婚約破棄の際に血で呪った指輪が元婚約者の愛人を発狂させたので、私は真実の愛を見つけることにしました
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「その指輪、アリシアに相応しいと思わないか?」
王太子リヒャルトの言葉が、満場の貴族たちの前で響き渡った。
春の夜会。シャンデリアの光が踊る大広間で、私——エレノア・フォン・ヴァイスシュタインは、八年間連れ添った婚約者からそんな言葉を投げかけられていた。
(ああ、またですか)
内心でため息をつく。隣でアリシア・メルローズ嬢が「まあ、殿下……私なんかには勿体ないですわ」と頬を染めている。その演技力には素直に感心する。私には到底真似できない。
「殿下、それは婚約破棄のお申し出と受け取ってよろしいのでしょうか」
私は穏やかに問いかけた。
リヒャルトは一瞬たじろいだ。おそらく、私が泣き崩れるか激昂するかを期待していたのだろう。残念ながら、そのどちらも彼には与えてあげられない。八年間、この瞬間を予測していなかったとでも?
「そ、そうだ。エレノア、君との婚約は解消する。君は地味で陰気で、王太子妃に相応しくない」
周囲からどよめきが起こる。
(地味で陰気、ですか。殿下が社交の場に私を連れ出さなかったからでは?)
もちろん口には出さない。代わりに、私は静かに微笑んだ。
「承知いたしました。では、この指輪をお返しいたします」
右手の薬指に嵌まった銀の指輪——八年間、一度も外さなかった婚約の証。私がそれに手をかけた瞬間、リヒャルトが私の手首を掴んだ。
「待て。その指輪は俺が外す。アリシアに直接嵌めてやりたいのでな」
「殿下、それは——」
「黙れ」
彼は私の言葉を遮り、乱暴に指輪を引き抜こうとした。
痛い。
八年間嵌め続けた指輪は、私の指に馴染みすぎていた。無理やり抜こうとする力に、皮膚が悲鳴を上げる。
「っ……」
「何をぐずぐずしている。さっさと抜け」
「殿下、お待ちください。傷が——」
アリシアが心配そうな声を上げる。だが、その目は笑っていた。
(ああ、貴女はそういう方だったのですね)
知っていた。最初から知っていた。けれど、証明する術がなかった。
——今この瞬間までは。
ぶちり、と嫌な音がした。
皮膚が裂け、鮮血が銀の指輪を濡らす。それでも、リヒャルトは手を止めなかった。ようやく指輪が抜け落ちたとき、私の薬指は見るも無残に傷ついていた。
悲鳴が上がる。貴婦人たちが扇で顔を覆い、紳士たちが顔をしかめる。
しかし、リヒャルトは意に介さなかった。血に濡れた指輪を掲げ、勝ち誇ったように笑う。
「さあ、アリシア。これが君の——」
「殿下」
私は彼の言葉を遮った。傷ついた指から血が滴り落ちる。それでも、私は微笑んでいた。
「その指輪、どうぞお持ちください」
「……何?」
「ただし——」
私は血に濡れた指輪をじっと見つめた。
「——この血の呪いごと」
一瞬、大広間が静まり返った。
そして、アリシアが笑った。
「まあ、エレノア様。呪いだなんて、子供じみた脅しですこと。負け惜しみにしても、もう少し品のある言葉を選ばれては?」
彼女はリヒャルトから指輪を受け取り、躊躇いなく自分の指に嵌めた。私の血がまだ乾いていない、その指輪を。
「ほら、何も起こりませんわ」
「ええ、今は」
私は静かに答えた。
「アリシア様、その指輪はとてもお似合いですわ。どうか末永くお幸せに——外せなくなる前に、十分楽しんでくださいませ」
「な、何を——」
「エレノア、いい加減に——」
リヒャルトが怒鳴ろうとしたとき、大広間の扉が開いた。
「——失礼」
低く、冷たい声。氷のような静寂を纏った男が入ってきた。漆黒の髪、琥珀色の瞳。北の辺境を治める「氷の辺境伯」——クロード・ヴァン・ノルトハイム。
彼は真っ直ぐに私のもとへ歩み寄り、無言で私の傷ついた手を取った。
「——これは」
「辺境伯閣下、私は大丈夫です」
「大丈夫ではない」
彼の目が、射殺さんばかりにリヒャルトを睨んだ。大広間の気温が数度下がったように感じた。
「王太子殿下。婚約破棄はご自由に。だが、この傷は何だ」
「な、なんだ貴様。これは殿下と婚約者の問題——」
「元、婚約者だ」
クロードは冷たく言い放った。
