第10話 自業自得と勘違い
冷めてしまったミルクティーを一口飲みあたしは気が付かれないように小さく溜め息を吐いた。
「正直に答えていただきたい。リン殿は勇者様なのでしょう?」
……うん。いったい何がどーしてそうなった?
召喚された時にあたしみたいな幼い子供が勇者な訳がないと筆頭魔術師のオジサンに向かって言ってくれたじゃないかー!!
腹黒宰相の裏切り者ー!!
仕切り直した宰相が告げた一言にあたしは軽く心中で悪態をつく。
「…ゆーしゃさまってなーに?」
そんな心中はおくびにも出さず首を傾げてそんな単語初めて聞きましたと言わんばかりのポーズで宰相に問いかけてみた。
「リン殿はご存知のはずですぞ?そのお姿も魔術で変えていらっしゃるのでしょう?隠さずとも良いではありませんか」
宰相が口を開く前に胡散臭い笑顔を貼り付けた筆頭魔術師のオジサンが口を開く。
えー…?
何でそんな話になってんのー?
面倒くさいなー…。
「リー、知らないよ?…リーはいつもみたいにママに言われて迷いの森でお花を摘んでただけだもん。そ、そしたらっ…」
そこまで言ってあたしは瞳を潤ませる。
勿論、素でそんな器用な事は出来ないので想像具現を使って。
その際にネックレスを握り締めて魔石の1つを使う。
そのお陰で微かな魔力を消費するだけで済むようになる為、気付かれる事はないはずだ。
もし気が付かれたとしても保険はかけてあるので大してこちらが困る事はないだろう。
「し、しかしですなリン殿、リン殿の身の安全の為に私がつけておいた部下が慌て報告に来たので調べさせていただきましたが昨日からこの部屋には膨大な魔力の障壁が展開されているのですぞ!?筆頭魔術師である私をはじめとした城内に居る魔力持ちが束になっても破る事の出来ないほどの強固な障壁が!!それこそが何よりの証拠ではありませんか!?」
狼狽えながらも筆頭魔術師のオジサンはあたしに向かってそう告げる。
うぇー…。
マジかよぉー…。
昨日は一応見張ってただけだったのー?
今日、見張られてたのは自業自得ー…?
確かに昨日"影"対策として最高位の保護結界を施したし"遮断"もまだまだ効果が切れそうにないだろうなーとは思ってたけど…。
自分の事だけどさー…はっきり言ってチート過ぎるでしょー…。
調子に乗りすぎたかなー…?
……うん。まぁ、済んだ事は気にしても仕方ない。
能力に関しては、あとから考えるとして……。
「リーじゃないよー。魔力の使い方とかママにまだ教えてもらってないもん
だからママからもらったお守りをリーはつけてるんだもん」
あたしの言葉に筆頭魔術師のオジサンに割り込まれてからは黙って様子を見ていた宰相が反応を示す。
「リー殿の母君も魔力をお持ちなのですか?」
「うん。そーだよ。花ちゃん家のママがリーのママは白の魔女って呼ばれてて、すごーく有名なんだって言ってた。なんか他国ってとこの王さま達が挙ってリーのママの力を欲しがってるって。でもママはリーと2人で居たいんだって」
幼女の姿に変えてもらったときに考えていた身の上話の一部をさも近所のオバサンに聞いたような口振りで幼女っぽく語ってみた。
「…ほう…。それは凄そうですね。…リン殿が仰っていたお守りは今どちらに?」
あたしが言っている事を全て信じたって訳じゃなさそうだけれど興味は引いたらしい。
あたしは首から提げていたネックレスを宰相に渡した。
想像具現で作ったネックレスを。
シャランと小さな音をたてて宰相の手に渡ったネックレス。
そのネックレスを3人はとても興味深そうに見詰めている。
「…これはっ…!?」
急に筆頭魔術師のオジサンがネックレスを宰相の手から奪った。
フルフルと震えながら貴重な物を触るような手つきで慎重にネックレスに触れている。
その姿を宰相は真剣な表情で。
将軍は不思議そうな表情で見詰めていた。
「こ、これは…す、凄い…っ!!リン殿、これをリン殿の母君はどうやって手に入れられたのですかな!?」
「ど、どうやって?それはママがリーの為だけに作ったんだよ?」
興奮している筆頭魔術師のオジサンに若干引きつつもあたしは考えていた話を伝える。
ガタンッ。
「な、なんと!?それは…誠ですか!?」
「アルベイン殿、そのネックレスがどうかしたんですか?確かに素晴らしい代物ですが…」
目をこれでもかってくらい見開きながら急に立ち上がった筆頭魔術師のオジサンの様子に将軍がどこか呆れたように言葉をかける。
「何を仰いますか!?これの価値はその程度ではありませんぞ!!確かに外見も素晴らしい。しかし!!本当に素晴らしいのはネックレスに埋め込まれている魔石に封じ込められている魔術です!!」
「…魔石に封じ込められている魔術ですか?」
筆頭魔術師のオジサンの言葉に興味を示したのは真剣な表情で見詰めていた宰相だった。
「えぇ、そうです!!この3つの小さな魔石にはそれぞれに最高位の魔術がいつでも発動出来るような状態で封じ込められているようですな!!……ん?あぁ、失礼。1つは既に発動されているようです…」
「発動されている…とは?」
「……おそらくですが昨日からこの部屋に展開されている膨大な魔力の障壁。その正体が、この魔石から何らかの事情で発動した魔術だと……私は結論づけました」
宰相の問いかけにばつが悪そうに答える筆頭魔術師のオジサン。
目線を宰相と将軍に合わせないようにしながら、ゆっくりとソファーに座りなおしている。
「…つまり、リン殿の魔力ではなかった…という事ですか?」
「…そのようですな」
宰相の問いかけに渋々といった様子でそう返すと筆頭魔術師のオジサンはフラウさんの淹れてくれたお茶に口をつけた。
うんうん。いいねーいいねー。
なんか思い通りに話が進んでるかもー…。
でもさー、その発動してる"魔石"の"魔術"(ここでは魔法の事を魔術っていうっぽい)は、さっき目を潤ませる為に使った想像具現の魔力を僅かで済ませる為の補助的な魔術だったんだけどなー…?
