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俺の嘘と電子と信号  作者: 屋上の住人
1/1

プロローグ『嘘』

 小さな光の大群が頭の中を駆け巡る。

 一万、一億、一兆…。その数は計算不能。

 体の中を駆け巡る電子量の大きさは思いの強さ。

 

 感情、無情、感情。

 冷たさ、暖かさ、痛さ。

 悲しい、うれしい、苦しい。

 それらの光は色をもって表現される。



 ++++++++++++++++++++++++++++++++++




 一人の青年が目を覚ました。視界がぼやけているのかどこか虚ろな顔をしている。



「ここは…げ、んじつだよな」



 意識が少し、また少しと戻ってきたのか、表情がだんだんとしっかりとしたものに変わっていく。



「だめだ…しっかりしなければ」



 パチンッと顔を叩く音と赤く腫れる頬。青年はここが現実か仮想かが区別つかないと嘆きながらゆっくりと座席から立ち上がる。



 ぐぃっ…

 


「おっ…とっと…外すのを忘れていたよ」



 頭部が何かに強く引っ張られ、思わず仰向けに転びそうになり、慌ててその何かをはずす。数本のコードと繋がっていたその『仮面』は黒い大きな机の上に置かれる。ポキポキと体を鳴らしながら大きく伸びをして、青年は自分の部屋から出た。

 

 青年の名は『天海 雄児』(あまみ ゆうじ)と言う。しまりのない顔を見れば、女性からはため息をつかれ、男性からはからかいの笑いが浴びせられるのが日常のこの青年だが、このしまりのない顔を除けばいい男である。



「イケメンに生んだくれた両親に感謝だ」


 

 『フラッシュイノベイーター』という入るだけでも権威、『特権』を持つとされる研究機関で働く父…『天海 龍太郎』(あまみ りゅうたろう)と母…『天海 奈々子』(あまみななこ)を持つ。

 青年…いや、雄児はいつもそれを鼻にかけており、そして自慢をしているせいか、親の七光りというレッテルを貼られている。本人は七光りと言われても特に気にしないようだ。



「別に自慢くらいしてもいいじゃないか」



 ユウジには家族がもう一人いる。姉であり女優の『天海 麗華』(あまみ れいか)本名『天海 綾』(あまみ あや)。



「とびきりの美人だ。お前らがみたら目を見張るくらいのな…でも俺は苦手だ」



 雄児の天敵であり、童貞を奪われ…性関係をもつ。

 性関係 …せい……か…ん…けい。ずばり性交渉をする関係にあるという事だ。



『え…』


「…突っ込んだら負けだからな」



 じょろじょろじょろじょろ…トイレで小さな噴水を形成している雄児はそう言った



『何?』


「血の繋がった姉となんて…ハシタナイ…と突っ込んだら負けだからな。俺は無理やり…されたんだ…つまり、犯された」


『突っ込む? 突っ込むってどういう意味? 卑猥な言葉?』


「えーっと、つ、突っ込むとはひ、卑猥な表現ではなく、漫才でいう、おいっ! こらっ! てきな事をいう人を言っているのであってだな…」



『バンッ!』突如に響くドアが乱暴に開けられる音



「二十歳と一つの歳を取った人とは思えない発言よね」



 雄児の耳元からくるトイレという場所にミスマッチな澄んだ声と耳にかかる熱い吐息。

 びっくりして止まる黄金の噴水。

 その噴水の出所を押さえながらゆっくりと振り返る。そこには…。



「あ、姉貴っ」



 姉貴という言葉に反応するように舌なめずりする女性。天海 綾…『あや』がそこにいた。

 黒のキャミ…ではなくタンクトップ(雄児の)とデニムのショートパンツという簡単な組み合わせ。

 タンクトップは180を若干越えている雄児のであるせいか当然、ぶかぶかであり…。ほんの五ミリ下にずれれば…角度を変えれば…見え…である。

 それに惜しげもなく晒された長くてキュッとしまった脚がまた男の理性を揺さぶるものだ。



『せまいよ…出したいよぉ…ご主人様ぁ』


「はっ…いけない」



 膀胱が突如上げた悲鳴に、雄児は妄想の世界から現実世界に引き戻され、自分が用を足す途中である事に気づく。慌てて開放してやろうと前を向き臨戦態勢に入るのだが…。



「ふふっ」



 噴水を吐き出そうとするそれを横から、30センチ程の距離から眺めている顔の存在が気になってそれどころではない。これでは膀胱君の苦しみを解放してあげられない。それはなんと悲しい事か。

 雄児は少し涙ぐみながら、顔の主であるあやに告げる。



「あの…姉貴? そこにいると困るんだけど?」


「で?」


 

 悪魔な顔と非情な声が膀胱君と雄児を震え上がらせる。膀胱君は怖くて『ガタガタ』と震えだす。雄児は心の中で呟く。負けちゃだめだと。

 雄児は悲痛の面持ちをしながら懇願してみる。


「出て行ってくれないかなぁ…お願いだからさ」


「やだ」


「ガーン」


『ガーン』



 『ガーン』と雄児と膀胱君が絶望を味わう中、あやは楽しそうにまたふふっと小さく笑う。

 武力行使であやをここから追い出すこともできたのかも知れないが、今の体勢ではどうにも分が悪い。いや訂正しよう。例え今のような絶望的な状況でなくても雄児はあやには勝てない。