「そして俺は、この令嬢の古い友人だ。友人が傷つけられて黙っていられるほど、俺は人間ができていない」
(友人……でしたか)
確かに、幼い頃に何度か顔を合わせた記憶はある。けれど、それだけ。彼がこれほど私のことを気にかけていたとは知らなかった。
「エレノア嬢。手当てが必要だ。俺と来てもらえるか」
「……ええ」
私は頷いた。振り返ると、リヒャルトとアリシアが唖然とした顔でこちらを見ていた。
「お二人とも、お幸せに」
最後にそう告げて、私は大広間を後にした。
——八年間の牢獄から、ようやく解放された瞬間だった。
* * *
婚約破棄から七日が経った。
私はヴァイスシュタイン公爵邸の自室で、侍女頭のローザが淹れてくれた紅茶を啜っていた。傷はまだ完全には癒えていないが、日常生活に支障はない。
「お嬢様、また招待状が届いております」
ローザが銀盆の上に積み上げられた封筒を見せる。婚約破棄後、なぜか社交界からの招待が殺到していた。以前は「地味で陰気な公爵令嬢」として存在すら無視されていたというのに。
「貴族社会とは現金なものですわね」
「全くでございます。手のひらを返すにしても、もう少し上手くやればよろしいのに」
ローザの毒舌は健在だ。
「ところでローザ、例の件は?」
「はい。予想通りでございます」
彼女は一枚の紙を差し出した。王宮からの報告書——もちろん非公式の、裏ルートで入手したものだ。
「アリシア・メルローズ嬢の指輪が、変色し始めているとのこと。まだ僅かな曇り程度ですが、日に日に酷くなっているようです」
「そう」
私は紅茶を一口含んだ。
(始まった)
審判の巫女の血——私の一族に伝わる特殊な体質。その血に触れた宝飾品は、持ち主の本性を暴く呪物と化す。
嘘をつけばつくほど、隠し事をすればするほど、宝飾品は錆び、腐食していく。そして最後には——持ち主から二度と外れなくなる。
「八年間、よく耐えました」
ローザが静かに言った。
「お嬢様がその血のことを隠し、王太子殿下に仕えてきたのは、全てヴァイスシュタイン家を守るためでございましたね」
「……ええ」
王家は、審判の巫女の血を利用しようとしていた。だから、私を王太子の婚約者に据えた。政敵を排除するための「道具」として。
私はそれを知りながら、従順な婚約者を演じ続けた。いつか、この日が来ると信じて。
「お嬢様」
「なに?」
「ざまあみろ、でございます」
私は思わず吹き出した。
「ローザ、それは侍女が主人に言う言葉ではありませんよ」
「失礼いたしました。では言い換えます——因果応報、でございます」
「同じことです」
ノックの音が響いた。
「お嬢様、辺境伯閣下がお見えです」
応接間に降りると、クロード・ヴァン・ノルトハイムが窓辺に立っていた。逆光で表情は見えないが、その存在感だけで空気が引き締まる。
「閣下、お待たせいたしました」
「……ああ」
相変わらず言葉が少ない。社交界で「氷の辺境伯」と呼ばれる所以だ。
彼は振り返り、真っ直ぐに私を見た。そして、唐突に言った。
「手は」
「は?」
「傷。見せろ」
「あ、ええ……」
私は右手を差し出した。彼は無言でそれを取り、包帯の上から傷の具合を確かめる。その仕草があまりにも自然で、私は少し面食らった。
「……まだ痛むか」
「いいえ、もうほとんど」
「嘘をつくな」
「っ——」
見透かされた。確かに、まだ少し痛む。
「薬を持ってきた。北方の傷薬だ。よく効く」
彼は小さな瓶を差し出した。琥珀色の液体が入っている。
「……ありがとうございます。わざわざ、これだけのために?」
「いや」
クロードは少し逡巡するように視線を逸らした。この男にしては珍しい反応だ。
「——話がある」
「話?」
「お前の血のことだ」
私は息を呑んだ。
「……知っていらしたのですか」
「ノルトハイム家は、古くから審判の巫女の一族と繋がりがあった。俺の祖母が、お前の曾祖母と友人だったらしい」
「そう……でしたか」
「だから知っている。お前の血が何をもたらすか。そして——」
彼は真っ直ぐに私を見つめた。
「——王家が、その血を利用しようとしていたことも」
「閣下……」
「八年間、よく耐えた」
同じ言葉を、ローザからも聞いた。けれど、彼の口から聞くと、なぜか胸が詰まった。