まぁ勘違いしてくれてあたしとしてはラッキーなんだけどさー。
「アルベイン殿!!そのようですな、じゃないだろう!?貴殿ら魔術師団がリン殿は勇者様に違いないと言ってたではないか!!このままでは我が国はリスタニアの思う壺だぞ!?」
筆頭魔術師のオジサンの言葉に将軍が眉を顰めながらそう告げる。
…………はーい、何か聞き捨てならない単語がキター…。
何であたしが勇者じゃないとリスタニアの思う壺なのさー…?
めっちゃ面倒事の嫌な匂いがするんですけどー?
「…ジュドー殿、その話はまた後程。それより…リン殿が勇者様でないとなると、また話が変わってきてしまいますね。リン殿をこのままこちらへ置いておくことも難しいでしょう。アルベイン殿、リン殿を元の場所へと還すことは可能ですか?」
「……それは……」
「…出来ない、と。そういう事でしょうか?」
「…で、出来ない訳ではないわ!!た、ただ少し時間と人材が足りないだけで…。召喚出来たのだから時間と人材さえあれば理論上は元の場所へと還すことも可能な筈だ!!」
…しかも理論上かよ。
「…時間と人材ですか…。今の我が国では難しいでしょう。そうなると…リン殿には申し訳ないですが一刻も早く今後の身の振り方を考えていただかなければなりませんね…」
……勇者じゃないと確信したらポイですかー?
しかも身の振り方って幼女に言う言葉じゃないだろー!?
まぁ、願ってもないお言葉なんですけどねー?
……色々と聞き捨てならない単語もありましたが。
ちょうど出ていく予定でしたし。
「…リー…お家に帰れないの?」
ひとまず、あたしの立場としては、帰れないという事実に泣いておかないと可笑しいだろうと思ったので想像具現を使って泣いておきます。
「か、帰れぬ訳ではない。いつかは帰れる。それ迄どこかの家に養女としてはいるだけだ」
敬語で話す事を止めた筆頭魔術師のオジサンが狼狽えながらもそう説明する。
……ようじょをようじょにですか?
あー…うん。つまんない事を言ってごめんなさい。
…猛省します。
「リン殿!!リン殿さえ良ければすぐにでも我が家にいらっしゃいませんか!?なぁーに私には妻も子供もおりませんし気兼ねをせずとも大丈夫ですぞ!!」
いやいやいやいや!!
気兼ね云々の以前に大問題だろ!!
「……フォルディモア様、アルベイン様、ジュドー様、差し出がましいようで申し訳ございませんが今はリン様をお一人にさせていただけませんでしょうか?突然の事にショックを受けておられる様ですし…またこの件に関しては日を改めていただいた方がよろしいかと存じます」
それまで、静かに事の成り行きを見守っていたフラウさんが3人を見詰めてそう告げた。
静かな室内にあたしの鳴き声としゃっくりの音が響く…。
「…そうですね。いくらしっかりされているといっても、まだ幼い。今日はここまでにしましょう」
「そ、そうですな。……では、こちらはお返ししておきましょう」
宰相の言葉に筆頭魔術師のオジサンも言葉使いを直して賛同する。
その際に若干、名残惜しそうにネックレスを返してくれた。
「うむ…。ではまた後日、正式にお話をさせていただきましょうかな」
最後に将軍がそう告げると3人はゆっくりとソファーから立ち上がる。
勿論、お見送りなんてものをするつもりが無いあたしはテディベアに抱き付いて盛大に泣いておいた。
……フラウさん、ありがとー。
流石、メイドさんの鏡!!
素敵です!!
どうやって追い出そうか悩んでたんだよねー。
見張られてた理由も分かったし。
今なら少しくらい無茶をしても家に帰れない事に悲観した幼女がまたネックレスの魔石を使ったんだろーみたいな感じで見逃してくれそうだし。
出ていく準備でもしよーかねー…?