 あやは空手黒帯なのだ…。女優で多忙の日々をおくっている癖に常日頃から鍛錬を怠った事がないというステータスつきだ。

 一年前から運動らしい運動は朝のランニングぐらいしかしていない雄児にとっては反射神経、運動神経等は過去の代物となってしまっている。

 筋力では圧倒的に勝っている男であるというのに、当たらないと意味がない格闘戦においてはなす術もないと雄児の心は告げるのだ。実に情けない。

 何か格闘を学べばよかったと痛切に思う雄児であったが、現状突破の鍵にはならない。

 

 

 膀胱君はもういいよねと雄児に確認をとり、どうしようもない無力感とともに雄児は首を立てに振った。

 膀胱君はプライドを捨てた雄児に親指を立て、排出欲に身を任せた。



『じょろじょろじょろじょろ』


「……くそ」



 恥ずかしい。いつも自分の姉に苛められている雄児だが、これ程の恥辱を受けたのは21年という人生の中でも上位に入ることであろう。



『ぴた』



 噴水は止まった。本来ならば膀胱君とともに喜びを味わうはずなのだが、喜びの宴を上げたのは膀胱君だけで、彼のマスターである雄児はいなごに荒らされた田んぼのような顔をしていた。

 チャックを上げる音とともに水の流す音がするが、なんとも悲痛な響きを含んでいた。

 振り向きざま、雄児は手を洗いに洗面台に向かおうとするが、形のいい手に阻まれた。

 ベクトルを無理やり洗面台の方向からあやの方に向けさせられる。そしてそのまま後ろに押されて背中が壁に『どんっ』と着く。



「なんだよ…今度は」



 少し疲れたようなうんざりとした声色を持つそれに、あやはただ微笑むだけだ。

 数秒見つめあった後、あやは雄児の首に腕を伸ばし絡める。

 近づいてくるあやの顔を見ながら、そういえば姉がここ『二ヶ月』仕事で家を空けてたと雄児は気づく。今までは何だかんだでよく家に戻り、雄児とあやは家で馬鹿騒ぎをしていた。

 二人の両親は滅多に帰っては来なかったから、姉であるあやがいなくなると雄児は一人でこの広い空間を使うことになるのだ。彼女ができれば姉の策略ですぐに分かれるし、彼女がだめなら友人を呼ぼうとして、何度か呼んでみたのだが、何か違うのだ。何かが。

 

 

『ちゅっ』



 雄児のゲートをこじ開けられ、あやの舌の侵入を許す。ずっと侵入されているのも癪にさわるのか反撃をすることにした雄児。深く考えるのはよそうと思ったのだった。

 

 


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 時間がどのくらい経過したのかはわからない。腕時計を見るわけにもいかない。

 仕様がないから、自分のだんだんと速くなる心臓の心拍数の数を数えることにした。

 


『1…2…3…4…』


 

 この暇な時間には心拍数を数えるのが一番いい。と誰かが言ってた気がする。



『60、61、62』



 冷蔵庫に余りの食材ってあったっけな? なかったら買出しにいかなきゃな。でも面倒くさいな。姉が帰ってきたんだったら奢ってもらおう。高級レストランに行こう。

 情けないからやめとこう。



 ……………。………。…。



「っ!」



 いつの間にか自分の方が侵入していると気づいた時だ。

 唇を慌てて離す。糸を引くとかそんなロマンチックなシーンはない。

 獣。獣のようによだれでぐしょぐしょに濡れるまで、今までむさぼっていた。ただがむしゃらに貪っていた。

 『俺』は呆然とする。

 何をしているんだ俺は…。何で俺が積極的になっているんだ。俺はこういうキャラじゃない。

 『姉貴』…は小さく口で息をしている。呼吸する機会が少なかったのだろう。息苦しそうにしている。

 と客観的になって冷静になろうとした矢先に目が合ってしまう。迂闊だった。

 その目はまるで悪いことをした子供をたしなめる…ではなく、からかうような目をしている。



「はぁ…はぁ…はぁ」


 何が言いたいんだよ。言いたいことがあるなら言った方がいい。少し身構えながら姉貴の言葉を待つ。どんなことを言われても動揺しないからな。



「寂しかった?」


『ドキッ』


 

 『ドキッ』少女マンガに出てきそうな音がリアルに聞こえた気がする。平たく言えば動揺してしまった。そして動揺した時におけるベタな回答を俺はしてしまった。どもりつきでだ。



「? な、何を…いって…」



 真っ直ぐに見つめてくる瞳から目を離せない。だから嘘をつけない。俺は昔からそうだ。

 目の前にいるこの女性にだけは嘘をつけない。



「寂しかった?」



 嘘をつけない…。



「寂しかった?」



 つ、け…な、い。



「寂しかった?」


「寂しかった…すごく寂しかった…寂しくて死にそうだった」



『ペロッ』

 

 

 トイレというロマンチックのロの字もない場所で、そんな恥ずかしい事を言った俺の口周りの唾を舐めた人がいる。

 そして再び口の中に侵入してくるものがあった。

 拒めない。拒めばそれは自分に嘘をついていることになるからだ。

 




            プロローグ『嘘』完


 

 


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