3-2
「「「おおぉぉ!!」」」
——は? 何を言いますのこの方は??
「ちょちょ、待って! 私は『聖女』じゃないの!?」
「はい。通常、神に選ばれた一握りの女性が『聖女』になり得ます。しかし......今回のお告げはいささか、不思議な物でした」
頭が真っ白になる。なんとか捻り出した言葉も情けなくて、剣を持たない手であたふたと慌てふためくしかできない。
「同時期に『勇者』も現れる。その勇者は女性、貴族の令嬢であると」
「じゃあ私は『聖女』じゃなくて『勇者』じゃ......」
「かつて国を未曾有の災害から救った『ノアール』の末裔、貴族に勇者は誕生しません。......しかしお告げは『貴族の令嬢に勇者』が現れると。この意味、わかりますか?」
「あっ、そういう......」
つまりややこしいが、こういうことだ。
私はかつて世界を救った人の末裔。現在を生きる貴族がその末裔で、貴族から勇者は絶対に生まれない。
しかしお告げはその常識を打ち破る物だった。しかも事細かく「貴族の令嬢に勇者がなる」と。......神とのやりとりをしたから、なんとなく理解できる。あの神は私をちょうど良い駒か何かに使ったのだろう。
貴族の令嬢=聖女になる。世にいう聖女とは、神からお告げを受けて神ノ力を授かった者。そして私は力を授かった。例外なく「聖女」であるが、同時に......。
「リンユース・ストレイライン。貴方様はこの国で二人目の勇者であり、同時に『聖女』です!」
「えぇ......」
私は二重に選ばれた存在だということ......らしい。この瞬間、なんとなく。いや、大体わかった。
(あの女神......面倒だからって、私に全て押し付けやがったな!!)
グッと拳を握り、女神像をヘルメットの下から睨みつける。こういうとき、顔が隠れているので、どれだけ酷い表情をしていてもバレないのは良い。......しかし一発、あの像を破壊するくらいのことはしてやりたい!
などと恨みつらみを募らせていると。
「聖女と勇者! なんとお呼びすれば!? 聖女と......いや違うっ。聖なる勇者? いやそれでは勇者様が聖人ではないと罵るのと同義!」
「司教様! 呼び名などどうでも——」「麗しいお姿から、勇ましい格好に......『英雄様』で!」
「聖女で勇者!」「......ぼく、『かっこいいお姉さん』がいい!」「なら『聖女でお姉さん』?」
「聖☆お姉さん!!」
「ちょっ、待って待って! それと最後の呼び方だけはやめてください! 偉大なるお二方の御尊顔が浮かぶので!」
刀をもう一度、教会の床に突き刺してヘルメットを脱ぎ剣の持ち手に引っ掛けておく。剣が突き刺さった時に司教がギョッと目を丸くしていたのは、地面を傷つけたからだろうか。んなことは今、どうでもいい。
「聖女」と「勇者」というあり得ない組み合わせに、見物客は興奮が鎮まらない様子。声を届きやすくするつもりで素顔を晒したけれど、顔を隠さずに一心に注目を浴びると少しビックリする。
ともかくまとめないといけない。なんでも良いから、適当に......。
「えと、じゃあ......『聖女 兼 勇者』でいいですわ。シンプルに」
「「「うぉぉぉ! 聖女様! 勇者様〜!」」」
(教会なのにライブ会場みたいなコールと熱狂ぶりだ! そんな喜ぶことか!?)
人々の興奮というのは、大舞台に立って浴びると、その圧に驚きと少しの怖さを感じるのか。これは、言葉で言い表すには難しい感覚だ......。
「......聖女 兼 勇者様。あとでお話が」
人々の熱狂に戸惑っていると、司教がそっと耳打ちする。
無言でコクっと頷き返し、あとは流れるがまま「聖女承認の儀式」を終えるのだった。
式が終わって、私は教会の控え室に案内される。
座らされた長椅子はお尻を程よく受け止めてくれて、我が家の応接室を思い出す。ちゃんとお金、あるんだなぁと思っていると、司教が話を切り出した。
「この世界にて貴方様のような存在は、例外中の例外。今まで存在すら有り得ませんでした」
(まあ、そりゃそうでしょうよ)
「荷が重い役であるのは違いありません。貴方を付きまとう責任や脅威は、今までの生活から一変することになります。『聖女』ですら、悪の手先に命を狙われるのです。......その辺りの覚悟はありますか?」
「覚悟? ふふ、面白いこと聞きますね。......私は神託を受けた日に、思い出しました」
覚悟を問われて笑いが吹き出て、隠すように顔を下げる。別に嘲笑うつもりじゃない。
私のゴールは「聖女」になることじゃない。前世の絶望を振り切って、ただひたすら先を目指す。
「決意も覚悟も全て置いてけぼりにする。私がわざわざ『聖女』として名乗りあげたのは、この名声がただの過程に過ぎないからです」
膝の上に置いた手をギュッと握りしめる。前世の私と似ているけど、色味や体つきは違う別の”わたし”の手を胸に押し当てて、俯いていた顔を上げる。
「いずれ広まっていたかもしれないし、私はどこかで狙われていたかもしれない。選んだ生き方の一つに『聖女』という選択肢があったに過ぎない。私が駆け抜ける道に必要な装備だから、手に取ったに過ぎない」
「選択肢......」
「邪魔なものは全てぶっ壊す。そして私は救済を成し遂げてやります。形はどうあれ、それが私の生きる意味と恩返しにも繋がるので」
大義名分は必要ない。私は力を授かった。神から世界を救うためにと。
別に言う通りにする義理はない。でも私は自分の性格がそれを許さない。生きる意味として鎖に繋がれているとしても、もう一度、この体で風を切って走る喜びをくれたことに変わりない。
猪突猛進で利用しやすい単細胞のバカだから、神が目をつけたのだろうか。理由はどうあれ、決めたことに変わりなどない。私は背負うもの全てを置き去りにするほど、フルスロットルで駆け抜ける人生を歩むだけなんだから!!