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最終話です。
「そう言えばヴィンセント殿下はまだ婚約者が見つからないらしいですよ?」
昼の忙しい時間が過ぎ、人の姿がまばらになった食堂のテーブルについた青年が、椅子に腰掛けながら私に声をかけてきた。
「あら、そうなんですか?真実の愛なんて、やっぱりなかなか出会えるものではないのですねぇ」
果実水を彼のテーブルに置きながら返事をすると、グラスから手を離した途端にすっと手を取られた。
「マリア、そろそろ私のプロポーズを受けて下さいませんか?」
「それは在学中からお断りしていたと思いますけど?」
彼、ミシェル様はブラン帝国から隣国のチェン王国に留学していた1学年上の先輩だった。
王妃様の付けたご令嬢たちは、日々私を監視していたけれど、女生徒として留学していたミシェル様との交流には気にもしていなかった。だからこそ私たちは交流を続けることが出来たのだ。
白銀色の長い髪にアメジスト色の瞳を持つミシェル様は、女装をしていなくても女性以上の美しさを持つ美丈夫だ。在学中も何人もの令息たちに告白されていたらしい。
なぜ女装を?というと、お家騒動に巻き込まれて命を狙われていたのだとか。
その為、チェン王国に住む母方の遠い親戚を頼り、一時的に身を寄せていた彼は、性別を隠し学園に通っていたというわけだ。
そんなミシェル様の女装に何故、私が気付いたのかといえば、それは小さな偶然からだった。その偶然の出会いをきっかけに、私の境遇を聞いたミシェル様は、帝国に戻る日までずっと親身に話を聞いてくださった。
そして帝国に戻ってからも、チェン王国の親戚を通じて力になってくれていたのだ。私の家族の行方を調べて下さったのもミシェル様だ。
偶然にも私の家族は、チェン王国寄りのブラン帝国の端にある町に移り住んでいた。口止め料を押しつけられ、王都から離れはしたものの、このままチェン王国に住んでいるのは危険、と考えたそうだ。
その後、ミシェル様のご好意で、義父たちはブラン帝国の南の端の小さな領の田舎町で食堂を営んでいる。
あの日、チェン王国に住むミシェル様の親戚のお屋敷を訪ねた私は、ミシェル様の助力で、ヴィンセント殿下含む王家の方たちに知られる前にチェン王国を去ることができた。
平民に戻ってしまえば、いつ王妃様の息のかかった者に口封じされてもおかしくはない状況だったと思う。最後に盛大に王妃様たちに受けた仕打ちを暴露しちゃったしね。
そうしてブラン帝国へと向かった私は、ミシェル様のお陰で家族たちと再会する事が出来た。
あれから2年、私は家族たちと一緒に食堂を手伝って暮らしている。
その食堂によく立ち寄ってくれるミシェル様は、お忍びスタイルなのに全然隠されていないんだよねぇ。キラキラオーラが半端ない。
「在学中は一応、ヴィンセント殿下という婚約者が居たからでしょう?けれど今の君には恋人も婚約者もいない。何の問題も無いはずです」
いや、問題は大ありでしょう!?
ミシェル様の事は親身に相談に乗っていただいた時から実はお慕いしている。けれどミシェル様は元とはいえ、この国の第6王子だった方だ。
ミシェル様は、お家騒動が終結した際に王位継承権を完全に放棄した。今はこの小さな領を譲り受けているに過ぎないと言っているけれど、それでも王族だった方だし、今の彼の肩書きはクワン子爵だ。
長い間、嫌がらせを受け、婚約破棄に冤罪と、王族も貴族ももうこりごりだと思っている。
私はそう言ってプロポーズを断り続けていた。それに……。
「マリア、いい加減素直になりなさい。確かにマリアも私らも、王族や貴族には嫌な思いをさせられた。でもそれを助けてくれたのも元王族で貴族のミシェル様なんだ。
こうして私たちが身の危険も感じずに暮らしていけるのは、ミシェル様が尽力して下さったお陰じゃないか」
お祖母さんが、私たちの何度目かのやり取りを見て呆れたように言った。
「母さん、マリアは何度もミシェル様のプロポーズを断った手前、今更素直に頷く事が出来ないだけなんだよ。王族云々はただの言い訳さ」
「お父さんっ!」
長い間離れていたのに、義父には私の気持ちはすっかり筒抜けのようだった。焦ってミシェル様の方を振り向けば、それはそれは甘い瞳で蕩けるような表情で私を見つめていた。
「真実の愛だなどと言うつもりはありません。それでも私はこの地でずっとマリアと笑い合いながら、一つずつ思い出を増やしていけたら、と思うのです。だからどうか私と結婚して下さい」
ミシェル様はそう言って、私の目の前で片膝をつき、私へと手を差し出した。
「私は平民で平凡な食堂の娘ですが、それでも良いのでしょうか?」
下位貴族になったとはいえ、高貴な血筋のミシェル様と私では身分が違う。それでもミシェル様は素敵な笑顔でこう言った。
「もちろん。君が貴族の庶子でも平民でも、私は貴女を愛しているのですから」
END
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