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よろしくお願いします。
「王妃様が婚約者として認めていない者が、王宮の方々に未来の王子妃として認められると思いますか?」
「貴様っ!母上が何かしたとでも言いたいのか!」
顔を真っ赤にさせている殿下と対照的に真っ青になっているユルグ男爵令嬢。婚約者を蹴落として、王子妃になる事がそんなに良いモノじゃないと今更気付いたのかしら?
「王妃様は何もしていませんよ?」
えぇ、王妃様はね。
「では、お前は出たらめを言ってソフィアを怖がせようとしていたのか!」
出たらめじゃなくて、どちらかというと親切心ってやつだと思うのだけど。
「まさか。でも殿下の婚約者となる心得?体験談は、前もってお教えした方がよろしいかもしれませんわね」
「はっ!お前なんかに教えてもらわなくとも――」
「ぜ、ぜひっ聞かせて下さいませんかっ」
ヴィンセント殿下の言葉を遮って、食い気味に聞いてきたユルグ男爵令嬢は、もう想像がついているのかもしれないわね。それとも話を聞いて対抗策を考えようとしているのかしら?
そうだとしたら案外、王子妃に向いている気がするわ。
「ふふふ、王子妃を目指すなら気になりますわよね。わたくしは8歳になる頃より王子妃教育の為に王宮に部屋を与えられて住んでおりましたの。
ですが、王宮に住んでいても王族の方たちとはお食事をご一緒する事は出来ませんでしたわ」
本当にただの一度もなかったわね。別に一緒に食べたいわけではなかったから、悲しむこともなかったので別に気にすることもありませんでしたが。
「はっ、そんな事。貴様のマナーがいつになっても、よくはならなかったからだろうが!」
『そんな訳ないじゃん!』って、食堂に居る生徒たちの表情が語っているのに全く気づいていないわね。王宮に引き取られてからどれだけ経っていると思っているのかしら?
テーブルマナーもまともに出来ない令嬢が、学年首席を取り続けられるとでも?
ああ、そっか。ヴィンセント殿下は私に興味を失くしてからは、決められたお茶会もすっぽかす事が多かったし、学園でも近寄る事もなかったから気付いていなかったのかもしれないわね。
「まぁそういう理由でずっと自室で食事をさせられていましたの。使用人以下の食事内容でしたけれど。
『忙しい侍女たちの手を煩わせるな!』と言われ、茶会や夜会の時などのドレス着用時以外では、誰もわたくしの身の回りのお世話をする者もいませんでしたわ。
それに何故か、いつも湯浴みの湯も冷水に近いモノでしたわねぇ。まぁ、これらは大した事ない軽い嫌がらせの部類でしたのよ?」
いや、本当にこれは軽い方だったのよ?本来私に届くべき食事はどこに消えたのか、とか湯浴みと言いつつ水風呂でしょうが!などと思ったりしたものだわぁ。
けれどお陰様で王宮に住み始めて一年経った頃には病気知らずな健康体になったのよ、アレ以外では。
などと過去の出来事を思い返していたら、ユルグ男爵令嬢の顔色が青から白に変わっているじゃない。人の顔色ってこんなに分かりやすく変化するものなのね。
これくらい普通よ?
あの王宮という名の魔窟では、と小首を傾げながら彼女を見つめてしまう。ここは彼女を安心させた方がいいのかしら?
「まぁ、これらは慣れればどうという事もありませんわ、ソフィア様。覚悟が要るのはやはり毒の耐性をつける訓練でしょう」
ええ。そうですとも。後で知って『話と違う!』なんて苦情を言われても困るわね。苦情は一切受け付ける気もありませんが。
「・・・毒」
ぶるりと大きく身震いしたユルグ男爵令嬢をヴィンセント殿下が抱き寄せようとするけど、彼女はそっと殿下のそばから離れようとした。
彼はその態度に唖然とした表情を浮かべるとすぐさま『お前のせいだ!』と言わんばかりにギロリとこちらを睨みつけてきた。
あらら。私、本当に嫌われてるわねぇ〜。それはお互い様ですけれど。
「マリアっ!そうやってお前は無駄にソフィアを怯えさせるとは本当に意地の悪い奴だな。確かに毒の耐性をつける訓練は王族では重要で妃教育でも必須だ。
しかし毒の知識や匂い、色などから訓練し、万全を期して毒を10倍以上に薄めた物から始め、せいぜい寝込んでも半日程度の事だっただろうっ!」
そうだったとしても、普通は毒と無縁の生活を送っているのですから、自分の命が危険にさらされることを軽視してはいけないと思いますが。
「それは殿下の場合ですわよね。わたくしの場合は『平民は貴族よりも体が丈夫でしょう?』と言われ、毒を薄めないままティースプーン一杯から始められましたわ。お陰で初めての時は1週間ほど意識が戻りませんでしたの」
あの時は本当に死んだと思った。いや、本当に。
ティースプーンって。コレ、もう致死量よね?