「俺は、ずっとお前を見ていた」
「……え?」
「王太子に冷遇されているのを、歯がゆく思っていた。だが、婚約者がいる女に手を出すわけにはいかなかった」
彼の声は淡々としていた。けれど、その目には確かな熱があった。
「今、お前は自由だ」
「……ええ」
「ならば、聞かせてくれ」
クロードは一歩、私に近づいた。
「俺と、手を組む気はないか」
「手を……組む?」
「王家は、お前の血統の秘密が漏れることを恐れている。このままでは、お前を消しにかかるかもしれない」
「……承知しています」
「俺が守る」
彼は断言した。
「北の領地は王都から遠い。俺の庇護下に入れば、王家も手出しはできない」
「それは……ありがたいお申し出ですが」
私は少し困惑した。政治的な同盟としては理にかなっている。けれど——。
「閣下には、何の利がありますか?」
「利」
クロードは僅かに目を細めた。
「……利か」
「ええ。貴族同士の協力関係には、相応の対価が必要なはず。私に差し出せるものは——」
「お前自身だ」
「——は?」
「言い方が悪かった」
彼は珍しく、少しだけ焦ったように言い直した。
「俺と、婚約してほしい」
「——」
「お前の血が呪いだというなら、俺がその呪いごと引き受ける。受け入れる。——愛す」
私は言葉を失った。
八年間、誰にも言われなかった言葉だ。王太子は私を「地味で退屈」と蔑み、社交界は私を無視し、王家は私を「道具」としか見なかった。
それなのに、この男は——。
「……閣下」
「クロードでいい」
「クロード様」
私は深く息を吸い、告げた。
「少し、考える時間をいただけますか」
「——ああ」
彼は頷いた。その目に、失望の色はなかった。
「待つ。いくらでも」
* * *
「なぜだ!なぜ外れない!」
王宮の一室で、アリシア・メルローズの絶叫が響いていた。
婚約破棄から二週間。彼女の指に嵌まった銀の指輪は、もはや原形を留めていなかった。表面は醜く錆び、腐食し、まるで何十年も放置されていたかのような有様だ。
そして——どれだけ引っ張っても、石鹸を塗っても、指から外れなくなっていた。
「アリシア、落ち着け」
リヒャルトが宥めようとするが、彼の表情にも焦りが見える。
「落ち着けですって!? この指輪のせいで、私の評判がどうなっているかご存知!?」
評判。
そう、指輪の変化と連動するように、アリシアの「聖女」としての評判は崩壊しつつあった。
始まりは、孤児院の会計帳簿だった。彼女が横領していた寄付金の記録が、なぜか宮廷に流出したのだ。続いて、王太子への接近が全て計算ずくであったことを示す手紙が見つかった。彼女が友人に宛てた、あまりにも生々しい野心を綴った手紙。
「あの指輪、呪われているんですわ!あの女の血で!」
「呪い?馬鹿な、そんな迷信——」
「迷信ですって!?」
アリシアは血走った目でリヒャルトを睨んだ。彼女の美しかった蜂蜜色の髪は乱れ、無垢だった青い瞳は狂気を帯びている。
「あの女、婚約破棄のとき何て言いました!?『この血の呪いごと』って——覚えていないんですか!?」
「あ、あれは負け惜しみだ。そうに決まっている」
「では、なぜこの指輪は錆びているんです!? なぜ私の秘密が次々と暴かれているんです!?」
リヒャルトは答えられなかった。
その時、扉が開いた。
「失礼いたします。殿下、国王陛下がお呼びです」
侍従の声に、リヒャルトの顔が青ざめる。
「父上が……?」
「至急、謁見の間へお越しくださいとのことです。——ヴァイスシュタイン公爵閣下も、ご一緒でございます」
謁見の間には、既に多くの重臣が集まっていた。
そして——私、エレノア・フォン・ヴァイスシュタインも。
「姉上!?」
リヒャルトが驚愕の声を上げる。隣には兄のフリードリヒ、そして辺境伯クロードが控えている。
国王ヴィルヘルムが重々しく口を開いた。
「リヒャルト。説明してもらおうか」
「父上、何のことでしょう——」
「この書類のことだ」
国王が手にしているのは、古びた羊皮紙だった。私はそれが何か、よく知っている。ヴァイスシュタイン家に代々伝わる、審判の巫女の血統に関する古文書——そして、王家がその血を利用するために結んだ「契約書」。
