急いでお連れするような形になってしまいました。急かすような真似をしてしまい申し訳ございません」
そう言って申し訳なさそうな表情で深々と頭を下げるフラウさん。
そんなフラウさんの様子をポカーンと間抜けな表情であたしは時間にしたら数秒程、見詰めていた。
…………へ?
…王兄って事は王兄殿下ってヤツ!?
大公爵家って事はフラウさんって実はもの凄いお嬢様じゃん!!
そんな凄いとこのお嬢様を旅に連れてって大丈夫なの!?
「そ、そーだったんだー…。フラウお姉ちゃん、ありがとう」
どうにかそれだけ返すと、あたしは目の前のミルクティーに口をつけた。
「…いいえ。そんな、ありがとうだなんてなんと勿体無いお言葉!!これからも誠心誠意、リン様に仕えさせていただきます!!」
何故か祈るみたいに指を組みキラキラした目で、あたしを見詰めるフラウさん。
「えっと…よろしくお願いします」
そんなフラウさんの勢いに呑まれてしまったあたしは自分でも気が付かないうちにそう返していた。
…てか、今が話をするチャンス?
「あ、あのっ…」
「はい、どうかなさいましたか?」
「…リー、フラウお姉ちゃんにお話したい事があります。大事なお話です。聞いてもらえるかな?」
フラウさんが『将軍や他の者たちにリン様の行方がわからぬよう急いでお連れするような形になってしまいました』と言ってくれた言葉を疑いたくない。
…フラウさんの優しさを疑いたくない。
フラウさんのあたしを見る目が変わるかもしんないけど、ちゃんと話してみよう…。
もし、もしもだけど。
フラウさんが裏で宰相とかと繋がっていたとしても。
……後々、面倒な事になっても、それはそれでいいような気もしてきた。
多分、そう思えるくらいフラウさんの事を、あたしは好きになっちゃったんだ…。
真剣なあたしの表情にフラウさんも表情を引き締め「はい」と返してくれた。
「ふぅ…。準備してくるから座って待ってて」
小さく深呼吸したあたしは、この世界の宿屋にしては珍しいバスルームへと四次元バックを持って入った。
バスルームに入ったあたしは四次元バックからお城を出る前に想像具現で作った指輪を取り出す。
その指輪を緊張で震えながら左手の中指にそっと嵌めた…。
その瞬間―…。
グラリと世界が揺れた気がして。
立ち眩みにも似たその状態をやり過ごそうと、あたしは咄嗟にしゃがみこみ目を閉じた。
「…うぅー…、なんかビミョーに気持ちワルー…」
目を開けたあたしは、ゆっくりと立ち上がり"慰謝料"としてお城からいただいてきた手鏡を使って自分の姿を確認し瞠目した。
「……うわぁ、外套がショート丈になってる。…中は破けてるし。ちゃんと成功したのに素直に喜べないのは何でだろうか…」
服も変化してくれれば良かったのに…。
軽く落ち込みながらも部屋で待ってくれているフラウさんのところへと戻る事にした。
バスルームから出たあたしを見たフラウさんは大きな目を更に大きく見開きはしたものの、外套を見てあたしだと理解してくれたらしい。
「フラウさん、ごめんね。本当はあたし19才なんだ。うまく説明出来るかわからないけど聞いてもらえるかな?」
内心ヒヤヒヤしながらフラウさんの反応を伺う。
「…は…い…」
「良かった…。ありがとう。じゃあ説明するね――…」
「……では、もう二度とあの可愛らしいお姿は拝見出来ないと…そういう事ですか!?」
あたしの内心ヒヤヒヤで下手くそな説明を聞いたフラウさんの第一声はソレだった。
しかも、その声と姿は惨憺悲愴<サンタンヒソウ>の極みと言わんばかり。
「へ?」
いやいや!!
あたしもっと凄い事を色々、包み隠さず言ったよねっ!?
膨大な魔力の話とかさ、"禁術"使えるとかさ、"神様"に会ったとかさ!!
それこそ"勇者"とか簡単になれちゃうくらい自分TUEEEEって話をしたよねっ!?
それを全てスルーして、たどり着いたのがソレですか!?
え!?マジで!?
あ、あれ?おかしいなぁ…なんか目から汗が…。
「…私、リン様がリン様であればかまいません。私は"リン様"についていくと決めましたから。あまりにも短い時間で早計だと言われるかもしれません…。ですが、何を言われようと私の気持ちは変わりませんわ」
そうキッパリと言い切るフラウさんを見て、あたしは色々と込み上げてきてしまい泣きたくなった。
「ありがとう、フラウさん」
「いいえ。そんな大切なお話を知り合って間もない私なんかにしてくださりありがとうございます。リン様の信頼に応えれるよう、これからも誠心誠意お仕えさせていただきますわ」
満面の笑みで答えてくれたフラウさんに、あたしはもう一度「ありがとう」と呟く。
そして、漸く安心したあたしは"冒険者ギルド"(通称ギルド)に行きたかった事を思い出した。
「あ、そうだ。ギルドに行きたいんだけど一緒に行ってもらえるかな?」
ギルドに行くのならと、フラウさんが大急ぎであたし用の服を調達しに行こうとするのを引き止めて想像具現で動き易そうな服を作って着替え最後に新しい外套を身に纏った。
そして、ショート丈になってしまった外套と破ってしまった服は処分する事に。
勿体無いけど着れないし。
「では参りましょうか」
「うん」
部屋に鍵をかけた後、念のためにあたしたち以外が立ち入れないように"結界"を張る。
そうやって、二重の防犯を施して。
"ギルド"に向かう為に賑やかな町中へと、あたしたちは繰り出した。
……とうとうギルドデビュー!!
どんなとこかな?
ゲームや小説とかでしか知らないから凄く楽しみ!!