だってその後、やり過ぎたと気付いたのか?コップ一杯の果実水に入れて訓練させられたのよ。でも普通は毒の量の方を減らさない?
果実水に入れれば、毒の効力が薄まるとでも思ったのかしら?
ティースプーン一杯が致死量だったとしたら意味ないわよね。
「ま、まさか。そんな事がある訳ないだろっ。俺だってそのような訓練はした事がないぞ。それに毒見係も居るからと訓練は数回しかした事がない」
あ~やっぱりそうだったんだ。私には『王子も毎回、同じ事をしています』と言っていたわよ?
最低月1回はしてたわよね、侍女たちは!!
「それは初耳ですわ。わたくしの場合、それ以外にも食事の度に侍女たちから、訓練の為と称して、薬を飲まされていましたの。その薬を飲むと、不思議なことに必ず体調を崩しますの。丸一日寝込んでは『努力が足りない』と罵倒されることもよくありましたわ。
あれも毒の一種だったのでしょうね。ですが、毒に対して努力が足りないって。ふふふ、随分と面白い事を言いますわよねぇ。
ソフィア様の場合は、わたくしよりも長く市井におりましたから、もっと体が丈夫だと判断されるかもしれませんわね。あら?その場合、どれぐらいの量から始められるのかしら?」
流石に死なれたら困ると思っていたようで、飲まされていた薬は下剤とか痺れ薬とかが多かったようですけど。
まあ、毒の訓練とは関係なく、侍女が勝手にやっていた私に対する虐めよね。
あの侍女たちなら、相手が男爵令嬢ならもっと酷くしても良いと思いそうだわ。
ふと、ユルグ男爵令嬢を見ると、もうこの場から早く立ち去りたいかのように、後ろの側近候補たちに縋るような視線を向け始めているわ。だけど側近候補たちも私の話に衝撃を受けているのか?ユルグ男爵令嬢の視線に気付いていないわね。
「あ、流石に一度、王妃様にも訴えましたのよ?侍女や教師に嫌がらせを受けています、って。
そうしたら『つまらない嫌がらせぐらい自分で対処できなくてどうするのか!』と逆に叱責されてしまいましたわ。
ソフィア様。王子妃教育が始まりましたら、つまらない嫌がらせは、ご自分で対処した方が王妃様の心象は宜しいようですよ?」
そう言って、ユルグ男爵令嬢に向かってにっこりと微笑めば、彼女に『ひっ!』と悲鳴を上げられてしまいましたわ。彼女の為に助言をしただけですのに。
「そういえば、何故か殿下とのお茶会の前日は薬を飲まされる事が多くて、お茶会が中止になる事も度々ありましたわね。
体調を崩し、無理してお茶会に出た時も『何だその態度はっ!』と殿下に叱責されたのも、今となっては懐かしい思い出ですわね」
本当に侍女たちの嫌がらせも徹底してたわ~。王妃様の命令だったのでしょうけれど。
私が体調を崩した時に限って、ヴィンセント殿下がお茶会に来るのよ。いつもはすっぽかしているくせに。体調が悪そうな婚約者に対して、心配するどころか罵倒してくるって優しさの欠片もないわよね。病み上がりの体には結構堪えるのよ。
あ〜。これ、もう最後だから全部暴露しちゃおっかな。この数年、命の危険に晒されて嫌な思いばっかりさせられた挙句に冤罪とか、本当に冗談じゃないわ。
「そうそう、ソフィア様への嫌がらせの数々ですが、この際きちんと否定させて頂きますわね。冤罪をかけられた上に、罰まで受けるなんて嫌ですもの。
わたくしが取り巻きを使って嫌がらせをした、と仰っていましたよね?ですが、わたくしには、わたくしの命令で動くような取り巻きなど一人もおりませんわ」
「嘘を吐くな!現に今もお前の後ろに取り巻きたちが控えているではないかっ!」
ヴィンセント殿下が私の後ろを指差して叫ぶ。どうしても私を悪者にしたいのねぇ。
もうユルグ男爵令嬢には、『王子妃になりたい!』という野望は無いように見えますけど?
「彼女たちとは、一緒に行動をしていただけです」
ちらりと後ろに視線を向ければ、彼女たちの顔色も悪くなっている気がするわね。まあ、そりゃそうよね。
他の生徒の目がある中で始まった断罪劇にどうする事も出来ず、ましてや女生徒に嫌がらせをしていたと認知されてしまえば、ご令嬢として瑕疵がついてしまう。それだけでもこの場から今すぐにでも立ち去りたいと思っているでしょうに。
でもそれ以上に、知られたくないことがありますわよね?あなたたちには。
「お前たちが一緒に行動しているという事は、お前の取り巻きだったという事だろうが」
「いえ。確かに一緒に行動していましたが、一緒にいただけです。
何故ならば、彼女たちは王妃様が用意したわたくしのご学友という名の監視役ですもの。それはわたくしの取り巻きとは呼びませんわよね?」
ここまでお読み下さりありがとうございました。
引き続きよろしくお願いします。