「王家が、審判の巫女の血統を政治利用するために婚約を強いた。この契約書には、歴代国王の署名がある」
フリードリヒが冷たく告げた。
「つまり、リヒャルト殿下とエレノアの婚約は、純粋な政略結婚ですらなかった。我が妹は、王家の『道具』として八年間拘束されていたのです」
「そ、そんな……」
リヒャルトは動揺を隠せない。
「俺は知らなかった!そんな契約、聞いていない!」
「無知は罪を免れる理由にはならない」
クロードが低い声で言った。
「王太子として、婚約者の背景を調べることすらしなかったのか。いや——調べる必要がないほど、彼女に興味がなかったのだろう」
「貴様……!」
「事実だ」
私は静かに口を開いた。
「殿下、私は八年間、貴方に尽くしてまいりました。けれど、貴方が私を見てくださったことは、一度もございませんでしたね」
「エ、エレノア——」
「『地味で陰気な令嬢』。それが貴方の私への評価でした。私がどれほど努力しても、貴方はアリシア様しか見ていなかった」
私は微笑んだ。八年間、作り上げてきた「従順な婚約者」の仮面を、もう被る必要はない。
「けれど、感謝しておりますわ、殿下」
「——感謝?」
「ええ。婚約破棄のおかげで、私はようやく自由になれましたもの」
「ふざけるな!お前は俺に捨てられたのだぞ!」
「捨てられた?」
私は首を傾げた。
「いいえ、殿下。私は解放されたのです。八年間の牢獄から」
国王が重い溜息をついた。
「リヒャルト。お前の愚行は、王家の恥を天下に晒した。審判の巫女の血統を利用しようとした先代たちの過ちは、この場で正式に謝罪する。だが——」
国王は厳しい目で息子を見据えた。
「お前が婚約者を公衆の面前で辱め、傷つけたことは、お前自身の罪だ」
「父上……」
「王太子としての資質に欠ける。継承権を剥奪する」
「なっ——!?」
リヒャルトの顔が蒼白になった。
「そ、そんな!私は何も——」
「何もしていない?」
国王の声が、氷のように冷たくなった。
「婚約者の指を傷つけてまで指輪を奪い、愛人に与えた。それが『何もしていない』か」
「あ、あれは——」
「言い訳は聞きたくない」
リヒャルトはがくりと膝をついた。その隣で、アリシアが呆然と立ち尽くしている。彼女の指の指輪は、もはや真っ黒に腐食していた。
「あ、あ……」
「アリシア・メルローズ」
国王の声に、アリシアはびくりと震えた。
「孤児院の寄付金横領、偽りの評判の流布、王太子への詐欺的接近。全ての罪状が明らかになった。修道院への幽閉を命じる」
「い、いやあああああ!」
アリシアの絶叫が謁見の間に響き渡った。錆びついた指輪を外そうと、狂ったように指を引っ掻く。けれど、指輪はびくともしない。
「外して!外してええええ!」
衛兵に引きずられていく彼女を、私は静かに見送った。
(因果応報、ですか)
ローザの言葉が脳裏をよぎる。
「エレノア」
リヒャルトが、床に這いつくばったまま私を見上げた。その目には、初めて見る恐怖と後悔が浮かんでいた。
「許してくれ。俺が間違っていた。お前の価値を——」
「殿下」
私は彼を遮った。
「私はとうに貴方を許しております」
「——本当か!?」
「ええ」
私は微笑んだ。心からの、穏やかな笑みを。
「貴方を憎むのは、時間の無駄ですもの。私には、もっと大切なことがございますから」
「大切な……?」
その時、クロードが私の隣に歩み出た。
私は自然に、彼の腕に手を添えた。
「殿下、この指にはもう、別の指輪が嵌まっておりますので」
「——なっ」
私の右手の薬指には、新たな指輪が輝いていた。銀ではなく、北方の鉱山で採れる蒼い鉱石をあしらった、質素だが美しい指輪。
クロードから贈られた、婚約の証。
「お前、まさか——」
「ノルトハイム辺境伯家との婚約が、正式に成立いたしました」
フリードリヒが冷ややかに告げた。
「我が妹の幸せを、今度こそ約束できる相手です。——殿下とは、違って」
リヒャルトは何も言えなかった。ただ、呆然と私たちを見上げるだけ。
私は最後に、彼に向けて小さく会釈した。
「さようなら、殿下。お元気で」
そして、クロードと共に謁見の間を後にした。振り返ることは、もうなかった。
* * *
「——痛くないか」
「いいえ、平気です」
ノルトハイム辺境伯邸の庭園。満開の薔薇に囲まれた東屋で、私はクロードと向かい合っていた。
彼は私の右手を取り、薬指の傷跡をそっと撫でた。あの夜の傷は、まだ薄く残っている。
「消えないかもしれない」
「構いません。これは——」
私は少し笑った。
「私の勲章のようなものですから」
「勲章」
「八年間、耐え抜いた証です。そして、貴方に出会えた証」
クロードは珍しく、僅かに頬を染めた。この男の照れた顔を見られるのは、おそらく私だけだろう。
「……お前は、強いな」
「そうでしょうか」
「ああ。ずっと、そう思っていた」
彼は私の手を握ったまま、続けた。
「社交界で、お前が一人で耐えているのを見ていた。誰にも弱みを見せず、冷遇されても微笑んでいる姿を」
「……見ていてくださったんですね」
「ずっとだ」
「なぜ、声をかけてくださらなかったのですか」
「……婚約者がいた」
「それは」
「言い訳だな」
クロードは自嘲気味に笑った。
「本当は、怖かった。お前に拒絶されるのが。お前が、俺などに興味を持つはずがないと思っていた」
「クロード様」
「今も、怖い」
彼は真剣な目で私を見つめた。
「お前の血は、持ち主の本性を暴く。俺がこの指輪を贈って——もし錆びたら、俺の愛は偽物だったということになる」
「それで」
私は、彼の手をそっと握り返した。
「錆びましたか?」
「……いや」
クロードは私の指輪を見下ろした。あの日から何日も経っているが、蒼い鉱石は変わらず輝いている。銀の台座には曇り一つない。
「錆びない。お前の血に触れても」
「ええ」
私は微笑んだ。
「審判の巫女の血統には、もう一つの伝承があるのです」
「伝承?」
「真実の愛だけが、呪いを祝福に変える」
クロードの目が見開かれた。
「お前の血は——」
「嘘を暴く呪いであると同時に、真実を証明する祝福でもあるのです。この指輪が錆びないということは——」
私は少し恥ずかしくなり、視線を逸らした。
「貴方の愛が、本物だということ」
沈黙が落ちた。
そして——
「エレノア」
「は、はい」
「顔を上げろ」
言われるままに顔を上げると、クロードの顔がすぐ近くにあった。琥珀色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「もう一度、言わせてくれ」
「……何を」
「俺は、お前を愛している」
心臓が跳ねた。
「お前の血も、呪いも、全部まとめて愛している。だから——」
彼は、私の指輪を嵌めた手を唇に寄せた。
「俺のものになれ」
「——お嬢様、お幸せそうで何よりでございます」
東屋の外から、ローザの声が聞こえた。いつの間にか、お茶の用意をして控えていたらしい。
「ローザ!いつから——」
「最初からでございます」
悪びれない声。私は顔を真っ赤にした。
「なぜ声をかけなかったのですか!」
「お邪魔するのも野暮かと存じまして。それに——」
ローザは珍しく、柔らかい声で言った。
「お嬢様の笑顔が、久しぶりに見られましたので」
「……ローザ」
「八年間、お辛かったでしょう。でも、もう大丈夫でございます」
侍女頭は深く一礼した。
「辺境伯閣下。我が主人を、どうかよろしくお願いいたします」
「——ああ」
クロードが頷いた。
「命に代えても、守る」
「大袈裟な」
私は苦笑した。
「命に代えなくても結構ですから、普通に幸せにしてくだされば」
「……努力する」
「そこは『任せろ』と言ってください」
「——任せろ」
不器用な言い方。けれど、その声には確かな誠実さがあった。
私は改めて、自分の指輪を見つめた。錆びることのない、蒼い輝き。真実の愛の証。
八年間の忍耐は、無駄ではなかった。
あの血塗られた指輪が、私を解放してくれた。そして、本当の愛を見つける道を開いてくれた。
「クロード様」
「何だ」
「私も——貴方を、愛しています」
彼の目が、僅かに潤んだように見えた。
「……ああ」
ぶっきらぼうな返事。けれど、彼の手は確かに震えていた。
私は、ようやく本当の意味で——笑うことができた。
後日談として、一つだけ。
王太子リヒャルトが土下座で許しを乞うた際、ローザはこう言い放ったそうだ。
「お茶をお持ちしましょうか? 冷たいものを」
彼女の毒舌は、これからも健在だろう。
——私の新しい人生と共に。




